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(無題)

 投稿者:ふと思った  投稿日:2017年 4月21日(金)00時13分52秒
  陽光様

ありがとうございます。
アメリカの方とこのようなお話ができることにあらためて世界広宣流布を実感しています。
ネットって、本当にすごいですね。
紹介されたご投稿、じっくり読んでみます。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 4月20日(木)23時37分47秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

暖かくなって、良い季節になりました。

 投稿者:末端信者  投稿日:2017年 4月20日(木)23時22分39秒
編集済
  皆さんの地域は如何ですか?

執行部の事を、謗法五老僧の眷属かと思ったりしましたが、
守銭奴の宗教ゴロなのではと、感じるようになりました。

創価学会、生え抜けの獅子身中の虫が、
乗っ取てしまい、どうなっていくのか?

その事を、何も感じていない会員は、
救われるのでしょうか?

提婆達多や五老僧、退転した人間に付いていった者は、
どうなったのでしょうか?

自分の思う事が、合っているのかも含めて、
考えてしまいます。

もう一つ、罰と功徳についても考えあぐねています。
 

立正安国論 30/35

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月20日(木)23時13分33秒
  相加罪業何爲哉則大集經云剃頭著
袈裟持戒及毀戒天人可供養彼則
爲供養我是我子若有撾打彼則爲
打我子若罵辱彼則爲毀辱我料知
不論善惡無擇是非於爲僧侶可展
供養何打辱其子忝悲哀其父彼
竹杖之害目連尊者也永沈無間之底
提婆達多之殺連華比丘尼也久咽阿
鼻之焔先證斯明後昆最恐似誡謗法
既破禁言此事難信如何得意
主人云客明見經文猶成斯言心之不及歟理
之不通歟全非禁佛子唯偏惡謗法也
夫釋迦之以前佛教者雖斬其罪能仁
之以後經説者則止其施然則四海萬邦
一切四衆不施其惡皆歸此善何難並




(殺害)相加つて罪業何んが為んや。
則ち大集経に云く
「頭を剃り袈裟を著せば持戒及び毀戒をも、
天人彼を供養す可し、則ち我を供養するに為りぬ、
是れ我が子なり若し彼を撾打する事有れば
則ち我が子を打つに為りぬ、
若し彼を罵辱せば則ち我を毀辱するに為りぬ」
料り知んぬ善悪を論ぜず是非を択ぶこと無く
僧侶為らんに於ては供養を展ぶ可し、
何ぞ其の子を打辱して忝くも其の父を悲哀せしめん、
彼の竹杖の目連尊者を害せしや永く無間の底に沈み、
提婆達多の蓮華比丘尼を殺せしや久しく阿鼻の焰に咽ぶ、
先証斯れ明かなり後昆最も恐あり、
謗法を誡むるには似たれども既に禁言を破る
此の事信じ難し如何が意得んや。

主人の曰く、客明に経文を見て猶斯の言を成す
心の及ばざるか理の通ぜざるか、
全く仏子を禁むるには非ず唯偏に謗法を悪むなり、
夫れ釈迦の以前仏教は其の罪を斬ると雖も
能忍の以後経説は則ち其の施を止む、
然れば則ち四海万邦一切の四衆其の悪に施さず
皆此の善に帰せば何なる難か並び(起り何なる災か競い来らん。)




殺害の罪が加わって、
自分自身がその罪業を免れることはできないではないか。
すなわち大集経には
「髪を剃り、袈裟を身にまとえば、
たとえそれが持戒のものであっても毀戒のものであっても、
人天の衆生はその人を供養すべきである。
彼等を供養することが、
すなわち仏である自分を供養することになるからである。
それらの僧尼は、皆我が子であり、
もし彼等を打つようなことがあるならば、
それは即わが子を打つのと同じことである。
もし悪口をいって彼等をはずかしめるならば、
それは、我をはずかしめることになるのである。」
とあるではないか。
したがって善悪を論ぜず是非を選ばないで、
およそ僧侶ならば、彼等を供養しなければならない。
どうして仏の子を打ったりはずかしめて、
その父である釈尊を悲しませてよいであろうか。
かの竹杖外道は目連尊者を殺したため、長く無間地獄に沈み、
また提婆達多は蓮華比丘尼を殺したため久しく阿鼻の焔にむせんだ。
このような先証は明らかであるゆえに、
このことは後世の人々が最も恐れなければならぬところである。
謗法の輩を斬罪することは謗法を誡めるようであるが、
すでにこのような仏の禁言を破ることになる。
このことは、はなはだ信じ難いことであるが、
どのように心得たならようのだろうか。

主人のいわく。
あなたは明らかに上来の涅槃経等の経文を見ていながら、
なおそのような質問をするとは心がおよばないのか、理が通じないのか。
自分が念仏者を断ぜよというのは、まったく仏子を禁ずるのではない。
ただひとえに謗法を悪むのである。
一体釈尊以前の仏教においては、その罪を斬るとあったが、
釈尊以後の経説はすなわちその布施を停止するのである。
しかればすなわち天下万民、一切衆生ことごとく、
皆謗法の悪人に布施せず、この正法たる日蓮の門下に帰するならば、
災難はすべて止まり、必ずや天下案泰、国土安穏となるのである。



(大きな画像はこちらから↓)
https://blogs.yahoo.co.jp/kyodaineko130/33092642.html
この御正筆は、中山法華経寺所蔵の国宝です。



 

ラウドネス

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 4月20日(木)22時56分40秒
  元職員のブログが更新されています。
【中編】「中国・岡山座談会」の報告と「4・23中部・名古屋座談会」への決意
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-90.html
“創価学会の指導に従うことが会員の活動の基本”“創価学会の指導に承服できなければ退会は自由である”だそうな。

多くの場面で「創価学会」という言葉が使われます。その意味するところは「何」? 「誰」?

カウントダウン! 中部・名古屋座談会まであと3日!!! 対話しよう!!!

『国会で取り上げられた「朝日新聞」押し紙 新聞各紙は報じず』
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170419-00519792-shincho-soci
聖教にも影響が出そうでしょうか?

ところで、我が地元のスター「ラウドネス」が怒鳴花札によって黒船国入国拒否される。広宣流布が進んだ時代は「妙とは開く義」で、ボーダレスが流行語のようになっていたのに、ここでも逆向修行です。
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20170420-00000025-jnn-int
ダメだこりゃ。やっぱり……対話しよう!!!

