第8章 理念

(1)妄想

「内的原因から発生し、思考、意志、および行動の秩序と明晰さが完全に保たれたまま徐々に発展する、持続的で揺るぎない妄想体系である」、「その際、人生観全体は根底的な変化をこうむって、周囲の世界に対する患者の見方の『ずれ』は著しくなる」  
(クレペリン 第8版パラノイアの最終定義)

コンビニで経験したこと、Mさんから聞いた話、セブン イレブンやコンビニ業界について学んだこと、それらの ことが自分の頭の中で複雑に絡み合い自分の思考に 特定のバイアスをもたらした。そのバイアスがかかった 状態で小さな「ずれ」が徐々に発展し、やがて大きな 妄想へと発展する。

それはまるでカオスだ。

自分の頭がおかしくなっていたとしても自分では気付けない、
見えない。

(2)理念
フランチャイズの理念、それは共存共栄である。 セブンイレブンジャパンの創業当時、日本の小売店は 家族経営で品数が少なく労働生産性が低い個人商店が 数多く存在した。山本さんがそうだったようにお酒の 配達だけで利益の少ない店が大半を占めたのだろう。

その家族経営の小さな店に革命をもたらしたのがコン ビニだった。コンビニは酒屋などの個人商店をリクル ートすることでお店を増やしていった。コンビニ本部 は加盟店に対しセブンイレブンやローソンといったブ ランドの使用権やノウハウを与え、その対価として加 盟店からロイヤリティを徴収した。

そのロイヤリティを元に、コンビニ本部は商品開発や 物流、情報システムなどの改善を行い各加盟店を支援 した。個々の個人商店では出来ないことでも数が集ま ればできる。その改善により各店舗の売上が増加すれ ば利益も増え、それによってコンビニ本部に入るロイ ヤリティも増加する。共存共栄、まさにこれこそがフ ランチャイズビジネスである。

そしてフランチャイズビジネスにとって一番大きなポ イントとなってくるのはバイイングパワーである。

タリーズが上場したとき、私は「年間50店舗」という出店目標を掲げた。最大のライバルであるスターバックスを意識してのことである。その3ヶ月後の2001年10月、スターバックスは日本で300店舗目をオープンした。その後もスターバックスの勢いは衰えず、翌年9月には400店を突破した。このまま店舗数で差が開いていけば勝負にならなくなる。チェーンを運営する企業にとって、ビジネスのスケールメリットは極めて重要だからだ。たとえば、コンビニ業界では「セブンイレブン」がトップで、「ローソン」や「ファミリーマート」が続いている。ローソンやファミリーマートがなんとかセブンイレブンと勝負できているのは、店舗数でそこまで極端に差が開いていないからだ。店舗数に差が付くと、無料で配る箸1本の仕入れ値にも影響が出る。箸メーカーとの交渉では、仕入れ量によって値段も違ってくる。業界トップのチェーンがスケールメリットを生かして1本「1円」で仕入れていれば、「1.5円」で購入しているライバル社に勝ち目はない。  
(愚か者 松田公太 講談社)

加盟店が増えて、全体の仕入量が増えれば仕入単価を 下げることができる。仕入単価を下げることができれ ば利益が増える。

これが何を意味するか?
仕入れ値が安い店の方が当然ながら粗利(売上−仕入) が多くなる。この粗利から給料やら家賃やら水道光熱費 などの固定費を差し引いたものが利益になる。

バイイングパワー

売上が増えようが減ろうが固定費は変わらないので、 本来なら仕入金額が減った分、利益が増える。

各加盟店はコンビニ本部から商品を仕入れるから、 バイイングパワーの恩恵を受けられるはず…だ。 ところが各加盟店の本部からの仕入単価は安くな っていない。


商品を正規ルートで仕入れるより、ドンキから「仕入れ」たほうが利幅が大きい商品がいくつもあったのだ。正規の仕入れ値より、ドンキの小売価格のほうが安かったということだ。  
(コンビニ店長の残酷日記 三宮貞雄 小学館)

加盟店がバイイングパワーの恩恵を受けられないの では大きなチェーン店に属している意味がない。

ではこのバイイングパワーで安く仕入れた分、儲か っているはずの利益はどこにいっているのか、コン ビニ本部がピンハネしているのか?

