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立正安国論 29/35

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月20日(木)18時46分35秒
編集済
  重誰不歸仰哉而謗法之族忘正道
之人剩依法然之選擇彌増愚癡之盲
瞽是以或忍彼遺體而露木畫之像或
信其妄説而彫莠言之模弘之海内翫
之?外所仰則其家風所施則其門弟
然間或切釋迦之手指結彌陀之印相或
改東方如來之雁宇居西土教主之鵝
王或止四百餘回之如法經成西方淨土
之三部經或停天台大師講爲善導講
如此群類其誠難盡是非破佛哉是非
破法哉是非破僧哉此邪義則依選擇
也嗟呼悲哉背如來誠諦之禁言哀
矣隨愚侶迷惑麁語早思天下之
靜謐者須斷國中之謗法矣

客曰若斷謗法之輩若絶佛禁之違
者如彼經文可行斬罪歟若然者殺害




(其の禁実に)重し誰か帰仰せざらんや、
而るに謗法の族正道を忘るの人・
剰え法然の選択に依つて弥よ愚癡の盲瞽を増す、
是を以て或は彼の遺体を忍びて木画の像に露し
或は其の妄説を信じて莠言を模に彫り
之を海内に弘め之を郭外に翫ぶ、
仰ぐ所は則ち其の家風施す所は則ち其の門弟なり、
然る間或は釈迦の手指を切つて弥陀の印相に結び
或は東方如来の鴈宇を改めて西土教主の鵝王を居え、
或は四百余回の如法経を止めて西方浄土の三部経と成し
或は天台大師の講を停めて善導講と為す、
此くの如き群類其れ誠に尽くし難し
是破仏に非ずや是破法に非ずや是破僧に非ずや、
此の邪義則ち選択に依るなり。
嗟呼悲しいかな、如来誠諦の禁言に背くこと、
哀なるかな愚侶迷惑の麤語に随うこと、
早く天下の静謐を思わば須く国中の謗法を断つべし。

客の曰く、若し謗法の輩を断じ若し仏禁の違を絶せんには
彼の経文の如く斬罪に行う可きか、
若し然らば殺害(相加つて罪業何んが為んや。)




誰がそれに従わないでいられようか。
しかるに諸衆は元来、謗法の徒輩にして、
また法華経の正道を忘れた人であり、
さらに法然の選択集によって、
ますます愚痴の盲目ぶりを増し、
謗法の度を加えている。
このゆえにあるいは法然の遺体を木像に刻み、
絵像として描いたり、
あるいは法然の妄説を信じて、
選択集などのまことしやかな邪言を版木に彫り、
これを刷って日本国中のいたるところ、
いなかのすみずみまで弘め歩いている。
いまや国の上下を問わず、
仰ぐところは法然の家風、すなわち念仏であり、
布施をするといえばその門弟に対してのみというありさまとなった。
このような状態であるから、
或は釈迦像の手を切って阿弥陀の印相に結び変え、
あるいは東方薬師如来の祭ってある寺を改めて、
西方阿弥陀如来の像を据え、
あるいは天台宗の第三祖・慈覚大師の時以来、
四百余年間も続いてきた法華経を書写する如法経も、
浄土の三部経を書写するように改められ、
あるいは毎年十一月二十四日に行われてきた天台大師講を停止して、
善導講としてしまった。
このような謗法の徒輩はとうてい数えきれない。
これこそ破仏・破戒・破僧の行為でなくて何であろうか。
これらの邪義はすなわちすべて法然の選択集によるものである。
このような大衆が如来の悟りの禁言にそむいているのは、
実に悲しいことであり、
愚侶にすぎぬ法然の迷いの言葉に従っていることは、
まことに哀れなことである。
一刻も早く天下の泰平を願うならば、
まず何よりも国中の謗法を断絶すべきである。


客のいわく。
もし謗法の輩を断じ、
仏の戒めを違反する人々を断つためには、
前の経文に示されたとおり斬罪にしなければならないのか。
もしそうであるとすれば、殺害の罪が加わって、
自分自身がその罪業を免れることはできないではないか。



(大きな画像はこちらから↓)
https://blogs.yahoo.co.jp/kyodaineko130/33092642.html
この御正筆は、中山法華経寺所蔵の国宝です。


 

私の場合は連絡は来ます

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 4月20日(木)18時43分4秒
  平日夜勤の地区部長から、昼間のうちに、北朝鮮撲滅唱題会の連絡がラインメッセージで送られて来ます。昨今、御祈念項目が増えました。日本共産党撲滅唱題会です。  

信濃町の未来と自分自身の信仰と

 投稿者:-Q-  投稿日:2017年 4月20日(木)18時16分20秒
  急速な高齢化が組織を疲弊させている。私の周辺だけかもしれないが、四、五十代の幹部で指導力のありそうな人物がほとんど見当たらない。青年部・未来部の前途も相当に暗い。

現在、どのくらいの財力を信濃町が保有しているのかは知らない。だが、現金のままにしておけば常に不良職員による横領の危険が伴う。
とにかく専従幹部らは、今使えそうな活動会員の規模で集められる資金を、できるだけ多くの不動産(や美術品)に変えて貯えようとしている。
将来的には、組織の縮小均衡を図りつつ、それらの財産を運用活用しながら1%の生き残る方途を模索していくのだろう。

小作人殿の指摘されるように、聖教は数年のうちに廃刊され、月刊誌・大白への統合は既定方針だと思う。問題は、千店規模(?)で存在する販売店の生活保障だが、大石寺への登山停止のときと同様、少なからぬ混乱は避けられないのではないか。


上意下達型の組織的信仰の時代は終わろうとしている。経文(御書と自分がこれはと定めた講義録等)と“数珠”さえあればどこにいても信心はできる(曼荼羅本尊が不可欠とは思わない。為念)。
その意味で私は少しも悲観していない。むしろわくわくする気分もある。


 

RE: 見て見ぬふり

 投稿者:陽光メール  投稿日:2017年 4月20日(木)18時16分18秒
  ふと思ったさん、投稿読みました。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67579

>『いじめ』の実態を、明らかに、より多くの会員に知らせるべきではありませんか?
判断するのは自分自身ですが、本当の情報を知らなければ、第三者は声をあげることかできません。<

その通りですね。査問・除名等のプロセスはすべて密室の中で行われます。従って、一般会員には、どうしてそのような査問をされるのか理由が分からないでしょう。事実・真実を知ることの大切さがそこにあります。

>もう少し正確に全国でどれくらい、どのように除名や解任されたのか、できる範囲で正確な情報を知りたいと思います。<

これは全国というより、全世界で行われている愚行です。査問・除名の理由は、「質問をする、意見を言う」というだけのものです。私の体験談を詳しく投稿しました。「問答無用 対話なき処分」という結構長いシリーズで事実を忠実に書き留め投稿しています。時間があればぜひ読んでください。「ふと思った」さんが事実を知る一助となるかもしれません。
http://sgi-shiteifuni.com/?p=9915

査問・処分を受けた後は幹部達から誹謗中傷の嵐を受けます。その人のある事ない事を繕って一般メンバーに声を大にして誹謗・中傷します。そして、村八分にしてしまいます。とても仏法者としての行為とは思えません。この「村八分」ですが、私の友達はうまい事を言いました。それは「村八分」ではなくて、「村九分」にしたほうが良い、と。理由は、村八分になっても財務の「一分」は受け付けるようですから・・・(笑)

査問・処分も密室ではなく、一般メンバーの居る所で、公の場で正正堂堂と対話を主にして討論すれば一般会員もどちらに非があるかよく理解できると思います。いつの世にも権力者は卑怯な手を使って裏に廻って人を陥れるために工作をします。方程式はいつの時代も同じです。

>会員にわからないようにひっそりとやっているとしたら、それこそ、本部執行部がおかしいということを証明しているようなものです。<

まさにその通りですね。池田先生の「一人の人を大切に」という精神はすでに失われています。仏法者でありながら、「厳しき因果の羅列」を信じない幹部達が如何に多いことか・・・怖いことです。
 

なるほど

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 4月20日(木)18時02分19秒
編集済
  色々ご教示頂きありがとうございます
自分的には秋谷元会長の復活は、納得できないです
おそらく同じ思いの会員、たくさんいると思います
本幹にも、出席していないですよね?
一体、どういう立場ですか?
もし、本当に復活しているならば
会員にちゃんと説明するべきではないですか?



 

どんな時もw

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2017年 4月20日(木)17時09分47秒
  会長が過ちを犯しても定年まで勤めて退職金もらい
60以降は嘱託で楽しながら給料もらい
年金も世間より多くもらい
真の仏道修行はしないww
 

職員を辞めない理由ww 食法餓鬼だね~ww

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2017年 4月20日(木)17時06分41秒
  なにしろ独自の年金もあるらしいね~w
つまり、三階建てね~www

国民年金と厚生年金のうえに
まだ、独自の年金があるっていうwww

会員の浄財食い潰す食法餓鬼だね~ww
 

愉快な仲間達さん

 投稿者:ダメよダメダメ~  投稿日:2017年 4月20日(木)16時28分11秒
編集済
  秋谷さん、報酬発生して貰っているでしょう(笑)

定年し、嘱託になっている一部の職員幹部の副会長でさえ手取りで30万は貰っていると聞いています。それもろくに大した働きもせず2年間いるのですから(笑)

おまけにスキ有らば年金受給まで嘱託延長を狙っているさもしい方々が多く、酷いのは受給年令過ぎてもまだいます。

現役時代、ろくに大した働きもせず高給を頂き、更に定年時に高額な退職金も頂きながら、年金受給まで嘱託とは言え、世間の常識から見たら有り得ない額を貰っている。一部とは言え、副会長の職員はまさしく食法餓鬼と言っても過言では無いと思います。

 

300万は

 投稿者:ズブ  投稿日:2017年 4月20日(木)14時40分11秒
  毎日新聞と同じくらい日経新聞より多い聖教の発行部数ですね
配達員は薄給、新聞拡張員はタダ、新聞記者は雇わない
200万部に減っても倒産はしないでしょう。
幹部の給与を減らせばすむこと。
、、ところで高級取りの幹部たちはどんな仕事をしているのでしょう?
 

