自分自身との対話(9)
他人を気に食わないと思った時は、自分が心の中に抑え込んだ部分が相手に投影されるため、感情的な反応を起こしていることが多い。
影との対話
私たちは日常場面で「腹の立つ相手」とか「虫が好かないヤツ」などと思う相手がいる。しかし、そのような形で認識される相手が、実は自分自身のあり方と深く関係している場合が多い。それがユングの言う「影」である。
たとえば、「暗くウジウジしているとみんなに嫌われる」と思って、がんばって明るく振舞っている人にすれば、実際に暗くウジウジしている人は、見ているだけでとても腹が立ったり、「どうにかすればいいのに」と思えて仕方なかったりする場合が多い。
しかし、それはがんばって明るく振舞っている人が自分自身の中で抑え込んでしまった「暗くウジウジする」という生き方が、自分の影になっているからなのである。
つまり、私たちは自分導vえ込んでしまっている部分をだれかほかの人が表面に出している場合、その相手の実際の人柄や人格には全く関係なく、その人に自分の影を投げかけ(これを投影と言う)て、その結果「とても腹が立つ」とか「どうにかしないといけない」という感情的な反応を起こしているのである。
似たようなことは、真面目な人と不真面目な人、改革主義者と保守主義者などの問にもよく見られる。つまり人間はほとんどの場合完全に明るいだけ、真面目なだけとか、根っからの改革主義者ということはありえず、常に自分のどこかにその反対の方向性を持っているものなのである。
しかし、自分の中の正反対の方向性を同時に認識したり、生きたりするのは実際には難しいので、自分の中では一方を抑えつけ、それを他者の中に見出すのである。この自分の中の影に気づき、その影と対話することも、大事な対話の一つである。
他人を気に食わないと思った時は、自分が心の中に抑え込んだ部分が相手に投影されるため、感情的な反応を起こしていることが多い。
影との対話
私たちは日常場面で「腹の立つ相手」とか「虫が好かないヤツ」などと思う相手がいる。しかし、そのような形で認識される相手が、実は自分自身のあり方と深く関係している場合が多い。それがユングの言う「影」である。
たとえば、「暗くウジウジしているとみんなに嫌われる」と思って、がんばって明るく振舞っている人にすれば、実際に暗くウジウジしている人は、見ているだけでとても腹が立ったり、「どうにかすればいいのに」と思えて仕方なかったりする場合が多い。
しかし、それはがんばって明るく振舞っている人が自分自身の中で抑え込んでしまった「暗くウジウジする」という生き方が、自分の影になっているからなのである。
つまり、私たちは自分導vえ込んでしまっている部分をだれかほかの人が表面に出している場合、その相手の実際の人柄や人格には全く関係なく、その人に自分の影を投げかけ(これを投影と言う)て、その結果「とても腹が立つ」とか「どうにかしないといけない」という感情的な反応を起こしているのである。
似たようなことは、真面目な人と不真面目な人、改革主義者と保守主義者などの問にもよく見られる。つまり人間はほとんどの場合完全に明るいだけ、真面目なだけとか、根っからの改革主義者ということはありえず、常に自分のどこかにその反対の方向性を持っているものなのである。
しかし、自分の中の正反対の方向性を同時に認識したり、生きたりするのは実際には難しいので、自分の中では一方を抑えつけ、それを他者の中に見出すのである。この自分の中の影に気づき、その影と対話することも、大事な対話の一つである。