“心の扉を開いてベイビー 鍵は私 鍵はあなたが握ってる”
“心の扉を開いてダーリン 鍵をあけてくれたら愛をあげるわ”
『オープン・ユア・ハート』マドンナ
https://www.youtube.com/watch?v=snsTmi9N9Gs

“両手を広げあなたの元へやってきた 隠すことは何もない”
“私の言うことを信じて だから私はここで両手を広げている”
『オープン・アームズ』ジャーニー
https://www.youtube.com/watch?v=i5pUOVC50Y8

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
 

同盟題目!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 4月20日(木)22時50分27秒
  23時より開始します。よろしくお願いします。  

いってみたい~

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 4月20日(木)22時45分58秒
  銀座の新スポット

今は行く気がしない・・・
信濃町界隈

我が家の婦人部長談
 

久遠長寿の如来

 投稿者:史人  投稿日:2017年 4月20日(木)21時42分45秒
編集済
  震えるような感動を覚えることがあります。
世界平和文化祭に出場した時、その感動の余韻がありました。
当時文化祭に出る主体者として、同級生や会社の先輩・後輩など誘って座談会やら学会の男子部の会合にも幾人も連れていったものです。
ある時、後輩を会合に連れていこうとしたら、その兄貴がカンカンに怒っていて、会合に誘うことは出来ませんでした。
私の同級生が身内と結婚することになり、お墓には来るものの御本尊にお題目を唱えているかは結婚して20年余り経った今日でもわからないままです。
また私も聞かないです。
子供が居るから、皆幸福になっていくのを見れるのは嬉しい限りです。

11年前に御本尊様の前で一念に億劫の心労を尽くしたようなことがあり、入会して40年弱経っていました。

高校の時、教室内で先生に名前を呼ばれた時以外、全く顔を上げられませんでした。
その時より27年前後経っていました。
当時先生は題目同盟に入ろうと言われていたことを今日の発心で書かれている方が居られ、50何年問題の頃だったかと思います。
その題目同盟という言葉はその記事を見るまで知りませんでしたが、知らずともちゃんと題目同盟に入っていたのです。

学校が終わってから毎日3時間20分の1万遍唱題をしていました。
来る日も来る日も晩21時頃皆がテレビを見ている中で、それを振り切って唱え続けました。
卒業の時になってもとうとう教室で顔を上げることが出来ずに机にうつ伏せにならないままの下を向いた状態で終了しました。
それは社会に入っても同じで、机が横に並んでいると寂しくなり、顔を上げられませんでした。
このように業というものは生易しいものではありません。
それは今もきっと変わっていないでしょう。

信心しているのにではなく、信心していてもなのです。
今こうしている間も寸暇を惜しんでお題目を唱えています。
此経難持ということを知らないまま今日まで来たのですが、昨日久遠長寿の如来なりとの日蓮大聖人のお言葉があることを思い知ったからです。
今までも読んでいるのですが、御書がスッと頭の中に入ってくる時があるものです。

お題目を念ずることを忘れてはいけません。寝床に就いても意識が無くなるまで唱え続けていますから、口は開いたままです。
私自身はお題目を念ずることは一生続くことです。
悩みは尽きないからです。
この御書で書かれていることこそが答えでした。
題目を念じ続けていく中で、その寿命は久遠だということ、悩みがそのまま寿命に繋がっていたのです。

妙法蓮華経を安楽に行ぜむ。
難(自分としては業の悩みも含めます)がある中で、益々唱え続け持ち続けていくことで歓喜・感謝に通じます。
「此の経は持ち難し若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す諸仏も亦然なり」
自分の中にある秘められた生命が躍動していく、こんな嬉しいことはありません。
この御書全体が私には新鮮に感じました。

一番最初に心に刻んだのはいかなる病さはりをなすをなすべきやの御文でした。
体が沸々と湧いてくる喜びの生命を長く感じることがありましたが、その後に病気の苦しみが再燃しました。
即この御文が浮かび、身の福運への深い感謝の念が心の中から込み上げてきて嬉しい気持ちを抑えることが出来ませんでした。
この御文は実は辻さんがとても重要視されて言われていたものです。
体験がなければ言えないことだったと思います。

レ・ミゼラブルの歌の時に体が震えるような歓喜が起き、感動からくる涙というものが溢れてきます。
それとは全く違います。(アナ雪の時に最後に女王が凍りを溶かす場面、氷を少しだけ張ってスケートリンクを作る場面、それを見ただけでも生命が感動して涙が溢れてきました。)

御本尊の前から離れて尚、お題目が惜しくて唱え念じ続ける中で、この久遠長寿の如来という言葉は希望を与えるものです。

妙法蓮華経には自分の運命がかかっているといっても過言ではないです。
戸田先生は経とは「ありがたいと思うこと」だと言われ、また「これ自体が・・運命を支配する」とも。

要は御本尊に向かう時に「御本尊のことのみしか考えなくなる(法華三昧。戸田先生)」ことです。
何もわからなくとも自分の「心と体の働き(戸田先生の言葉)」が顕れてきていると思います。
 

愚痴と不満は福運消すよ!だからバカになったフリをしていれば良い?

 投稿者:穀潰し  投稿日:2017年 4月20日(木)21時34分29秒
  世渡り(学会組織)上手の謗法マミレ、最低野郎と自認しても創価の世界は優しいから黙って知らぬ存ぜぬで組織にぶら下がっていれば安泰安堵。仮面同志で突き進んでいます。

しかし、その組織が空洞化して身動き出来ない状態になりつつある。職員にとって『沈黙は金』というよりもカネかも?
 

早くもツイッターに呟かれていました。

 投稿者:ダメよダメダメ~  投稿日:2017年 4月20日(木)21時14分45秒
編集済
  森脇検事さまのご投稿関連が早速ツイッターで呟かれていました(笑)

ツイッターにもありましたが、信濃町界隈のネット対策室の皆様、早く本部の関連法人部から業務連絡を出された方が良いのでは?このご投稿の内容でこの潮の社員特定出来るはずですから(笑)
そしてご指導お願い致します。


以下、ツイッターより引用。

「外郭企業の潮出版社の職員。ご本人の耳に入っていないのか、脳天気なのか、またまた苦言が呈されています6027.teacup.com/situation/bbs/…      信濃町のネット監視員の方、関連法人部経由で教えてあげて下さい(苦笑)」
 

(無題)

 投稿者:穀潰し  投稿日:2017年 4月20日(木)21時07分26秒
  全くその通り!!
一般社会を知らない道楽者ね!
創価の世界だけが全ての愚か者!
 

なぜわからんかね…。

 投稿者:森脇検事  投稿日:2017年 4月20日(木)20時34分26秒
  職員である君が家を持ち、車を持ち、ブランドの小物を持ち、最新のスマホを持つ。
100歩譲ってそれでも良いだろう。
だがしかし、SNSでリア充を強調してどうすんだアホが。
本部職員や聖教職員でそんなことしてる人は皆無だろう。
職員としての精神が欠落している他に考えられない。
会社自体に職員精神が無いのか、先輩に恵まれなかったかは分からないが、一度指導を受けたほうがよい。

例えば、寺の住職が家を持ち、車を持ち、ブランドの小物を持ち、最新のスマホを持ち、SNSでリア充を書き綴っていたら、そんな寺にご供養する気になるかい?
自分の身を削ってご供養しようと思うかい?
寺の坊主ですら遊びに行くときは帽子を被り、カツラを被り、ひっそりとしてるんだよ。

知り合いの職員のSNSをよく見ろ。
そんなこもしてる奴はいないぞ。
恥を知れ。

もし、君の周囲で潮を購読してる人間がいないのなら、それは君が原因だろう。
民間の人間は職員に対してシビアに見てるよ。
もう、幹部だからとか職員だからとかで敬う人はいないよ。
 

生き残りを賭けて

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 4月20日(木)20時31分51秒
  昔、池田先生は、今の創価学会と同じほど大きく成ったのに、いつしか歴史の闇に消えて行った教団は、たくさん有る。と言われていた。