位置付け

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 4月20日(木)14時38分33秒
  聖教新聞って機関紙だよね?
機関紙ってことは、内部向け新聞だよね?
機関紙って、基本赤字覚悟でしょ?
だから、配達員も、ボランティア同然の賃金で頑張っているのでは?

記念月間とかで啓蒙させられるけど、ボランティアの配達員が気の毒
薄給の販売店が気の毒

教団の資金が不足しているならば、その旨発表して、違う形考えたら?
都議会は議員報酬、20%削減
収支報告書、ネットで公開

原田執行部の給料さえ知らず、手弁当で啓蒙、集票させられている状況って、おかしくない?
まして、もし、秋谷さんが復活して給料支払っていたとしたら?
その事さえ、会員は知らない
もし、秋谷さんが復活しているならば公表してください
また、給料も支払っているならば、それも公表してください

肝心な事は何も公表しない
毎日「我が友へ贈る」や「寸鉄」使って「命令される」
おかしいでしょ?
そんな新聞を読む人、減るの当たり前だよ
そんな当たり前の事も執行部は分からないのか?

生きる活力、心の糧となる新聞でなければ
誰も読まない
戸田先生が目指されたのは
「世界中に読んで貰う」事
買って貰う事ではない
今、内部も聖教、読んでいる人、減っているよ

鳴り物入りの
「新・人間革命」も雌伏の章になったら
皆、諦めて、読んでもいないし、話題にさえならない

人は機械ではない
ロボットでもない
「心」を感じて動く
執行部サイドが身を削る努力をしないで、会員ばかりに無理を押し付けて、頑張る人がいる訳がない

原田会長になって、広布進みましたか?
会員、増えましたか?
会員幸福になれましたか?

創価学会は「独自性」なんて言う前に
「原点」に戻るべきだと思う


 

おそらく、

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 4月20日(木)14時32分36秒
編集済
  『新・人間革命』連載終了をもって頃合いを見計らい、
聖教の日刊体制を止める方針になっているのではないか?
紙媒体としては隔日の週3回から週1へと漸次発行回数を減らし、
オンラインでの有料コンテンツ充実に注力するようになると思う。

昭和40年の日刊化は『人間革命』連載開始を受けてのものだったから、
“ライフワーク”の完結を待って逆の道を辿る可能性も出てくる。

無冠の友、どこも深刻な人員不足で高齢化も進む。
税制面で優遇される宗教法人の機関紙がこれほど広告まみれなことじたい非常識の謗りを受ける話ではあるが。。
 

解任、除名には至らずとも

 投稿者:フロム関西  投稿日:2017年 4月20日(木)14時20分40秒
  謎の人事による副役職専任や「連絡をするな!」「放っておけ!」等の

村八分、仲間はずれを含めれば相当な人数です…。










 

変わり始めた現場の空気

 投稿者:モンブラン  投稿日:2017年 4月20日(木)13時49分5秒
  久々の投稿です。

私が、安保法案に反対の意思表示をしてから、査問・役職解任となり、周囲の活動家が、距離をとるようになって、2年近くになります。この数年、身近な活動家が、元気をなくし、年齢以上に年老いた姿を見せており、心を痛めておりました。外部の友人のほうが元気に見えるという皮肉な現象がおきていました。

ところが、最近、身近な活動家が、元気を取り戻しつつあります。私と距離をおいていたはずの活動家まで、話しかけてきます。たまたま道で出会う活動家が次々と元気を取り戻しているように見受けられます。

54年に関する新・人間革命の内容のでたらめさに、さすがに気づき始めたとしか思えません。世紀の駄作??、結果としては、思いのほか、会員の目を覚ますためには、効力を発揮しているようです。

私を含め、直接、池田先生から「会長を辞めさせられたんだ。」と聞いている学会員は相当の人数に及ぶと思います。

いよいよ悪を叩きだす正念場、一層強く祈ってまいります。
 

見て見ぬふり

 投稿者:ふと思った  投稿日:2017年 4月20日(木)13時48分47秒
  『いじめ』を見て見ぬふりも同罪です。

私はいじめられておりませんが、『いじめ』を見て見ぬふりをする卑怯ものにはなりたくありません。

ここで聞いた事実が本当でないなら、「宿坊の掲示板は嘘で捏造ですから、騙されないように」と、本部はしっかりと会員に知らせるべきです。悪の勢力なのですから。
でも、私は今まで会合でも幹部の方からもそんな話を聞いたことがありません。
会員にわからないようにひっそりとやっているとしたら、それこそ、本部執行部がおかしいということを証明しているようなものです。

『いじめ』の実態を、明らかに、より多くの会員に知らせるべきではありませんか?
判断するのは自分自身ですが、本当の情報を知らなければ、第三者は声をあげることかできません。

もう少し正確に全国でどれくらい、どのように除名や解任されたのか、できる範囲で正確な情報を知りたいと思います。安保法制の時の天野さんや、議員の方も、その後どうしておられるのか気になります。
でも、ここは私のように何でもない一会員も現に投稿しているわけですから、一つのグループでも無いわけで、これは無理ですか?
 

300万部割れ

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 4月20日(木)12時54分22秒
  セイキョウオンライン有料会員の数は入ってましたかね。

そういえば、有料会員の数も新聞統監の成果に入れる話がされてたけど、なくなったのかな。

ID パスワードがひとつで、家族のスマホやパソコンで共有出来てしまうのは色々な意味で有難いです。

 

信心も無い!謗法を怖れない強者???

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 4月20日(木)12時33分6秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

鉄砲玉様、通りすがりの仮面ライダー様、初めましてm(._.)m


賢くなりたい婦人部様、虹様、ダメよ様、

皆様のご意見に深く賛同いたします。ヽ(^○^)ノ

学会を支えてきた人達ばかりを処分してるんだから話にならないですね執行部の馬鹿さ加減にはヽ(^○^)ノ

権威、権力の人に共通だね!臆病で人の意見を聞かないだけじゃなく意見を言うだけで敵外視するの(^○^)

無間地獄行き確定だけじゃなく、来世はボウフラ宣言しちゃっているようなもんだねヽ(^○^)ノ

これだけ言っていても自分が言われてる事に気が付かないのかな?

ショーモナイ人達だ┐(´д`)┌

 

ここだけの話、聖教も赤字

 投稿者:外郭直球  投稿日:2017年 4月20日(木)11時59分35秒
  採算ラインの300万部を割り込んだ模様  

新・人間革命に学ぶ第10巻

 投稿者:賢くなりたい婦人部  投稿日:2017年 4月20日(木)11時21分4秒
  たとえみんなで決めたことでも、大聖人の教え、精神に反するものであれば、それに従ってはならないというのが、仏法の考え方です。
中心となり基準となるのは、どこまでも法だからです。
皆が間違った方向に進んだ場合には、たった一人になっても、その誤りを正していかなくてはならない。
それができてこそ、真実のリーダーです。


……………『新・人間革命』第10巻新航路の章p213………


 

愚痴や不満

 投稿者:通りすがりの仮面ライダー  投稿日:2017年 4月20日(木)10時59分46秒
  愚痴や不満を漏らす方々が、現在の学会を新聞社を出版社を支えているのが、職員幹部の方々はわからないのでしょうか。

「創価学会は正しい」「公明党に任せれば日本は大丈夫」と今でも思って活動している方々は多数おられますが、まじめに活動すればするほど歓喜と感謝の心がなくなっていくのが現状です。

活動現場においての末端幹部の激励では、意見や質問に対して「私も同じ思いです」と。
不満や不安に対する共感になっている。これでは単なるガス抜きだ。

歓喜と感謝の心を会員に持たせたいのであれば、どうすれば良いのかを真剣に職員幹部は考えるべきである。

 

臨界点は近い?

 投稿者:鉄砲玉  投稿日:2017年 4月20日(木)10時46分51秒
  ダメよ~ ダメダメ様の仰せの通り。

現場の活動家諸氏の中には「違和感」充満してきているって感じではなかろうか?

この打ち出しは誰が決めたのか?
地区では支部が、支部では本部が、本部では区圏が、区圏では県総区が、県総区では・・
途中の中間管理職?に言っても埒が明かない。
最後は信濃町の執行部が決めた・・と多くのメンバーが腑に落ちる時が来るのだろう。
県総区の長は、基本、職業幹部。ある意味聖職者。こことの断絶は火を見るより明らか。

学会組織=先生と、多くの会員が思っているから、通じている、“先生利用”。
心無い本部職員諸氏よ。89歳の先生を、どこまで利用するのか!?

