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CULTURE

永遠の“美人投票”の時代を生き延びるために|NHK「欲望の資本主義」プロデューサー特別寄稿

Text by Shunichi Maruyama
丸山俊一 NHKエンタープライズ番組開発エグゼクティブ・プロデューサー

トーマス・セドラチェク。CSOB銀行マクロ経済担当チーフストラテジスト。24歳でチェコ初代大統領の経済アドバイザーに抜擢。ベストセラーとなった著書『善と悪の経済学』 は世界15ヵ国語に翻訳されている
PHOTO: LUIZA PUIU / ASABLANCA / GETTY IMAGES

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NHKで放送されるやカルト的話題を集めた経済教養ドキュメント「欲望の資本主義」。2017年4月23日(日)夜の「欲望の民主主義」放送にあたり、4月21日(金)午前9時より、NHK BS1にて再放送が決定。さらに書籍版も刊行が開始された。これを機に、同番組で展開された異端の経済思想家トーマス・セドラチェクと安田洋祐大阪大学准教授の緊迫の対談の一部を、丸山俊一プロデューサーの書き下ろしにより紹介する。
※放送予定は変更になる場合があります。

ケインズの継承者、セドラチェク


その仕事の際には、数冊の書物をいつも傍らに置いていた。

それらはすべて、同じ著者による同じ内容……だが、訳者によってニュアンスが微妙に異なるのを比較し、その背後にある、著者の真の思いをつかみ出そうと、格闘は続いた。

そしてそれは、いつしか、まるで推理小説かSFか、さらには私小説を読むような、楽しい想像力の旅へと変わっていた。

仕事とは、NHK「欲望の資本主義」の番組制作と同名書籍の執筆。そして、その解読を試みた書物とは、『雇用・利子および貨幣の一般理論』。著者は、言うまでもなく、ジョン・メイナード・ケインズ。経済学の巨人である。

ケインズという人物の実像をつかむことの難しさ、天才ゆえの伝説は、枚挙にいとまがない。インテリ家庭に生れた典型的秀才としての顔を持ちながら、市井の人々の実際の経済活動にも大いなる関心を持ち、高尚な倫理学、美学に浸りつつも、アカデミックな枠組みだけでは満足できずに大蔵省で行政能力を発揮する……。

とまあこう書くと、幅広い庶民の気持ちのわかるスーパーエリートというだけに終わってしまいそうだが、ロシア人バレリーナとの恋などきわめて人間臭いエピソードもあり、ある種破天荒な、定型的な人間分類に収まりきらない知的自由人とも言うべき姿がそこにはある。

ちなみに個人的に好きなエピソードは、「ある時、7人の経済学者を集めて経済政策について意見を求めたら8つ提案が出てきた。1人で2つ提出していたのはケインズだった」というもの。かのチャーチルのジョークだと聞くが、真偽のほどは定かではないけれど、これこそケインズらしい、機を見て敏なる柔軟性。こうしたところから、多くの経済学者たちは、ケインズの政治家としての側面を強調するのだが、少々お調子者?の茶目っ気ぶりも伝わってくる話でもあるのだ。政治家であり、倫理学者であり、ギャンブラーであり、時に変節漢であり、時に正義感である人物……。

そもそも経済政策というもの自体が、時代の潮流を読み解くセンスを磨き、その診断からの処方箋を描く技術とも言えるわけで、経済学も学問と言うより、かなりジャーナリスティック寄りの仕事ということもできるのかもしれない。

そうした経済という得体のしれない化け物との付き合いで力を発揮し、歴史的な業績をあげた人なのだから、その当人自体が変幻自在、常人では捉えきれない化け物なのだ……。

そんな人が残した書物なのだから、面白くないわけがない。社会科の教科書では、1929年の大恐慌から米国を救ったニューディール政策、その理論的な礎として紹介されているわけだが、書名だけ丸暗記するだけではまったく味わえない、自由な発想が、レトリックが、あちこちに現れるのである。そして、そうした表現が人々の固定観念を突き崩すとき、この奔放さは武器となるのだ。

そんなやんちゃな?ケインズ的なセンスの現代の継承者は、思わぬところにいた。資本主義発祥の国・英国ではなく、その資本主義を途中からインストールしたかつての社会主義国・チェコに。こちらもまた、24歳で大統領経済顧問も経験したというアナリスト、そしてアカデミシャンとさまざまな顔を持つ奇才、トーマス・セドラチェクだ。

拙著『欲望の資本主義』(東洋経済新報社)から彼の言葉を拾ってみよう。インタビュアーは安田洋祐大阪大学准教授だ。

社会は既成概念に縛られ、人は誰しも固定観念を持っていますよね。私はまったく新しい考え方を示してそれを揺さぶろうとしているのです。

セドラチェクは続ける。

たとえば、2008年の金融危機についても、私は一般とは異なる見方を持っています。ちょっと言い過ぎじゃないの、と思うかもしれませんけど、2008年の危機は、自ら招いたものです。ロシアや中国、UFOなど外部から攻撃を受けたわけではなかった。自らエネルギーを消失してしまったんです。

説明には、また躁鬱病のたとえが有効です。私は、2008年の危機は躁状態がもたらした危機だったとみています。危機の発生源だった米国の数字を見てみると、2007年に信用収縮(Credit Crunch)が起こった。creditの語源はラテン語の「credo」で、「信仰・信用」を意味するので、これは信仰収縮でもあった。経済の教科書に書いてあることはもはや信じられない。現実とかけ離れているからです。

経済指標の数字を見ると、米国のGDPは史上稀有な長期にわたり、記録的な速さで成長を続けていました。失業率は低く、インフレ率は理想的で、高い競争力はますます高まり、イノベーションは天井知らず。ステイーブ・ジョブズも健在で、シリコンバレーは非常にクリエイティブでした。経済は雲一つない快晴と言えた……。そして、まさにそのとき、米国経済の背骨がぽっきり折れたんです。

不況による崩壊ではない。GDPが低迷していたわけではなかった。私はその現象を「フルスロットル破産」と呼んでいます。米国はフルスピードで走っていて壁に激突したんです。

私が躁状態に気をつけろという理由はそこです。特に西側の豊かな国では、危機は躁状態によって引き起こされることが多いんです。

どうだろう、精神分析科医の文芸時評を彷彿とさせるようなダイナミズム、ストーリー展開。比喩は時にシリアスな聖書であったり、時にポップなサブカルチャーであったりと、聞く者を引き込む豊かなイメージが横溢する。

そうした茶目っ気たっぷりの視線が、ケインズその人の比喩に向けられた一例も少しのぞいてみよう。あの「ケインズの美人投票」をめぐるくだりだ。

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