このまま行けば、創価学会もそうなるかも知れない。

今みたいな選挙戦など、もう10年も持たない。活動家の年齢を見れば解る。現場では常識。

青年部、未来部も育てていない。

創価学会が無くなる訳がないと信じ、生活の為に、最高幹部に忠誠を尽くしている大多数の職員も、経営困難の為、将来的には切り捨てられ、露頭に迷うことになるのではないか。

少数の最高幹部だけが、私財を貯め込み生き残る。広宣流布など、どうでもいい連中。

そうであるならば、悪の最高幹部を倒し、池田先生の思想に立ち戻り、創価学会を正常に発展させること以外、創価学会職員が生き延びる手立てなど、たぶんない。

現証の現れる速度は、思った以上に急速なようだ。
 

学生自治会の旗!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 4月20日(木)20時16分16秒
編集済
   あのノーベル賞受賞の晩餐会に花を添える“旗”があるそうです。

 そのひとつが、スウェーデン・ストックホルムの「学生自治会」の“旗”だとか。特殊織の布地に金糸も織り込まれる“旗”で、傷みの激しくなったその“旗”の修理依頼が日本の米沢の絹織物工場にあったということです。かつて、あるTV番組で放映されました。

 番組を通して、私たちの想像以上に、学生たちの“誇り”の“旗”であることが分かりました。だからこそ、細密技術が必要な手間のかかる作業をわざわざ米沢にまで依頼してきたのでしょう。その旗の生地は100年前の野蚕糸(絹)の素材。野蚕糸は家蚕糸に比べほつれやすく切れやすいという。米沢の伝統技術の嵐田絹織りでしか復元できない。平澤さんという方に復元材料の製造を依頼(2004年9月)したといいます。

 「旗」と言えば、「われ今 仏の旨をうけ……」で始まる、あの同志の歌です。原曲は旧制第三高等学校(現在の京都大学人間学部と岡山大学医学部の前身)の寮歌「行春哀歌」だそうです。戸田先生は、この歌を学会員にも軽々しくは歌わせなかったようです。その3番にあります。


 捨つる命は 惜しまねど 旗持つ若人 いずこにか
 富士の高嶺を 知らざるか 競うて来れ すみやかに
 競うて来れ すみやかに


 そして、「学生自治会」。創価大学の「学生自治会」の“旗”というのはあるのでしょうか。物質、物体としての“旗”ということではなく、“誇り”に燃えた創価大学、学園の人たちの“旗”です。「師弟不二」の最後の決着は、この創価大学、学園生の人たちの手に委ねられることは必然なのでしょう。


 

R:一念三千

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 4月20日(木)20時13分25秒
  >一念三千   投稿者:通りすがり   投稿日:2017年 4月20日(木)19時22分26秒
   ブログで一念三千を考察しました。
興味のある方はご覧いただければと思います。
===konmanki.blogspot.jp/<

 アドレスは削除しました。
 最初の方だけ拝見しました。お話に……の類いですね。「方便品の三転読誦」も把握していません。


 

東京富士美術館の美術品総資産

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 4月20日(木)19時23分56秒
  はお幾らくらいでしょうか?  

立正安国論 29/35

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月20日(木)18時46分35秒
編集済
  重誰不歸仰哉而謗法之族忘正道
之人剩依法然之選擇彌増愚癡之盲
瞽是以或忍彼遺體而露木畫之像或
信其妄説而彫莠言之模弘之海内翫
之?外所仰則其家風所施則其門弟
然間或切釋迦之手指結彌陀之印相或
改東方如來之雁宇居西土教主之鵝
王或止四百餘回之如法經成西方淨土
之三部經或停天台大師講爲善導講
如此群類其誠難盡是非破佛哉是非
破法哉是非破僧哉此邪義則依選擇
也嗟呼悲哉背如來誠諦之禁言哀
矣隨愚侶迷惑麁語早思天下之
靜謐者須斷國中之謗法矣

客曰若斷謗法之輩若絶佛禁之違
者如彼經文可行斬罪歟若然者殺害




(其の禁実に)重し誰か帰仰せざらんや、
而るに謗法の族正道を忘るの人・
剰え法然の選択に依つて弥よ愚癡の盲瞽を増す、
是を以て或は彼の遺体を忍びて木画の像に露し
或は其の妄説を信じて莠言を模に彫り
之を海内に弘め之を郭外に翫ぶ、
仰ぐ所は則ち其の家風施す所は則ち其の門弟なり、
然る間或は釈迦の手指を切つて弥陀の印相に結び
或は東方如来の鴈宇を改めて西土教主の鵝王を居え、
或は四百余回の如法経を止めて西方浄土の三部経と成し
或は天台大師の講を停めて善導講と為す、
此くの如き群類其れ誠に尽くし難し
是破仏に非ずや是破法に非ずや是破僧に非ずや、
此の邪義則ち選択に依るなり。
嗟呼悲しいかな、如来誠諦の禁言に背くこと、
哀なるかな愚侶迷惑の麤語に随うこと、
早く天下の静謐を思わば須く国中の謗法を断つべし。

客の曰く、若し謗法の輩を断じ若し仏禁の違を絶せんには
彼の経文の如く斬罪に行う可きか、
若し然らば殺害(相加つて罪業何んが為んや。)




誰がそれに従わないでいられようか。
しかるに諸衆は元来、謗法の徒輩にして、
また法華経の正道を忘れた人であり、
さらに法然の選択集によって、
ますます愚痴の盲目ぶりを増し、
謗法の度を加えている。
このゆえにあるいは法然の遺体を木像に刻み、
絵像として描いたり、
あるいは法然の妄説を信じて、
選択集などのまことしやかな邪言を版木に彫り、
これを刷って日本国中のいたるところ、
いなかのすみずみまで弘め歩いている。
いまや国の上下を問わず、
仰ぐところは法然の家風、すなわち念仏であり、
布施をするといえばその門弟に対してのみというありさまとなった。
このような状態であるから、
或は釈迦像の手を切って阿弥陀の印相に結び変え、
あるいは東方薬師如来の祭ってある寺を改めて、
西方阿弥陀如来の像を据え、
あるいは天台宗の第三祖・慈覚大師の時以来、
四百余年間も続いてきた法華経を書写する如法経も、
浄土の三部経を書写するように改められ、
あるいは毎年十一月二十四日に行われてきた天台大師講を停止して、
善導講としてしまった。
このような謗法の徒輩はとうてい数えきれない。
これこそ破仏・破戒・破僧の行為でなくて何であろうか。
これらの邪義はすなわちすべて法然の選択集によるものである。
このような大衆が如来の悟りの禁言にそむいているのは、
実に悲しいことであり、
愚侶にすぎぬ法然の迷いの言葉に従っていることは、
まことに哀れなことである。
一刻も早く天下の泰平を願うならば、
まず何よりも国中の謗法を断絶すべきである。


客のいわく。
もし謗法の輩を断じ、
仏の戒めを違反する人々を断つためには、
前の経文に示されたとおり斬罪にしなければならないのか。
もしそうであるとすれば、殺害の罪が加わって、
自分自身がその罪業を免れることはできないではないか。



(大きな画像はこちらから↓)
https://blogs.yahoo.co.jp/kyodaineko130/33092642.html
この御正筆は、中山法華経寺所蔵の国宝です。


 