「上部組織の決めたことなら、何でも従いなさい」などと先生はご指導したか?

先生がいらっしゃらなくなったら、“先生利用”は一気に、奈落のように崩れるのではないか。
それでも、「先生はこの様に言われていた・・」などと、曲解、嘘を続けようと魂胆決めているのか?
でも、それは無理。民衆は具にして賢。なめたらいかんよ。
一旦、ボトムを打つまで、残念ながら衰弱するしかないのか・・な。
 

虹と創価家族さん仰るとおり。

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 4月20日(木)08時55分43秒
  「わが友に贈る 2017年4月20日

躍動する生命の人は
愚痴や不満が出ない。
歓喜と感謝の心は
福運を倍加させる。
さあ颯爽と使命の道を!」

余程、全国各地で様々な意見やクレームが出ているのでしょうね(苦笑)

それを一応、先生が書かれているという前提の「わが友に贈る」でこの様な書き方。

意見や要望、ましてやクレームを「愚痴や不満」と捉えている時点で既に考え方が間違っていま

すよ。

今に始まった訳でもないので驚きもしないが、先生を利用し、先生の言葉を装い、この様な指針

を創作し、純真な信仰心につけこみ、言論を封殺、押さえ込もうとの魂胆がみえみえ。

これが一番の悪。

世界宗教を標榜し、平和・教育・文化そして人権、環境を謳い、人間主義を目指す宗教法人、

教団の思想ではありません。

あとついでにいうと、選挙活動(東京以外の住んでもいない方面、地域の方が東京都議選の為に

上京したり)や(減部に歯止めが効かない、職員の給与の原資である聖教新聞の)新聞啓蒙が

学会員さんの真の「使命の道」ではないでしょう?

今一度、宗祖の御書は当然、創価歴代の御指導を研鑽、思索し

もう少し世の中の流れや人間の心理をお勉強された方が良いのでは?

信濃町界隈の最高幹部の方々。
 

今日の「 わが友に贈る」について

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 4月20日(木)08時27分36秒
編集済
  「おかしい」と声を上げることは愚痴ではない。それは建設的な意見です。

「おかしい」と思う心を抑え込むのは、自分にウソをついている事になる。

ウソツキの人生を送るために信心をしたのではない!
 

生死の二法と御本尊!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 4月20日(木)08時26分1秒
   日蓮大聖人から御本尊を授けられたお弟子さん達が、御本尊を持ちあわせないまでも、互いに家庭訪問したらどうなるでしょう。その相藐(そうみょう)の違いに気付くはずです。でも、どの御本尊も、「日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ」(経王殿御返事1124㌻)の御本尊のはずです。この当たり前のことが、文献のみを追っかける人には解っていないようです。
 「日蓮がたましひ」ですから、どのお弟子さんも、御本尊に迎うたびに大聖人を感じたはずです。思い出したはずです。その「感じる」「思い出す」こと、もの(=当体)が「日蓮がたましひ」であり、大聖人そのものだったのではないでしょうか。そうして、自分の日々の仕事、生活を営んだはずです。

 あるいは、言葉を掛けられた人もいたでしょう。熱い、優しい眼差しに、感涙した人もいるでしょう。その声を、言葉を、思い出すたびに、胸を揺すぶられた人もいたでしょう。その体感が、それそのものが、自身の心の奥深くに刻み込まれていて、自身の中心となって、いたのではないでしょうか。それが、「本尊」となっていたはずです。「原点」となっていたはずです。おそらくは、「感動」の、「歓喜」の原点だったのでしょう。

 「言葉」というのは、不思議なもので、「確信」とか、「福徳」と一体のもののようです。その「言葉」にそのままに「確信」が乗っかっていれば、説明が不必要ですし、乗っかっていなければ、その隙間を別の言葉で補わなければなりません。その「確信」の実体は、その人の中にある「三千」でしょうし、それは言葉を変えれば「福徳」ともいえます。「福徳」のある人に、余分な説明はいらないし、もしいるとしたら、その「三千」が異なる人に説明する時です。

 諫言や忠言は、自身が目指す“全人格”への助言である――もし、これが正しくって、“全人格”が「仏」の別称だとするなら、その諫言や忠言に感謝することができます。報恩、感謝は、“全人格”の一分です。指摘の欠落点を補います。そう見る見方が「仏の智慧」であり、その智慧を湧き出すものが「法」の身の「法身」ということになりましょうか。(※諫言=目上の人の過失などを指摘して忠告すること)

 諫言や忠言は、なかなか受け入れることはできないものです。誰しも「自我」があり、諫言や忠言はそれに逆行することが大方だからです。だが、ある時、受け入れられる時があります。「自我」が広がった時です。自我を護ることに必死だった自身が、他者の自我をも自身の自我の対象と自覚できるようになった時、つまりは他人の見方や智慧を自分の見方の“一角”にすることができた時に、自身の自我を拡大することができます。

 いまの社会は、「どちらに転ぶか解らない」という類いの題材が多くはないでしょうか。現代のようにいろんなファクトがある中では、それが、かえって事態の“選択の道”を解らなくしてしまっているところがあります。知識が無用に拡大してしまって中途半端であったり、逆に“学者馬鹿”的に可能性の話をむやみにあげるだけで、かえって選択の道を解らなくしてしまっています。

 専門知識がどうのこうのといいますが、そうではなく、むしろ選択そのものの問題です。選択する時に必要なのは、事態の選択を委ねるだけの「道理」の上の「信頼」です。「信頼」というのは、簡単に見えて、実は根深いものです。ことによったら、信頼する側の「人生」や「命」さえ奪いかねないものだからです。「信頼」が置けないから、「選択」に至らないのではないでしょうか。

 「言葉」に乗れる、「物語り」に乗れる、「理」に乗れる、「事」に乗れる、「人」に乗れる、「法」に乗れる。そして、「信」に乗れる。

 「夫れ生死一大事血脈とは所謂妙法蓮華経是なり、其の故は釈迦多宝の二仏宝塔の中にして上行菩薩に譲り給いて此の妙法蓮華経の五字過去遠遠劫より已来寸時も離れざる血脈なり、妙は死法は生なり此の生死の二法が十界の当体なり又此れを当体蓮華とも云うなり」(生死一大事血脈抄1336㌻)。

 「開」と「合」のこの「生死の二法」に乗ることが、「御本尊」を見るうえでも、重大な視角ではないのでしょうか。


 

【保存版】グラフSGI『新・人間革命』に学ぶ 今月の歴史

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 4月20日(木)08時24分51秒
  「さんふらわあ7」号の到着
1980年1月14日

昭和55年初頭――あの狂気じみた宗門事件の暗黒の嵐が、まだ吹き荒れていた日々
であった。
 青年の決意に燃えて立ち上がった、わが四国の賢者たちが、神奈川で広宣流布の指揮を
とっていた私のもとへ、客船をチャーターして、海路、意気揚々と駆けつけてくれたので
ある。
 同志の胸の奥は、義憤に燃えたぎっていた。
 “なんと卑劣な宗門か。なんと残酷な宗門か。先生を狙い打ちにして、広布の師弟の絆
を断絶させようとの謀略だ。なんという卑怯な陰謀だ。宗祖の精神に背いた、この悪逆な
しわざは永劫に広布の大汚点として残りゆくことは間違いない!”と。
 学会を撹乱させよ、池田を倒せ――これが、未曾有の正法の大興隆を実現し、無量無辺
の世話になった学会に対する仕打ちであったのだ。その陰には、例の“提婆”等が結託し
ていたことは事実である。

◇◇

 煌々と光る朝日がまぶしかった。
 波はおさまり、大空は晴れ渡っていた。
 待ちに待った「さんふらわあ7」号の、大きな堂々とした船体が見えた。1000人もの四国
の勇士を乗せて、日本の文明開化の夜明けを創った歴史のある横浜港に、その姿を現した。
 私は、側にいた職員たちに言った。
 「さあ、四国の同志を桟橋べ迎えに行こう! 皆で大歓迎しよう!」
 海路はるばる来てくださったのだ。経文には、法華経を行ずる人をば、「当に起って遠く
迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」と説かれているではないか。
 私は、春のような陽光に包まれた、横浜港の大桟橋まで足を運んだ。そして、手を振り、
瞳を輝かせながら下りてくる、凱旋将軍である1000人の使命深き勇者たちを、一人ひとり、
心から歓迎したのであった。
 山下公園の前にそびえ立つ神奈川文化会館では、創価の四国と創価の神奈川の、友情と
使命の交流の幹部会が、明るく、また明るく、楽しく、また楽しく、にぎやかに、力強く
開催されたのであった。
午後7時、わが四国の同志は、疲れを笑顔に変えて再び旅立っていった。
 わが永遠の戦友よ、断じて負けるな! わが三世にわたる友よ、断じて勝ちゆけ!
 皆が心で祈り送った。
 私は、妻と共に、神奈川文化会館の窓から、同志の無事を、同志の栄光を祈りながら、
懐中電灯を幾度も振って見送った。
 妻は、「遠いところ、ご苦労さま」と、小さい声だけれども、しっかりした声で言ってい
た。その目には、きらっと涙が光っていた。
 到着から再び船上の人となるまで約七時間――だが、それが、創価の広宣流布の未来を
切り開きゆく、凝結した誓いの時間となったのである。

(2003年10月15日付「随筆 新・人間革命」348「広宣流布の勝利の大船」から抜粋)

 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、昨日に続き本日も・・・デスかぁ~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 4月20日(木)07時37分18秒
  おはようございます。原田怪鳥様、昨日に続き本日も、政教珍聞創刊66周年デスかぁ~、 何で、「66」なんデスかぁ~(笑)

全読者、無冠の友、通信員に感謝、「創価学会世界聖教会館」を着工デスかぁ~、誠に、おめでとうございま~す(笑)

全読者を騙し、無冠の友をタダ同然でコキ使い、会員に多部数を強いて、「創価学会世界聖教会館」の建設資金収奪の上の着工(笑)

いったい、ナニに感謝するのか? ゼヒ原田怪鳥様、教えてくださぁ~い(笑)

未来部機関紙に池田先生の新連載、ホントですかぁ~(笑) ひたすら、「お元気な池田先生」を印象付けようとしていませんか~?

