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「富士一跡門徒存知の事」

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 4月19日(水)00時49分12秒
  体長1.3mの巨大猫様

青年僧侶改革同盟 松岡幹夫氏の論文、ありがとうございました。
とても興味深く読ませていただきました。
民衆の本尊証得における法主の介在の不要化  投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月18日(火)21時32分43秒

以下、その件について、思うところを書かせていただきました。

法主書写の御本尊下附の起源は、日興上人が当時の五老僧などが、大聖人直筆御本尊を軽んじて扱っている事に心を痛めて始めたことの様です。
日興上人の、「富士一跡門徒存知の事」を読んで、この様に感じました。

大聖人亡き後、五老僧達が、直筆曼荼羅を死体を包んで葬るために使ったり、あるいは御本尊を売却したり等、大聖人の直筆御本尊を、軽んじ賎しんで扱ったので、たくさんの御本尊が失われてしまった。
そのうえ、五老僧のうち日向・日頂、さらに五老僧ではないが日春などが大聖人直筆の曼荼羅を、安易に又無責任に形木に彫って印刷し、不信の者たちにまで授与したりして粗末にしているといううわさがあった。

そうしたことから、「日興の弟子分に於ては、在家出家の中に 或は身命を捨て或は疵を被り若は又在所を追放せられ一分信心の有る輩に忝(かたじけな)くも書写し奉り之を授与する者なり。」と言われて、大聖人のお心を全生命で受け継がれ、大聖人の花押ではなく、ご自分の花押で
御本尊を書写し、責任を持って正法を継承していくとの気概から、形木に彫って印刷するのではなく、書写という形式を取り始められたと思われます。

ちなみに、現代の正宗の法主等が「内証」を書写すると称してそれぞれ相貌を変えるのと違って、日興上人の書写は大聖人の御本尊の相貌をそっくりそのまま書き写していた様です。
そこには一切己義を構えない、大聖人直結の純粋な信心が感じられます。

しかし、翻って今の正宗の状況を見てみますと、逆にこの法主書写の化義が間違った方向に行く恐れも垣間見えます。
日興上人と違って必ずしも法主が万代までも正しい信心で、正しい御本尊書写をするとは限らないと思えるからです。

安易な、又、無責任な御本尊下附をくい止め、信者が最高に御本尊を大切に扱う信心があるなら、もうこの時代からは、大聖人の十界具足の直筆御本尊を下附することが、この先万代に渡って、御本尊に関して間違いのない道を歩んでいけるのではないかと、私自身は思って居ます。


富士一跡門徒存知の事 p1606

一、御筆の本尊を以て形木に彫(きざ)み不信の輩に授与して軽賎する由・諸方に其の聞え有り所謂日向・日頂・日春等なり。
日興の弟子分に於ては在家出家の中に 或は身命を捨て或は疵(きず)を被り若は又在所を追放せられ一分信心の有る輩に忝(かたじけな)くも書写し奉り之を授与する者なり。
本尊人数等又追放人等、頚切られ、死を致す人等。
-----―
一、大聖人御自筆の本尊を形木に彫って、不信の者に授与し、御本尊を軽んじ賎していることが、方々から聞こえてくる。
いわゆる日向・日頂・日春らがそれである。
日興の弟子においては、在家・出家を問わず、あるいは命を捨てたり、あるいは傷を受けたり、もしくはいる場所を追放されたりした信心ある弟子門下に対して、恐れ多くも日興自身が御本尊を書写し奉りこれを授与するのである。
日興が本尊を授与した人数等を記した。また追放された人、首を切られ殉死した人等も記した。

講義
日興上人が御本尊を授与するに当たっていかに厳格であられたかがうかがわれる。これは、大聖人が阿仏房に対し、御本尊に関して「あまりに・ありがたく候へば宝塔をかきあらはし・まいらせ候ぞ、子にあらずんば・ゆづる事なかれ信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ、出世の本懐とはこれなり」(1304-13)と仰せられているのと符合している。
 最後に「本尊人数等」とある。日興上人の弟子分本尊目録には、日興上人が与えられた人が記されている。
同書には「又追放人等、頸切られ、死を致す人等」とあるように、熱原法難で死罪ならびに追放に処せられた弟子門下たちのことも記されている。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 4月18日(火)23時42分14秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
暖かく良い一日でした
おやすみなさい
 

同盟題目23時開始です。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 4月18日(火)22時52分2秒
  本日も23時からです。
よろしくお願い致します。参加は任意です。
 

立正安国論 26/35

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月18日(火)22時45分44秒
  四部之衆應當苦治又云佛言迦葉以
能護持正法因縁故得成就是金剛身
善男子護持正法者不受五戒不修威
儀應持刀劍弓箭鉾槊又云若有受
持五戒之者不得名爲大乘人也不受五戒
爲護正法乃名大乘護正法者應當執
持刀劍器仗雖持刀杖我説是等名曰
持戒又云善男子過去之世於此拘尸那城
有佛出世號歡喜増益如來佛涅槃後
正法住世無量億歳餘四十年佛法末
爾時有一持戒比丘名曰覺徳爾時多
有破戒比丘聞作是説皆生惡心執持
刀杖逼是法師是時國王名曰有徳聞
是事已爲護法故即便往至説法者
所與是破戒諸惡比丘極共戰鬪爾
時説法者得免厄害王於爾時身被刀




(正法を毀る者をば大臣)四部の衆当に苦治すべし」と。
又云く「仏の言く、迦葉能く正法を護持する因縁を以ての故に是の金剛身を成就することを得たり
善男子正法を護持せん者は五戒を受けず威儀を修せず応に刀剣・弓箭・鉾槊を持すべし」と、
又云く「若し五戒を受持せん者有らば名けて大乗の人と為す事を得ず、
五戒を受けざれども正法を護るを為て乃ち大乗と名く、
正法を護る者は当に刀剣器仗を執持すべし刀杖を持すと雖も
我是等を説きて名けて持戒と曰わん」と。
又云く「善男子・過去の世に此の拘尸那城に於て仏の世に出でたまうこと有りき
歓喜増益如来と号したてまつる、
仏涅槃の後正法世に住すること無量億歳なり余の四十年仏法の末、
爾の時に一の持戒の比丘有り名を覚徳と曰う、
爾の時に多く破戒の比丘有り是の説を作すを聞きて皆悪心を生じ刀杖を執持し是の法師を逼む、
是の時の国王名けて有徳と曰う是の事を聞き已つて
護法の為の故に即便ち説法者の所に往至して是の破戒の諸の悪比丘と極めて共に戦闘す、
爾の時に説法者厄害を免ることを得たり王・爾の時に於て身に刀(剣箭槊の瘡を)被り




もし正法を破るものがあるならば大臣・四部の衆はまさにきびしくこれを対冶していきなさい」
また涅槃経金剛身品にいわく。
「仏がいうには、迦葉よ自分はよく正法を護持した功徳・因縁をもって、
この仏身を成就することができたのである。
善男子よ、正法を護持する在家のものは五戒を持つこともなく、
威儀も修めないで刀剣・弓箭・鉾槊を手にとって謗法を責めるべきである」
また同じく涅槃経金剛身品にいわく。
「もし五戒を受持するものがあるなら、その人たちは大乗を行ずる人ということはできない。
たとえ五戒を受けなくても、正法を護る人を大乗の人と名づけるのである。
正法を護るものは、まさに武器を持つべきである。
たとえ武器を手にとっても自分はこれらの人を名づけて持戒と呼ぶのである」
また同じく涅槃経金剛身品にいわく。
「善男子、過去の世に拘尸那城において歓喜増益如来という仏が出現になった。
その仏が入滅したのち、如来の正法は無量億年という長い間続いた。
その最後、あと四十年間で仏法がまさに滅せんとしていたが、
そのとき法をかたく持った一人の受持即持戒の僧がいて、その名を覚徳といった。
其の時に多くの破戒の悪比丘があって、覚徳比丘が経を護持宣流し諸の悪比丘を制して、
蓄罪等の破戒を戒める正しい説法をするのを聞いて、皆悪心を起こし、
刀や杖を持って、この覚徳比丘を殺そうとして迫った。
その時の国王を有徳王といったが、王はこの覚徳比丘に危険が迫っていると聞き、
法を護るために武器をとってすぐさま覚徳のところへ行き、
これらの悪比丘と全力をあげて戦った。
その結果、覚徳比丘は殺される厄難を免れることができたが、
戦った有徳王は全身に刀剣や鉾槊の瘡をこうむり



(大きな画像はこちらから↓)
https://blogs.yahoo.co.jp/kyodaineko130/33090278.html
この御正筆は、中山法華経寺所蔵の国宝です。



 

学会本尊

 投稿者:一途  投稿日:2017年 4月18日(火)22時18分58秒
  おっしゃるように御本尊について解明されていないことが多々ございます。
学会本尊にも不備があるのではないかとの話もあります。
先生の総仕上げの時に御本尊について保田の論師、学派と大いに議論できることは
時にかなっていると感ずるのです。そういった観点から海外のメンバーが
先駆を切ったことは大きな一歩ではないでしょうか。
 

御本尊の件少しだけ気になったままなので

 投稿者:史人  投稿日:2017年 4月18日(火)21時45分55秒
  平成1・2年頃日顕の御本尊をいただいた時、打たれている点に違和感があって(点が少ないような?)身内に日達上人のご本尊と明らかに違うと言いました。
気のせいでしょの一言でした。
後数年間所持していました。
学会版の修学要集を見る機会を得たのは返却した後なので、相伝のことは分からずじまいですね。
それはいずれ誰かが解明してくれることでしょう!?