(3)契約タイプ
コンビニのフランチャイズ契約にはAタイプとCタイプ がある。

Aタイプは土地と建物を加盟店のオーナーが用意する。 だから、家賃はオーナーが負担する。酒屋等の個人商店 をコンビニに鞍替えしたのがこのAタイプだ。

一方、Cタイプは土地と建物をコンビニ本部が用意し、 家賃は基本的にコンビニ本部が負担する。サラリーマン が脱サラしてコンビニに加盟するのがこのCタイプだ。

2016年2月現在、セブンの契約タイプ別の店舗数は以下の 通りである。

契約タイプ 店舗数 比 率
Aタイプ 4,448店 (24.0%)
Cタイプ 13,623店 (73.4%)
直営店 501店 (2.7%)
合  計 18,572店 (100.0%)
             (2016年2月期 決算補足資料より)

全体の約4分の3がCタイプの店である。
ローソンもほぼ同じような構成だ。
ファミマは決算資料だけだとよく分からないがCタイプが 6〜7割くらいだと思われる。

当然Aタイプの方がコンビニ本部に払うロイヤリティは 低い。セブンのAタイプが粗利×チャージ率43%に対し、 Cタイプは粗利の額に応じて56%〜76%が累進で課される。

チャージ率>

セブンのCタイプは水道光熱費の80%を本部が負担 するから単純にチャージ率だけでは比較できないが ファミマやサークルKサンクスが月額30万円を超え る分を本社負担としていることからコンビニの水道 光熱費は月30万円くらいと推測できる。
そこからセブンのチャージ率に占める水道光熱費の 割合は約4%と推測した。(注1)

だから水道光熱費分の4%をセブンのチャージ率から 差し引けば同じ土俵でチャージ率の比較ができる。 現在はローソンのチャージ率も他チェーン同様、累 進だが以前のローソンのチャージ率と比較するとセ ブンの一番低い率で52%と50%でほぼ同じだが、 一番高い率だと72%と50%、22%もの差になる。

このチャージ率の差こそが、おそらく地代家賃、 つまり立地条件の差だろう。

Cタイプは基本的に本部が家賃を負担する。
立地のよい場所をたくさん抱えていれば、それだけ 家賃の負担が重くなる。

チャージ率が累進になっているのも、そこに理由が ある。なぜ、累進なのか? オーナーに頑張っても らうために粗利が増えれば増えるほどチャージ率を 下げればよいと思うがそうなっていない。

なお、サイゼリヤではエリアマネージャーや店長に売上目標高を課してはいない。店の売り上げは立地、商品、店舗面積で決まるものだからで、売上が悪くなるとすれば、商品開発をする本社の責任だからだ。  
(おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ 正垣泰彦)

実際は、上記の要素に価格が加わるがコンビニは定価 販売が基本のため、価格に差は生じない。

また、商品はどこのチェーンも似たり寄ったりのもの しか置いていない。

店舗面積もコンビニは約30〜40坪が標準だ。
そうなるとコンビニで差が付くのは立地しかない。

売上が増えるのはオーナーや従業員の努力よりも 立地の影響が遥かに大きいからこそ、チャージ率 は累進で課されるのだ。

その高いチャージ率により得た収入でセブンは 立地の良い場所における高い家賃を払っている のだと思われる。

では何故、他チェーンも同じようにしないのか?
理屈では、他チェーンも高いロイヤリティをとって 高い家賃を払って良い場所を抑えればいいだけの はずだ。


(4)スケールメリット

だが、銀座への出店は簡単ではなかった。不動産業者を回っても、相手にすらしてもらえないことも多かった。私には経営者としての実績もなければ資金の目処も立っていない。不動産業者としても、信用のおける大手チェーンなどに物件を回してしまうのは当然のことだった。  
(愚か者 松田公太 講談社)