いい加減に「師匠利用」は止めませんかぁ~、むしろ「直弟子」の原田怪鳥様、アナタが何か連載されたらいかがデスかぁ~(爆)


「御書と歩む」も、ドンドン本筋とは外れた方向に行ってるのが気付きませんかぁ~(笑)

>”剣豪の修行の如き鍛錬”--65年前、御書全集の「発刊の辞」で、恩師は学会伝統の行学の姿勢を厳と示された。<
(政教珍聞1面、同志への指針より抜粋)

全マーク方式のどこが剣豪の修行デスかぁ~(笑)

教学部(執行部)の都合のいい模範解答を「選ばせる」方式では、剣豪どころか「素人の棒振り剣法」よりもタチが悪いデスよぉ~(笑)

受験者の方々が、究極奥義「鉛筆ころがし」に運命を託すコトの無いように、心から祈ってまぁ~す(爆)


さて、本日の「新・人間革命」雌伏二十三、

>それが「聖教新聞」に大きく報道されることはなかった。功労者宅への訪問が、二面などに、わずかな行数で報じられたにすぎなかった<
(新・人間革命、雌伏二十三より引用)

この部分の背景、つまり、誰が、どの様に、どうだったのかを描かないと、「雌伏」の意を汲んだものとは言えませんよぉ~(笑)

長野研修道場での伸一の行動や、功労者宅での激励をあれほど書いているのに、なぜ「雌伏」なのか?

宗門からの過激な要求、それを呑んだ当時の首脳幹部の情けなさ、ここを描かないと、読者に情景が浮かんできませんよぉ~(笑)

執筆チームの皆さ~ん、発行部数が減りマスよぉ~、明日からも期待しないで待ってまぁ~す(爆)
 

偉大な、偉大な 池田先生

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 4月20日(木)07時23分9秒
編集済
  栃木の久保田です。m(._.)m

池田先生は私たちの想像を遥かに越えた偉大な先生だ。
池田先生が指揮をとられていた時には組織に血が通い会員さんが生き生きとしていたし、今で言う地区幹部や支部幹部、本部幹部も偉大な人が大きな役目を果たしていたし、私などは子供の頃から大変お世話になってきました。立派な人ばかりだった思い出があります。私の家は地区と支部の拠点として使ってもらって来たのでいつも会員さん、幹部の人、青年部の方達が出入りしてました。私の母の所に恋愛で悩んで相談に来た女子部の人、仕事で悩む男子部の人、等々

今度はご恩返ししていく決意ですし、その為にも極悪執行部が許せないのです。

秋谷元会長も現原田会長も池田先生から見れば小物であるのは見てても見てなくとも良くわかるだけど池田先生の戦いを継いで行けば良い。

なのに小物が大物ぶって独自路線などと極右内閣に右に習えしてしまったのがそもそもの間違いだし、反対する勇気もないのか?

俺が身近にいたら毎日ビンタくれてるぞ(# ゜Д゜)

ね!原田ちゃんヽ(^○^)ノ

俺たちの友、同志を査問、処分、除名などと冷酷に処分しやがってテメーら臆病者が考えることなど理解出来ないがそんなお前らでも少しは罪が軽くなるように厳しいこと言ってあげてんだから(^○^)

ミジンコからボウフラに昇格か?(笑)

 

わが友に贈る 2017年4月20日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 4月20日(木)07時22分19秒
  躍動する生命の人は
愚痴や不満が出ない。
歓喜と感謝の心は
福運を倍加させる。
さあ颯爽と使命の道を!
 

聖教 広告

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 4月19日(水)23時54分0秒
編集済
  広告を出していただけるだけ有難いのだと思いますが。

昔、オカルト雑誌「ムー」の広告が毎月載っておりました。

また、年配者向け広告が多いのはしょうがないのかな。反響が他紙よりあるのでしょうね。

大白の広告、昔は銀行の広告がありましたが、今は広告がないですね。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 4月19日(水)23時40分40秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
風邪など引きませぬ様に
おやすみなさい
 

同盟題目23時!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 4月19日(水)22時57分16秒
  開始です。よろしくお願いします。  

いま、ふたたび(6)

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 4月19日(水)22時49分23秒
  ◎ 外交

現在の日本の政治は、モスコーとワシントンの動きに左右されている。

そこを、よく見なければ、日本の内部だけ見ていても、何が何だかわからない。

日本人は満州やブラジルなどに土着する気持ちが少ない。

すぐ立派になって、故郷に錦を飾って帰る根性ばかり持っている。これはいけないことだ。

また、日本人は望郷の念が非常に強い。

その原因は日本の国の山々があまりに美しいためでもあろうか。

いずれにしても、よくないことだ。

その点、中国の華僑とか、ほかの外国人も非常にねばりがあり、どんどん他国に土着している。

学ぶべきことだ。移民の問題も、民族の問題も、そのように考えるべきだ。これは大事なことだ。

むかしの武器は刀であったが、現在の武器は金力(財力)である。

むかしの兵力に相当するものは金力である。

共存共栄というものと、弱肉強食というものは、社会における相容れない、
しかも必然的に存在する二つの状態である。

学校の優等生、必ずしも社会の優等生ではない。日本の学校は、十点をすべてとらせる教育だ。

社会では、平均点八十点よりも、一つでも九十点があった方がよい。一芸に秀いでよ。

◎ 新聞・言論

新聞の政治マンガをみると、政治情勢がよくわかる。

新聞を読むには、大見出しのみにとらわれるな。小さい見出しから社会の動きをみよ。

経済界の動向は広告でわかる。社説には思想があらわれている。

新聞には、ホントウのことは小さく出る。それを見つけることができなければいけない。

むかしは不便で、報道は局部的であった。現在は通信網が非常に発達しているから、

新聞などの報道は、社会民衆を指導してゆく重要な役割がある。

政界にしばられない新聞社は強い。
言論界の重要ポストへの進出を、大いに計るべきである。
教学に徹して、しかも大衆性をもつ雑誌を出したい。

◎ 革命

明治維新は、志をえなかった農民の子や、足軽のせがれなどの青年層が主体となって行なわれた。

いつの時代でも、青年層に不満があれば、革命がおこる。

普通の革命は、家庭の中では、問題が起こらない。

しかし、学会では、家庭の中から問題が起こる。これは、本当の革命である証拠だ。

学会においても、末端が動いたならば、幹部がピリッと感ずるようでなければならない。

のんびりした政治をしていては、ダメである。偉大なる感情には、偉大なる理性が宿るものである。

理性と感情とを二つに分けて、相反するものと思われているが、相伴うものである。

国家人類に対する感情は、もっとも偉大なる感情であり、もっとも偉大なる理性である。
 

今日の聖教2面

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 4月19日(水)22時43分0秒
  日本会議とも関係の深いケント・ギルバートの中国・韓国ヘイト本の広告。
近年は周回遅れのネトウヨもどきの発言を繰り返し日本スゴイ論を扇動する。

こんなふうに、何気なく視界の片隅に入るところから静かにジワジワとイメージ操作を進めていく。
同じ広告紙面でラスプーチン佐藤を挟んで並ぶ伊集院静氏は確か在日コリアンのはずなのだが、、、いいのかね?

