完璧な完熟卵について語ろう。
かれこれ、一ヶ月くらい前から完璧な完熟卵が僕の頭の中を支配している。びっしりとフライパンにこびりついた油汚れのように。この油汚れってのが不思議なもので、匂いもしないし、見た目もマイルドなものだから、逆にこびりつかれているのが快感な気がして僕はこの油汚れと共に生活してきた。なので、完璧な完熟卵——パーフェクト・ハードボイルド・エッグについて書くことで油汚れ的な存在を払拭しようと試みると、どうしても名残惜しい気分になって、僕はその間に下手くそな絵を70枚も描いて、それを元に8分間の動画を作り上げてしまった。まぁ、これは誰にも見せないけども。この件についてはどうでもいい。
何も完熟卵の作り方について、語ろうとしているのではない。作り方を知りたければ、Googleで検索すればいいし、クックパッドには図解入りで解説が載っている。そもそも卵の茹で方なんて、工程も多くてツーステップくらいだろう。何分茹でれば完熟卵なのか?が分かれば、誰でも作れる。半熟卵との違いさえ分かればいい。そもそも僕は何分茹でれば完熟卵なのかを知しらないまま完熟卵について語ろうとしているのだ。
僕の頭の中には常に、常時、いつも、完璧な完熟卵がある。オーク素材で出来たテーブルキッチンの上に卵が垂直に立っている。こいつがパーフェクト・ハードボイルド・エッグの正体だ。左手の窓から午後の陽射しが差し込み、卵に微かな影を落としている。彼は微動だにせず、殻のザラザラした感触を僕にアピールする。直立したまま。そう、完熟卵は殻に覆われているのだ。殻に被ったままなので、常人ならばそれがハードボイルド・エッグだと気づかないだろう。中身は半熟卵かもしれないし、もしかして、生卵かもしれない。でも僕には分かる。そいつは完熟卵であると。そして、それは僕が見たことも食べたこともないほど完璧な完熟卵である。
ああ、僕はもう完璧な完熟卵について語ってしまった。彼について語るべきことはもっともっと多いのだろうけれど、そのごくごく少しでも語ってしまった。油汚れが少しだけ落ちた。大切に取っておいたコビリツキも一度、剥がしてしまうともう後にはひけないというのは人間のサガなのかもしれない。もう一度、言おう、これから完璧な完熟卵について語る。