フランスのエコール・ポリテクニーク(国立理工科学校)で哲学を教えるミカエル・フセル教授は、パリ中心部のカフェ「ル・ルージュ・リメ」でコーヒーをすすりながら、左派の知識人が本当に重要な存在だった時代を振り返る。
教授いわく、ピエール・ブルデューが鉄道労働者によるストライキを先導したり、ミシェル・フーコーが刑務所改革に関する議論の流れを変えたり、エミール・ゾラがドレフュス事件(1894年にユダヤ系の陸軍大尉アルフレド・ドレフュスがスパイ容疑で逮捕された冤罪事件)の際に正義を求めて嘆願したりできた時代はとうの昔に過ぎ去った。
「我々はもう、この国の知的指導者ではない」。現在42歳でジーンズにツイードジャケット姿のフセル氏はこう話す。「メディアでは、大きなインパクトを与えるのは保守派の声。政治では、テクノクラート(実務家)だ」。
■ルソー、サルトル… 知識人主導の伝統
間近に迫ったフランスの選挙は、ポピュリスト(大衆迎合主義者)で極右政党を率いるマリーヌ・ルペン氏の台頭で話題が持ち切りになっている。ルペン氏は、排外主義と経済ナショナリズムを織り交ぜることで、かつて左派によって代表されていた無力な労働者階級の大部分に声を与えた。
世論調査によれば、オランド大統領の不人気な社会党政権が5年間続いた後、同党大統領候補のブノワ・アモン氏は4月23日の第1回投票で5位になるとみられている。選挙戦中の議論の大部分は、アイデンティティーと治安という伝統的な保守派の争点に集中した。
フセル教授などの左派知識人の内省は、米大統領選でドナルド・トランプ氏を勝利に導き、英国を欧州連合(EU)離脱に向かわせたポピュリストの急激な台頭を理解するのに苦しんでいる西側世界全体のリベラル派エリートの内省と重なる。
だが、フランスでは恐らく、自省が特に痛烈だ。何しろここは、古くは18世紀のジャン・ルソーや19世紀のビクトル・ユーゴーにまでさかのぼる進歩派知識人が社会と政治に大きな影響力を持つ道徳的権威だった場所だ。
1968年5月の「五月革命」の暴動の際にジャン=ポール・サルトルが市民的不服従で逮捕されたとき、シャルル・ドゴール大統領は「ボルテール(18世紀の仏啓蒙主義を代表する哲学者)を逮捕したりはしない」と言って見逃した。
21世紀になっても、フランス大統領は知識人から助言を受け入れている。哲学者のベルナール=アンリ・レヴィ氏は、友人のニコラ・サルコジ大統領に介入を働きかけ、2011年にリビア派兵を決めたフランスの決断にかかわった。
■右派がメディアを席巻
英オックスフォード大学のフェローで、「How the French think(フランス人の考え方)」の著者であるスディール・ハザリシン氏は「フランスには知的左派による力と影響力の長い伝統がある。だが、彼らの影響力は近年、衰えた」と言う。
さらに、フランスは右傾化し、有権者が移民と国家的アイデンティティーに大きな懸念を抱くようになったと指摘する。