いずれにせよ先生ご健在の頃は考えられない内容の広告掲載である。

全然関係ないが30年ほど前、『潮』に藤原弘達の書籍広告が載ったことがあった。
先生の連載鼎談『仏法と宇宙を語る』のすぐ近くのページで。
まぁ商売だから何でもありってことかいな・・・にしても節操なさ過ぎる。。
 

「法華経の智慧」に学ぶ(19)

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 4月19日(水)22時38分8秒
  本因とは久遠の妙法の修行

名誉会長:「無始の本仏」を知らしめるために、法華経本門はあった。

      いな、仏教全体が、そのためにある。

      その根源の仏を知らなければ、三世の諸仏の師を知らないことになるし、成仏は思いもよらない。

      父を知らない子どものようなものであり、ゆえに「自分がだれであるか」もわからない。

      大聖人が「寿量品の仏をしらざる者は父統の邦に迷える才能ある畜生」

     (御書 p215)と言われた通りです。 (略)

斉藤:   確認しますと、「無始」という「永遠」の視座によって、

      はじめて九界と仏界が真に“即”することになったということですね。

      考えてみれば、通常の論理では「因から果へ」というのが当然だと思います。

      しかし、生命の実相である「無始の本仏」の世界はそうではない。

      仏界(仏果)が九界(仏因)とともに倶時に実在する“不可思議”の世界です。

      通常の因果の観念を打ち破る、妙なる「因果倶時の世界」であると。

遠藤:   発迹顕本しなければ、そういう「因果倶時の世界」は示せないということですね。

      今世で初めて成仏したというだけでは、

      因が先にあって果が後にある因果異時のレベルしか示せません。

      しかし、釈尊が悟ったのは、実は「因果倶時の妙法」であった。

      それを示すために発迹顕本したということですね。

名誉会長: その「因果倶時の法」とは「無始の本仏」である南無妙法蓮華経如来の生命です。

      この久遠の妙法を修行するのが「本因」であり、修行して得られる仏果が「本果」です。

     「本因本果の法門」とは、この一法を示さんとしているわけです。

      それが発迹顕本の目的でもある。

     「本因」というのは、そこに一切の修行を含む「成仏の根本的な因」という意味が込められている。

      この本因を修行すれば、歴劫修行の必要はない。
 

「凡夫と御本尊」(2)

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 4月19日(水)22時33分43秒
編集済
  そのうちに、長者が「今我と汝と便(すなわち)為(これ)異ならず」と言ったが、

なお「然もその所止(しょし)は、故(なお)本処(ほんじょ)にあり。

下劣の心、亦未だ捨ること能わず」・妙法蓮華経並開結259ページ・としていたが、

最後に、父の死ぬときにいたって、ようやく自分は長者の子であることを悟るのである。

これは、ご本尊が自分とは別のものだと思うのは、長い間、貧窮下賤(びんぐげせん)であった、

窮子が、自分の父を忘れているのと同じことである。

また、これとは反対に、本尊とは全く他所(よそ)に求むべきではなくて、

自分自身が本尊であり、お題目を唱えるものは等しく地涌の菩薩であって、

日蓮大聖人ともかわりがないと考えることは、重大な増上慢のきわみであり、大謗法である。

にせ日蓮宗においては、「久遠の本仏」は釈迦であり、

その本仏から地涌の菩薩が末法にお題目を弘めよと付属されているから、

末法の今のときにお題目を唱えるものは、すべて本仏の使いであり、

日蓮聖人は我々の先頭に立たれた兄貴分であり、先輩である」ぐらいに考えていて、

しかも公然と、このような誤信を放言して、無知の大衆を迷わしているのが現状である。

この誤りの根本は、まず、久遠の本仏が釈迦であると決定するので、

日蓮大聖人と、我々凡夫との関係が、全く歪曲(わいきょく)されたものとなり、

従って、大聖人を悪(あ)しく敬う結果となるのである。法華経の文上においては釈迦が本仏であり、

日蓮大聖人は上行菩薩として付属を受けられてことは、誰しも疑う余地のないところである。

しかしながら、御内証の深秘(じんぴ)は、日蓮大聖人こそ、我々末代凡夫を教えみちびかれる御本仏であられる。

<戸田城聖全集より>
 

池田先生の御指導

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 4月19日(水)21時53分46秒
  「世界を変えてきたあらゆる変革は、誰かが一人で成し遂げたものではない。

一人が立ち上がる。

呼応した一人が続く。

その波動が広範な民衆を糾合し、新たな力と声のうねりが、歴史を変えてきたのである。」



「『真実は どんなに強くいってもいいすぎることはない』

これは、英国の社会思想家ラスキンの信条である。

その通りだ。

真実は、声を大にして叫ばなければ、悪意の扇動や意図的な喧伝に掻き消されてしまう。

だから黙ってはならぬ。

末法は「闘諍堅固」である。

嫉妬の讒言など、言論の暴力が渦巻く時代だ。

ゆえに大聖人は、デマや虚言を打ち返せ、打ち破れと厳しく教えられた。

それどころか、邪論や暴論が騒ぎ立てられる時こそ、「破邪顕正」の原理で、

かえって正義と真実を宣揚するチャンスなのだ。」



「本気で戦う決心さえあれば、たった一人でも、叫べる。いつでも、どこでも、どこからでも、

勝利の戦端を開くことができる。

私は、若き日より、常にそうしてきた。

『今こそ!』というその時に、師子王の心で叫ぶ。

これが恩師・戸田先生の弟子の覚悟である。」



「師弟という車軸があってこそ、異体同心の団結が生まれる。

中心の幹部が、師弟を軽んじ、その心が、ぶれてしまえば、団結することはできない。

信心は心である。『心こそ大切なれ』である。

だからこそ、幹部は、師弟不二を心の底から叫んでいくことだ。

虚偽や見栄、増上慢は、敗北の道、滅亡の道である。

そうならないために、断固、責め抜いていくことだ。

破邪顕正といっても、破邪がなければ、顕正はない。

邪悪を暴き、邪悪と戦い、邪悪を打ち破ってこそ、顕正がある。

生涯、誉れの師弟の大道を晴れ晴れと歩み抜いていただきたい。」



元気が出ます。勇気が出ます。池田先生の御指導は、励ましと慈愛に満ちています。


 

立正安国論 28/35

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月19日(水)21時34分12秒
  擁護如是善男子我涅槃後濁惡之
世國土荒亂互相抄掠人民飢餓爾時
多有爲飢餓故發心出家如是之人名
爲禿人是禿人輩見護持正法驅逐
令出若殺若害是故我今聽持戒人依
諸白衣持刀杖者以爲伴侶雖持刀杖我
説是等名曰持戒雖持刀杖不應斷命
法華經云若人不信毀謗此經即斷一切
世間佛種乃至其人命終入阿鼻獄已上
夫經文顯然私詞何加凡如法華經者謗
大乘經典者勝無量五逆故墮阿鼻大
城永無出期如涅槃經者設許五逆之供
不許謗法之施殺蟻子者必落三惡道
禁謗法者登不退位所謂覺徳者是
迦葉佛有徳者則釋迦文也法華涅
槃之經教者一代五時之肝心也其禁實




擁護すること是くの如くなるべし、
善男子・我涅槃の後濁悪の世に国土荒乱し
互に相抄掠し人民飢餓せん、
爾の時に多く飢餓の為の故に発心出家するもの有らん
是くの如きの人を名けて禿人と為す、
是の禿人の輩正法を護持するを見て
駈逐して出さしめ若くは殺し若くは害せん、
是の故に我今持戒の人・諸の白衣の刀杖を持つ者に依つて
以て伴侶と為すことを聴す、
刀杖を持すと雖も我是等を説いて名けて持戒と曰わん、
刀杖を持すと雖も命を断ずべからず」と。
法華経に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば
即ち一切世間の仏種を断ぜん、
乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」已上。
夫れ経文顕然なり私の詞何ぞ加えん、
凡そ法華経の如くんば大乗経典を謗ずる者は無量の五逆に勝れたり、
故に阿鼻大城に堕して永く出る期無けん、
涅槃経の如くんば設い五逆の供を許すとも謗法の施を許さず、
蟻子を殺す者は必ず三悪道に落つ、謗法を禁ずる者は不退の位に登る、
所謂覚徳とは是れ迦葉仏なり、有徳とは則ち釈迦文なり。
法華涅槃の経教は一代五時の肝心なり
其の禁実に(重し誰か帰仰せざらんや、)




正法を擁護すべきである。
善男子よ、自分が涅槃してのち、
末法に入り濁悪の世となり国土は荒れ乱れはてて、
人々は互いに土地や財産を奪いあい、
そのため人民は飢餓にひんするであろう。
そのときに飢餓からのがれようと、生きていくため発心し、
多くの出家するものが現われるであろう。
それらの人を名づけて『禿人』というのである。
この禿人の輩は正法を護持するものをみて、そのところを追い払い、
あるいは殺し、あるいは害するであろう。
その故に、自分はいまの持戒の人、僧が、
刀杖を持つ諸々の在家の人々を伴侶とすることを許すのである。
刀杖は持ってはいるけれども、正法を護るが故に、これを持戒の人と名づける。
ただし、刀杖を持すといっても、防御のため護法のためで、
謗法の者の命を断ってはならない。」とある。
譬喩品には「もし人が法華経を信じないで毀謗するならば、
すなわち一切世間の仏種を断ちきってしまう。
(乃至)その人は命終して阿鼻地獄に入り、
無間の苦しみを受けるだろう」とある。
経文はこのようにはっきりしている。
自分勝手な言葉をどうして加える必要があろうか。
法華経に説かれているとおりであるならば、
大乗経典を謗ずるものは、無量の五逆罪にもすぐれた重罪である。
ゆえにそれらのものは阿鼻大城におちて、
無量劫のあいだ出ることはできないのである。
また涅槃経の通りであるならば、
たとえ五逆罪を犯したものに供養することを許しても、
謗法の人に対して供養することは絶対に許されない。
蟻の子を殺すものは必ず三悪道に堕ちるが、
謗法を禁ずるものは定めて不退の位に登るであろう。
その証拠としていわゆる覚徳比丘は迦葉仏で、
有徳はすなわち釈尊であると説かれている。
法華・涅槃の経教は釈尊一代五時の説法のうち、その肝心である。
ゆえにその戒めは実に重いのである。



(大きな画像はこちらから↓)
https://blogs.yahoo.co.jp/kyodaineko130/33090278.html
この御正筆は、中山法華経寺所蔵の国宝です。



