欧州はようやく足場を固めつつある。英国の欧州連合(EU)離脱決定によるショックは何とかおさまりそうだ。ユーロ圏の経済は好転しつつあり、移民危機は和らいでいる。オランダ総選挙の結果、政界の主流派がポピュリズム(大衆迎合主義)の躍進を阻止できるという希望も生まれた。だが、23日に第一次投票が行われるフランスの大統領選は、こうして得たもの全てを無意味にしてしまうかもしれない。
大統領選では予想に反する神経戦が繰り広げられており、最有力候補の4人のうち誰が勝ってもおかしくない状況だ。世論調査によると、これら候補者の支持率の間にはわずかな開きしかなく、浮動票の行方や投票棄権率の高さによっては結果が大きく変わってくるだろう。悪夢のシナリオは、極右の民族主義者であるマリーヌ・ルペン氏と急進左派の闘士で支持を拡大中のジャンリュック・メランション氏が決選投票に残ることだ。メランション氏は、ルペン氏が党首の国民戦線(FN)の臆面もない外国人嫌いを蔑み、有権者のニーズに応えない自己本位の政治エリートを懲らしめることをねらっている。
■国外にまで激震走る可能性も
これら体制への反逆者のいずれが勝っても、フランスの国境を越えてはるか遠くにまで激震が走るだろう。両候補は経済保護主義と、既に巨大な国家権力の介入の一層の拡大を資金の裏付けなしに唱えている。また、共に北大西洋条約機構(NATO)からの脱退やEUからの離脱も辞さない姿勢だ。もしそうなれば、EUは打撃から立ちなおれなくなってしまうだろう。さらに、両者は共和党候補のフィヨン元首相のように、ロシアへの接近を望んでおり、懸念材料だ。ロシア政府にはネットを利用しフランスの世論に影響を与えようとする明確な兆候があり、この可能性に油断なく気を配っているようだ。
23日の投票で、有力候補であるリベラル派マクロン元経済産業デジタル相か、保守のフィヨン氏かのいずれかが良い位置につければ安心だ。それでも、最終的に勝利した者が、効果的な政治を行うために必要な議会の過半数の議席を得ることは難しいだろう。さらに、中道勢力が持ちこたえたとしても、反対意見に耳を傾けつつも、党派に属さず威厳ある大統領の手に権力を集中させる仕組みのフランスの政治制度が危機にひんしているという印象は払拭できないだろう。
■中道勢力の統治の失敗
これは(1958年の国民投票による新憲法下で発足した)第5共和制の失敗ではなく、むしろ過去60年間フランスを治めてきた中道右派と中道左派の失敗だ。社会党も共和党も従来の支持者をごっそり失った。両党の候補が共に決選投票に進めなければ前代未聞の事態となる。フィヨン氏が不祥事の発覚で主なライバルの後じんを拝する展開となっており、そうなる可能性は非常に高い。既成のどの党との連携も否定する慎重なマクロン氏といえども、支配エリートの一人だといわれかねない。
無関心や政治エリートからの疎外感は決してフランス特有のものではない。こうした要素はどこにでも見られる。他国と同様に、フランスの歴代政権もグローバル化の難しい局面で社会に生じた不安に対する答えを見いだせていない。さらに、首都と地方間に広がる格差を十分に認識したり、少数派の国民を苦しめている収奪や差別の問題に取り組んだり、移民問題で広がる憤懣(ふんまん)に対処することができていない。
こうした問題の影響は、極右と共産主義の左派が深いルーツを持つフランスで特に顕著に表れた。さらに、大統領が国の壮大さを具現してくれることを期待するこの国では、最近の大統領選での平凡な候補者の登場や、次々と明らかになる不正資金スキャンダルが特に大きなダメージを与えている。
■国家衰退の認識がポピュリストを利する
ポピュリスト(大衆迎合主義者)もまた、国民の間で国家が衰退しているという認識が広がっていることで地歩を築いている。フランスの国際的影響力の衰えや、経済力がドイツと比べ劣ってきていることを嘆くことがあまりにも当たり前になっている。このため、世界的企業の存在や、見事に運営されている公共サービス、おおむね快適な生活水準といった同国の優れた点は気に留められないか、あるいは当たり前だとみなされている。
今回の選挙が根本的な政界再編を招いた場合、従来の右派と左派の政党は自らを責める以外にない。有権者は政治家に絶望する十分な理由はあるものの、それでも自国の未来について悲観主義に陥ってはならない。国中が不安に包まれているが、今回の選挙は、フランスが経済を再活性化し、欧州での指導力を取り戻すチャンスを与えてくれる。
フランス国民は、4人の候補者のなかで、現行のシステムを引き裂こうとする2人と、すくなくとも、その再生と再建を試みる2人のどちらに投票するかの選択を迫られている。政治的分断の危険があるのは明白だ。有権者は怒りにまかせるのではなく、理性に基づいた判断をしなければならない。棄権してはならない。どの候補が勝利することになっても、その候補は国民からの最強の負託を必要とする。
(2017年4月21日 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)
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