やれやれ、これで一安心だ。トランプ米大統領が軍人出身者に主導権を委ねるのに100日もかからなかった。差し迫った文明の衝突の大立役者であるバノン首席戦略官は、すでに脇に追いやられた。欧州域内の米国の同盟国は、音が聞こえるような安堵のため息をついている。ロシアのプーチン大統領はもう、トランプ氏の親友ではない。民主党と共和党のタカ派は一様に、まだトランプ氏に称賛を浴びせている。もう一度、巡航ミサイル「トマホーク」を一斉発射したら、それで合意がまとまるはずだ。今やすべてが許された。バノン氏よ、さようなら。「トランプ2.0」へようこそ――。
悲しいかな、ほぼ普遍的なこの見方には欠陥がある。バノン氏は姿を消したわけではない。実際、同氏はトランプ政権内で戦略的な頭脳に近いものを持っている唯一の人物だ。クシュナー上級顧問は義父のトランプ氏と同様、人脈形成の才を持ったマンハッタンの不動産業者だ。だが、世界観を持っていない。
マティス国防長官は、鋭い軍事的頭脳の持ち主だ。しかし、戦場での知性を戦略と混同してはならない。クシュナー氏と手を組んでバノン氏を脇に追いやったマクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)についても同じことが言える。ティラーソン国務長官はまだ、未知数だ。今後、考えをころころ変えるのも確実だ。先週のシリア攻撃の後、ティラーソン氏はトランプ政権の目標はシリアのアサド大統領を退陣させることだと述べた。その前の週には、正反対のことを言っていた。トランプ氏についていくのは難しいのだ。
■中東に関してはバノン氏に一理あり
バノン氏のことを好きか嫌いかは別にして、同氏の考えは一貫している。また、トランプ氏の考えにも一番近い。さらに、トランプ氏はまだバノン氏を必要としている。バノン氏の世界観は明白だ。米国はあまりに長い間、気に入らないミサイル攻撃をめったに認めないワシントンの外交政策のエスタブリッシュメント(支配階級)の批判に従ってきた。報道によれば、バノン氏は先週の攻撃に反対していた。それには彼なりの理由があった。1つ目は、米国には新たな中東の泥沼にのみ込まれる余裕はない、ということだ。
トランプ氏の行動が戦略的な空白の中で起きた可能性はある。もっと言えば、その可能性が高い。トランプ氏はテレビでシリアの殺りくを見て、リモコンに手を伸ばしたわけだ。だとすると、例の59発のトマホークは軍事版のツイートだった可能性がある。次の武器は違うかもしれない。
その一方で、ミサイル攻撃はトランプ氏がシリアの未来を手中に収める新たな段階の序章だった可能性もある。幸運を祈るが、まず無理だろう。シリア問題を解決するには、キッシンジャー元国務長官並みの策略とレーガン元大統領並みの強運が必要になる。トランプ氏は、次に衝動に駆られたとき、バノン氏の言うことに耳を傾けたほうがいいかもしれない。間違いなく、バノン氏は別の状況においては、扇動的な助言をすることができる。例えば、中国との衝突がそれだ。だが、中東に関しては、バノン氏の本能は健全だ。
トランプ氏はバノン氏の経済的な助言も脇に追いやっている。今後数週間で、トランプ政権は米国の税制改革に向けた計画を発表する。トランプ氏に投票した支持者らにとって最も重要な要素は、1兆ドルかけてインフラを近代化する約束だ。それが、いわゆる「忘れられた米国人」に対するトランプ氏の誓いの中核だった。同氏は中西部に雇用をもたらし、溶接工に誇りを取り戻す。ここでも、エスタブリッシュメントの発言が議論に勝ってきた。トランプ氏は、ウォール街と共和党の旧来の減税派アドバイザーに取り囲まれている。