2016年3月、人工知能やゲーム情報学の世界で途方もない事件が起こりました。
なんとグーグル・ディープマインド社が作成したコンピュータ囲碁プログラム「アルファ碁」が、世界トップレベルのプレイヤー、イ・セドル九段を破ったのです。しかも5戦して4勝1敗。内容的にも圧勝に近いものでした。
その後もアルファ碁は順調に実力を伸ばし続けます。2016年12月から2017年1月にかけて、囲碁のオンライン対戦をおこなうサイトで、アルファ碁は日本・中国・韓国の世界トップレベルのプレイヤーたちに60連勝してしまいました。
非公式の対局とはいえ、人間にはとても不可能な偉業です。人工知能は囲碁において人類を完全に超えたのです。
このときアルファ碁が打った囲碁は世界中で研究されていますが、それは今まで人間の天才たちが作り上げてきた常識を根底から打ち壊すものでした。
2007年に私が人工知能の研究を始めたころは、コンピュータが囲碁で名人クラスになるのは夢のまた夢、何十年も先のことと思われていました。ディープラーニングが実用化されるようになった2014年ごろでも、あと10年はかかると言われたのです。アルファ碁はその予想を軽々と覆してみせました。
ただ、こうした飛躍的な成長を遂げたのはアルファ碁だけではありません。私が開発するポナンザも同じように、ここ数年で周囲の予想を超える進化を遂げたのです。
なぜ、人工知能の進化は、そこまで大きく人間の予想を超えたのでしょうか?
それには2つの理由があります。1つは人間の認識の問題であり、もう1つはコンピュータの学習手法において大きな進歩を実現できたためです。ここからは、この2つを順に解説していきましょう。
人間は「指数的な成長」を 直感的に理解できない
皆さんは、「○○年ごとに△△%性能が上昇」のような文面を何度か見たことがあると思います。このような表現を、「指数的な上昇」とか「指数関数的な成長」と言います。
指数的な上昇は、図3-1のような数式とグラフで表すことができます。ほとんどの人は数学で習ったことがありますよね。
図3-1 指数的な上昇のイメージ xの値が増えるほど、グラフは急激に上昇していく(a>1の場合)。
ただ、私たちが普段生きる世界では、「前年度比で何%も上昇し続ける」ものはほとんどありません。物理的な制約が成長の限界を定めるからです。そのため、私たちは指数的な上昇を正しく認識できないことがしばしばあります。
例として、ある問題を紹介しましょう。
(問題) ある細菌は、1分間に1個から2個に分裂してすぐ同じ大きさになります。 コップのなかにその細菌を1個だけ入れて、経過を見ることにしました。 ちょうど1時間後、細菌はコップいっぱいにまで増えました。 細菌がその半分の数だったのは、実験の開始から何分後の時点でしょうか?
答えはわかりましたか?
細菌は1分間に1個から2個に増える……ということは1分前には1/2、半分だったということです。ということで、正解は59分後ですね。
皆さん、ちょっと考えれば正解できたと思います(考えるまでもない、という人もいたでしょう)。でも多くの人が一瞬、「30分後くらいでは?」と思ったのではないでしょうか。
人間の直感はどうしても日常的に接する線形的な上昇(1次関数的な上昇)に引っ張られてしまいます。指数的な急激な上昇を、正しく受け入れることができないのです。
しかし、コンピュータの世界では、指数的な成長は珍しいものではありません。「半導体の集積密度(≒性能)は18~24か月で倍増する」というムーアの法則は有名ですね。
この「人間の常識」と「コンピュータの世界の常識」の違いを知ることが、人工知能とその急激な進化を受け入れるためのポイントなのです。
人類はこれから、 プロ棋士と同じ経験をする
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