紀夫として長く生きられたことが、僕にとっては宝になりました。
ドラマの時代が進むにつれて、たたずまいで奥行きをもたらしてくださった先輩方がいなくなり、若い僕らがドラマを引っ張っていくことに、怖さを感じることもありました。長い撮影期間で、毎回届けられる脚本に、紀夫らしさを乗っけていく作業が楽しかったです。
さくらという娘を持ち、子育てをする感覚も、僕には刺激的でした。家族という強さにはかなわないな、って思いました。だけど問題がひとつ解決しても、また次の問題が出てくるんですよ。それが苦しかったです(苦笑)。
でもそれは、昔どこかで聞いたようなことで、いつの時代もみんな同じように悩んでいて、少しずつ前に進んでいるというか。それらがようやく晴れたのが、最終週(第26週)だったように思います。紀夫としても、心が自由になりました。
すみれを支えながらの社長という立場も、大変なところがあって。あんなに個性豊かな女性たちですから。4人をまとめるのは、紀夫だからできたような気もします。そんな紀夫も、個性的ですけどね。
65歳になった姿を放送された一週間分の収録は、本当にあっという間でした。自分で余計にかけてしまったプレッシャーもあって、指の間をすり抜けていくように過ぎたけれど、何かを自分でつかめたような気もしています。
65歳の役作りは、やっぱり難しかったです。年齢のわりにあまりないシワや目の印象、声のトーンはどうしようもなくて、老いの表現に悩みました。会社を退職して社会的地位がなくなった後に、自分に向き合うという感覚は僕の想像でしかないけれど、人への優しさや厳しさの表現が変わるんだろうなと思ったりもして。
ただ、おじいちゃんをやりすぎないでいようと思いつつ、ちょっと腰を曲げたりしたいなぁとか。あと、やたら冗談を言うようになりました(笑)。
最終週(第26週)の高台でのすみれとのシーンは、65歳としての撮影初日だったこともあって、実はドキドキしながら現場にいました。
これまでの長い回想が挟まるシーンですが、演出の安達もじりさんがリハーサルではなく本番だけその音声を流して、「ふたりへのプレゼントです」なんて心憎いことをおっしゃるわけです。
回想中、僕はすみれより一歩前にいたので、その表情は見られなくて。いろんなことをかみしめて最後に顔を見合わせた時、なんでしょうね、ちょっと僕は緊張していて硬くなっちゃったんです。だけどそんな僕に寄り添って、すみれが肩をポンとたたいてくれた。がちがちな僕は、とても助かりました。
芳根ちゃんとの最終週(第26週)は、一緒にいて心地よかったです。ようやく二人でゆっくり歩くような時間を過ごせました。紀夫にとって、やっぱりすみれは大好きな人。もしも彼女と一緒になっていなかったら……紀夫くんはきっとダメでしょう。
僕のクランクアップは、お弁当を作るすみれとのほんわかしたシーンでした。紀夫はいつも「ありがとう」を言うけれど、ここでの「ありがとう」は僕にとって少し違いました。
この時、すみれの手元を撮るカットがあって、キュウリが入ったちくわを詰めるのを見ていたんです。芳根ちゃんは小さな動きひとつにも、愛情をちゃんと持っている人だから、そんな姿が、すごくいとおしかったです。
「ひとつ作るのもふたつ作るのも一緒よ」って台所に戻る横顔とか、かわいかったなぁ(笑)。それって僕からの景色なんですよ。きっとカメラには映ってないだろうけど、そんな最高の時間を味わえることがある。そういう奇跡みたいな瞬間を、常に感じ合える役者でいられたらいいなと思います。