私の場合は連絡は来ます

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 4月20日(木)18時43分4秒
  平日夜勤の地区部長から、昼間のうちに、北朝鮮撲滅唱題会の連絡がラインメッセージで送られて来ます。昨今、御祈念項目が増えました。日本共産党撲滅唱題会です。  

信濃町の未来と自分自身の信仰と

 投稿者:-Q-  投稿日:2017年 4月20日(木)18時16分20秒
  急速な高齢化が組織を疲弊させている。私の周辺だけかもしれないが、四、五十代の幹部で指導力のありそうな人物がほとんど見当たらない。青年部・未来部の前途も相当に暗い。

現在、どのくらいの財力を信濃町が保有しているのかは知らない。だが、現金のままにしておけば常に不良職員による横領の危険が伴う。
とにかく専従幹部らは、今使えそうな活動会員の規模で集められる資金を、できるだけ多くの不動産(や美術品)に変えて貯えようとしている。
将来的には、組織の縮小均衡を図りつつ、それらの財産を運用活用しながら1%の生き残る方途を模索していくのだろう。

小作人殿の指摘されるように、聖教は数年のうちに廃刊され、月刊誌・大白への統合は既定方針だと思う。問題は、千店規模(?)で存在する販売店の生活保障だが、大石寺への登山停止のときと同様、少なからぬ混乱は避けられないのではないか。


上意下達型の組織的信仰の時代は終わろうとしている。経文(御書と自分がこれはと定めた講義録等)と“数珠”さえあればどこにいても信心はできる(曼荼羅本尊が不可欠とは思わない。為念)。
その意味で私は少しも悲観していない。むしろわくわくする気分もある。


 

RE: 見て見ぬふり

 投稿者:陽光メール  投稿日:2017年 4月20日(木)18時16分18秒
  ふと思ったさん、投稿読みました。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67579

>『いじめ』の実態を、明らかに、より多くの会員に知らせるべきではありませんか?
判断するのは自分自身ですが、本当の情報を知らなければ、第三者は声をあげることかできません。<

その通りですね。査問・除名等のプロセスはすべて密室の中で行われます。従って、一般会員には、どうしてそのような査問をされるのか理由が分からないでしょう。事実・真実を知ることの大切さがそこにあります。

>もう少し正確に全国でどれくらい、どのように除名や解任されたのか、できる範囲で正確な情報を知りたいと思います。<

これは全国というより、全世界で行われている愚行です。査問・除名の理由は、「質問をする、意見を言う」というだけのものです。私の体験談を詳しく投稿しました。「問答無用 対話なき処分」という結構長いシリーズで事実を忠実に書き留め投稿しています。時間があればぜひ読んでください。「ふと思った」さんが事実を知る一助となるかもしれません。
http://sgi-shiteifuni.com/?p=9915

査問・処分を受けた後は幹部達から誹謗中傷の嵐を受けます。その人のある事ない事を繕って一般メンバーに声を大にして誹謗・中傷します。そして、村八分にしてしまいます。とても仏法者としての行為とは思えません。この「村八分」ですが、私の友達はうまい事を言いました。それは「村八分」ではなくて、「村九分」にしたほうが良い、と。理由は、村八分になっても財務の「一分」は受け付けるようですから・・・(笑)

査問・処分も密室ではなく、一般メンバーの居る所で、公の場で正正堂堂と対話を主にして討論すれば一般会員もどちらに非があるかよく理解できると思います。いつの世にも権力者は卑怯な手を使って裏に廻って人を陥れるために工作をします。方程式はいつの時代も同じです。

>会員にわからないようにひっそりとやっているとしたら、それこそ、本部執行部がおかしいということを証明しているようなものです。<

まさにその通りですね。池田先生の「一人の人を大切に」という精神はすでに失われています。仏法者でありながら、「厳しき因果の羅列」を信じない幹部達が如何に多いことか・・・怖いことです。
 

なるほど

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 4月20日(木)18時02分19秒
編集済
  色々ご教示頂きありがとうございます
自分的には秋谷元会長の復活は、納得できないです
おそらく同じ思いの会員、たくさんいると思います
本幹にも、出席していないですよね?
一体、どういう立場ですか?
もし、本当に復活しているならば
会員にちゃんと説明するべきではないですか?



 

どんな時もw

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2017年 4月20日(木)17時09分47秒
  会長が過ちを犯しても定年まで勤めて退職金もらい
60以降は嘱託で楽しながら給料もらい
年金も世間より多くもらい
真の仏道修行はしないww
 

職員を辞めない理由ww 食法餓鬼だね~ww

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2017年 4月20日(木)17時06分41秒
  なにしろ独自の年金もあるらしいね~w
つまり、三階建てね~www

国民年金と厚生年金のうえに
まだ、独自の年金があるっていうwww

会員の浄財食い潰す食法餓鬼だね~ww
 

愉快な仲間達さん

 投稿者:ダメよダメダメ~  投稿日:2017年 4月20日(木)16時28分11秒
編集済
  秋谷さん、報酬発生して貰っているでしょう(笑)

定年し、嘱託になっている一部の職員幹部の副会長でさえ手取りで30万は貰っていると聞いています。それもろくに大した働きもせず2年間いるのですから(笑)

おまけにスキ有らば年金受給まで嘱託延長を狙っているさもしい方々が多く、酷いのは受給年令過ぎてもまだいます。

現役時代、ろくに大した働きもせず高給を頂き、更に定年時に高額な退職金も頂きながら、年金受給まで嘱託とは言え、世間の常識から見たら有り得ない額を貰っている。一部とは言え、副会長の職員はまさしく食法餓鬼と言っても過言では無いと思います。

 

300万は

 投稿者:ズブ  投稿日:2017年 4月20日(木)14時40分11秒
  毎日新聞と同じくらい日経新聞より多い聖教の発行部数ですね
配達員は薄給、新聞拡張員はタダ、新聞記者は雇わない
200万部に減っても倒産はしないでしょう。
幹部の給与を減らせばすむこと。
、、ところで高級取りの幹部たちはどんな仕事をしているのでしょう?
 

位置付け

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 4月20日(木)14時38分33秒
  聖教新聞って機関紙だよね?
機関紙ってことは、内部向け新聞だよね?
機関紙って、基本赤字覚悟でしょ?
だから、配達員も、ボランティア同然の賃金で頑張っているのでは?

記念月間とかで啓蒙させられるけど、ボランティアの配達員が気の毒
薄給の販売店が気の毒

教団の資金が不足しているならば、その旨発表して、違う形考えたら?
都議会は議員報酬、20%削減
収支報告書、ネットで公開

原田執行部の給料さえ知らず、手弁当で啓蒙、集票させられている状況って、おかしくない?
まして、もし、秋谷さんが復活して給料支払っていたとしたら?
その事さえ、会員は知らない
もし、秋谷さんが復活しているならば公表してください
また、給料も支払っているならば、それも公表してください

肝心な事は何も公表しない
毎日「我が友へ贈る」や「寸鉄」使って「命令される」
おかしいでしょ?
そんな新聞を読む人、減るの当たり前だよ
そんな当たり前の事も執行部は分からないのか?

