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【If】結城友奈は勇者である 作者:初期設定

現実

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「……う」
 瞼を照らす朝日が眩しくて、僕は目を覚ます。まだ気だるい体を起こして、大きなあくびをする。隣を見てみると、美森と友奈の布団は空だった。僕より先に起きて、リビングに降りたのだろう。休みなのに、彼女達はいつも早起きだ。とても真似できそうにない。
 布団を畳み、僕もリビングに降りていく。窓の外は晴れやかな青空が広がっていた。
 階段を降りて、リビングのドアを開ける。味噌汁の匂いが漂ってきて、心地よく感じた。
「おはよう、風奈君!」
 友奈が、テーブルに朝食を並べていた。まだパジャマ姿のままだが、朝でも彼女は元気だ。
「おはよう」
 僕は返事をすると、キッチンを覗く。美森もパジャマ姿で目玉焼きを焼いていた。こちらに気づくと、少しだけ微笑む。彼女とも挨拶を交わして、テーブルの椅子に座る。
 テーブルの上には、白米に味噌汁、焼き魚、ほうれん草のお浸しが用意されていた。あと、美森が調理している目玉焼きができれば、終わりなのだろう。
 テレビは、ニュース番組が写っている。現在の神樹様の状況を、フリップボードを用いて説明しているようだ。今は寝ぼけており、新聞を読む気にもなれなかったので、アナウンサーの説明に意識を傾ける。
 けれど、そのほとんどが既に知っている情報で、僕達に必要なものは一つもなかった。よく考えれば、当然のことなのだが。必要のない情報が、右耳から左耳へと流れていく。
「友奈ちゃん、これお願い」
「はーい!」
 目玉焼きが焼けたらしい。友奈が三人分の目玉焼きをテーブルに並べた。程よく焼けた白身からは、かすかに湯気が立っていた。
「じゃあ食べよっかー」
「そうね」
 友奈が椅子に座った後、美森がお茶を持ってくる。そして、彼女が椅子に座ると、
「いただきます」
 三人の声が重なる。箸を取って、朝食を食べ始めた。
 相変わらず、二人が作る料理は美味しい。焼き魚は丁度良い塩加減で、ご飯とよく合った。友奈はあまり料理をしたことがなかったようだが、美森に教えてもらって、一気に上達した。 料理は完全に二人に任せてしまっているので、少々申し訳なくなる。
 今度、僕も教えてもらおうかな。
「やっぱり、美味しい」  
 味噌汁を飲みながら、呟く。彼女達と暮らし始めてから、朝食が種類あるものに慣れてしまったので、元の生活には戻れそうにない。一人のときは、ロクなものを食べてなかったことを、今さら思い出す。
「ふふ、ありがと」
「いえいえー」
 美森は微笑んで、友奈は少しだけ恥ずかしそうに笑う。まだ、この生活を始めて長くはない。もう少ししたら、慣れるだろう。今の状態でも、十分すぎるほど幸せなのだが。
 この平穏が、ずっと、いつまでも続いてほしい。そう、願った。
 朝食を済ませると、僕は皿洗いを始める。彼女達に料理を作ってもらっているので、この位は手伝わないと。
 二人は、普段着に着替えて、リビングで過ごしていた。友奈はソファにもたれて、携帯で今日の予定を風先輩と相談している。美森はテーブルに座り、静かに小説を読んでいた。テレビは誰も見ていないから、消してしまった。僕達は基本的に、ニュースしか見ないのだ。
 皿洗いも、今朝使った分だけだったので、時間もかからずに終わった。 
 僕はリビングを出て、着替えるために部屋まで戻った。寝間着を脱いだ後、自分のクローゼットを開け、今日着ていく服を選ぶ。そして、服を取り出して布団の上に放った。
 Tシャツの上に青のカーディガンを羽織り、下は黒のジーパンを履く。いつも似たような格好をしているような気がするが、深く考えないことにした。服のセンスには、自信がない。あまり冒険しないほうが、いいのだろう。
 着替えが終わったら、布団を畳んで、リビングに降りる。テーブルに座って、ラックに立てられている新聞を手に取った。
