2004年に製パン改良剤の臭素酸カリウムを使用した(角型)食パンが、一部の地域で、日本パン工業会会員の製パンメーカー(1社)から、試験的に発売されました。また、このことが新聞などで報道されたことから消費者からの多くの問合せがありました。
日本生協連では、「国際的な安全性評価に照らして臭素酸カリウムは使用すべきでない」と考えていますが、日本パン工業会から得ている情報についての解説も含め、現時点での考え方をQ&Aで説明いたします。
臭素酸カリウムは、以前から安全性上の問題点が指摘され、日本パン工業会は、厚生省(当時)の要請にもとづき1992年3月より、その使用を自主規制していました。しかし、最近になって、パンの焼成と臭素酸カリウムの分解に関して新しい知見や技術的な進展が得られたこと、および使用方法や表示に関して工業会と厚生労働省との間で一定の合意が得られたことなどから、一部のメーカーにおいては使用の再開が検討されていたようです。
パンを焼く時の生地に臭素酸カリウムを添加すると、小麦粉のたんぱく質に効果的に作用し、パンの品質(膨らみ方や食感)が向上するといわれています。
1980年代に発がん性が指摘され、日本における研究では、ラットに対して発がんのイニシエーター(遺伝子そのものに障害を与える作用)、プロモーター(発がんを促進する作用)の両方の作用を有するという結果が報告されています。
こうした報告を踏まえつつ、一方でパンを焼成する過程で熱により分解が進むということも考慮し、1982年には日本での使用基準が「パン以外への使用を禁止。小麦粉に対して30ppm*1以下で使用し、かつ最終食品に残留しないこと」と改正され、現在に至っています。
*1:小麦粉1kgに30mgまで添加することができます。
JECFAでは、当初1989年の第33回会合においては「ADI*2は設定できず、最終食品に残留すべきでない。パン製造用小麦粉への使用量は60ppm以下」という結論でしたが、その後1992年の第39回会合では、追加された安全性試験の結果に基づき、「遺伝子傷害性発がん性物質」であると結論されました。さらに、「小麦粉への60ppm以下の使用であっても高感度な分析を行うとパンの中に微量の残留が見られる」ことが明らかになったため、「臭素酸カリウムの小麦粉処理剤としての使用は適切でない。パン製造用の小麦粉処理のための使用量を取り下げる。ビール製造への使用はデータ不足から検討できない。」という評価に変わり、この評価結果は、1995年の第44回会合においても再確認されています。
*2: | 一日許容摂取量〜その物質を、一生涯、毎日、摂取し続けたとしても健康上影響が現れないであろうとされる量を人の体重1キロあたりで算出した値です。 |
Q3のJECFA評価結果を踏まえつつ、最終製品への「残留なし」が100%保証できるかという問題、臭素酸カリウムが分解して生成された代謝産物の安全性が明らかでない点、パン製造に必要不可欠のものではない点、等にもとづき「使用すべきでない」と考えています。
(1) | 臭素酸カリウムの残留分析法が進歩して、極微量なレベルでの分析が可能になった。2003年3月には、厚生労働省から、検出限界0.5ppb*3の高感度な分析法が通知されている。 |
*3:パン1kgに臭素酸カリウム0.5μg(マイクログラム)を含んだ場合の濃度。 | |
(2) | ふたをして焼く角型の食パンでは臭素酸カリウムの分解が進みやすく、残留しにくいことがわかった。 |
(3) | 臭素酸カリウムの製剤自体についても改良が進み、新開発された溶液タイプの製剤は、パンを焼く時に分解が進みやすいことがわかった(従来は粉末タイプ)。 |
(4) | 角型の食パンに対して溶液タイプの製剤を適正な量使用した場合には、上記の高感度な分析方法において「検出せず」という結果が示されている。 |
(5) | パン工業会に所属する製パンメーカーが臭素酸カリウムを使用する際の厳密な規定(溶液タイプの製剤の入手方法や使用量などが厳密に管理される仕組み)を自主的に設けた。 |
(6) | 厚生労働省と協議し、商品の包材に「本製品は品質の改善と風味の向上のため、臭素酸カリウムを使用しておりますが、その使用量並びに残存に関しては厚生労働省の定める基準に合致しており、第三者機関によって確認されております」((社)日本パン工業会科学技術委員会小委員会)と表示することにした。 |
(7) | 国内麦の小麦粉はグルテン(たんぱく質)が少ないため一般に食パンには適さないが、臭素酸カリウムを添加して国内麦100%の食パンを試作したところ、臭素酸カリウムの効果により高品質の食パンができた。 |
現時点ではまだ国際的に安全性評価の中身が進展したとはいえず、日本生協連としては、臭素酸カリウムは使用すべきでないと考えています。
1995年にJECFAで再確認された「(微量残留するので)小麦粉処理剤としての使用は容認できない“NOT ACCEPTABLE”」という結論は、現在でも変わっていません。
なお、パン工業会によると「JECFAの議論では、当時の分析技術が未発達だったため3ppb以下ならば問題ないという合意があった」とのことですが、JECFAのレポート等には、そのようなコメントはどこにも明文化されておらず、その論拠(遺伝子傷害性発がん物質である臭素酸カリウムのリスクの程度)を確認する手立てがありません。パン工業会には「事実関係や考え方をJECFAに確認する必要があり、さらに必要ならば日本国内でも再評価すべき内容である」旨を伝えています。
パン工業会から説明のあった「パンの焼成と臭素酸カリウムの分解に関する新しい知見」については、学会等での報告がありましたが、日本生協連としては、「新しい知見に関しては国際的にも広く公表するなど、まず、JECFAでの再評価に結びつく働きかけをすべきである」と考えています。
また、新しく開発された溶液タイプの製剤が、食品添加物としての規格等の面で従来の粉末タイプの製剤と違うものであるならば、国に対してその旨を申請し、厳密な評価が実施された上で、その溶液製剤についての国の規格や使用基準が設定されるべきであると考えます。こうした点についてはパン工業会に対して意見を伝えていますが、行政に対しても、残留リスクをクリアするための措置を講ずるよう、要請を行っていくことを考えています。
イーストフードとして使用が認められている添加物は全部で16品目あり、これらのものを複数混合した「イーストフード製剤」のかたちで流通していますが、この16品目中には臭素酸カリウムは含まれていません。したがって、イーストフードと臭素酸カリウムとは別のもので、日本生協連では、イーストフードそれ自体の適正な使用については、安全性上問題はないと考えています。
なお、かつてパン工業会で臭素酸カリウムの使用が自粛されていなかった時には、(1つの製剤で、酵母への栄養効果と小麦粉改良効果の両方を発揮させる目的で)、イーストフード製剤と臭素酸カリウムの粉末を混合した製パン改良剤が流通していた時期がありました。このような製剤を使用した場合、臭素酸カリウムは加工助剤として表示が免除されていますので、表示上は「イーストフード」とのみ記載されます。
したがって、このような製剤の組成や表示の仕組みを理解していて、かつ臭素酸カリウムに対する懸念を持っていた消費者は、「イーストフード」と表示されている全てのパンに対してマイナスイメージを抱いてしまった可能性があります。
しかし、1992年以降、臭素酸カリウムの使用はパン工業会内で自粛されていますので、その後現在に至るまで、主要な製パン改良剤(少なくともパン工業会に加盟している製パンメーカーが使用している製剤)には、臭素酸カリウムは混合されていません。現在では、イーストフードとアスコルビン酸(ビタミンC)を混合した製パン改良剤が一般的に使用されているようです。
<この件のお問い合わせ先>
日本生協連安全政策推進室