生きる活力、心の糧となる新聞でなければ
誰も読まない
戸田先生が目指されたのは
「世界中に読んで貰う」事
買って貰う事ではない
今、内部も聖教、読んでいる人、減っているよ

鳴り物入りの
「新・人間革命」も雌伏の章になったら
皆、諦めて、読んでもいないし、話題にさえならない

人は機械ではない
ロボットでもない
「心」を感じて動く
執行部サイドが身を削る努力をしないで、会員ばかりに無理を押し付けて、頑張る人がいる訳がない

原田会長になって、広布進みましたか?
会員、増えましたか?
会員幸福になれましたか?

創価学会は「独自性」なんて言う前に
「原点」に戻るべきだと思う


 

おそらく、

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 4月20日(木)14時32分36秒
編集済
  『新・人間革命』連載終了をもって頃合いを見計らい、
聖教の日刊体制を止める方針になっているのではないか?
紙媒体としては隔日の週3回から週1へと漸次発行回数を減らし、
オンラインでの有料コンテンツ充実に注力するようになると思う。

昭和40年の日刊化は『人間革命』連載開始を受けてのものだったから、
“ライフワーク”の完結を待って逆の道を辿る可能性も出てくる。

無冠の友、どこも深刻な人員不足で高齢化も進む。
税制面で優遇される宗教法人の機関紙がこれほど広告まみれなことじたい非常識の謗りを受ける話ではあるが。。
 

解任、除名には至らずとも

 投稿者:フロム関西  投稿日:2017年 4月20日(木)14時20分40秒
  謎の人事による副役職専任や「連絡をするな!」「放っておけ!」等の

村八分、仲間はずれを含めれば相当な人数です…。










 

変わり始めた現場の空気

 投稿者:モンブラン  投稿日:2017年 4月20日(木)13時49分5秒
  久々の投稿です。

私が、安保法案に反対の意思表示をしてから、査問・役職解任となり、周囲の活動家が、距離をとるようになって、2年近くになります。この数年、身近な活動家が、元気をなくし、年齢以上に年老いた姿を見せており、心を痛めておりました。外部の友人のほうが元気に見えるという皮肉な現象がおきていました。

ところが、最近、身近な活動家が、元気を取り戻しつつあります。私と距離をおいていたはずの活動家まで、話しかけてきます。たまたま道で出会う活動家が次々と元気を取り戻しているように見受けられます。

54年に関する新・人間革命の内容のでたらめさに、さすがに気づき始めたとしか思えません。世紀の駄作??、結果としては、思いのほか、会員の目を覚ますためには、効力を発揮しているようです。

私を含め、直接、池田先生から「会長を辞めさせられたんだ。」と聞いている学会員は相当の人数に及ぶと思います。

いよいよ悪を叩きだす正念場、一層強く祈ってまいります。
 

見て見ぬふり

 投稿者:ふと思った  投稿日:2017年 4月20日(木)13時48分47秒
  『いじめ』を見て見ぬふりも同罪です。

私はいじめられておりませんが、『いじめ』を見て見ぬふりをする卑怯ものにはなりたくありません。

ここで聞いた事実が本当でないなら、「宿坊の掲示板は嘘で捏造ですから、騙されないように」と、本部はしっかりと会員に知らせるべきです。悪の勢力なのですから。
でも、私は今まで会合でも幹部の方からもそんな話を聞いたことがありません。
会員にわからないようにひっそりとやっているとしたら、それこそ、本部執行部がおかしいということを証明しているようなものです。

『いじめ』の実態を、明らかに、より多くの会員に知らせるべきではありませんか?
判断するのは自分自身ですが、本当の情報を知らなければ、第三者は声をあげることかできません。

もう少し正確に全国でどれくらい、どのように除名や解任されたのか、できる範囲で正確な情報を知りたいと思います。安保法制の時の天野さんや、議員の方も、その後どうしておられるのか気になります。
でも、ここは私のように何でもない一会員も現に投稿しているわけですから、一つのグループでも無いわけで、これは無理ですか?
 

300万部割れ

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 4月20日(木)12時54分22秒
  セイキョウオンライン有料会員の数は入ってましたかね。

そういえば、有料会員の数も新聞統監の成果に入れる話がされてたけど、なくなったのかな。

ID パスワードがひとつで、家族のスマホやパソコンで共有出来てしまうのは色々な意味で有難いです。

 

信心も無い!謗法を怖れない強者???

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 4月20日(木)12時33分6秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

鉄砲玉様、通りすがりの仮面ライダー様、初めましてm(._.)m


賢くなりたい婦人部様、虹様、ダメよ様、

皆様のご意見に深く賛同いたします。ヽ(^○^)ノ

学会を支えてきた人達ばかりを処分してるんだから話にならないですね執行部の馬鹿さ加減にはヽ(^○^)ノ

権威、権力の人に共通だね!臆病で人の意見を聞かないだけじゃなく意見を言うだけで敵外視するの(^○^)

無間地獄行き確定だけじゃなく、来世はボウフラ宣言しちゃっているようなもんだねヽ(^○^)ノ

これだけ言っていても自分が言われてる事に気が付かないのかな?

ショーモナイ人達だ┐(´д`)┌

 

ここだけの話、聖教も赤字

 投稿者:外郭直球  投稿日:2017年 4月20日(木)11時59分35秒
  採算ラインの300万部を割り込んだ模様  

新・人間革命に学ぶ第10巻

 投稿者:賢くなりたい婦人部  投稿日:2017年 4月20日(木)11時21分4秒
  たとえみんなで決めたことでも、大聖人の教え、精神に反するものであれば、それに従ってはならないというのが、仏法の考え方です。
中心となり基準となるのは、どこまでも法だからです。
皆が間違った方向に進んだ場合には、たった一人になっても、その誤りを正していかなくてはならない。
それができてこそ、真実のリーダーです。


……………『新・人間革命』第10巻新航路の章p213………


 

愚痴や不満

 投稿者:通りすがりの仮面ライダー  投稿日:2017年 4月20日(木)10時59分46秒
  愚痴や不満を漏らす方々が、現在の学会を新聞社を出版社を支えているのが、職員幹部の方々はわからないのでしょうか。

「創価学会は正しい」「公明党に任せれば日本は大丈夫」と今でも思って活動している方々は多数おられますが、まじめに活動すればするほど歓喜と感謝の心がなくなっていくのが現状です。

活動現場においての末端幹部の激励では、意見や質問に対して「私も同じ思いです」と。
不満や不安に対する共感になっている。これでは単なるガス抜きだ。

歓喜と感謝の心を会員に持たせたいのであれば、どうすれば良いのかを真剣に職員幹部は考えるべきである。

 

臨界点は近い?

 投稿者:鉄砲玉  投稿日:2017年 4月20日(木)10時46分51秒
  ダメよ~ ダメダメ様の仰せの通り。

現場の活動家諸氏の中には「違和感」充満してきているって感じではなかろうか?

この打ち出しは誰が決めたのか?
地区では支部が、支部では本部が、本部では区圏が、区圏では県総区が、県総区では・・
途中の中間管理職?に言っても埒が明かない。
最後は信濃町の執行部が決めた・・と多くのメンバーが腑に落ちる時が来るのだろう。
県総区の長は、基本、職業幹部。ある意味聖職者。こことの断絶は火を見るより明らか。

学会組織=先生と、多くの会員が思っているから、通じている、“先生利用”。
心無い本部職員諸氏よ。89歳の先生を、どこまで利用するのか!?

