16日のトルコ国民投票で有権者に渡された投票用紙に質問事項は印刷されておらず、ただ賛成か反対かを選ばせる書式だった。だが、エルドアン大統領にとって苦戦の末の辛勝となった投票結果は、トルコの歴史の転換点となる。新憲法により同氏は現代のスルタン(イスラム王朝の君主)となり、ほぼ縛りのない行政権を握る。エルドアン氏がトルコの政治機構を完全に従えることにも十分な可能性が生まれる。
とはいえ、エルドアン氏が求めた圧倒的な支持は得られなかった。暫定の開票結果で賛成は51%と、辛うじて半数を超えるにとどまった。首都アンカラとイスタンブールでは反対票が過半を占め、与党・公正発展党(AKP)の牙城でも反対が上回ったところがある。紛争地帯の南東部でも、避難民となった人々の一部が投票できなかったにもかかわらず、少数民族のクルド人が改憲案を拒否した。
■色あせた国民投票
公式の押印のない投票用紙を有効と認めるという高等選挙委員会の決定が怒りを呼び、野党側は票の数え直しを要求している。政府の任命による高等選挙委員会の委員が結果を覆すことは想像しがたい。だが、非常事態宣言下で実施された国民投票は、明らかに不公平な選挙運動により色あせたものになった。メディアは抑え込まれ、反対派の主張に放送時間が割かれることはほとんどなかった。
結果が僅差の勝利にとどまったことで、エルドアン氏が融和的な現実主義の構えを取る可能性はほとんどついえた。反政府勢力に対する粛清が終わることも、クルド人反体制派との協議が再開し、放置されたままの経済改革が始まることも、まず期待できない。
エルドアン氏は、分断を引き起こす戦術とナショナリズムへの訴えかけが奏功したと総括するだろう。昨年のクーデター未遂事件後から続いてきた非常事態宣言を延長するとした16日の動きが、それを示唆している。エルドアン氏が新たな権限を完全に握るには、2019年までに行われる選挙で勝たなければならない。エルドアン氏は融和でなく戦いに勝算があるとみるだろう。
■深まるEUのジレンマ
トルコのパートナーである欧州諸国にとっては、ジレンマが先鋭化することになる。欧州連合(EU)はトルコ政府に対して控えめな反応を示しており、歩を進める前に国民的合意をまとめ上げるよう求めた。だが、このような内容の憲法はEU加盟の基準と相いれない。トルコのEU加盟交渉は長年、現実味の薄いフィクションだった。それが今、茶番になった。
エルドアン氏は死刑制度の復活という威嚇を実行に移し、自ら幕引きをするかもしれない。そうなれば、もうEU加盟交渉は終わりだ。そうならない場合には、欧州側が早々に動かざるを得なくなるかもしれない。しかし、欧州側は貿易、安全保障、移民に関するトルコとの必要不可欠な取引を再構築する方法を見いださなければならない。反対票を投じた半数近いトルコ国民を見捨てることはできない。彼らは圧力や情報不足にもかかわらず反対の意思を表し、自分たちの権利の保護と民主主義の原則の擁護を欧州に頼ろうとしている。
EUはトルコとの関税同盟の強化で経済関係を深められるかもしれない。これは取引に関する取り決めだが、やはり政治的統合に関わる措置も必要になる。トルコの司法制度は捕らわれの身であり、EU機関がトルコ政府に人権侵害に関する説明責任の履行を求める努力を続けることは必須だ。だがそれでも、かつてトルコの人々が希望を抱いた完全かつ対等な欧州内でのパートナーシップには遠く及ばない。トルコの西洋への道のりは常に険しく、数十年にわたる後退がありながらも、希望は消えていなかった。その希望も今、断たれてしまった。
これはトルコにとって悲劇だ。エルドアン氏は、改革でも発展でもなく不和をもたらしている。これは、イスラム教徒が多数を占める国々の民主主義に対する打撃であると同時に、国民の投票によって独裁制へ向かう世界的な行進のさらなる一歩でもある。
(2017年4月18日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)
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