一般の人には知られていないことはたくさんあると思います。
たままた千葉で戸田先生への追悼で発刊された通釈法華経を買いましたが、法華経の訳以外の法主としての解釈も入っていますね。
内容に詳しい人以外、誰も知らないままのことも含まれていると思います。
 

新・人間革命に学ぶ第11巻

 投稿者:賢くなりたい婦人部  投稿日:2017年 4月18日(火)21時42分20秒
編集済
  ………………【公明党が初めて衆議院へ進出】……………………

これから先、党として、ある場合には  革新政党と手を結ぶこともあろうし、保守政党と協力することもあるかもしれない。野党の立場で与党を正すこともあれば、政権に加わって、改革を推進することがあるかもしれない。あるいは、政策を実現するためには、妥協が必要な場合もあるでしょう。
さまざまな選択はあるが、根本は国民の幸福のためであるということを絶対に忘れてはならない。

さらに、政権に参画したとしても、徹して権力の魔性とは戦い抜くことです。そうでなければ、公明党の存在意義はなくなってしまう。


…………………新・人間革命第11巻躍進の章p337……………

近年、幹部のご指導では今の公明の立場を説明するためにこの箇所がよく引かれます。
でも最後の3行は聞かなかったような・・・

 

民衆の本尊証得における法主の介在の不要化

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月18日(火)21時32分43秒
  青年僧侶改革同盟 松岡幹夫氏の論文

「現代の大石寺門流における唯授一人相承の信仰上の意義」

の第六章に「民衆の本尊証得における法主の介在の不要化」

という興味深い文章があります。

昨夕から御本尊のことが話題になっているようですので、

多少参考になるかと思い、引用します。



●● 引用はじめ ●●

久遠名字の妙法の直達正観という成仏義を立てる大石寺門流では、

法主や一部の高僧だけでなく、すべての信仰者に法体本尊の証得が可能であると説く。

日寛は「当体義抄文段」の中で

「正直に方便を捨て但法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱うる人」は

「本尊を証得するなり」と述べ、その証得の相を人法に分けて

「人の本尊を証得して、我が身全く蓮祖大聖人と顕るるなり」

「法の本尊を証得して、我が身全く本門戒壇の本尊と顕るるなり」

と説き示している(文段集683)。



しかしながら半面、一般の門下僧俗が本尊を証得するには

法主の介在が必要であるとも考えられる。

日寛は「報恩抄文段」に

「縦い当流と雖も、無智の俗男俗女は三重の秘伝を知らず」

「無智の男女は唯本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱え奉る」(文段集322)

などと述べ、

富士の相伝教学に暗い当時の一般的在家信徒の状況を問わず語りに語っている。

この場合、「三重の秘伝」を知らない「無智の俗男俗女」が

自らの判断で「唯本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱え奉る」ことは不可能であるから、

三大秘法義を了解する法主や、その意を体した僧侶の信仰指導が必要となる。

当時の宗門信徒の中には、金沢の福原式治等のごとく、

折伏弘通に励みながら宗義研鑽にも極めて熱心な者が稀にいたが、

それでも日寛から法門の曲解を間接的に指摘されていたという。

いわんや信仰の対境となる曼荼羅本尊の書写やその是非の判定等に至っては、

ひたすら金口相承の法主に頼るしかなかったと言えよう。

すなわち大石寺門流では、すべての信仰者に本尊証得の道が開かれているとはいえ、

実際には血脈付法の法主の介在が大前提となっていたのである。



ところが現代のように、金口相承の三大秘法義の理論的公開がなされる段階に至ると、

事情はかなり違ってくる。

現代の在家の人々は、日寛の頃のような相承法門に暗い「無智の俗男俗女」ではない。

むしろ、日寛の六巻抄を座右に置いて日蓮の祖書を日夜朝暮に学習し、

三大秘法の本尊を世界に流布せんと主体的に励む人々なのである。

彼らは法主の教導がなくとも、

門流秘伝の三大秘法義に基づく本尊証得の修行のあり方を知り、自ら実践できる。



そして帰命依止の対境たる曼荼羅本尊に関しても、

法主の介在は実質的に不要化している。

金口相承の三大秘法義を把握したうえで、日蓮と同じ信仰に生きる現代の門下僧俗は、

文永・建治・弘安年間に顕示された、

すべての日蓮の本尊を戒壇本尊の意義に通ずる本尊として拝することができる。

また歴代法主の本尊はすべて戒壇本尊の書写であり、

戒壇本尊の「分身散体」としての意義を持つとされるが、現代の門下僧俗ならば、

歴代書写の本尊のうちで誤った本尊を見極めることすらできるだろう。

それを可能にしたのは、三大秘法義の理論的公開にともなう、本尊相承書の出版公開である。


(略)


さらにまた、われわれは、現代において法主による本尊書写の必要性が失われている、

という点を決して見落としてはならない。

大石寺門流の僧俗が寺院や家庭に安置している本尊は、

通常は、戒壇本尊を書写した歴代法主の直筆本尊(常住本尊と呼ばれる)か、

法主の直筆本尊を版木や写真印刷によって複写した本尊(形木本尊と呼ばれる)か、

のどちらかである。

このうち、複写の形木本尊は伝統的に仮本尊とみなされており、

信心決定の後には、法主直筆で授与書きのある常住本尊に取り換えるのが慣わしとなっていた。

しかしながら戦後、創価学会の大折伏により、

累計で数百万体にも達する本尊下付が行われるようになると、

すべての信心決定者に法主直筆の常住本尊を授与することは完全に不可能になった。

そこで、漸く印刷の形木本尊を正本尊とする信仰形式への移行が進み、

ついには六六世・日達の代に「特別御形木御本尊」の制定をみたのである。

特別形木本尊とは、写真印刷の形木本尊でありながら、

実際には法主直筆の常住本尊と同格に扱われる曼荼羅本尊のことを言い、

普通の写真印刷の形木本尊よりも一層荘厳さの増したものである。

江戸期から存在する版木の形木本尊は、版木を使ったことが一目でわかるほど質が劣り、

仮本尊とみなされても仕方ないところがあった。

しかるに現代の写真印刷の形木本尊は、印刷技術の飛躍的進歩によって

直筆かと見紛うばかりの鮮明度を持ち、表装の美観も格段に増している。

それゆえ現在では、通常の形木本尊でも充分に荘厳であり、

特別形木本尊になると直筆の常住本尊と何ら変わらぬ威厳を保っていると言ってもよい。

しかも現代における写真印刷の原本は半永久的に保存が可能であり、

今後、新たな特別形木本尊の原本を法主に依頼する必要もない。

すでに戦前、堀日亨は「化儀抄註解」で

「宗運漸次に開けて・異族に海外に妙法の唱へ盛なるに至らば・

曼荼羅授与の事豈法主御一人の手に成ることを得んや、

或は本条の如き事実を再現するに至らんか・或は形木を以て之を補はんか」(要1-113)

と予測したが、その予測は百年を待たずして基本的に的中したのである。

ここに、法主による本尊書写が不可欠とされた時代は終わりを告げたと言える。



それはまた、曼荼羅本尊の体相や筆法について教義的に理解できる法主の必要性が

完全に消失したことをも意味していよう。

もとより曼荼羅本尊の体相は、その教義解説の有無に関わらず、万人の眼に映じている。

あえて言えば、

本尊書写の際に宗開両祖や先師の本尊の体相を模写し、

門流僧俗はその摸写本尊を宗門独自の三大秘法観に基づきつつ信仰する、

というあり方でも信仰上は十分に事足りるのである。

そこに加えて、現代では本尊書写それ自体が実質的に不要化し、

唯授一人の本尊相承書とされてきた「御本尊七箇相承」等も出版公開されている。

ゆえに今日、曼荼羅本尊の体相や筆法に関する教義を唯授一人で相承することの

信仰上の意義は完全に消失した、と言わざるを得ないのである。



以上のごとく、現代の門下僧俗は法主の教導によらずとも、

自ら正境たる三大秘法の本尊を見定め、

久遠名字の妙法を唱えて直達正観の本尊証得を果たし、

直筆本尊と同等の形木本尊を授与し流布しゆくことができる。

換言すれば、民衆の本尊証得における法主の介在が不要化した段階が現代であり、

唯授一人相承がその役目を終えた時期として、後世の人々に認識されていくであろう。
 

(無題)

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 4月18日(火)21時17分35秒
  梅様
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67523
ありがとうございます。先の部分は消しておきます。ありがとうございました。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 4月18日(火)21時11分42秒
  たぶん多寶如來の多のことじゃないですか?
問題ありません。
大聖人様もあれと全く同じ字で書かれた御本尊様がありますよ。
 

梅様

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 4月18日(火)20時42分32秒
  梅様
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67521
そうでしたか! ありがとうございます。では、あれは問題ないのですね。でも、確かもう一カ所、間違いがあると教わったような記憶が……もしご存知でしたらお教え下さい。少し梅さんのお答えを待って、前の投稿を修正します。ありがとうございました。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67498
 

日顕本尊中の「タ」

 投稿者:  投稿日:2017年 4月18日(火)20時16分0秒
  日顕本尊の中の提婆達多の「多」がカタカナの「タ」となってる、
誤字だとの指摘がありましたが、あれはカタカナではなく、
「多」の異体字です。
 

一千万信徒だって?

