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アナウンサー仕事の流儀

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アナウンサーとしての“こだわり”や、仕事の上で欠かせない道具の紹介、そしてリフレッシュタイムと、普段放送には出ないアナウンサーの素顔に迫るコーナーです!

子育てを力に自分らしく伝えられるアナウンサーに

インタビュー
與芝 由三栄 アナウンサー

担当番組

担当番組は公開当時のものです

ジャーナリストに憧れた学生時代

――アナウンサーを志したきっかけは何だったのでしょうか?

與芝「当時、NHKの報道番組やスポーツニュース番組で活躍されていた野中ともよさんが、私の通っていた中学校で講演をしてくださったことがありました。自ら海外へ取材に行き、写真に収めて伝える......野中さんの体験談がとても印象的で、「ジャーナリストってかっこいいなぁ」とばく然と思うようになったんですね。帰宅後、興奮冷めやらなかったようで、親に講演の内容をずっとしゃべり続けていたほどでした(笑)。その思いは変わらず、世界を取材するために英語は不可欠と考え、高校三年生のときにはオーストラリアへ1年間留学しました。今回、仕事の流儀の取材を受けるにあたって、いろいろと過去の自分を掘り下げてみたのですが、留学時の履歴書に「将来は人に伝える仕事をしたい」と書いてあるのを発見して、今も昔も変わっていないなぁってとても懐かしい気持ちになりました。」

――ということは、就職活動はアナウンサーに絞って?

與芝「ジャーナリストになる以上は、権利や主張を明確にするために法律に対しても明るい方がいいだろうと、法学部を選択しました。弁護士を目指す友人が周りに多かったため、触発され、司法試験を目指すゼミに入っていました(笑)。将来的に弁護士からジャーナリストになることだって不可能ではないし、身近なところで法律に関与する出来事もあったので、大学生活を送るうちに「弁護士になりたい」という気持ちがつのるようになって。とは言え、司法試験に受からなければ弁護士にはなれません。不確実な将来を心配した親は、試験勉強と向き合うばかりで就職活動に乗り気ではなかった私に対して、とても不安を覚えていたと思います。司法試験に集中したかったものの、親を納得させる手前、就職活動をした......ことは否めません(苦笑)。そこで一番早くから就職活動が始まるアナウンサーを受けることにしたのです。倍率も高いし、ダメだったということなら親も諦めるかなと思いました。

――それで放送局を受けてみようと。

與芝「実は、いくつか民放も受けてみたのですが、いいところまで行くものの不採用になることが続いたため、「私は放送の世界には向いていないんだ」と何の準備もしていない割に自信を失くしていました(笑)。最後にNHKの面接があったため、「さすがにNHKは無理だろうとネガティブにとらえていたのですが、NHKはそれまでの民放の面接と違って、真摯に私の話を聞いてくださる方ばかりで感激しました。今までの面接に比べて、より真剣に向き合うことができたからこそ、良い報告をいただくことができたのかもしれません。こういう方々と一緒に仕事をすることができたら、たくさん学ぶものや楽しいことがあるんだろうなって、素直に感じるような面接でした。」

――弁護士に対する思いはどのように整理したのでしょうか?

與芝「面接時、「私は弁護士を目指していて、これから司法試験があります。どちらか選ばなければいけないときが来たら、そのとき考えさせてください」と正直にお伝えしていました。そういう状況下にも関わらず、採用していただいたことに驚きましたし、なんて懐の深い企業なんだろうと謝意を感じずにはいられませんでした......それだけにとても悩みました。司法試験に受かれば気持ちに変化が生じ、やはり「弁護士の道へ!」と再考することもありえます。それでも目指した以上、司法試験に合格し、弁護士の資格を取ることは叶えたいという気持ちが強かった。ですから、研修期間や初任地・新潟でも勉強を続けていました(笑)。そのときは、アナウンサーと弁護士、どちらを選ぶか? とは考えずに、司法試験に集中することだけを考えていました。ですが、新潟赴任直後に行われた司法試験に受かることはありませんでした(苦笑)。アナウンサーの仕事をはじめていくうちに、どこかで気持ちが散漫になっていたのかもしれませんね。」


――もし司法試験に受かっていたら......

與芝「どうなんだろう......別の人生を歩んでいたのかなぁ。「法曹から放送になりました」なんて自分でも笑い話にしていますけど、どちらも真剣にあこがれた世界であったことは確かです。試験に落ちたことで、「弁護士よりもアナウンサーとして自分のやるべきことがあるのではないか」と、ポジティブに考えることもできましたし、採用してくださったNHKのためにも生半可な気持ちで臨んではいけない!と覚悟もできました。新潟まで持ち込んだ司法試験の勉強資料は、不合格と同時にすべて実家に送り返しました(笑)。気持ちを整理することに時間はかからなかったと思います。」


與芝アナウンサー あの日あの時

七五三を迎え着物でパシャリ! 


「高校生になってもジャーナリストになりたいという夢はつのるばかりでした。結果、オーストラリアへ留学することを決めました」(與芝)


大学の正門前にて。「大学時代の友人たちは司法試験に受かり、弁護士として活躍しています。今でも仲が良く、情報交換などをしているので、勉強に費やした時間は決して無駄ではなかったです」(與芝)


與芝 由三栄(よしばゆみえ)
1998年入局、初任地は新潟局。県内向けニュース情報番組やラジオ番組のリポート制作、中継などに日々奔走。2001年東京アナウンス室へ。2002年から首都圏ネットワークキャスター、2006年からサンデースポーツキャスター。2008年は北京五輪を現地リポートするなどスポーツ取材に没頭する。2度の産休前後に「きょうの料理」で料理と向き合い、現在毎週日曜総合テレビ11時からの「とっておきサンデー」、「BSプレミアムカフェ」を担当。