「上部組織の決めたことなら、何でも従いなさい」などと先生はご指導したか?

先生がいらっしゃらなくなったら、“先生利用”は一気に、奈落のように崩れるのではないか。
それでも、「先生はこの様に言われていた・・」などと、曲解、嘘を続けようと魂胆決めているのか?
でも、それは無理。民衆は具にして賢。なめたらいかんよ。
一旦、ボトムを打つまで、残念ながら衰弱するしかないのか・・な。
 

虹と創価家族さん仰るとおり。

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 4月20日(木)08時55分43秒
  「わが友に贈る 2017年4月20日

躍動する生命の人は
愚痴や不満が出ない。
歓喜と感謝の心は
福運を倍加させる。
さあ颯爽と使命の道を!」

余程、全国各地で様々な意見やクレームが出ているのでしょうね(苦笑)

それを一応、先生が書かれているという前提の「わが友に贈る」でこの様な書き方。

意見や要望、ましてやクレームを「愚痴や不満」と捉えている時点で既に考え方が間違っていま

すよ。

今に始まった訳でもないので驚きもしないが、先生を利用し、先生の言葉を装い、この様な指針

を創作し、純真な信仰心につけこみ、言論を封殺、押さえ込もうとの魂胆がみえみえ。

これが一番の悪。

世界宗教を標榜し、平和・教育・文化そして人権、環境を謳い、人間主義を目指す宗教法人、

教団の思想ではありません。

あとついでにいうと、選挙活動(東京以外の住んでもいない方面、地域の方が東京都議選の為に

上京したり)や(減部に歯止めが効かない、職員の給与の原資である聖教新聞の)新聞啓蒙が

学会員さんの真の「使命の道」ではないでしょう?

今一度、宗祖の御書は当然、創価歴代の御指導を研鑽、思索し

もう少し世の中の流れや人間の心理をお勉強された方が良いのでは?

信濃町界隈の最高幹部の方々。
 

今日の「 わが友に贈る」について

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 4月20日(木)08時27分36秒
編集済
  「おかしい」と声を上げることは愚痴ではない。それは建設的な意見です。

「おかしい」と思う心を抑え込むのは、自分にウソをついている事になる。

ウソツキの人生を送るために信心をしたのではない!
 

生死の二法と御本尊!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 4月20日(木)08時26分1秒
   日蓮大聖人から御本尊を授けられたお弟子さん達が、御本尊を持ちあわせないまでも、互いに家庭訪問したらどうなるでしょう。その相藐(そうみょう)の違いに気付くはずです。でも、どの御本尊も、「日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ」(経王殿御返事1124㌻)の御本尊のはずです。この当たり前のことが、文献のみを追っかける人には解っていないようです。
 「日蓮がたましひ」ですから、どのお弟子さんも、御本尊に迎うたびに大聖人を感じたはずです。思い出したはずです。その「感じる」「思い出す」こと、もの(=当体)が「日蓮がたましひ」であり、大聖人そのものだったのではないでしょうか。そうして、自分の日々の仕事、生活を営んだはずです。

 あるいは、言葉を掛けられた人もいたでしょう。熱い、優しい眼差しに、感涙した人もいるでしょう。その声を、言葉を、思い出すたびに、胸を揺すぶられた人もいたでしょう。その体感が、それそのものが、自身の心の奥深くに刻み込まれていて、自身の中心となって、いたのではないでしょうか。それが、「本尊」となっていたはずです。「原点」となっていたはずです。おそらくは、「感動」の、「歓喜」の原点だったのでしょう。

 「言葉」というのは、不思議なもので、「確信」とか、「福徳」と一体のもののようです。その「言葉」にそのままに「確信」が乗っかっていれば、説明が不必要ですし、乗っかっていなければ、その隙間を別の言葉で補わなければなりません。その「確信」の実体は、その人の中にある「三千」でしょうし、それは言葉を変えれば「福徳」ともいえます。「福徳」のある人に、余分な説明はいらないし、もしいるとしたら、その「三千」が異なる人に説明する時です。

 諫言や忠言は、自身が目指す“全人格”への助言である――もし、これが正しくって、“全人格”が「仏」の別称だとするなら、その諫言や忠言に感謝することができます。報恩、感謝は、“全人格”の一分です。指摘の欠落点を補います。そう見る見方が「仏の智慧」であり、その智慧を湧き出すものが「法」の身の「法身」ということになりましょうか。(※諫言=目上の人の過失などを指摘して忠告すること)

 諫言や忠言は、なかなか受け入れることはできないものです。誰しも「自我」があり、諫言や忠言はそれに逆行することが大方だからです。だが、ある時、受け入れられる時があります。「自我」が広がった時です。自我を護ることに必死だった自身が、他者の自我をも自身の自我の対象と自覚できるようになった時、つまりは他人の見方や智慧を自分の見方の“一角”にすることができた時に、自身の自我を拡大することができます。

 いまの社会は、「どちらに転ぶか解らない」という類いの題材が多くはないでしょうか。現代のようにいろんなファクトがある中では、それが、かえって事態の“選択の道”を解らなくしてしまっているところがあります。知識が無用に拡大してしまって中途半端であったり、逆に“学者馬鹿”的に可能性の話をむやみにあげるだけで、かえって選択の道を解らなくしてしまっています。

 専門知識がどうのこうのといいますが、そうではなく、むしろ選択そのものの問題です。選択する時に必要なのは、事態の選択を委ねるだけの「道理」の上の「信頼」です。「信頼」というのは、簡単に見えて、実は根深いものです。ことによったら、信頼する側の「人生」や「命」さえ奪いかねないものだからです。「信頼」が置けないから、「選択」に至らないのではないでしょうか。

 「言葉」に乗れる、「物語り」に乗れる、「理」に乗れる、「事」に乗れる、「人」に乗れる、「法」に乗れる。そして、「信」に乗れる。

 「夫れ生死一大事血脈とは所謂妙法蓮華経是なり、其の故は釈迦多宝の二仏宝塔の中にして上行菩薩に譲り給いて此の妙法蓮華経の五字過去遠遠劫より已来寸時も離れざる血脈なり、妙は死法は生なり此の生死の二法が十界の当体なり又此れを当体蓮華とも云うなり」(生死一大事血脈抄1336㌻)。

 「開」と「合」のこの「生死の二法」に乗ることが、「御本尊」を見るうえでも、重大な視角ではないのでしょうか。


 

【保存版】グラフSGI『新・人間革命』に学ぶ 今月の歴史

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 4月20日(木)08時24分51秒
  「さんふらわあ7」号の到着
1980年1月14日

昭和55年初頭――あの狂気じみた宗門事件の暗黒の嵐が、まだ吹き荒れていた日々
であった。
 青年の決意に燃えて立ち上がった、わが四国の賢者たちが、神奈川で広宣流布の指揮を
とっていた私のもとへ、客船をチャーターして、海路、意気揚々と駆けつけてくれたので
ある。
 同志の胸の奥は、義憤に燃えたぎっていた。
 “なんと卑劣な宗門か。なんと残酷な宗門か。先生を狙い打ちにして、広布の師弟の絆
を断絶させようとの謀略だ。なんという卑怯な陰謀だ。宗祖の精神に背いた、この悪逆な
しわざは永劫に広布の大汚点として残りゆくことは間違いない!”と。
 学会を撹乱させよ、池田を倒せ――これが、未曾有の正法の大興隆を実現し、無量無辺
の世話になった学会に対する仕打ちであったのだ。その陰には、例の“提婆”等が結託し
ていたことは事実である。