 

悪人呼ばわりがある恐い組織

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 4月19日(水)21時12分2秒
編集済
  ・打ち出し(マイ聖教・財務・選挙活動 ※これら全て本筋の信行学とは違う。しかし「新聞啓蒙は現代の折伏戦」「選挙活動は広宣流布の一環」…聞いたことないですか?)への疑問。

・公明党の言動・行動への疑問。

・職員幹部・執行部、特にその給料のこと、御書を携帯せず御書を通した話がない、池田先生の御指導がないなどのことへの不審さ。

・会館などハコモノについて。そんなに必要か。

・未活非活の部員さんがいるのにカードから落とさず、会員数に計上。
なのに、あれだけ活動家だった人材を「除名」「退転扱い」「解任」とはなんだと。


以上、冷酷な幹部達がヘンテコな対応をするため、末端活動家が質問を諦めている事柄。

こういう組織は、上が白を黒と言ったら、白を黒と言う、ロボットorアイヒマン幹部が跋扈している。


最近見えなくなった人をどうしたのか聞くと、「実はね」と、その人の悪人ぶりのデマを流す幹部。

末期状態だ。



こういうことがない組織にいる人がいたら、ほんと羨ましい。そこは清浄な組織。大事にしてください。

 

ハム太郎様へ

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 4月19日(水)20時50分41秒
編集済
  夏期講習会 壮年部大幹部会 1966年(昭和41年)8月3日〈大石寺大客殿〉

「トントン拍子で理事になったり、議員になったりした人がいます。やはり、
折伏をし抜いてきた人と、折伏をしないできた人は、必ず後で大きな差がつ
いております。折伏をしないでトントン拍子にきた人は、メッキみたいなと
ころがあります。

折伏をし抜いてきた人は、非常に着実に、遠回りのようであるけれども一年
ごとに実力が発揮されております。

特にこれから注意しなければならないことは、非常に政治に適している、
学歴がある等々で、私も時にはそのような人を抜擢する場合がありますが、
折伏をせず、訓練等を受けずして、政治に適し、あるいは世間的、
社会的に力があるからその人を重視するということは、いい場合もあるだろ
うし、それ自体が今度は学会を危険に陥れる場合もあります。

そういう点を十分に考えて、どんな時代がきても、あくまでも折伏をしきっ
てきた人、折伏の功労者を、決して見落とすことなく、その人たちを擁護し、
大事にし、尊敬していっていただきたいことを、心から念願するものであり
ます」
 

ツイッターより

 投稿者:ダメよダメダメ~  投稿日:2017年 4月19日(水)19時06分52秒
  信濃町の指示により除名、査問、解任された方々は密室で査問されろくに対話をしてもらうことなく青春の全てをかけてきた人としての権利を無理やり剥奪。これがいじめでなくてなんと表現したらよいのか?会合や多くの同志の前で実名で悪人呼ばわり。これはまさにいじめそのもの。
そして重大な師敵対。
 

くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲様

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 4月19日(水)18時36分39秒
  レスありがとうございます!


戦争時代を生き抜いた人々をはじめ、教育関係者や、一般の心有る多くの人々が、

一様に安倍自公政権の暴走に警鐘を鳴らしています。

そして、世界各国の平和を求める人々もまた、安倍自公政権を危険視しています。


そのような中、極右翼と評されてきた安倍首相は当然ですが、驚くべきは公明党であると。

世界平和、恒久平和を推進する宗教団体である創価学会が支持母体であるはずなのに、

まるで戦争推進と思しき振る舞い。

どんなに「右傾化の歯止め」と言っても、もうそれを信じるのは無理というものです。



「学会員は、利用されているんだね」

この言葉は、あまりに悔しい、虚しい。

友人たちに、この二年あまり、何度言われたでしょう。

「やっぱり、与党が長くなると駄目なんだよ」

「学会員の手弁当で、いい気になってるんだよ」

このような友人たちの言葉も、素直に認めざるを得ないです。



「公明党頑張ってるね」「あなたが一生懸命支援する公明党だから、信じるよ」と、

友人たちが言ってくれるようになるまで、どれほど私は努力してきたでしょうか。

どれほど、時間をかけて対話してきたでしょうか。

どれほど?何年くらい? 30年以上です!


人間ほどおそろしいものはありません。

54年に池田先生を裏切った不逞の輩が、いまだに執行部に陣取り、権力をむさぼっています。

公明党は、そのヤカラと、公明党の古株大馬鹿議員たちの意向に振り回されているようにしか

見えません。

発言も、党是への整合性は度外視、あくまで安倍自公与党にこだわってきた結果、

とんでもない国家の恥辱の歴史を残すに至りました。

特定秘密保護法案、安保関連法案、カジノ法案、共謀罪(なにがテロ等ですか)等々、、、

どこまでやるか閣議決定の嵐。。。

今頃になって、自民党議員・大臣の失言・不実について、申し訳程度に「与党としてどうか」

などと苦言。

しかしその程度では、もう遅いです。 もう汚名はそそげません。



「公明党は学会員の心を裏切り、平和憲法に泥を塗ったから応援なんかしちゃ駄目だよ。

票?要りません。憲法を変えようなんてバカには入れちゃ駄目だよ。

公明党を支持するという人は、自分の人権がわかってないんだよ、幹部の言いなりだよ。

あ、もともと右の人は、あれでいいらしいね。 でも、私は公明党が嫌いになったんだよ。

池田先生が望まれた党ではなくなったと思う。

そして、今、学会もおかしくなってる。

知ってる? 東洋経済や週刊ダイヤモンドという経済誌にも特集になったぐらいだよ。

池田先生の御指導のように、仏法者として行動・言動すると、組織が追い出すようになった。

そう。私もだよ。 今の学会組織は本当におかしい、狂っている。まともでない」

このように言っております。


 

Twitterより。会員にネットを見るな!一番気にしていて監視する信濃町の本部。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 4月19日(水)18時15分3秒
  ツィッターに
「なんでいつも命令形なんだ」との投稿がありました
最近、命令形でなくなりました
良かったです
本部は、ネットだと速攻、取り入れているように見えます
会員には、「ネットは見るな!」と言いつつ、一番、見ているのが本部では?
 

立正安国論 27/35

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月19日(水)18時05分2秒
編集済
  劍箭槊之瘡體無完處如芥子許
爾時覺尋賛王言善哉善哉王今
眞是護正法者當來之世此身當爲
無量法器王於是時得聞法已心大歡
喜尋即命終生阿闕佛國而爲彼佛
作第一弟子其王將從人民眷屬有
戰鬪者有歡喜者一切不退菩提之心
命終悉生阿闕佛國覺徳比丘却後
壽終亦得往生阿闕佛國而爲彼佛作
聲聞衆中第二弟子若有正法欲盡
時應當如是受持擁護迦葉爾時
王者則我身是説法比丘迦葉佛是
迦葉護正法者得如是等無量果報
以是因縁我於今日得種種相以自莊
嚴成法身不可壞身佛告迦葉菩薩
是故護法優婆塞等應執持刀杖




(王・爾の時に於て身に)刀剣箭槊の瘡を(被り)
体に完き処は芥子の如き許りも無し、
爾の時に覚徳尋いで王を讃めて言く、
善きかな善きかな王今真に是れ正法を護る者なり
当来の世に此の身当に無量の法器と為るべし、
王是の時に於て法を聞くことを得已つて心大に歓喜し
尋いで即ち命終して阿閦仏の国に生ず
而も彼の仏の為に第一の弟子と作る、
其の王の将従・人民・眷属・戦闘有りし者・歓喜有りし者・
一切菩提の心を退せず命終して悉く阿閦仏の国に生ず、
覚徳比丘却つて後寿終つて亦阿閦仏の国に往生することを得て
彼の仏の為に声聞衆中の第二の弟子と作る、
若し正法尽きんと欲すること有らん時
当に是くの如く受持し擁護すべし、
迦葉・爾の時の王とは即ち我が身是なり、
説法の比丘は迦葉仏是なり、
迦葉正法を護る者は是くの如き等の無量の果報を得ん、
是の因縁を以て我今日に於て種種の相を得て以て自ら荘厳し法身不可壊の身を成す、
仏迦葉菩薩に告げたまわく、
是の故に法を護らん優婆塞等は応に刀杖を執持して




戦った有徳王は全身に刀剣や鉾槊の瘡をこうむり
体に傷のないところは芥子粒ほどもないありさまであった。
これをみて覚徳比丘は王を讃めて言った
「善きかな善きかな、今、王は真に正法を護った人である。
未来世において王の体はまさしく無量の法器となるであろう」と。
王はこの時、正法を聞くことができ、大いに歓喜し、
そのまま息を引き取り阿閦仏の国に生まれた。
しかも阿閦仏の第一番の弟子となった。
そして有徳王の将従・人民・眷属など、王とともに戦ったもの、
王の戦いをみて歓喜したものは、
みなそれぞれ退転せず、信心をまっとうして死んだのち、
ことごとく阿閦仏の国に生まれた。
覚徳比丘も、その後命が終わって同じく阿閦仏の国に生まれ、
彼の仏の声聞衆中、第二番目の弟子となった。
もし法が尽きんとするときには、
まさにかくのごとく正法を受し、擁護すべきである。
迦葉よ。その時の有徳王とはすなわち我が身である。
説法をした覚徳比丘は迦葉仏である。
迦葉よ、正法を護るものはこのように無量の果報を得るのである。
この因縁の故に自分は今日において、種々の相を得て自らの身を荘厳し、
絶対に壊れることのない法身を成就することができたのである。
仏はさらに迦葉菩薩に告げていわく。
このゆえに、正法を護ろうとする在家の男子の信徒等は、
有徳王のようにまさに刀杖を手に取って



