陽当たりがよく。春は桜が美しかった。
JR三鷹駅から徒歩十数分、二階建てアパートの二階の角部屋。道路沿いで東と北に窓がある。大学三年から四年間住んだ。
上京して最初に住んだアパートが北向きで、窓を開けたら隣の家があった。ここはここで思い出があるのだが、その不満から、自然と次に住む物件を探すようになった。予算を考え、不動産業者の立場になって考え、下見も行い、幾つか候補を挙げていた。いざ引っ越しとなった時に、「宅建持ってます?」と業者に言われたことは自慢だ(でも結局持ってないけ意味ないやん。とは言われ済み)。
条件内で見つけた最高の物件。しかし、部屋の真下のベランダに酒の缶やビンが大量にあった。
僕はお酒を一切飲まない。酔っぱらいに良い思い出もない。不安だったが、まあ大丈夫だろうと思い、契約した。
平穏だったそんなある日。とてつもない、地震のような爆音が夜中に鳴るようになった。このアパートで東日本大震災に被災したのでわかるのだが、体感的には震度5~6くらい。
「なんだなんだ!?」
もう、めちゃくちゃビックリした。木製アパートが壊れるんじゃないかと思うほどの振動。そして、どう考えても下の階の住民が全力で踏みつけているとしか思えなかった。それが数日続いたので、さすがにこれは管理会社に電話しないと……と思っていたら、先に電話がきた。なんと、下の階の住人から苦情があるとの内容だった。
要約すると、夜中の三時頃にコロコロが響いて起きてしまうと。
……ああ、なるほど。自覚はなかったけれど、たしかにフローリングにコロコロをしていた。当時の僕は、こまめに掃除をすることが好きだったのだ。
にしても、それ(爆音を鳴らすこと)でよく伝わると思ったな……と呆れたことを覚えている。そして案の定、自分が爆音を鳴らしていることは管理会社に黙っていた。まあ、そうだろうなと。
その日、懸念が最悪な形で目の前の現実となったことを自覚した。
面倒事の大半は人間関係だと僕は考えている。それは未だに変わらない。
大学生って、高校までと違ってそれを避けられる。自分で付き合う人間を自由に選べるのだ(それは同時に、選ばれるということなのだが)。連絡先を交換しても、一度も返信することなく消えていった人は何人いるかわからない。上京したての頃はそれで悩んだこともあった。
しかし、住環境はそうもいかない。何度も引っ越す金なんて、貧乏大学生にあるわけもないのだ。
管理会社の人との会話を覚えている。
「朝起きて夜寝るのが人間として当たり前の~」と説かれたので
「なぜ太陽が昇ったら活動しなければならないんですか? そんなの自由でしょ? それより、下の人が鳴らしてる音を録音してるので聞きますか? ビデオがあったら録画して送りたいくらいですよ。わけわからんわ」
「わかります。……でも、それを言い出したら解決しないですよ」
「………………そうです…よね」
この、受け入れた、ということを僕ははっきりと覚えているのだが……いやー、これは当時の僕が完全に悪い。何かとトゲトゲしていたし、7時に寝て15時に起きるような生活をしていた(朝起きて大学行けや! とは言われ済み)。
非を認めずに逃げ回った挙句、形式上の謝罪をする。近年でもよく見かける光景だと思う。僕はそういう類の人間にはなりたくなかったし、下の階の住民と同類にもなりたくなかった。じゃあどうするのか。
――先に謝ろう。
それが僕の出した答えだった。
僕が下の階の人だったら、違った手段ではあるが怒りを伝えていただろう。そもそも、後から入居してきたのは僕だ。とりあえず謝ってみて様子を見よう。謝意につけ込んできたら、それはそれだ。覚悟が鈍らないその日のうちに、下の部屋のピンポンを押した。
出てきた人は男と言うより、漢って感じの人だった。
「上の階の者ですが」といった瞬間だ。
「っお前なあ!!!」
相手に相当の怒りが溜まっていたことがわかった。年上でガタイも良く、真正面から喧嘩したら負けるな、と。怒鳴られることには馴れているのだが、ボコボコに殴られたら高校の体育教師以来だなあ……などと考えていた。