ここもスケールメリットの影響が出てくる。
自分が不動産屋で業界1位と2位から賃貸の申し込み を受けたら業界1位を優先する。不動産屋との付き 合いもあるから単純には言えないが、業界2位の企 業よりも1位の企業の方によい案件がもたらされる のが普通ではないか。コンビニ創業当時はまともに 相手にされなかったとしても親会社のイトーヨーカ 堂のネームバリューや規模が大きくなっていくこと で有利な案件を優先的に得ることができるように なっていく。

ここで、他チェーンとしてはセブンに引き離される とコスト競争で不利になるため規模でセブンに追い 付き追い越したい。

そうなると加盟店を増やすためにセブンよりも チャージ率を低くせざるを得ない。

チャージ率を低くすれば家賃に充てられる予算 は低くなる。

家賃に充てられる予算が低ければセブンよりも 立地の劣る場所への出店が増える。

それがあれだけの日販の差になって表れる。

さらに言えばこの立地条件の話はバイイングパワー の話にもつながってくる。コンビニの売上は立地 で決まる。

立地の良い場所であれば売上が増えるから当然仕入も増える。

そうすればさらに大量仕入による仕入単価値下げ により本部の粗利も増え、他のチェーンでは出店 することができない家賃の高い場所に出店するこ とができるという好循環が生まれる。

高日販のサイクル

セブンが他チェーンと比較して立地を厳選してい るというのは最近まで東北の一部の県や四国、 鳥取、沖縄に進出していなかったことからも伺え るが近年、沖縄以外の県にも出店をし、そして 最近の報道で沖縄進出を検討していることが明ら かになった。報道によると業界1位の売上と規模 を維持するためとあるが、それほどまでにスケー ルメリットの影響が大きいということであろう。

店舗名(各数字は2016年2月末時点のもの) 店舗数 1店舗の1日当たり平均売上
セブンイレブン 18,572店 656千円
ローソン 12,395店 540千円
ファミリーマート 11,656店 516千円
サークルKサンクス 6,350店 431千円

なお、セブンが今まで出店していなかった地域に 出店し始めたのには理由がある。2016年9月にファ ミマとサークルKサンクスが合併することになっ たのだ。これにより業界2位はローソンからファミ マとなり店舗数も18,000店を超え、店舗数ではセ ブンとほぼ差がなくなってくるからだ。今までも 業界再編の噂はいろいろあった。セブンも焦って いるのだ。

ところで家賃の高い分はCタイプの高いロイヤリ ティで回収できているはずだから、本来であれば 大量仕入により実現した利益は加盟店に還元すべ きだ。ここで本部は仕入先からリベートを得てい るため、このリベートは各加盟店に返金されてい るらしいが、本部が仕入先から個々の商品をいく らで仕入れているのか、本部からの情報開示がな いため加盟店のオーナーとしてはどうしてもピン ハネ疑惑が生じてしまうらしい。

このように考えてきた結果、1つの疑問が残った。

Mさんは何故、私に0.1×100の話なんかしたのだ ろうか? プロであれば立地条件の重要性なんて 素人よりも遥かに重要であることが分かっている はずなのに…


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(注1)水道光熱費率の推測方法について
ファミマやサークルKサンクスが月額30万円を超 える水道光熱費を本社負担にしているところから 考えると、コンビニの水道光熱費は1日1万円、 1ヶ月30万円が妥当なところだと思われる。

セブンのCタイプは水道光熱費の80%を本部で 負担する。
水道光熱費の月額30万円×80% = 24万円
この24万円を下記シュミレーションにお
ける2009年度のCタイプの粗利で割ると
24万円÷559万円 = 4.2%
2000年度の数字を使うと、
24万円÷613万円 = 3.9%
だいたい4%だ。

チャージ率
                           (週刊ダイヤモンド 2010.9.11号)