 投稿者:無頼  投稿日:2017年 4月18日(火)20時15分46秒
  その時は、三十万人(世帯)も居ないんじゃないの?
谷川センセ率いる創価です。考えない葦の集まり、幸福の○○と変わらないカルトな世界になっていることでしょう。
 

立正安国!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 4月18日(火)20時13分10秒
   梅さん、巨大猫さん、ありがとうございます。

 まだまだ、知らないことばかり。本当に勉強になります。

 皆さん、研鑽されて見えますね。


 

安国論24枚目最後の二行

 投稿者:  投稿日:2017年 4月18日(火)19時56分19秒
  此一紙於身延山以御真筆之安国論奉寫之
慶長六辛丑壬霜月六日日通
 

北朝鮮大使「戦争になれば日本が最初に被害受ける」

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 4月18日(火)19時19分11秒
  http://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000098839.html

北朝鮮で日本との交渉を担当する宋日昊(ソン・イルホ)大使が「戦争になれば日本が最初に被害を被る」とアメリカを支持する日本を牽制(けんせい)しました。

 日朝国交正常化交渉担当・宋日昊大使:「戦争になれば真っ先に被害を受けるのは日本だ」
 宋大使は平壌にいる日本のメディアと会見し、「私たちに少しでも手をかけるなら全面戦争になりかねない」と述べ、「アメリカと戦争になれば日本も攻撃対象になり得る」と警告しました。また、北朝鮮が拉致問題などについて再調査を約束した「ストックホルム合意」は「破棄された」という認識を示しました。ただ、「残留日本人が住んでいるなら人道的な観点から対応する用意がある」と日本が制裁を解除するなど、対応次第では対話に応じる考えも示唆しました。
 

Re:真筆

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月18日(火)19時03分33秒
  螺髪様 こんにちは。

>ところで、前回「24」の最後の二行はどういうものなのでしょう。

千葉県のホームページに説明があります。
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/p150-002.html

第二十四紙は紛失したため、慶長六年十一月六日、日通が身延本を書写して補足したものだそうです。
 

真筆!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 4月18日(火)18時35分55秒
   巨大猫さん、引用経典、すごいですね。台湾に、こんな資料があるのですね。
(投稿者:体長1.3mの巨大猫   投稿日:2017年 4月18日(火)18時05分13秒)

 立正安国論真筆も、あと十本となりました。
 ほんと、迫力のある筆書きですね。御書とはまた、違った感覚を呼び起こされます。
 ありがとうございます。


 ところで、前回「24」の最後の二行はどういうものなのでしょう。
  一行目下段に「……真筆立正安国論」
  二行目上段に「写し奉る……慶長六…」
 とあるであろうことは、なんとなくわかるのですが。

 単に「補注」でしょうか。


 

引用経典

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月18日(火)18時05分13秒
  立正安国論に引用されている経典です。

台湾の中華電子佛典協會(CBETA)が、
大正新脩大藏經・印度撰述部で公開しているデータをもとに、
縦書きのpdfに変換しました。

金光明經
https://app.box.com/s/zfbpuwn7q9xa1fmjk2zm6dweozcoe6e3

大集經
https://app.box.com/s/7vd2epqge55f552dlodjr32rukykb61y

仁王經
https://app.box.com/s/424aaeke0yx4yx6k7ee1icyx9t510a5k

藥師經
https://app.box.com/s/ea4pqwnf0ibxkqct7ka6ou7chwk6yznc

涅槃經
https://app.box.com/s/5b4hm89109i0bn6ql2bvthixnnj0n9mk

法華經
https://app.box.com/s/w4akiuq583yodcurpl8003omjnxkwx6d
 

人生の座標から~

 投稿者:うーこメール  投稿日:2017年 4月18日(火)17時39分17秒
  だれでも皆、必ず使命がある。自分にしかできない使命がある。君の力を必要とする人が必ず、どこかにいる。自分にしかできないこと、自分が本当にやりたいと思うことが、きっとある。それを見つけるためには、まず目の前の現実から逃げないことだ。逃げずに頑張るくせをつけることだ。そうやって、もがきながら、自分らしく、一ミリでも二ミリでもいいから、前へ進むことだ。  

立正安国論 25/35

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月18日(火)17時39分11秒
  又云如來昔爲國王行菩薩道時斷絶爾
所波羅門命又云殺有三謂下中上
下者蟻子乃至一切畜生唯除菩薩示
現生者以下殺因縁墮於地獄畜生餓
鬼具受下苦何以故是諸畜生有微
善根是故殺者具受罪報中殺者從
凡夫人至阿那含是名爲中以是業因
墮於地獄畜生餓鬼具受中苦上殺者
父母乃至阿羅漢辟支佛畢定菩薩
墮於阿鼻大地獄中善男子若有能
殺一闡提者則不墮此三種殺中善
男子彼諸波羅門等一切皆是一闡提
也已上仁王經云佛告波斯匿王是故付
屬諸國王不付屬比丘比丘尼何以故無
王威力已上涅槃經云今以無上正法付屬
諸王大臣宰相及四部衆毀正法者大臣




又云く「如来昔国王と為りて菩薩の道を行ぜし時爾所の婆羅門の命を断絶す」と、
又云く「殺に三有り謂く下中上なり、
下とは蟻子乃至一切の畜生なり唯だ菩薩の示現生の者を除く、
下殺の因縁を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して具に下の苦を受く、
何を以ての故に是の諸の畜生に微善根有り是の故に殺す者は具に罪報を受く、
中殺とは凡夫の人より阿那含に至るまで是を名けて中と為す、
是の業因を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して具に中の苦を受く・
上殺とは父母乃至阿羅漢・辟支仏・畢定の菩薩なり阿鼻大地獄の中に堕す、
善男子若し能く一闡提を殺すこと有らん者は則ち此の三種の殺の中に堕せず、
善男子彼の諸の婆羅門等は一切皆是一闡提なり」已上。
仁王経に云く「仏波斯匿王に告げたまわく・是の故に諸の国王に付属して比丘・比丘尼に付属せず
何を以ての故に王のごとき威力無ければなり」已上。
涅槃経に云く「今無上の正法を以て諸王・大臣・宰相・及び四部の衆に付属す、
正法を毀る者をば大臣(四部の衆当に苦治すべし」と。)




また、涅槃経梵行品にいわく。
「如来は昔、国王となって菩薩の道を行じたとき、若干の波羅門を殺害した」
また同じく梵行品にいわく。
「いわゆる殺生の罪は下・中・上の三つがある。
下とは蟻の子をはじめ一切の畜生を殺すことである。
ただし菩薩の示現生のものは除く。
下殺の罪によって地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ち、つぶさに下の苦を受ける。
なぜならば諸の畜生にもすべて、わずかではあるが善根がある。
その故に殺したならば、その罪報を受けるのである。
中殺とは凡夫の人より阿那含果の賢人にいたるまでを中といい、
これらのものを殺すと、その業因により、やはり三悪道に堕ちて中の苦をうけるであろう。
上殺とは父母をはじめ声聞界の最高位である阿羅漢、縁覚界の辟支仏、
不退に入った菩薩を殺す罪であり、これは大阿鼻地獄に堕ちるのである。
善男子よ、もし一闡提を殺すものはすなわちこの三種の殺の中に入らない。
善男子よ、かの正法を誹謗する波羅門等は、一切皆この一闡提である」とある。
また仁王経には次のようにある。
「釈尊が波斯匿王に告げていわく。
正法を護持するためにはどうしても武力・権力が必要であるから、
僧尼に付属しないで、諸の国王に付属するのである。
なぜかならば、謗法の悪人が武力で仏法を破ろうとする時に、
僧や尼には、王のような威力がないからである。」とある。
涅槃経にいわく。
「今、無上の諸王・大臣・宰相および僧尼・在家の人たちに付属する。
もし正法を破るものがあるならば大臣・四部の衆はまさにきびしくこれを対冶していきなさい」



(大きな画像はこちらから↓)
https://blogs.yahoo.co.jp/kyodaineko130/33090278.html
この御正筆は、中山法華経寺所蔵の国宝です。



 

一千万信徒の総意となる御本尊

 投稿者:のび太  投稿日:2017年 4月18日(火)16時54分12秒
  池田先生が書写された御本尊しか有り得ない。

先生の御揮毫で『正義』『共戦』『大山』『大桜』が作成されて時をおいて、時を感じて

披露されている。

恐らく、2030年には然るべき場所に奉掲安置されるでしょう。

日寛本尊は仮りの姿かな。(笑)

