<その1の内容>
1.はじめに~山本地方創生担当大臣の2017年4月16日の発言の経緯~
16日の夜、Twitterのタイムライン上に、次のニュースの見出しが並び、大きなショックを受けました。
①「学芸員はがん。連中を一掃しないと」 山本地方創生相:朝日新聞デジタル
②山本地方創生相「一番のがんは学芸員」と発言 : 政治 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
経緯として、「滋賀県主催の地方創生セミナーで、文化財観光の振興をめぐり見学者への案内方法やイベント活用が十分でないこと」を山本地方創生担当大臣は指摘し、セミナーでの講演後、「滋賀県長浜市の藤井勇治市長から「インバウンド観光振興について助言を」と質問された際に」、「学芸員はがん」だというよう発言を行い(①の朝日新聞の記事)、「「(地方創生の)アイデアを出しても、学芸員は『文化財が大変なことになる』と全部反対する。観光立国を目指すのにマインドを変えてもらわないといけない、との趣旨だった」と説明した。」(②の読売新聞の記事)ということでした。
翌17日、山本地方創生相「ガンは学芸員」発言を陳謝(日本テレビ系(NNN)) - Yahoo!ニュースでは、山本地方創生相が発言を謝罪し、撤回したことが報じられました。
私としては、昨夜の地方創生セミナーの編集済みの動画、および上記NNNの謝罪動画しか見ていないため、事実として山本地方創生相が「学芸員はがん」と16日の時点で判断できる材料は、持っていません。ただし、①・②の各ニュース記事の内容を読むと、地方創生相が、観光立国を目指すため、博物館や美術館、文化財を活用する立場から、
- 長浜市の藤井市長に上記の質問をされた際、「外国の有名博物館が改装した際のことを引き合いに出し、「学芸員が抵抗したが全員クビにして大改装が実現した結果、大成功した」などとも述べた。」こと(①のニュース記事)
- 「文化財に指定されると、部屋で水や火が使えず、お花もお茶もできない。バカげたことが行われている」と指摘。「学芸員は自分たちがわかっていればいい、わからなければ(観光客は)来なくてもいいよというのが顕著」(②のニュース記事)
ということを言い、ロイター通信が伝えるところによると、
山本氏は終了後、報道陣に「二条城(京都市)でも当時の生活を再現しようとしたら学芸員が反対した。彼らだけの文化財にしてしまっては資源が生きない」と指摘。「『一掃』は言い過ぎたが、文化財はプロだけのものではない。学芸員も観光マインドを持ってほしい」と釈明した。
とのことでした。
2.実際の学芸員は、どんな仕事をしているのか?
「学芸員はがん」と言ってないにしても、山本地方創生相は学芸員の仕事をよく把握されていない、という印象を私は持ちました。学芸員とは、「博物館法で定められた専門職員で、資料の収集や保管、展示、調査研究などを担う」(①のニュース記事、詳細は後述)人たちです。①のニュース記事の中に簡潔に纏められていますが、これらすべてが学芸員の仕事であり、展示品の運搬指示と設置に携わったり、展示品の解説文章や図録に載せる論文を執筆したりもします。更に、ツイートしましたように、
仲見満月@経歴「真っ白」博士 @naka3_3dsuki
その昔、マヤ文明の特別展を見に行った時、特別展に収蔵品を貸し出したか、協力したかの日本の博物館の学芸員の方が、マヤのとある都市国家の戦士のコスプレをされ、展示を案内するイベントがありました。頭に独特の被り物をし、武器のレプリカも握りしめ、軽快に語る姿は、聞き手も笑っていた。
この人、仕事でもあるんでしょうが、日々の雑務に終われていて、なかなか、人前に出てコスプレをして、好きなマヤ文明のことを語れる機会は、あんまり、なかったんだな?と感じました。当時から、学芸員は薄給で、過労なのが当たり前のイメージが私にはあり、目の前の学芸員の方に同情しました。
という訳で、学芸員は基本的に何でもこなすオールマイティな「雑芸員」と皮肉られたり、自虐したり、することがあります。①のニュース記事が最後に伝えたように、
愛知県内の美術館に勤務する学芸員は、美術館も博物館も、どうしたら来館してもらえるかを真剣に考えている学芸員は多いと反論する。
ということで、山本地方創生担当大臣が知らないだけで、学芸員は「観光マインド」かはともかく、自分にできるなりの範囲で来館者に楽しんでもらえるような、工夫をしているところはあります。
3.今回の山本地方創生担当大臣の発言へのネット上でのツッコミ
ところで、山本大臣の発言には、ネット上でツッコミが入れられているところがありました。
- 「外国の有名博物館が改装した際のことを引き合いに出し、「学芸員が抵抗したが全員クビにして大改装が実現した結果、大成功した」などとも述べた。」こと(①のニュース記事)
- 「文化財に指定されると、部屋で水や火が使えず、お花もお茶もできない。バカげたことが行われている」と指摘。「学芸員は自分たちがわかっていればいい、わからなければ(観光客は)来なくてもいいよというのが顕著」(②のニュース記事)
の2点です。各点へのツッコミは、次のtogetterまとめに根拠が挙げられていました↓
③「学芸員はがん」発言に対する反応まとめ