◇◇

 煌々と光る朝日がまぶしかった。
 波はおさまり、大空は晴れ渡っていた。
 待ちに待った「さんふらわあ7」号の、大きな堂々とした船体が見えた。1000人もの四国
の勇士を乗せて、日本の文明開化の夜明けを創った歴史のある横浜港に、その姿を現した。
 私は、側にいた職員たちに言った。
 「さあ、四国の同志を桟橋べ迎えに行こう! 皆で大歓迎しよう!」
 海路はるばる来てくださったのだ。経文には、法華経を行ずる人をば、「当に起って遠く
迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」と説かれているではないか。
 私は、春のような陽光に包まれた、横浜港の大桟橋まで足を運んだ。そして、手を振り、
瞳を輝かせながら下りてくる、凱旋将軍である1000人の使命深き勇者たちを、一人ひとり、
心から歓迎したのであった。
 山下公園の前にそびえ立つ神奈川文化会館では、創価の四国と創価の神奈川の、友情と
使命の交流の幹部会が、明るく、また明るく、楽しく、また楽しく、にぎやかに、力強く
開催されたのであった。
午後7時、わが四国の同志は、疲れを笑顔に変えて再び旅立っていった。
 わが永遠の戦友よ、断じて負けるな! わが三世にわたる友よ、断じて勝ちゆけ!
 皆が心で祈り送った。
 私は、妻と共に、神奈川文化会館の窓から、同志の無事を、同志の栄光を祈りながら、
懐中電灯を幾度も振って見送った。
 妻は、「遠いところ、ご苦労さま」と、小さい声だけれども、しっかりした声で言ってい
た。その目には、きらっと涙が光っていた。
 到着から再び船上の人となるまで約七時間――だが、それが、創価の広宣流布の未来を
切り開きゆく、凝結した誓いの時間となったのである。

(2003年10月15日付「随筆 新・人間革命」348「広宣流布の勝利の大船」から抜粋)

 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、昨日に続き本日も・・・デスかぁ~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 4月20日(木)07時37分18秒
  おはようございます。原田怪鳥様、昨日に続き本日も、政教珍聞創刊66周年デスかぁ~、 何で、「66」なんデスかぁ~(笑)

全読者、無冠の友、通信員に感謝、「創価学会世界聖教会館」を着工デスかぁ~、誠に、おめでとうございま~す(笑)

全読者を騙し、無冠の友をタダ同然でコキ使い、会員に多部数を強いて、「創価学会世界聖教会館」の建設資金収奪の上の着工(笑)

いったい、ナニに感謝するのか? ゼヒ原田怪鳥様、教えてくださぁ~い(笑)

未来部機関紙に池田先生の新連載、ホントですかぁ~(笑) ひたすら、「お元気な池田先生」を印象付けようとしていませんか~?

いい加減に「師匠利用」は止めませんかぁ~、むしろ「直弟子」の原田怪鳥様、アナタが何か連載されたらいかがデスかぁ~(爆)


「御書と歩む」も、ドンドン本筋とは外れた方向に行ってるのが気付きませんかぁ~(笑)

>”剣豪の修行の如き鍛錬”--65年前、御書全集の「発刊の辞」で、恩師は学会伝統の行学の姿勢を厳と示された。<
(政教珍聞1面、同志への指針より抜粋)

全マーク方式のどこが剣豪の修行デスかぁ~(笑)

教学部(執行部)の都合のいい模範解答を「選ばせる」方式では、剣豪どころか「素人の棒振り剣法」よりもタチが悪いデスよぉ~(笑)

受験者の方々が、究極奥義「鉛筆ころがし」に運命を託すコトの無いように、心から祈ってまぁ~す(爆)


さて、本日の「新・人間革命」雌伏二十三、

>それが「聖教新聞」に大きく報道されることはなかった。功労者宅への訪問が、二面などに、わずかな行数で報じられたにすぎなかった<
(新・人間革命、雌伏二十三より引用)

この部分の背景、つまり、誰が、どの様に、どうだったのかを描かないと、「雌伏」の意を汲んだものとは言えませんよぉ~(笑)

長野研修道場での伸一の行動や、功労者宅での激励をあれほど書いているのに、なぜ「雌伏」なのか?

宗門からの過激な要求、それを呑んだ当時の首脳幹部の情けなさ、ここを描かないと、読者に情景が浮かんできませんよぉ~(笑)

執筆チームの皆さ~ん、発行部数が減りマスよぉ~、明日からも期待しないで待ってまぁ~す(爆)
 

偉大な、偉大な 池田先生

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 4月20日(木)07時23分9秒
編集済
  栃木の久保田です。m(._.)m

池田先生は私たちの想像を遥かに越えた偉大な先生だ。
池田先生が指揮をとられていた時には組織に血が通い会員さんが生き生きとしていたし、今で言う地区幹部や支部幹部、本部幹部も偉大な人が大きな役目を果たしていたし、私などは子供の頃から大変お世話になってきました。立派な人ばかりだった思い出があります。私の家は地区と支部の拠点として使ってもらって来たのでいつも会員さん、幹部の人、青年部の方達が出入りしてました。私の母の所に恋愛で悩んで相談に来た女子部の人、仕事で悩む男子部の人、等々

今度はご恩返ししていく決意ですし、その為にも極悪執行部が許せないのです。

秋谷元会長も現原田会長も池田先生から見れば小物であるのは見てても見てなくとも良くわかるだけど池田先生の戦いを継いで行けば良い。

なのに小物が大物ぶって独自路線などと極右内閣に右に習えしてしまったのがそもそもの間違いだし、反対する勇気もないのか?

俺が身近にいたら毎日ビンタくれてるぞ(# ゜Д゜)

ね!原田ちゃんヽ(^○^)ノ

俺たちの友、同志を査問、処分、除名などと冷酷に処分しやがってテメーら臆病者が考えることなど理解出来ないがそんなお前らでも少しは罪が軽くなるように厳しいこと言ってあげてんだから(^○^)

ミジンコからボウフラに昇格か?(笑)

 

わが友に贈る 2017年4月20日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 4月20日(木)07時22分19秒
  躍動する生命の人は
愚痴や不満が出ない。
歓喜と感謝の心は
福運を倍加させる。
さあ颯爽と使命の道を!
 

