桜が舞い散る季節、私はマルーンカラーの阪急電車に乗って大阪から京都の大学へ通学を始めた。阪急マルーンとも呼ばれるワインレッドの車体に、桜がよく映えていたのを今でも覚えている。
大学生活が始まるとほどなくして、キャンパスで出会った子と恋に落ちた。同じ新入生で田舎から出て来たばかりの、メガネをかけた化粧っ気のないお世辞にも美人とは言えない子だった。
だが、鼻にかかる声と素朴な感じがなんだか新鮮に思えて、気が付けば惹かれ合うようになっていた。
それから、春が過ぎ夏が過ぎ、私は電車に乗って通学するのが面倒くさくなり、彼女の下宿に転がり込むようになっていた。新婚生活の練習のような日々は、あっという間に過ぎ、大学に入って二度目の春を迎えようとしていた。
しかし、その頃から彼女の行動はおかしくなっていた。メガネがコンタクトに変わり、垢抜けた服装をするようになった彼女は、あまり下宿に帰らなくなった。私は一人でマリオカートをしながら彼女の帰りを待つようになっていた。
しばらくして、新しい男ができたからと彼女から別れを切り出してきた。あっけない別れだった。
私はまた、阪急電車に乗り通学するようになった。一年前と同じように桜が舞い散り、車窓には美しい景色が広がっていた。私は座席に座りながら体を半身にして窓の外を眺め、流れゆく景色を眺めることが多くなった。
そんなある日、いつものように景色を眺めていると、彼女とよく遊びに行った公園が車窓から見えた。思い出がこみ上げてきた私は、大きく息を吸い込んで、鼻からため息を勢いよく噴き出した。
私が半身だったので、その息がちょうど隣に座っていたバーコードハゲのサラリーマン風のオジサンの首元にダイレクト吹きかかった。
GTOに出てくる教頭先生のようなその小さなオジサンは、一瞬”ビクッ”となって小刻みに震えながら、私の顔を何度もチラチラ見て来た。
私は申し訳なくなってオジサンに謝ろうと、5度目くらいのタイミングでオジサンと目を合わせてみた。目が合うと、オジサンは恋する乙女のような潤んだ瞳で私と目を合わせたまま、無言でうなづいていた。
「ワタシでいいの?オジサンだよ?ホントにいいの?」
と、激しく瞳で訴えていた。
私は、半身になった身体を戻してまっすぐ座り直し、瞳を閉じて新しい恋の予感に震えていた。
春に虫が二匹で蠢(うごめ)く。オジサンは蠢き、徐々に私に体を近づけ密着度は増していった。マルーンカラーの恋は始まったばかりだった。