保田の大本尊やデジタル本尊じゃ一千万信徒の総意になれない。(笑)



 

御本尊集

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 4月18日(火)16時40分3秒
  そういえば、正本堂建立記念で正宗の日逹監修で御本尊の写真集が発刊されていましたね。非売品でしたが。

 

「凡夫と御本尊」(1)

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 4月18日(火)15時30分33秒
編集済
  戸田城聖全集より、抜粋

我々が日々拝する大御本尊は、我々凡夫とは関係無い雲の上の存在であり、尊上無比(そんじょうむひ)の存在であると拝し、我々下賤
(げせん)の者の拙い(つたない)日常生活現象とは、およそかけ離れた存在であると拝することは誤りである。

尊上無比の大御本尊は、実に日蓮大聖人の御当体そのものであらせられるのである。ゆえに、御義口伝には「本尊とは法華経の行者の一身
の当体なり」(P760)と仰せられている。

さらに、大聖人は、我々のごとき迷える凡夫の主・師・親であらせられ、「しうし父母」(P237)であらせられる。かくて、日蓮大聖
人の大慈大悲によって御建立あそばされた大御本尊を拝することが、直ちに、我々凡夫にとっては、したしく久遠の御本仏を拝することで
あり、したしく己の主・師・親を拝することになるのである。

法華経の信解品では、四大声聞が窮子(ぐうじ)の例えを引いて了解している。
すなわち、父を捨てて他国を放浪した窮子が、50余年の後に、ようやく、その大長者の父にあった。しかし、父を忘れた窮子は、恐れて近
づかず、父と自分は関係の無い別の者と思っている。父は種々の方便を設けて窮子を教え導くが、なおも窮子は放浪の心を捨てきらず、下
劣の本処(ほんじょ)にあって、この父を父と悟ることができなかったが、ついに、窮子は、大長者が自分の真実の父であったことを悟り
て、大いに歓喜するという次第である。

すなわち、窮子は、せっかく自分の父である長者の家におりながら、「その時に窮子、この遇(ぐう)を欣ぶ(よろこぶ)といえども、な
お、自ら客作(かくさ)の賎人とおもえり」それゆえに、二十年の間、糞(くそ)はらいをしていたが、それでもなお、「然もその所止
(しょし)は猶本所(なおほんじょ)に在り」と言って、放浪の昔を忘れずに、父と自分は、未だに別の者と思っていた。

http://

 

「法華経の智慧」に学ぶ(18)

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 4月18日(火)14時38分42秒
  「無始の九界」「無始の仏界」があってこそ真の十界互具

名誉会長:これも一気に、「無始」の境地を言われている。

    「九界も無始の仏界に具し」 - 突然に現れた仏界ではない。本有の仏界です。

    「仏界も無始の九界に備りて」 - 突然に現れた九界でもなければ、いつか消えてなくなる九界でもない。

     仏界とともに永遠の九界である。

     こういう「十界(諸法)の真実の姿(実相)」を、如実知見(実の如く知見する)するのが寿量品です。

    「無始」でなければ「本有常住」ではない。「本無今有(本は無く、今は有る)」になってしまう。

     まさに根なし草です。

     この「無始の仏界」「無始の九界」が明かされてこそ、初めて九界と仏界が“即”することになるのです。

     因(九界)と果(仏界)が因果倶時になるからです。それでこそ真の十界互具です。

須田:  こういうことでしょうか。

     始成正覚では、仏界も歴劫修行の果てに初めて獲得されるものですから、「本無今有」です。

     因果でいえば、先に仏因(九界)があって後に仏果(仏界)があるという「因果異時」です。

     それでは、確かに、仏果を得るまでの生命には九界しかなく、九界“即”仏界ではない。

     仏果を得てからは仏界しかなく、仏界“即”九界ではない。

名誉会長:そう。それでは真の十界互具にならない。十界互具にならなければ一念三千にならない。

     迹門の十界互具・一念三千を「根なし草」「水中の月」と言われたゆえんです。

     大聖人は迹門の十界互具を「始覚の十界互具」、本門の十界互具を「本覚本有の十界互具」と呼ばれて、

     根本的に違うとされている。そのポイントは、無始無終の久遠の本仏を知るか否かにある。


     「創価正義」
     http://www.sgi-seigi.com/
     図解付き詳細版がオススメです。
 

いま、ふたたび(5)

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 4月18日(火)14時33分20秒
  今に五、六年すると、学会は世界的問題になってくるよ。世界の新聞が取り上げるのだ。

ただで働くのは地震と風だけだと思っているから分からないのだ。僕もただで働かないと思っているから、学会が権力や金力とどこかで結
んでいるか、調べてまわっている。しかし、権力・金力を離れて、何をするのか見当がつかんらしい。信者を集めてやるなら金もうけだ。
金もうけでないなら、その金はどこから来ているか。右翼か、左翼か、これが彼らの考え方だ。しかしそんなものは探したってないものは
ない。若い奴らは何をやっているのだろうと見当がつかないで困っているのだ。俺は出世の本懐を果たそうというだけだ。今の学校教育を
受けたものには分からない。何も俺は欲しくないんだよ。ただし、ビールと車だけはほしいがね。

◎ 政治

政治は、いつも最低生活者のことを考えてやらなければならぬ。
(政治は)常に、今やっていることと反対のことが内在していることを前提として考えるべきである。たとえば、支那の三国志時代は、仁
政を行なう主君が少ない時代であるから、玄徳のような人物が諸将の敬慕することとなるし、民衆は彼を慕ったのである。
このように、その時代の理想の底流にあるもの、はやっていなことが、民衆の要望にアピールするのである。

◎ 日本の自主独立(外交)

諸君は、これからアメリカにつくのか、ソ連につくのか。アメリカ、ソ連どちらにつくのもよそう。日本のことは日本人でやらなければな
らぬ。 これからは青年の力です。君たちの若さでやるんだね。君たちにまかせるよ。
われわれが今のことを考えた場合、米ソの二派に分かれたら、日本はないだろう。感情で判断するのはダメだ。日本が栄えて行けるように
やろう。

原水爆より日本を守るためには、日本の国を世界の宝庫とするのである。
そして、日本に原水爆を落としたならば、世界の国々が損をするというような考えにすれば、日本を原水爆より守ることができるのであ
る。

しからば、いかなる方法によって、日本を世界の宝庫とするかというのに、人的資源をもって、日本の財産にすることである。すなわち、
各国に奉仕できる、技術的、頭脳的資源を養成することである。

地球には、まだ百億人の人間がすめる。フランスのように人口が減少すれば、国力が衰える。サハラ砂漠なども、原水爆の平和利用でいく
らでも開発して、人間が住めるようになる。

◎ 死刑

ギロチンは嫌だ。死刑は良くない。死刑はなくして、終身刑にして働かせたほうが良いではないか。「立法の精神」が慈悲に立脚している
かどうか。あんなことをしたのだから殺してしまえというような政策上のものではないか。

仏法には死刑というものはない。裁くということは小乗経にはない。あくまでも慈悲であるが、法華経に於いては、裁ききっている。

・・恩師(戸田先生)如是我們集より・・
 

そもそも

 投稿者:フラフラ  投稿日:2017年 4月18日(火)14時21分8秒
  入会する時に、会則を守るように、、、とか、言われた方が
いらっしゃるのですか?そもそも、G会の会則を知ってる会員は
どれ程いらっしゃいますかね~?
憲法違反になるから特定の政党指示は言っちゃいけないと、、、
役職を持ったとたんO明党でなければなりません。という事ですか?
あるテレビ番組で、O明党は下駄の雪と揶揄されてました。
昔はそんな事あるか!!と、腹を立ててたけど、
今は言いえて妙だ。そのとうり!!と拍手をしてしまった。
政権に入った途端腐ってしまったのか、それとも、その前からか。
いずれにしても権力と戦えないO明党を応援する理由がない。

 

合併するべき

 投稿者:坂上忍魂  投稿日:2017年 4月18日(火)14時05分15秒
  一般的に公的資金を投入された企業は財務体制を改め全社員の給料・賞与なども見直される。
同業他社との合併や傘下にはいることも検討される。

外郭企業で本部頼りで自力では経営不能の会社は公的資金を投入されているのに等しいわけだから、上記の事を考えないといけないのでは。

シナノ建物はそういったことから時代に則して合併して出来た会社ですよね。
会館の整備や会館の建設、維持するために必要不可欠です。

第三文明、潮出版、鳳書院、東西哲学書院
合併でよろしいのでは?
どの会社も自力で経営してないですよね?
一つにまとめて発行する雑誌・書籍を淘汰したほうがよいと思います。
なぜなら、会員の負担だからです。
出版界自体が縮小傾向なのに何も手を打たないのは無策すぎます。
会館の出版コーナーがなくなり、より一層学会関連書籍を購入する機会がなくなりました。
聖教が出版コーナーを廃止したのは採算が取れないからですよね?
聖教だけ改革をしているのに出版関連の外郭が何も手を打たないのは不自然です。

世に残すべき本があるという使命があるなら、
出版社自体はあってもおかしくないですが、
こんなにあってもしょうがないですよね。


 