 新聞の内容は、ニュースとほとんど変わりがなかった。少し離れた市で起きた傷害事件。建設会社の破産による影響について。今後の大赦の方針について。など。けれど、代わり映えのない情報の中に、僕が深く知りたくないものが、一つだけ混ざっていた。
 二週間前の、あの出来事について。
 僕はあの日から、再び生きていくことができるようになったんだ。その前までの僕は、きっと死んでいたんだと思う。何も心臓が止まっていたわけではないが、僕の意識は、半分使い物にならなくなっていた。
 新聞は見開き一面を使って、研究と考察をまとめている。そのほとんどが、僕が経験したことを、客観的に記述した内容だった。具体的な名称は一切出てこなかったが、嫌な記憶だけは、朝には似つかわしくない、不安な感情を呼び覚ました。 
 僕はその感情が湧くのを嫌って、他の記事に目を落とした。けれど、どれも似たり寄ったりの記事で、僕が興味を持って読めるようなものは、どこにもなかった。きっと、今はどの機関も神樹のコントロールで精一杯なのだろう。しばらくは、新聞を見なくていいだろうか。
「風奈君、大丈夫?」
 対面に座っている彼女が聞いてくる。僕が顔をしかめたのに気づいたのだろう。
「特に、なんともないよ。どの記事も神樹様のこと書いてるなぁ、って思ってさ」
 そう言うと、少しだけ安心したように、
「そうね、今は結界の管理が第一だものね。テレビも、そればかり放送してたし」
「でも、本当に終わってよかった」
 これだけは、心からの言葉だった。もう二度と、あんなことは繰り返してはいけない。それが、誰であろうと。
「ね」
 彼女は、再び小説を読み始めた。ブックカバーを被せているので、何を読んでいるのかはわからないが、ページが黄ばんでいることから、年代物なのだろう。美森は、そういった小説が好きなのだ。
 僕は、仕方なしに興味の薄い記事を読む。芸能人の色恋沙汰や、議会で行われている討論の様子など、一般人である僕にはあまり関係のない話ではあるのだが。それしか、読む気になれない。
 そして、約束の時間に近づいてくると、
「そろそろ、行きましょうか」
 美森が二人に言った。
「はーい」
 結局、しばらく読み耽ってしまった。活字が並んでいると、頭には入らないのに読み進めてしまう。
 友奈は、既に上着をリビングに持ってきており、いつでも出発できるようだった。
「美森は、上着着ていく?」
 彼女は肌色のニットを着ていた。けれどこの時期、それだけではきっと寒いだろう。
「ええ」
 僕と美森はリビングを出て、寝室のクローゼットから上着を取り出した。どちらも、多少厚手のコートだ。僕のは、彼女達にプレゼントしてもらった服だった。
 玄関まで降りて、三人の準備が整った後、出発した。
 よく考えてみれば、勇者部が集まったのは、先週で最後だった。それから、僕達の方でやらなければいけないことがあり、好き勝手に外出はできなかったのだ。二日前あたりに、手続きがほとんど完了し、面倒な事が終わった。
 外は雲一つない晴天で、太陽はほぼ真上まで登っていた。けれど、コートを着ていても肌寒く、マフラーも着けるべきだったかなとも思う。
「今日も寒いね~」
 友奈が、白い息を吐きながら呟く。彼女は、しっかりとマフラーをしている。
「ほんとだよ……」
 もう二月も後半になるというのに、まだこの気温だ。これも、神樹のせいなのだろうか。そんな雑な想像が浮かんだところで、何でも神樹のせいにしてはいけないと思った。
「でも、やっぱり晴れの日っていいわね」
「雨はどこにも行けないからなあ」
「一日中ゴロゴロしちゃうもんね」
「僕はそれでもいい気がする……」
 人通りの少ない住宅地を抜け、大通りに出る。車がひっきりなしに走っていて、少しだけ大きな声を出さないと聞こえない。けれど、僕達の時間も、世界と同調して進んでいることを、感じ取ることが出来た。
「それにしても、皆と会うのは久しぶりだな」