聖教 広告

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 4月19日(水)23時54分0秒
編集済
  広告を出していただけるだけ有難いのだと思いますが。

昔、オカルト雑誌「ムー」の広告が毎月載っておりました。

また、年配者向け広告が多いのはしょうがないのかな。反響が他紙よりあるのでしょうね。

大白の広告、昔は銀行の広告がありましたが、今は広告がないですね。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 4月19日(水)23時40分40秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
風邪など引きませぬ様に
おやすみなさい
 

同盟題目23時!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 4月19日(水)22時57分16秒
  開始です。よろしくお願いします。  

いま、ふたたび(6)

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 4月19日(水)22時49分23秒
  ◎ 外交

現在の日本の政治は、モスコーとワシントンの動きに左右されている。

そこを、よく見なければ、日本の内部だけ見ていても、何が何だかわからない。

日本人は満州やブラジルなどに土着する気持ちが少ない。

すぐ立派になって、故郷に錦を飾って帰る根性ばかり持っている。これはいけないことだ。

また、日本人は望郷の念が非常に強い。

その原因は日本の国の山々があまりに美しいためでもあろうか。

いずれにしても、よくないことだ。

その点、中国の華僑とか、ほかの外国人も非常にねばりがあり、どんどん他国に土着している。

学ぶべきことだ。移民の問題も、民族の問題も、そのように考えるべきだ。これは大事なことだ。

むかしの武器は刀であったが、現在の武器は金力(財力)である。

むかしの兵力に相当するものは金力である。

共存共栄というものと、弱肉強食というものは、社会における相容れない、
しかも必然的に存在する二つの状態である。

学校の優等生、必ずしも社会の優等生ではない。日本の学校は、十点をすべてとらせる教育だ。

社会では、平均点八十点よりも、一つでも九十点があった方がよい。一芸に秀いでよ。

◎ 新聞・言論

新聞の政治マンガをみると、政治情勢がよくわかる。

新聞を読むには、大見出しのみにとらわれるな。小さい見出しから社会の動きをみよ。

経済界の動向は広告でわかる。社説には思想があらわれている。

新聞には、ホントウのことは小さく出る。それを見つけることができなければいけない。

むかしは不便で、報道は局部的であった。現在は通信網が非常に発達しているから、

新聞などの報道は、社会民衆を指導してゆく重要な役割がある。

政界にしばられない新聞社は強い。
言論界の重要ポストへの進出を、大いに計るべきである。
教学に徹して、しかも大衆性をもつ雑誌を出したい。

◎ 革命

明治維新は、志をえなかった農民の子や、足軽のせがれなどの青年層が主体となって行なわれた。

いつの時代でも、青年層に不満があれば、革命がおこる。

普通の革命は、家庭の中では、問題が起こらない。

しかし、学会では、家庭の中から問題が起こる。これは、本当の革命である証拠だ。

学会においても、末端が動いたならば、幹部がピリッと感ずるようでなければならない。

のんびりした政治をしていては、ダメである。偉大なる感情には、偉大なる理性が宿るものである。

理性と感情とを二つに分けて、相反するものと思われているが、相伴うものである。

国家人類に対する感情は、もっとも偉大なる感情であり、もっとも偉大なる理性である。
 

今日の聖教2面

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 4月19日(水)22時43分0秒
  日本会議とも関係の深いケント・ギルバートの中国・韓国ヘイト本の広告。
近年は周回遅れのネトウヨもどきの発言を繰り返し日本スゴイ論を扇動する。

こんなふうに、何気なく視界の片隅に入るところから静かにジワジワとイメージ操作を進めていく。
同じ広告紙面でラスプーチン佐藤を挟んで並ぶ伊集院静氏は確か在日コリアンのはずなのだが、、、いいのかね?

いずれにせよ先生ご健在の頃は考えられない内容の広告掲載である。

全然関係ないが30年ほど前、『潮』に藤原弘達の書籍広告が載ったことがあった。
先生の連載鼎談『仏法と宇宙を語る』のすぐ近くのページで。
まぁ商売だから何でもありってことかいな・・・にしても節操なさ過ぎる。。
 

「法華経の智慧」に学ぶ(19)

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 4月19日(水)22時38分8秒
  本因とは久遠の妙法の修行

名誉会長:「無始の本仏」を知らしめるために、法華経本門はあった。

      いな、仏教全体が、そのためにある。

      その根源の仏を知らなければ、三世の諸仏の師を知らないことになるし、成仏は思いもよらない。

      父を知らない子どものようなものであり、ゆえに「自分がだれであるか」もわからない。

      大聖人が「寿量品の仏をしらざる者は父統の邦に迷える才能ある畜生」

     (御書 p215)と言われた通りです。 (略)

斉藤:   確認しますと、「無始」という「永遠」の視座によって、

      はじめて九界と仏界が真に“即”することになったということですね。

      考えてみれば、通常の論理では「因から果へ」というのが当然だと思います。

      しかし、生命の実相である「無始の本仏」の世界はそうではない。

      仏界(仏果)が九界(仏因)とともに倶時に実在する“不可思議”の世界です。

      通常の因果の観念を打ち破る、妙なる「因果倶時の世界」であると。

遠藤:   発迹顕本しなければ、そういう「因果倶時の世界」は示せないということですね。

      今世で初めて成仏したというだけでは、

      因が先にあって果が後にある因果異時のレベルしか示せません。

      しかし、釈尊が悟ったのは、実は「因果倶時の妙法」であった。

      それを示すために発迹顕本したということですね。

名誉会長: その「因果倶時の法」とは「無始の本仏」である南無妙法蓮華経如来の生命です。

      この久遠の妙法を修行するのが「本因」であり、修行して得られる仏果が「本果」です。

     「本因本果の法門」とは、この一法を示さんとしているわけです。

      それが発迹顕本の目的でもある。

     「本因」というのは、そこに一切の修行を含む「成仏の根本的な因」という意味が込められている。

      この本因を修行すれば、歴劫修行の必要はない。
 

「凡夫と御本尊」(2)

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 4月19日(水)22時33分43秒
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  そのうちに、長者が「今我と汝と便(すなわち)為(これ)異ならず」と言ったが、

なお「然もその所止(しょし)は、故(なお)本処(ほんじょ)にあり。

下劣の心、亦未だ捨ること能わず」・妙法蓮華経並開結259ページ・としていたが、

最後に、父の死ぬときにいたって、ようやく自分は長者の子であることを悟るのである。

これは、ご本尊が自分とは別のものだと思うのは、長い間、貧窮下賤(びんぐげせん)であった、

窮子が、自分の父を忘れているのと同じことである。

また、これとは反対に、本尊とは全く他所(よそ)に求むべきではなくて、

自分自身が本尊であり、お題目を唱えるものは等しく地涌の菩薩であって、

日蓮大聖人ともかわりがないと考えることは、重大な増上慢のきわみであり、大謗法である。

にせ日蓮宗においては、「久遠の本仏」は釈迦であり、

その本仏から地涌の菩薩が末法にお題目を弘めよと付属されているから、

末法の今のときにお題目を唱えるものは、すべて本仏の使いであり、

日蓮聖人は我々の先頭に立たれた兄貴分であり、先輩である」ぐらいに考えていて、

しかも公然と、このような誤信を放言して、無知の大衆を迷わしているのが現状である。

この誤りの根本は、まず、久遠の本仏が釈迦であると決定するので、

日蓮大聖人と、我々凡夫との関係が、全く歪曲(わいきょく)されたものとなり、

従って、大聖人を悪(あ)しく敬う結果となるのである。法華経の文上においては釈迦が本仏であり、

日蓮大聖人は上行菩薩として付属を受けられてことは、誰しも疑う余地のないところである。

しかしながら、御内証の深秘(じんぴ)は、日蓮大聖人こそ、我々末代凡夫を教えみちびかれる御本仏であられる。

<戸田城聖全集より>
 

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