富重さんの戦争体験…孫たちへ…

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 4月18日(火)14時01分25秒
   孫たちへ


みんな元気ですか。

私は病気なので、いまのうちに、戦争と平和について話をしておきます。

私の戦争体験からも、世の中が平和であることほど、大事なことはないと、断言できます。



平和であれば、みんな家族と一緒に暮らすことができます。

友達とも楽しく遊ぶこともできます。学校へ行って勉強することもできます。

平和であれば、私たちは幸せになれる環境作りができます。


こんな、すばらしい環境をいっぺんに壊してしまうのが戦争です。

世の中で戦争ほどいやなものはありません。

戦争ほど憎いものはないのです。

戦争というのは、国と国の人たちが殺し合いの大げんかをすることです。

こんなむごいことはありません。

どんなことがあっても、戦争をしてはいけません。

戦争になると、勝っても負けても、たくさんの人が犠牲になります。



昭和20年3月10日の昼ごろ、空襲警報のサイレンが鳴りました。

東京大空襲のはじまりでした。

私は九州から、千葉の歩兵学校へ派遣されていて、ちょうど、その日は東京に来ていました。

空襲警報がやみ、夕方、千葉へ帰ろうとしたら、電車が動かなくなっていました。

寒い残雪の中を、高田馬場から飯田橋、神田を通り、両国付近まで歩きました。

両国駅へ行く道路は、北側の街が焼けていて、まだ電柱がさかんに燃えていました。

駅のプラットホームにあがると、隅田川を中心とする下町全体が、真っ黒い焼け野原になり、

ところどころに火が残り、白い煙もあちこちで昇っていました。

大きな飛行機がつぎつぎとやって来て、焼夷弾を落としたのです。

家が燃えただけではなく、多くの人が焼け死んだのです。



戦争はなぜ起こるのでしょうか。

いちばんいけなかったのは、「一般の国民が世の中の動きをよく見張る仕組み」

になっていなかったからです。

国民は税金をはらうのと同時に、私たちの代表の「議員を選ぶ有権者」でもあるわけですが。

日本には、陸軍と海軍がありました。

その軍のえらい人たちが、税金で大砲、戦車、戦闘機、軍艦など、たくさん戦争の道具をつくり

ました。

国民の代表である「議員たち」は、その計画をやめさせることができませんでした。

そういう計画に反対をとなえた人たちの中には、つかまったり、殺された人もいました。

新聞やラジオの仕事をしていた人たちはどうしていたのでしょう。

自由な意見をいうことを禁止するきまりがつくられ、このきまりに従わない人たちは弾圧されま

した。

自分の考えを発表する自由や、みんなが集まって意見を交換する自由が認められませんでした。

こうして、軍人たちは、勝手気ままに戦争の準備をしたり、実際に戦争をはじめたのです。



日本の軍隊は、アジアのいろいろな国に兵を進め、そこの人たちを、ときには殺傷し、土地を占

領したのです。

どんな理由があっても、これはゆるされることではありません。

これは強盗や殺人といった犯罪と同じことではないでしょうか。

私たちの国がそのようにされたら、どんな気持ちがするかを考えれば、すぐわかることです。


私は大学を半年繰り上げて卒業させられ、歩兵通信隊に入れられました。

ある晩、集合の号令で横一列にならぶと、上等兵たちからビンタをくらいました。

「きさまたちは動作に気合いがはいっとらん」ということでした。

本当は理由などなくて、ただ、殴ればよかったのでした。

ほかにも、いろいろないじめがありました。

少しの抗弁もゆるされませんでした。

こんなでたらめなことが軍隊の中にあると知り、とても驚きました。

「上官の命令は、天皇陛下の命令と思え」といって、上等兵たちは、いばりくさっていました。



昭和20年8月15日、ライフル射撃試合会場へ行く途中で、憲兵にあいました。

「戦争は本日正午をもって終了し、射撃大会は中止とする」と知らされ、

内心「これからは自分たちの世の中だ」とばんざいを叫びたくなり、

一同うれしそうにしていたことが忘れられません。


戦争から平和にもどる瞬間が、こんなにすばらしいものである、

ということが身にしみてわかりました。


私は、その後も取材の仕事で、よその国どうしの戦争の現場に行きましたが、

すべて悲惨なものでした。

戦争は、君たちのけんかと違って、簡単にやめたり、仲直りすることができません。

ふだんから、よく話し合いをして、戦争にならないようにしなくてはいけません。

最後に、君たちに、お願いをしておきます。

『戦争の体験などせずとも、平和の尊さがわかる、かしこい人間になってほしい』


   おじいさんより

 

画像

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 4月18日(火)12時51分6秒
  デジタル御本尊・・・三輪明宏の画像をスマホ壁紙にすれば運気がアップする。の考えに似てますね。

画像御本尊流布で、化義の広宣流布になりますか?
ならないでしょう。

最近の法案とおなじかな、安易な手段・方法を取りたがる。
 

会員が公明党の政策を批判すると創価学会から迫害されます

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2017年 4月18日(火)12時49分6秒
編集済
  信濃町のネット対策チームの対策です。

私の友人であり共に活動した方が公明党の政策は問題があると声をあげました。

その方は創価学会職員から「査問」され「役職を剥奪」され「組織で村八分」にされました。

公明党の政策を批判すると信仰活動を停止させられるとは恐ろしい状態です。


政教一致より恐ろしいことです。
教=創価学会が政治信条の自由を圧迫しているのです。

会則変更をするならば、公明党を支援できない方は入会できません。
幹部にもなれません。
と明確に記すべきです。

原田会長を中心とする「鉄錆の団結」の総県長の皆様はどう思いますか?
それの方があなた達も楽になるじゃないですか?

またそこにぶら下がる職員もどう思いますか?
 

師弟不二アーカイブより【けじめ】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2017年 4月18日(火)12時29分12秒
  【投稿者:ジョーカー 投稿日:2016年11月 9日(水)10時53分22秒】

~一部を抜粋~

54年を総括せずして、弟子の自立も巣立ちもない。創価学会の永遠性の確立をしたいのであれば、54年問題は避けては通れない。それは、生き証人のいる今しかできない。具体的には、2年以内に特集を組み、余すところなく全貌を明らかにし、弟子自らが自身を断罪し、懺悔する。そこから本当の弟子の時代がはじまる。

54年問題は、先生に気を遣わせて、口を閉ざさせてしまっている段階である。まだ、それだけの弟子でしかないということだ。言うならば、師を足蹴にした弟子であり、そこから脱却するには、師が断罪するのではなく、弟子たちによる自らの断罪が不可欠となる。54年を二度と繰り返さないようにあらゆる手を打ち、基盤をつくる。その先にしか、創価学会の永遠性の確立など存在しない。

本日の寸鉄より
「ごまかしの議論で誰を勇敢にできようか―哲人(セネカ)。幹部(リーダー)の師子吼に友は立つ」

創価学会仏を名乗り、自画自賛する前に、やることはたくさんあるはずである。
54年のけじめをつけられないで、どうして本門の弟子を名乗ることができようか。

現会長も理事長も、54年問題の当事者であり、生き証人。いまこそ、自らを断罪し、後生の戒めとして遺す。その勇敢なる姿こそが、会員の心を奮い立たせることになる。

54年のけじめをつけず、いくら勝利を叫んだところでごまかしである。

・・・・・(詳細は)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=12343
 

法務大臣 答弁

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 4月18日(火)12時26分4秒
  共謀罪成立の暁には、山でキノコを採ってきただけで、捕まるらしい。

なんでも、テロ組織の資金源にされるから、だそうだ。

法務大臣が言うのだから、間違いないだろう。

そんな悪法が、自公極右政権によって成立しようとしている。

ゴールデンウイーク直前辺りで、また強行採決して来るつもりだろう。

公明党は、中道左派などではなく、もはや極右政党。

この2~3年の政策を、客観的に眺めれば、そうとしか言えない。

学会本部が何と言おうが、そんな政党を支持するわけにはいかない。

私の選挙活動は、昨日の協議会をもって終了。

後は投票当日、対立候補の名前を書いて、完結。


写真御本尊、スマホ御本尊だけで、一国広宣流布が出来た実績は、有るのだろうか。
実際のところ、何が起こるか分からない。手軽さは、不敬にも繋がりかねない。
我々は、宗教屋のモルモットにはならない。

本尊論は、危機が去ってから、落ち着いてやればいい。
私としては、この話はこれで終わり。


 

Twitterより。聖教新聞の経営は危険領域。全国的に新聞啓蒙の檄が飛ぶ?