(大きな画像はこちらから↓)
https://blogs.yahoo.co.jp/kyodaineko130/33090278.html
この御正筆は、中山法華経寺所蔵の国宝です。




 

ググると

 投稿者:通りすがりの仮面ライダー  投稿日:2017年 4月19日(水)17時19分0秒
  「仏法の魂は行動」でググってみました。

http://www.3colorflags.net/sintyaku3/200410013.txt

---------------以下抜粋-------------

2004.9.29 各部代表者会議での名誉会長のスピーチ

■「頭(こうべ)は妙なり足は経なり」
 一、仏法の魂は「行動」である。いくら教学を学んでも、行動がなければ、
観念にすぎない。御書を「心肝に染めた」ことにはならない。
 「行動なくして、仏法なし!」である。
 御義口伝にいわく。
 「我等が頭(こうべ)は妙なり喉(のど)は法なり胸は蓮なり胎(はら)は
華なり足は経なり」(同716ページ)と。
 南無妙法蓮華経の「経」とは、「足」に当たる。
 私たちは、わが人生の「栄冠の道」を、さっそうと歩み抜いていきたい。す
がすがしい秋の風とともに、勇んで広宣流布に行動してまいりたい(大拍手)。
 一、仏法のため、人々のために動けば、周囲も輝き、自分自身も輝く。
 反対に、自分のことしか考えない利己主義の行動は、周りを苦しめ
るだけである。結局は、自分自身も損をする。
 信心は、「他者に尽くす」ことを教えている。それが、すべて「自分のため」
になる。広布の活動に一切、ムダはない。

■幹部率先の行動が組織を変える
 一、人にやらせてばかりで、「行動」がなくなれば、すぐに老けてし
まうものだ。
 大変なことであればあるほど、自分から、サーッ、サーッと動く。反応する。
若鮎(わかあゆ)のように!みずみずしい心で!
 人に会えば、自分から、声をかけていく。
 「お元気ですか! 」「お久しぶりですね!」と。そうすれば皆もうれしいし、
自分も気持ちがいい。
 組織の上にあぐらをかいて、イヤなことは人にやらせる。そういう幹部であ
ってはならない。
 「幹部率先の行動」によって、組織はいくらでも、生き生きと変わっていく
のである。
 一、人生は、最終章が大事だ。途中がどれだけ良くて
も、最後がどうかで、すべてが決まる。
 周りからどう思われるかではない。納得できる自分自身であることが大切で
ある。
 先輩幹部の皆さま方は、黄金の夕日が赫々と輝きわたるような、
荘厳な人生の総仕上げの日々を飾っていただきたい。

 

通りすがりのライダー様

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 4月19日(水)16時57分26秒
  感動的な話ありがとうございます
まさに「心の創価学会」です

本日の聖教新聞
寸鉄
「良い事をしないのは悪い事をするのと同じ
  ー牧口先生。仏法の魂は行動に」

これって、変ではないですか?
仏法の魂は「一念」「心」ではないですか?

なんだか
仏法の魂は「駒なること」と言っている気がする

21世紀は「心の時代」
心の時代に相応しい投稿、お願いします

会員は、もう充分に、手弁当で動いてきました
タダで動くのは、風と地震と創価学会といわれるほど動いてきました

一番、頑張るべき人間は、会員ではない!
議員、幹部、職員です!
しっかり、頑張ってください!


 

頑張れハム太郎!!

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 4月19日(水)16時30分59秒
  「大宏池会」にハム太郎も加わればいいかも。
少しは左に振り子が触れるかも。
友人なくす、弁明だらけの支援活動をしなくてもいいし。

東京は小池・関西は維新・国会は自民
三色カラーのハム太郎も大変な立場だね。
 

執行部と公明党とその仲間達┐(´д`)┌へ

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 4月19日(水)15時26分35秒
  栃木の久保田です。m(._.)mヽ(^○^)ノ

アメリカ>の子分安倍内閣>執行部原田ちゃん>

公明党!何でもいいなりになるなや(# ゜Д゜)

目には目をか?違う宗教だろ(# ゜Д゜)

 

四国の求道心

 投稿者:通りすがりの仮面ライダー  投稿日:2017年 4月19日(水)14時18分6秒
  「楽土建設の革命児たれ!」ブログ
http://d.hatena.ne.jp/sgi-kusunoki/searchdiary?word=%2a%5b%a1%d6%b9%c8%a4%ce%b2%ce%a1%d7%204%5d

― 求 道 ―
師を求めるにも、求めるすべてを奪われてしまったその悔しさと寂しさ。何もできない今の状況を何とかしたい。

何かをして「池田会長」との心の触れ合いをもちたい。四国の友は閉塞した状況の中で、師を求める道を探った。

そして、一筋の道を見つけ出したのだ。

「そうだ、待つのではなく先生のおられる所がわかっている。そこへ行けばいいんだ。たとえ、先生に来るな。と言われても求め抜くのが我々の信心だ」


K副会長談。

――昭和54年12月、神奈川文化でその年最後の中央会議がおこなわれました。

まだ、Y崎等が大きな顔をして出入りをしており、重苦しい雰囲気の中、会議は終了。

翌朝、先生に御挨拶にうかがいました。私が廊下を通り過ぎようとししていたところ、ある部屋から鋭い電気カミソリの音が聞こえました。

ふと部屋をのぞくと、先生が神奈川文化の7階の窓から横浜港を眺めながら一人、ひげを剃られていました。

周りに誰もおらず、「おはようございます」と元気に入っていったのです。

以下、K副会長と先生のやり取り。

「おはようございます。先生、お願いがあります。この港に四国の同志で船を乗り付けたいのですが、よろしいでしょうか」

先生は、髭剃りの音で船と港しか聞き取れなかったらしく

『何、ここに船を持ってくるので俺に乗って遊べと言うのか?』

「いいえ、そうではありません。ただ遊んでくれと申し上げているのではありません。1万トン級の船で、一千名の四国の同志を集めて先生のもとに来たいんです」

『なに、一万トン級の船で、一千人がこの神奈川へ、この横浜へ来るというのか』

「そうです」 『ほんとうか』

「ほんとうです」 『よし、来い!来い!来ーい!』

この時、廊下を秋谷会長(当時副会長)が通られ、その姿を見つけられた先生は

『秋谷、いいなー』

何も知らない会長は「はい」と。

「じゃぁ、早速帰って準備をします」 『ん、待ってる』

以下、その後のK副会長と秋谷会長とのやり取り。

『なに、船で来る。この寒空の中太平洋を船で来るとは、おまえ、何考えているんだ』

「でも、先生が来いとおしゃっています」

『来いといっても、もし万が一の事があったらどうするんだ』

「天候が悪いから海が荒れているから会長はやめろと言うんですか?」

『そうだ、危険だから言うんだ。何かあったら大変だから言うんだ』

「じゃぁ、お尋ねしますが、横浜港と田子の裏とどの位離れているんでしょうか?ここから田子の裏までが荒れているんでしょうか」

(当時、四国からは登山のため、毎月船が出ていたのです。)

『それもそうだな、田子の裏まできているんだな冬でも』

「そうです、あれは小さいですが今度のサンフラワーは大きいんです」

『わかった、わかったよ』

時に1979年(昭和54年)12月28日のことでした。――

こうして、四国・神奈川交流幹部会は四国の友の燃えるような求道心によって開催が決まったのです。


― 船上幹部会 ―
翌1980年(昭和55年)1月13日参加者は高松港F地区へ終結。

「先生のもとへ行こう」との呼びかけに、チャーターした「サンフラワー7」は、瞬時のうちに定員になったのです。

出港を前に、沖縄付近に優勢な低気圧が発生との予報。

学会本部からは「中止してはどうか」との連絡が---。

この電話に対して、K副会長は「先生にお伝えください。出港いたします。ただし、出港した後は、すべて船長の判断に任せます」とお答えしたものの、出港後、電話でも鳴って航行困難の知らせでも入れば、小豆島を回って帰ってこなければいけないのかと、不安で一杯だったそうです。