1の外国の有名博物館の大改装については、③のまとめによると、「オリンピック開催決定の4年前の2001年に完成し」た大英博物館の改装が、単に「1997年までそこにあった大英図書館がセントパンクラスの新館に移った」という出来事のことを指しているのでは、という指摘がありました。この出来事について、「「観光マインドがない学芸員は全部首にした」事実があったかは分かりません。」というツイートがあり、後日、ツイート主の方は「ロンドンオリンピックの文化プログラムを含むイギリスの文化政策については研究が進んでいるので、明日調べてみます。」と仰っていて、報告を待ちたいです。
もう一つ、「さてはこの大臣半可にデービッド・アトキンソンの著作を読んだな。」という指摘があり、「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議ワーキンググループ」において有識者として出席し」たアトキンソン氏のワーキンググループでの発言、および氏の著作『新・観光立国論』の内容が引き合いに出され、③のまとめにおいて、分析がなされていました。
結論から言うと、アトキンソン氏の主張をまとめたツイートによれば「氏は、文化財を活かすにはその文化財の詳細かつ丁寧な説明、現状の貧弱な保存状況を解消する整備、空っぽの部屋だけでなく、中に納める展示物、伝統芸能の充実もまた求めている。 これらは学芸員の知識をフルに活かすことが求められる仕事であり、観光マインドは必要ない。」(「学芸員はがん」発言に対する反応まとめ - Togetterまとめ)とのこと。ツイート主の方の指摘では、山本大臣とアトキンソン氏の主張は逆であるとのことでした。
続きの詳細な分析は、③のまとめをご覧ください。
2つ目の発言内容に関する指摘は、そもそも、文化財保護法、それから「内部まで公開し,学芸員立会いのもとでお茶会したいと学芸員が思っても,内部まで多数の人が入るには建築基準法や消防法に適合してないと,駄目なんですよね.」(「学芸員はがん」発言に対する反応まとめ - Togetterまとめ)というツイートから、そもそも、山本大臣は国会議員で立法に携わる立場なのに、文化財に関する知識が足りていない!というものがありました。
ちなみに、私は二条城に数回行ったことがありまして、撮影はもちろん、インクの出る各種筆記用具やシャーペン・鉛筆によるスケッチも禁止です。これ全部、二条城で公開している場所の保護のためです。私が学芸員課程の授業で見学に行った際、インクで畳や襖を汚したり、シャーペンや鉛筆の鋭利な芯で襖や障子に穴をあけたりするのを防ぐため、だと一緒に行った日本史学専攻の先輩から聞きました。似たようなことは、座学でこの授業担当者から聞いています。
(イメージ画像:二条城の唐門)
なお、お茶や生け花を重要文化財の建築物の中で行う、という話が出ていますが、法律の他、建設から百年以上経つ建物の傷みやすい畳の部屋に、道具を入れたスーツケースを持ち込む日本人の来館者がいて、スーツケースの重みで畳が凹んでしまったことがあったそうです。畳の入れ替えにも、場所の保存のために一枚だけでなく全部かえないといけない部屋があり、お金がかかるし、イベントを行う前に告知しておいてもトラブルは起こることがあり、現場は大変なんですよ。
特に、外国人観光客の家族老若男女でやって来た方々を相手に、以上のような注意事項を伝えるのは、文化の差が大きいため、英語にしても、中国語にしても、説明はできても難しいもんなのです。また畳については、椅子文化の長い都市部の中国系の人たちは、基本的に足を曲げて坐るのが困難なんです。ガイドをした時、日本の居酒屋でお座敷席に通された際、正坐でなくとも足が痛そうでした。韓国の人たちはオンドルのある暖かい住宅になれていて、冬に完済を訪れて宿泊した時、オンドルのある住宅に比べ、夏の湿気対策で寒い構造のホテルに泊まって慣れず、京都の伝統建築実習で体調を崩し、回れなかった人たちがいました。
そういう感じで、法律を厳守した上で、更に文化財を傷めないように外国人観光客の方々に、慣れない日本の伝統文化のイベントを実行するのは、現地の日本人側にも、外国人観光客の方々にとっても、負担を強いる場合があるんです。
4.まとめ
発端は、山本大臣の「学芸員はがん」の発言でしたが、この一言で、私は学芸員の仕事があまりにも知られていないことを、改めて認識させられました。Twitterやこちら↓
の中で、私は図書館司書の資格課程を受講していたことを話しました。実際、司書の資格、それから教員免許を所持していますが、実は、先述のとおり、学芸員資格も所持しております。図書館司書、教員免許、そして学芸員資格は、人文科学系の研究者が所持しているケースの多い資格です。
これらの資格を持って仕事をする職業では、学校教員は一般の人たちにも身近で、よく知られていると思います。しかし、図書館司書、そして今回の学芸員の仕事は、山本大臣の発言をもとにじゃ牛すると、一般的にあまり知られていない職業だと思われます。この点は、③のまとめにおいて指摘されていました。司書も、学芸員も、実は来館者の行けない、裏の作業室で蔵書検索システムに新刊書の登録をしていたり、新しい収蔵品の購入が決まったら保存方法の打ち合わせや受け入れの準備をしたり、裏方仕事が多く、一般の来館者にはその仕事を知られることは少ないようです。
(ちなみに、展示会場の片隅にスーツ姿で立っている監視員や、展示の解説員は、学芸員とは別の人の場合が多く、最近は特にボランティアに頼むことがあるようです)
そういうわけで、先日の図書館の司書関係の職に続き、今回は学芸員の仕事やなり方について、主に人文・社会学系の分野を扱う「文科」学芸員をメインに、続編のその2では紹介していこうと考えております。前置きが長くなりましたが、その1はここでお終いです。
(その2へ続く)