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 4月18日(火)11時33分8秒
  信濃町では昨日総県長会議。今日、本部幹部会の本番。
信濃町から漏れ伝わってくる話によると、聖教新聞もとうとう本来の経営的な見方をすれば危険領域に入ったと。恐らく東京都議選支援が本格化するまでは新聞啓蒙の檄がとぶのでは?ご自分たちの食い扶持くらいご自分たちで稼いでもらいたい(笑)
 

御本尊2.0

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 4月18日(火)10時31分13秒
編集済
  「御本尊2.0」などというと信心を疑われるかも知れませんが、そんなことを考えるべき時が来ているのではないかと私も思います。

私も基本的に「いわゆるノン御本尊様でも良いのではないか」と思います。そもそも大聖人の時代は殆どの人がノン御本尊様でした。(これから増大することが予想される? 除名されるメンバーが”逆行修行”をさせられる必要がなくなり、自身の仏道修行のため自発的に折伏をすれば、その新入信者も、新々入信者もノン御本尊様かも知れません。)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67476
私が入信した1990年頃に有名なフランス料理シェフから聞いた話ですが、当時のフランスでは、新入信者はなかなか御本尊をいただけず、長くノン御本尊様時代を過ごさざるを得なかったそうです。空箱を用意して、毎日きれいに拭いて、「ここに御本尊様をご安置するんだ」とワクワクしながら、題目をあげると功徳が出る。なら御本尊様をいただけたら、もっと凄いことになる! と、雪だるま式に大きくなる歓喜が因となり、功徳の果はますます大きくなり、必然、また歓喜と功徳のインフレスパイラル?

そもそも「此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只 我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり」ですよね。

法則的(中諦=如是体=本門の題目)にはそうなのでしょうが、心理的(空諦=如是性=本門の戒壇=ソフト)には複雑で悩ましく、物理的(仮諦=如是相=本門の本尊=ハード)にはどうか?

御本尊は画像でも問題ないと思います。が、心理的に「液晶だとしっくりこなくて」歓喜しなくなるのなら、やめた方がいいでしょうね。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67472
「その感情が功徳になる」との池田先生の言葉が私には強く残っています。功徳になる感情(失効部は勘定ばかりしている。銭と票の)とは歓喜、歓喜の中の大歓喜(寒気の中の大寒気の失効部には換気の中の大換気が必要)でしょう。
要は法則(中諦=如是体=本門の題目)に則っていることが大前提で、あとは歓喜が湧く(空諦=如是性=本門の戒壇=ソフト)ような選択(仮諦=如是相=本門の本尊=ハード)をすべきなのでしょうね。

御本尊のご供養が実際には厳しく、かえって心に痛みを感じてしまうなら、先のフランスのメンバーのような選択をした方が良かったでしょう。(でも一念はいつからでも変えられるもの)

法則的には、末法最大の特徴として「本尊雑乱」を恐れ、厳しく戒めなければならないでしょう。ディジタルの最大の特徴は「加工しやすい」ということで、「正しく書写」されているのかどうかが問題で、ここに心理的に不安が出て来て、今までの習慣もあり、しっくりこなくて、複雑な気持ちになりやすく、そのために歓喜がデフレスパイラルに陥りそうな、嫌な「気分」にさせがちです。特に古い世代には。(「写真に撮ることが何故アウトなのか」の理由もここにあると思います。)概して新しい世代は合理的で賢く、そんな不安を感じないのなら、全く問題ないと思います。

さらに問題は……「正しく書写」は「どの部分が?」正しければいいのでしょうか? ということです。
御存じのように御本尊には「奉書写之(ほうしょしゃし:之を書写し奉る)と書かれています。之(これ)とは大御本尊です。歴代法主が「大御本尊を書写したものです」と保証書の働きをしていて「本尊雑乱」を止めています。(このことで信徒は安心できたのですが、執行部はもとのオリジナルである大御本尊を「信受しない」と切り捨てたため、その否定した大御本尊のコピーをなぜ信受できる? という矛盾から、今の学会員は笑いものにされています。)
しかし、今の日寛書写御本尊は提婆達多の文字がありませんが、功徳があります。要するにこの部分の誤字脱字OKなのです。(提婆達多はなくても代わりに空き家がいるからいいのかも)では、どの部分が「正しく書写」されていればいいのか?

要は「南無妙法蓮華経 日蓮」だけでいいのではないか? ということをある賢人が言われていて、私もそうなのではないかと思っています。そして、それを書写するのは法主でなくてもいいと。法主でなくてもいいというのは、著作権なんかはないということです。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67479
いま白黒映画『ローマの休日』等が激安DVDで売られているのは著作権が切れたからです。アメリカではミッキーマウス法と呼ばれ、ミッキーマウスの著作権益を守るために期間が延びていますが、さすがに700年もありません。でも考え方によっては戸田先生が「幸福製造機」と呼ばれたことから特許(14年間?)の方がイメージが近いかもしれませんね。

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
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本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、兄弟そろって「聖教拡大」デスかぁ~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 4月18日(火)08時50分7秒
  おはようございます。原田怪鳥様、ブラジルが池田先生を顕彰、「顕彰プレート」「顕彰状」が贈呈されたとのコト、おめでとうございま~す。

また、政教珍聞66周年を記念する勤行会の開催、誠におめでとうございま~す(笑)

しか~し、印象操作はいけませんよぉ~(爆)「池田先生は創刊以来、現在まで自ら筆を執り」はホントデスかねぇ~(笑)

>原田怪鳥は、小説『新・人間革命』の執筆や各地の会館への訪問などを通し、全同志に渾身の励ましを送る池田先生の行動に言及<
(政教珍聞1面より抜粋)

「お元気な池田先生」「『新・人間革命』は池田先生が執筆」とひたすら師匠の現状を述べるワリには、写真の掲載が一切無い(笑)

どう見ても、印象操作にしか見えませんケドもぉ~、何回も言いますが、「御夫妻で勤行された」「激励された」のなら写真を掲載して下さ~い(笑)

>原田代表理事が全読者への感謝を述べ、本社の新社屋となる「創価学会世界聖教会館」の落成(2019年11月18日予定)へ、聖教の拡大が広布の拡大との気概で前進をと語った<
(政教珍聞1面より抜粋)

この兄にして、この弟あり、ってトコロですかぁ~(笑)そもそも66周年の意義がよくわかりませんし、会員に多部数購読を強いるのは、

「創価学会世界聖教会館」の建設資金のためデスかぁ~(笑)ちなみに、アナタ方は、一体何部啓蒙したんデスかぁ~、教えてくださぁ~い(笑)


さて、原田怪鳥様、本日の「新・人間革命」雌伏二十一について、教えてくださぁ~い。

長野研修道場のコトが書かれているのデスが、全国には研修道場がありますよねぇ~、現状はどうなっていますかぁ~?

もちろん「直弟子」の怪鳥様のコトですから、駐在員も常駐しており、道場の回りの環境整備も万全で、毛布や布団、万一の非常事態の備品も万全でしょう。

定期的に、全国から研修されてマスかぁ~? もしかして、荒廃していませんか~? 「研修会」の言葉をついぞ聞きませんが(笑)

創価学会は信仰の団体デスよぉ~、選挙の団体ではありませぇ~ん(笑)

政教珍聞1面に「〇〇研修道場で、盛大に〇〇研修会」の文字が躍る事を、心から願っていまぁ~す(爆)

 

4・24を前に

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 4月18日(火)08時05分37秒
編集済
  >池田先生を守ったのか?
池田先生を師匠とみていたのか?
ただの会長とみていたのか?
この違いこそ54年問題の出発点です。

弟子がふるいにかけられたのです。
まず、ここから出発しなければ何も始まらないではないですか?<

信濃町の人びと様、おっしゃる通りです。
深く同意致します。


池田先生は54年当時の様子を、本部幹部会でスピーチされています。

> 学会を弾圧した、恩知らずの邪宗門の連中は皆、もう立ち上がれないだろうと思っていたに違いない。
 心堕(お)ちた学会の幹部もいた。しかし、あとになって、幾人か、「あの時は、本当に申しわけなかった」と懺悔(ざんげ)してきた者もいた。 関西が立ち上がった。続いて埼玉の同志が立ち上がって、声をあげた。 「これだけの大功労の会長を、なぜ宗門も、幹部も、辞めさせたのか。 『勇退』と言いながら、引きずりおろした。
 学会の将来は、池田先生がいなくては、めちゃくちゃじゃないか。分裂してしまう」 こう憂えていたのである。 「第3代会長を守れ! そうすれば、広宣流布は必ずできる」 これが戸田先生の遺言であった。最高幹部ならば、皆、知っていることである。<
(全文)http://6027.teacup.com/situation/bbs/26668


池田先生が仰るように『「勇退」と言いながら、引きずり落とした』のが事実です。

54年当時の北条会長を中心とした執行部は、秋谷元会長が聖教新聞で懺悔した通り、信心を魔に喰い破られて池田先生を辞任させ、学会員を苦しませた罪があるのです。

>今もって本当に申しわけなく、また情けなく、悔しくてならないのは、あの昭和54年4月24日の第三代会長御勇退である。
嫉妬に狂った坊主どもの暴圧があった。
それと結託した裏切り者どもの謀略があった。
だが、その虜と成り果て、魔に食い破られ、悔やんでも悔やみきれない事態を招いてしまったのは、すべて私ども執行部の罪である。<
(全文)http://6027.teacup.com/situation/bbs/58665

4・24まであと一週間です。
師弟を見失った先にあるものは信心の破壊です。
それは、池田先生の平和思想の破壊に繋がり、自身の幸福の破壊を招きます。

誰一人不幸になってはいけない!
だからこそ池田先生を見失ってはいけないと強く叫びます。
 

わが友に贈る 2017年4月18日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 4月18日(火)07時07分5秒
  広布のため 同志のため
陰の労苦を重ねる中に
無量の福徳が輝く!
「冥の照覧」は厳然だ。
大確信に満ちて進め!
 