数分後に先生より伝言が

「船長の判断に任すの件、了解。待っている」この伝言を聞いて、K副会長は涙が止まらなかったそうです。

こうして、一万トンの「サンフラワー7」は千名の同志を乗せ、先生の待つ横浜港へ向かったのです。

海上は、風速36m。「大丈夫ですか」とのK副会長の問いに、船長は「大丈夫です。沿岸を回っていけば必ず定刻に着きます」と---。


― 神奈川・静岡合同協議会 ―
“船上幹部会”では、意気軒高に語り合われていた。

――本来ならば、池田先生に指揮を執っていただいて、本年の学会創立50周年を盛大に祝賀すべきである。

牧口先生、戸田先生、そして池田先生という三代の会長が築いてくださった創価学会ではないか。

しかし、今、先生に、自由に動いていただくことはできない。四国にお迎えすることもできない。

それならば、私たち四国が、全国に先駆けて、先生のもとへ馳せ参じて、創立50周年のお祝いを申し上げようではないか。

先生がおられるところが、広宣流布の最前線であるのだ――と。

のちに、手書きで書き留められた、その船内の克明な記録を、私は拝見し、心で泣いた。

船には、ドクター部や白樺(女性看護者のメンバー)の方々も、勇んで同行され、同志の健康を見守ってくださった。

創価班や白蓮グループをはじめ、志願の男女青年部の、はつらつたる献身も光っていた。

船内で皆が楽しく過ごせるようにと、“寅さん”の映画(「男はつらいよ」)の手配も、事前に、そっとお願いしておいた。

ありがたいことに、波涛会(海外航路に従事する壮年・男子部のグループ)の方々も、太平洋岸の要所要所の岬に待機して、変化の激しい波の様子を、逐次、報告する体制までとってくださっていた。

四国で留守を守ってくださる同志たちも、皆、たえまなく唱題を続け、無事故・大成功を祈っておられた。

そこには、どんなに嫉妬に狂った坊主らが壊そうとしても、絶対に壊せない「異体同心」の金剛の団結が輝いていたのである。

【神奈川・静岡合同協議会 2006-1-16付 聖教新聞】

― 歓喜の横浜港 ―
1980年(昭和55年)1月14日午後1時前、横浜港大桟橋に到着。

船が接岸するまで、皆は甲板上の桟橋側にあふれだし、あの大きな船が傾いたそうです。

先生は、船の入港をずっと執務室の窓から見守り続けられ、接岸の報が入るや否や、「さぁ出迎えにいこう」と即座に、周囲の方々が置いていかれそうな勢いでエレベーターの方へ向かわれました。

寒風の中コートを羽織り、花束を携え、岸壁まで出迎えられた先生は「よろしくね」と声をかけられ、白蓮グループの代表を通して、K副会長に花束を贈呈。

勇壮な音楽隊の演奏をバックに、神奈川の大勢の同志と共に歓迎されました。

先生は「よくきたね。本当によくきたね。これで21世紀はみえた。ありがとう」

と一気に語ると、ひと呼吸おいて「まさか海からくるとは!」と表情を和らげられました。

海は世界につながる道であり、未来に続く希望の象徴であったのです。

この場面は、翌日の聖教新聞一面トップのニュースに。しかし、掲載された写真には、先生の姿はなく、右腕のヒジから先しか写っていなかったそうです。

K副会長談

港では、神奈川の音楽隊の勇壮な演奏をバックに、先生がコートを着て、花束を持って桟橋まで迎えに来ていただいていました。先生とともに、写真をとっていただきました。

この光景は今も忘れません。

聖教新聞には、先生の手しか掲載されていませんでした。当時、新聞に先生のお姿は出てはいけなかった。その一枚の写真は今もって大事に持っております。

皆土産の一つでも持ってくればいいのに、何も持たずにきたものだから、先生は皆に御馳走してくださいました。歓待につぐ歓待でした。

そして、1時半から、四国・神奈川合同幹部会が劇的に開催されました。

先生は、「良く来たね、本当に来たね」と何回も言われ、“日本一の激励をしたい”と、自ら“大楠公”“熱原の三烈士”“さくらさくら”をピアノで演奏してくださったのです。


午後7時、日帰りのため、帰りの時間を告げると、先生は「もう帰るのか、もう帰るのか、そうか気をつけてな」と名残を惜しむかのように言われました。

帰りの事です。船に乗り神奈川文化の方を見ました。

神奈川文化の明かりが消え、真っ暗なんですね、そしたら、7階の窓の一角から懐中電灯が振られていました。

船に電話が入りました。

「先生が皆さんに、懐中電灯で手を振られております」

私は、見えて初めて気がついたのですが、それより先に気がついた人が何人かいました。

皆「先生!」と言って、手を振っていました。

船内マイクで放送すると、皆甲板に出て、その灯りが見えなくなるまで手を振って別れを惜しみました。


神奈川文化会館の電灯は消され、いつまでも、いつまでも、7階で小さな二つの光がゆれているのが船上から見えていたそうです。


― 随筆『新・人間革命』 ―
思えば、その前年(1980年=昭和55年)、香川、高知、愛媛、徳島の四県の千名の友が、私の待つ横浜の港へ、はるばると白亜の客船「サンフラワー7号」で駆けつけてくださった。当時、“学会丸”に襲いかかる荒波をものともせず、波頭を越えて――彼らは、意気軒昂であった。

 ああ、この尊き同志よ!

 私は、桟橋に出て、お一人おひとりに合掌し、抱きかかえる思いで迎えた。

 広宣流布に励みゆく方々をば、「当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」とは、「御義口伝」に仰せの「最上第一の相伝」である。

皆が帰途についた時には、神奈川文化会館の窓辺で、私たち夫婦は、船がみえなくなるまで、懐中電灯を振って見送りもした……。

【庶民の和楽と栄光の四国 「正義の歌よ 世界に轟け!」 1999.3.5】

― 神奈川・静岡合同協議会 ―
当時の宗門に遠慮した聖教新聞の紙面では、「交流幹部会」自体は報じられているものの、四国の同志と私との出会いのことは、一行も記されていない。

しかし、誰人も冒すことのできない、いな永遠に冒すことのできない。荘厳な師弟の劇が厳然と刻まれていたのである。

その後、5月にも、徳島の約1000人の同志、そして愛媛の約1000人の同志が、それぞれ船で、神奈川までお越しくださった。

2回とも、私は心から歓迎させていただき、忘れ得ぬ歴史となった。

のちに、私はこの方々を、「三千太平洋グループ」と命名させていただいた。

学会が一番、大変なときに、私とともに、一番、深く、一番、尊い歴史をつくってくださったのは、四国の友であった。そしてまた、東海道の皆さまであった。

【神奈川・静岡合同協議会 2006-1-16付 聖教新聞】
 

日興上人

 投稿者:一途  投稿日:2017年 4月19日(水)13時42分1秒
  一人のSGI様、史人様、わかりやすい解説有難うございました。
私は日興上人書写本尊賛成の立場ですので波田地氏、保田の論師のご判断には
とても感心しています。日興上人書写本尊を海外のメンバーが先駆けて
御安置されていますので着実に世界広宣流布の土壌が整いつつあると感じます。
創価学会が謗法に走ってしまい、この先私達の手で広宣流布を成し遂げなければならないでしょう。
先生の総仕上げの大切な時に見守られての大きな一手が打てたものと思います。
 

御本尊のお文字の相違

 投稿者:史人  投稿日:2017年 4月19日(水)13時01分15秒
編集済
  佐渡市の指定文化財の中の有形文化財で見られますね。
最近はご真筆のものは各市のホームページで見れるようですが。
http://www.city.sado.niigata.jp/sadobunka/denbun/index.html

ただ、それとは別に真っ白な紙で3つ折りされたものも見当たります。
どこだか知らない住職が自ブログで公開されているものは、弘安元年八月と弘安四年二月のものを日興上人が79歳の頃にお写しになられているようで、弘安四年二月のものは、頭破七分・福過十号などの文字が無いです。
日蓮大聖人が出世のご本懐を遂げられた多くの弟子達があった難の後ではそういう文字は寧ろ不要になった感があるように自分の中では思っています。
御本尊が外にあるものではないからだという記述があるからです。
鏡とさせてくださいという思いで御本尊に向かいつつ、如何に真剣に視線を外すことなくお題目を唱えられるか実践しているところです。
こちらのページでちらりと見えた体感という意識でもないです。

自分の心として妙法を中心にそこから視線を外すことなくしっかり中央のお文字、縦に見れるだけしっかり見てと思うので、頭破七分福過十号のお文字に思いをきたすこともないから、それが弘安四年の御本尊になくとも違和感はないです。
戸田先生は罰についてその人の宿業だと書かれているわけですし、それはお題目を唱えていけば自然に表れるものかなと思います。
これから色々御本尊が新たに作られるようになっても、その点さえ見誤らなければいいように思います。
日興上人はご自分が晩年になるにつれて、日蓮大聖人の御本尊が痛んでいくことを想像されて、はっきりお文字が見れる内にと、形を残されたものと思います。
そのご精神を大切にして、この御本尊の違いをしっかり明記して、後の銘文にすればいいと感じています。
リンク先は控えさせていただきます。(アクセス解析が投入されていてややこしいので)
日興上人曼荼羅で出てきますのでご自由に。(何とか和尚ってなっています)
 

ひかり様へ

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 4月19日(水)12時46分51秒
  栃木の久保田です。m(._.)mヽ(^○^)ノ

富重さんの戦争体験・・・孫達へ・・・

本当に絶対に戦争をしてはいけない。

安倍内閣がそのような危険にまっしぐらに向かっているなら何としても倒さなければならないと思うのですが、現状はどうだろうか?

少なくとも公明党が、平和の砦として機能しないのであれば庶民の敵だ(# ゜Д゜)潰してしまえ(# ゜Д゜)

向かう先が戦争に向かう可能性のある政策をやろうとしているのに賛成する馬鹿な公明党

『お前ら手弁当で散々お世話に成ってきたくせに』

裏切るのか?

裏切るのか?

裏切るのか?

裏で操る極悪執行部(# ゜Д゜)

もうやめろや(# ゜Д゜)

  
 

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