「行く場所は大赦ばっかりだったもんね」
「確かに、最近二人以外と話してない」
「それはそれでいいと思うよ」
「ダメじゃないかしら……」
「早く謹慎解けないかなぁ」
 歩いていると、個人経営のドーナツ屋から甘い匂いが漂ってくる。
「あれ? こんなところにドーナツ屋あったっけ?」
 友奈が不思議そうにしている。
「最近できたみたいだね。二日前に大赦行った時に見たよ」
「その時は私と風奈君だけだったから、知らなくても仕方ないわ」
 帰りに寄っていこうか。僕も甘いものには目がない方だから。
「おおっ、二人共。ここ帰りに寄っていこうよ!」
「いいわね、でも食べ過ぎちゃダメよ?」
「はーい!」
 それは彼女達も同じ話だ。
 平穏な生活を取り戻した僕達は、やっと人並みの生活ができるようになったのだ。
 それから少し歩くと、イネスに到着した。休日にも関わらず、そこまで人はいないようだ。
 今日は、一階のフードコートで待ち合わせをしている。フードコートも、席がまばらに埋まっているだけで、静かなものだった。その中から、勇者部の顔を探してみるが、見つからない。まだ来ていないのだろう。
「風先輩達、まだいないね」
「今は……十時四十分か」
「少し早く着いちゃったわね」
 近くの開いている席に座り、風先輩達を待つことにした。
「今日は、人が少ないな」
「いつもはもうちょっと人いるんだけどな」
「他の地域に引っ越しする人が多いからかしら」
 神樹様のコントロール方法が変わった後、結界の防御範囲が広がったので、他の地域に行く人もいるのだろう。より安全な場所に移動したい気持ちは、わからなくもない。
「私達も、早く引っ越したいね」
 一応この地域も安全ではあるのだが、バーテックスが結界を破り、侵入してくる可能性もゼロではない。ただ、とても低い確率の上、現在はあの家から移動を禁じられている為、引っ越しをすることができないのだ。大赦が私達の処遇を決定したら、すぐにでも取りかかりたいのだが。処遇と言っても、悪い方の意味ではなく、どれだけの報奨を与えるかを決定するためのものらしい。
「そうね。万が一ってこともあるから……」
 以前までの結界は、防御膜が一層しか存在しなかった。けれど、コントロール方法が変わった今、防御膜は三層に増えた。ある一定の距離を置いて、防御膜を形成する事に成功したのだ。 以前、僕が集めた瀕死のバーテックスが、神樹の供物に捧げられることがわかった。そして、そのエネルギーの効率は、人間の機能を供物として捧げるよりも、遥かに上回る。それまでも、バーテックスを供物として利用する案はあったそうだが、捕獲する手段が存在しなかったので、結局ボツになったしまったらしい。けれど大赦は、僕の能力である催眠を利用し、バーテックスの形態を維持したまま、結界の外に出すことができるのではないかと考えた。
 そして、僕は絶望に塗り潰された日々を送ることになった。その点で大赦を恨む気はないが、やっぱり、それだけでは納得がいかない。結果として作戦は成功し、神樹の強化が現実のものになったが、心のどこかで、積もっていく憤りも存在する。あまり、考えないほうがよいのだろう。
「あ、夏凜ちゃんだ」
 友奈が気づいた。イネスの入り口から厚着をしている夏凜が入ってくる。マフラー、手袋、サングラス、マスク、かなりの重装備を着けているので、多少不審者に見えなくもない。
 僕は手を振って、気づいてもらおうとした。
 彼女は少しだけ視線を左右に動かすと、こちらと視線が合った。歩く方向を変えて、僕達の座っている場所に向かってくる。
「おはよう」
 サングラスを外して、挨拶する。
「夏凜ちゃん、おはよう!」
 彼女は寒がりなのか、マフラーに手袋、薄橙色のジャンパーを羽織っていた。
「かなり厚着なんだね」
「仕方ないじゃない。今日は寒すぎるわよ、もう春なのに」
「夏凜さんは寒がりでしたね」
「風奈はよくそれで平気よね……」

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