コモンセンスさんへ~番外~

 投稿者:飛翔こそ蘇生  投稿日:2017年 4月18日(火)05時55分18秒
  煮詰まった本編より番外編の方が
読めるものにはなっている。

問題提起として価値のある部分は
「自分の価値観や基準を無意識のうちに他人に強要する傾向がある」

自戒しているだけあって
体感が含まれているんでしょう。

たとえそれが正しさでも
思考概念の思い込みが差し込まれているだけ
作用反作用は必然的に起こるということ。

まぁ、それについては
小作人さんが問題提起していたところと
近いところもありますかね。

体験した体感を語れ
直接の体験でなくても体感にまで落とし込んで語れと。

アルベア論的に見ると
循環のループというところも
文面に見え隠れします。

凹まされたから凹ましてやろうと。

意識体の未成熟さなのです。

救済を求めている意識体という事でもありますね。

あなたたちは正しいよ
でもそれが支持を受けるとは限らない
みたいなのは

これは負け惜しみか
野心家の復讐心か。

コモンセンスさんが前提としている
爆発的なっていうのは

どの時点とどの時点の比較ですかね?

そもそもそこから思い込みじゃないんですかね?

75万世帯は爆発的じゃなかった?

11111世帯は爆発的じゃなかった?

池田先生が会長を続けていたら
そういう戦いを出来なかった根拠は?

もちろん御仏智という面
広宣流布は御本尊の仕事だという次元では

なるようになって
今ここに至っている全ては
最善の事でもあるのだけれど。

「正しいけど、嫌いだ」は
心を師としていますね。

コモンセンスさん
仏法が何か分かってます??
 

ありがとうございました

 投稿者:飛び入り参加の支部長  投稿日:2017年 4月18日(火)04時19分25秒
  今まだ仕事中なんですが、気になって一瞬覗いたら、大勢の方から返信をいただき、本当に感謝しております。ありがとうございました。
後ほど、しっかり学ばせていただきます。

説明が足りませんでしたが、男子部員が御供養を惜しんだのは実際にお金が無かったからで、出張経費の仮払いが間に合わず、御供養を差し出すと、2、3日はメシも食えない、という状況でした。

それと、ミネルヴァの梟様、写真に撮ることが何故アウトなのか、もう一重、教えていただけないでしょうか。ある意味、そこが一番知りたいところでもございます。

仕事中なので殴り書き、申し訳ございません。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 4月17日(月)23時45分2秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
哀れな同志に、気付かされる一年でした
ありがとうございました
おやすみなさい
 

原田会長と団結して公明党を支援することは大きな誤りです

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2017年 4月17日(月)23時37分34秒
  信濃町のネット対策チームの対策です。

公明党が推進した安全保障関連法案によって日本が他国と武力衝突をする可能性が飛躍的に高まりました。

そしてそれが眼前に現れたのが北朝鮮とアメリカの現在の状況です。

私たち池田先生の弟子はこの眼前にある状況を「仏法の眼」から見るべきです。

それは公明党議員や創価学会職員が会員さんに安全保障関連法案を納得させる為に何度も口に出した言葉です。

その「語り口」とは?

「近年の日本を取り巻く安全保障環境は、確実に厳しさを増している」
です。

この「語り口」がその通りになってきました。

このようになってしまった原因を説明します。
それは「長の一念」です。
即ち「原田会長」の「一念」です。
そして「公明党議員」の「一念」であり「創価学会職員」の「一念」です。

具体的に説明します。
原田会長を中心とする創価学会職員は安全保障関連法案に反対する会員さんを説得するために何度も「近年の日本を取り巻く安全保障環境は、確実に厳しさを増している」と「語る」ですから、仏法の方程式通りにそのようになってしまったのです。

学会指導にこうあります。
ご本尊様、、、
こんな願いは叶いませんよね?
と祈ればやはり叶うことはない。
自身の一念が「叶わない」と思ってるのですから「叶わない」のです。

方程式は同じです。
原田会長が「近年の日本を取り巻く安全保障環境は、確実に厳しさを増している。」と「一念」を定めて「念じている」のですからそのようになるのです。

また創価学会職員も同じく「近年の日本を取り巻く安全保障環境は、確実に厳しさを増している。」と会員さんに言うのですから、現在の状況になるのです。

池田先生が指揮を取っていらっしゃった時はどうでしたか?
東西冷戦の終結、ドイツの統一、欧州連合など対立から融和へ、分離から団結へと仏法で説く通りになっていました。

しかし池田先生が体調を悪くされて原田会長が独自性を発揮してからはどうでしょうか?
答えは冒頭に示した通りです。
日蓮大聖人は一切衆生の苦しみは全て日蓮の苦しみであると仰せです。
この一念で世界平和の指揮を取られたのが池田先生です。
原田会長の一念はどうでしょうか?

被災地にも行かず、世界の指導者とも対話できず、ただただ公明党が選挙で勝つ為だけに徘徊しているのです。

このような邪な法師である原田会長が指揮を取るのですから世界は対立と衝突になるのです。
そして「近年の日本を取り巻く安全保障環境は、確実に厳しさを増している」となるのです。
 

同盟題目23時より開始します

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 4月17日(月)22時56分40秒
  暴風の酷い1日です。災害が起きませんように祈るばかりです。

また、哀れな同志にもお題目を送りましょう。
 

会長辞任により広宣流布が100年遅れた!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 4月17日(月)22時54分42秒
  これは、ある幹部の方から聞いた内容です。
池田先生がそのように語っていたと。

また、
「アメリカに行くはずだった。(世界広宣流布の指揮をとる為に)
しかし、当時の執行部に邪魔をされた。」

これは、本部幹部会にて先生が語られた内容です。
北条氏をはじめとした執行部全員の罪です。

どうすれば良かったのか。
などといつまでほざいているのか。
簡単ではないですか。

池田先生を守ったのか?
池田先生を師匠とみていたのか?
ただの会長とみていたのか?
この違いこそ54年問題の出発点です。

弟子がふるいにかけられたのです。
まず、
ここから出発しなければ何も始まらないではないですか?

会長辞任の翌年、創価大学での講演
「.迫害と人生」をしっかり読んでください。
池田先生が当時どのような思いでいたのかがわかります。
 

長々と書かない

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 4月17日(月)22時47分3秒
  ・個人全集に収録されない“ライフワーク”の意義。ライフワークを収録しない個人全集の価値。

・「勇退」の意味をなさない5歳上の後任会長。世代交代を念頭に置いたものではないのは一目瞭然。

・中枢を占める鍛え上げられたはずの(自称)弟子たちが会員を酷使し、国家主義者の軍門に下っている現状。

---個々の事象の解釈を叙述する前に最低限これだけは気に留めておこう。

・・・あと、佐藤「勝」じゃなくて「優」でしょ?
   「佐藤勝」は20世紀の偉大な映画音楽作曲家。『戦争と人間』(日活)のテーマ曲など私は好き。

----- -----

本尊の件、最近の若い人などは内得信仰の概念じたい分からないのかも。。
 

スルーと思ったけれど

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 4月17日(月)22時17分29秒
  コモンセンスさんの拘る「勇退」明らかに間違いね。

先生御自身が「追い出された」「辞めさせられた」と何度も仰っている訳ですからね。これは譲れないです。

再度、投稿しておきますね。

2007/10/12新時代第11回本部幹部会 於・東京牧口記念会館

(先生辞任の際か?)山崎正友は、北条に80億よこせ、お前が会長になれたのは俺のおかげだから、と80億が山友に動いた。考えられないだろう。後世のために言っておく。

北条、竹入どうしようもない。

80億取られ、学会を取られ、でも私が厳然といるおかげで、会員を護った。学会を護った。どれほどの裏切りを受け、仕打ちを受けたか、私を中心に、私を護って、新しい学会を創ろう。

北条と山友に追い出されたんだ。


辻と和泉もそうだ。私は追い出されたんだ。

竹入も矢野もみんな酒と金と女でおかしくなった。秋谷は女に狂ったんだ。

会長も私が辞めた後、おかしくなってきた。北条、秋谷。
北条はバカだから正友(山崎)に騙されて80億円支払った。(恐喝事件は)3億円支払った事になっているけど、実際は5億5千万円取られたんだ。


(会場の本幹参加者に問われる)創価学会がそんなんで良いと思う?