結果的にはある程度の文句を言われたものの、殴られることもなく。謝罪を受け入れてもらった。そして、「こっちも悪かった」と謝ってくれたことを覚えている。
その後、互いの部屋を行き来して、どのように音が響くのかと確認することになった。
そのまま部屋にあげてもらったのだが、ま~~~汚かった。トイレはもう業者が入らないといけないレベル。同じ構造の部屋がここまで変わるかと(このお陰で人の部屋を見る面白さを知ったのだが)。
僕が下の階にいて、その人が僕の部屋に移動。姿が見えないし意味あるかな? と思っていたが、そこはやはり木製アパート。特に響きやすい場所があることがわかった。このアパートの構造に問題があるとの結論に至ったが、申し訳ないという気持ちから、僕は何かしらの対策をすることを約束した。
よくよく話を聞くと、いつ見ても僕の部屋の電気がつかないので、部屋に行けなかったと。それに、窓からぬいぐるみが見えたので、女かと思っていたと言われた。
弁明したかは覚えてないが、当時は電気代を節約することに生き甲斐を感じており、電気は窓から見える街灯だけで十分だった。ぬいぐるみはトトロを始め、ジブリ美術館限定のこねこバス、もののけ姫のヤックル、耳をすませばのムーン、パンダコパンダのパパンダ、FFのチョコボ、バック・トゥ・ザ・フューチャーのアインシュタインなど、お気に入りを揃えていた。
また、部屋に入れてもらった時にガキの使いのDVDがあったので、「僕も見てますよ! ブラマヨの回見ました?」という話をしたはずだ。最終的には、彼女がきたら⚫●⚫⚫生生しいのでNG食らいましたするかもしれないので音がなるかもしれません……と僕は生真面目に報告した。
「それは別の意味で気になるけどな」
と笑いながら会話が出来るようになっていた。
気が付けば、最近恋人と別れたばかりで~とその人は言ってた。「知らんがな」と僕は心の中でツッコんでいたが、このアパートに至るまでの身の上話は興味深かった。
全く金がなかったけれど、オークションやバイトやらでなんとか捻出して、6000円ほどのコルクマットを購入。敷き詰めたのはいいが、どうやらその作業がうるさかったらしく、その人が部屋に来た。でも、「うるささ」よりも「行動してくれた」という喜びの感情が勝ったのだろう。
「ありがとう」
と言ってくれた。
そしてダダダっと階段の昇り降りの音が聞こえた後、半ば強引に、その人の出身である沖縄の名産品を大量に手渡された。なんというか、うれしかった。
それ以降、その人と顔を合わせることはなかった。
今思えば、誰にも相談せずに自分で決断したことと、管理会社の人の話を聞き、まずは自分の非を認めたことが良かったのかな、と思っている。当たり前のことが当たり前に出来なくなるのが大人なのかな、などと考えていた時期だったこともある。
誰でも生きていれば理不尽だったり、行き違いだったり。今後もトラブルがないなんてことはあり得ないわけで(僕はそう思っている)。
住民トラブルの解決法をネットで検索したら、「管理会社を味方につける」と色々な記事に記載してあったが、これは本質をついていないと言わざるを得ない。
なぜならば、味方につける=相手の方に非があるという前提があるからだ。
100%、相手側に非があるケースがあると何を以て言えるだろうか。よほどの迷惑行為を繰り返す人や、布団を叩きながら叫びまくる騒音おばさん、ゴミ屋敷人間なんてそうそう居ない。
「あっちとこっちで言ってることが違う」「可能ならば当人同士で解決してほしい」が大半の管理会社の第一印象なのだ。そういった点で、トラブルの具体的な解決法を授けることは出来ない。なので、タイトルも体験談(と学んだこと)にしている。
まずは自分に非がないか省みる。その上で話を聞いてみる。話してもらえないなら、話を聞きたい理由を時間をかけて伝えていく。
これが僕のコミュニケーションにおける鉄則となった。
心意気のある良い人だったと思う。コミュニケーションが取れる人、取ってくれるだった。
人によっては、共に解決に向かう道を模索できる場合もあると学んだ出来事だった。
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