北条、秋谷はダメ会長だ。広宣流布の道を外してしまったんだ。ダメ会長にはなってもらいたくない(原田現会長に対して)
 

コモンセンス様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 4月17日(月)22時11分6秒
  >私、コモンセンスは、“北条会長”を擁護したからと言って、“当時の執行部”を丸ごと守りたいなどと思うほど甘くはありません。

同時に“当時”から“今日”に至るまで、そのまま学会の中枢でいながら、先生の思想と行動から逸脱している人たちを黙認する気なども、むろん、サラサラありません。

ましてや、師匠が身を引く前から、また、その後でも、世にはばかるような出来事に関わっている連中などについては、口にしたくもありません。<

>如何なる戦いにも、「人間主義」という鉄則が欠かせません。その一点を厳守した上で、さらに、悪に対して追撃の手を緩めることなく、共々に前進したいと願っております。<


~~~~~~~

上記は、コモンセンス様の発言です。

「当時の執行部」とは誰を指しているのですか?
「学会の中枢でいながら、先生の思想と行動から逸脱している人たち」とは具体的に誰ですか?

自分は口先だけで「悪を追撃」という偽者を多く見てきました。
コモンセンス様がご自身を池田先生の弟子と言うなら、イニシャルで結構ですので、師敵対の幹部を具体的に上げ、どこがどのように悪いのかご提示ください。
宜しくお願い致します。
 

再び、違和感です(番外編)

 投稿者:コモンセンス  投稿日:2017年 4月17日(月)21時47分54秒
  長々と読んで下さった方々に、心から感謝いたします。お答えを頂いた方の投稿については、決して読み飛ばすことなく、この点は正しい、この点はチョット、と思索しているところです。

話は変わりますが――。
親しい友人から、この「宿坊」の存在を教えられて感動し、他の少なからぬ同志にも読むように勧めたのは、何時の頃だったでしょうか。

最近になって、その何人からか、同じような声を聴きました。

「『宿坊』は正しい。しかし、私は嫌いだ」「どうも、好きになれない」

そういう声を上げるのは、実は、極々少数なのかも知れません。でも、正しいと信頼していたはずなのに、何で、あえて遠ざかろうとするのか。

そのことを考えている時に、たまたま読んでいた佐藤勝の一文に、ふと、触発されることがありました。

彼は、ソ連に駐在していた頃、自らの民族のために、命を賭けて体制と闘う人々に強い感銘を受けた、と言います。

彼らに接触し、秘密警察から目を付けられ、暴力を振るわれるまでに。それほど肩入れしていた佐藤の“感銘”が、「ある時点から恐怖に変わった」と言うのです。

何故だったのか?

「それは、大義名分のために命を捨てる覚悟をした人は、他人の命を躊躇することなく奪うという現実を目の当たりにしたからだ」(『大人のための昭和史入門』。文春新書、107p)と。

その点、次元は、まるで違うにしても、「正しい」から「嫌いだ」という心境の変化には、その辺りが関係しているのかも知れません。

自分が考えたこともないような異論、新説にぶつかると、たちまち「あんたは、誰の弟子なんだ」式の批判には、これが同じ先生の弟子に対する言葉なのか、いささか首を傾げてしまいます。

ただ、それを裏返せば、“大義名分のために”命を捨てる覚悟まではしなくても、弟子として“純粋”であることの証明でもあるのでしょう。

しかし、コモンセンスを、頭から批判するような人脈が、もし、仮に、将来の創価学会の主流を成すようになった場合には、どうなるか。

今、その卑劣さが糾弾されている“査問”だ、“除名”だ、といったことが、恐らく、また、性懲りもなく繰り返されてしまうことになるのではないか、と懸念しています。

それは、そうでしょう。自分の考えとは違った考えを、少しも吟味することなく、即座に、削除、排除しようとする傾向性は、そうなりかねない危険性を孕んでいる、と言っていいのではないでしょうか。

「正しいけど、嫌いだ」と言って来ている人は、そうした危惧を、いち早く敏感に感じ取っているのかも知れません。

大衆を牽引しようとする「前衛」の存在は、とてつもなく大事です。しかし、そのことを自負する人たちが、常に心しなくてはならないのは、言うまでもなく人々からの遊離でしょう。

その点、先生ご自身の著作を、“改竄”だ、“「世紀の××」”などと冒涜しているような投稿――それは、ほんの一握りの方だけと信じていますが――長いこと大衆の支持を繋ぎ止めるのは難しいのではないか、と心配しています。

同志たちが距離を置き始めようとしている中では?―それが、取るに足らない人数だとしても――どんな激しい言葉をぶつけようが、どんな嘲笑を投げつけようが、そもそも邪な連中に突き刺さるはずがないと、私などは思ってしまいます。

佐藤勝は、あの「二・二六」事件で、特高が見た“青年将校の「驕り」”について書いているのですが、こうも綴っています。

「人間は、自己犠牲を厭(いと)わない人に魅力を感じる。大義に殉じるという思想は強い感染力をもつ。そういう人は、自分の価値観や基準を無意識のうちに他人に強要する傾向がある。その結果、社会と国家に大きな悲喜劇をもたらすことがある」(同。109p)

その点、この「自分の価値観や基準を無意識のうちに他人に強要する傾向がある」という点については、私自身も自戒しなくてはならないと肝に銘じているところです。

そのためにも、必要なのは「自己抑制力」であり、己の「人間革命」であることは論を待ちません。

いずれにせよ、『新・人間革命』の「大山」の章では重要なテーマが提示されました。先生が前々から計画していた通り、“時”を得て決断した「積極的」な勇退は、「獅子の子落し」という厳しい試練をもたらすことで、弟子たちを鍛え抜かれたのです。

そのことが、結果的に「創価学会の運動」に恒久性を与えたことは疑いの余地がありません。

「大山」の章が示したポイントを、次の章節への飛躍する糧とするのか、それとも、先生の意思とは違うから、として無視するのか、それは、各自の自由選択です。ただし、我々の誰もが、その分岐点に立たされたことだけは確かなようです。

如何なる戦いにも、「人間主義」という鉄則が欠かせません。その一点を厳守した上で、さらに、悪に対して追撃の手を緩めることなく、共々に前進したいと願っております。
                                       (了)

 

立正安国論 24/35

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月17日(月)21時35分46秒
  誹謗正法造是重業永不改悔心
無懺悔如是等人名爲趣向一闡提
道若犯四重作五逆罪自知定犯
如是重事而心初無怖畏懺悔不肯
發露於彼正法永無護惜建立之心
毀呰輕賎言多過咎如是等人亦名
趣向一闡提道唯除如此一闡提輩
施其餘者一切讃歎又云我念往昔於
閻浮提作大國王名曰仙豫愛念敬
重大乘經典其心純善無有麁惡嫉
悋善男子我於爾時心重大乘聞波羅門
誹謗方等聞已即時斷其命根
善男子以是因縁從是已来不墮地獄




正法を誹謗し是の重業を造つて永く改悔せず心に懺悔無らん、
是くの如き等の人を名けて一闡提の道に趣向すと為す、
若し四重を犯し五逆罪を作り自ら定めて是くの如き重事を犯すと知れども
而も心に初めより怖畏懺悔無く肯て発露せず
彼の正法に於て永く護惜建立の心無く毀呰・軽賤して言に過咎多からん、
是くの如き等の人を亦た一闡提の道に趣向すと名く、
唯此くの如き一闡提の輩を除いて其の余に施さば一切讃歎せん」と。
又云く「我れ往昔を念うに閻浮提に於て大国の王と作れり名を仙予と曰いき、
大乗経典を愛念し敬重し其の心純善に麤悪嫉恡有ること無し、
善男子我爾の時に於て心に大乗を重んず婆羅門の方等を誹謗するを聞き
聞き已つて即時に其の命根を断ず、善男子是の因縁を以て是より已来地獄に堕せず」と、




粗悪なことばをもって正法を誹謗し、そのような正法誹謗の重業を作って、
しかもそれを長く悔い改めようとせず、心に懺悔しようとしないであろう。
そのような人を名づけて一闡提の道に趣くというのである。
あるいはまた殺・盗・淫・妄語等の四重罪を犯し、
父母を殺す、破和合僧などの五逆罪を作り、
しかも自分でそのような重罪を犯すことを知りつつも、
最初から心に恐れ慎んだり懺悔する心が少しもなく、
また仮にそのような心があったとしても、表面には少しもそれを示さず懺悔しない。
しかして正法を惜しみ建立する心など少しもなく、
かえって正法を破り、悪口をいい、いやしんでその言葉はあやまりだらけであろう。
そのような人のことをまた一闡提の道におもむくものとするのである。
ただこのような一闡提の人たちを除いて、それ以外に布施するならば、
一切が皆讃嘆するであろう」とある。
また涅槃経聖行品には
「自分は昔、過去世において閻浮提の大王の王となり仙予と名乗っていた。
しかして大乗経典を愛念し、敬い重んじてその心は純善であり、
粗悪の心や人をねたんだり、物惜しみするようなことはなかった。
善男子よ、自分はその時大乗を重んずるあまり、
波羅門が大乗の実理を誹謗するのを聞いて、即座にこれを殺害してしまった。
善男子よ、自分はこの波羅門を殺した因縁によって、それ以降地獄に落ちないのである」とある。



(大きな画像はこちらから↓)
https://blogs.yahoo.co.jp/kyodaineko130/33087783.html
この御正筆は、中山法華経寺所蔵の国宝です。



 

今週のことば 2017年4月17日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 4月17日(月)21時27分58秒
  聖教の創刊66周年。
「無冠の友」の皆さまの
たゆまぬ力走に深謝!
創価の正義の言論で
立正安国の大光を!
 

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