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脳科学ブログ(教育への架橋)

脳科学の知見を生かし、実践現場との架橋・融合をめざす。仮説・実践・検証により、教育のエビデンスを生みだし、揺るぎなき教育の一端を担いたい。“教育は愛、愛こそ教育” 願いは子どもの幸せである。


脳の学校セミナーB(桑原清四郎) [2011年07月11日(Mon)]
 2番手は私の「学校と子どもを変える脳科学ーある公立小学校の挑戦ー」であった。

 赴任したH小学校は、川口駅からバスで25分、交通不便の地にあった。

 4月1日赴任と同時に、「担任を変えろ!先生を変えろ!」と数人のお母さん方が押し掛けてきた。2週間ごには「体罰がある。先生をやめさせろ!」と抗議の声が上がった。連日事実究明の集まりが持たれた。抗議の声は燃え上がり、止どまることがなかった。学校への不信・反感、日頃のイライラの暴発、憎しみさえ感じられた。

 2カ月後、教育長訪問の朝も5・6人のお母さん方が抗議にきていた。「10時から教育長がきます。1時間くらいで終わりますからそれまで待って下さい。」とお願いしなければならなかった。
 校長に助けを求める子どもが校長室の近くを歩きまわような状況であった。お母さん方も子ども愛に飢えていた。抗議の仕方は荒々しかったが、子どもの幸せを思う親の気持ちは尊く、至極当然のことであった。私の教育実践はここから始まった。長く激しい闘いの日々であった。

 「校長の基本方針」を発表、基本的姿勢を8項目にわたって明らかに
した。校長の決意と覚悟であった。
 
@ とことん子どもを大事にする。
  “教育は愛”、まず見本、安心安全を貫く。更なる手立てを探り続け
  ます。
 A 誠実・公平公正を貫きます。
  人によって対応を変えたり、好き嫌いをいったり、差別したりしませ
  ん。ヒソヒソ話やコソコソ話はしません。
 B 弱い人を大切にします。
  私も5回入院、2回も大きな手術をしています。38キロまで落ちたこ
  ともあります。大貫の事故では九死に一生の経験もしています。
  病気の人や弱い人の気持ちは少しは分かります。
 C 骨身惜しまず働きます。
  でも疲れた時は休ませて下さい。今年も体力をつけます。
 D 法と正義を基盤に考えます。
  曲がったこともおべんちゃらも大嫌いです。ただし、目上の人や年
  長者への礼節は大事にいたします。質れのないように十分注意
  します。
 E 地域を大事にします。
  地域に座り込み、地域と一体になって教育の仕事を進めてまいりま
  す。どういう手立てをとったら、親と地域に奉仕できるか考え続けよ
  うと思います。
 F 自分の失敗を隠したり責任転嫁をしません。玉突きはしません。
  させません。校長から教頭、教頭から先生方、先生方から子どもへ
  といくからです。
 G 誠心誠意、こどもと皆さん、そして、地域に尽くします。

 以上を皆さんに約束いたします。これは地域の皆さんへの約束でも
あります。皆さんと一緒にこの約束を実行する覚悟です。ほんとにほ
んとによろしくお願いいたします。
 
 いよいよ “教育は愛 愛こそ教育” の実践であった。毎朝、校門に立ち子どもたちを出迎え、握手をした。握り返してくるその時の手応えや強弱が子どもの状況・変化を知る重要な手がかりになった。
 毎日全教室を巡回した。元気のない子や心配な子には特に目をかけた。声もかけた。溢れる愛情を注いだ。校長室を完全開放した。20分休み・昼休み・放課後とひっきりなしに子どもたちは校長室にきた。補習もどんどんやった。
 校庭でも一緒に遊んだ。相撲もやった。縄跳びもやった。竹馬もやった。ベイゴマもやった。囲碁もやった。一日中子どもたちとともにあった。子どもたちはどんどん変わっていった。学校を楽しんでいた。

 学校もどんどん変わっていった。ダイナミックな教育活動が学校を変えていったのだ。ザリガニ釣り、いも掘り、焼き芋大会、音楽会・・・・、マラソン大会、縄跳び大会、水泳大会・・・、子どもにいいことは何でもやった。
 多様な活動が子どもの基礎体力を作っていった。防衛体力も培っていた。雨ニモマケズ 風ニモ負ケズ」の子どもを育てていたのだ。
 3年次から「脳科学の知見を生かした心の教育」を開始した。マスコミも注目しだした。毎日を皮切りに産経・読売・朝日など多くの記者が来るようになった。その都度記事にした。

 学校に勢いがついた。目覚ましい成果が表れた。
 @ 全校“欠席ゼロ”の達成 
   いじめ・不登校が叫ばれる中の快挙、先生方と喜びあった。
 A 6カ年皆勤2名、1カ年皆勤110名、4割弱が皆勤であった。
   学校が好きになると休む子がいなくなる。友だちも増える。
 B “月間出席率100%”が2クラスも出現した。
   インフルエンザ真っ最中の1月であった。学級閉鎖は1回もない。
 C 遅刻なし、不登校なし、暴力なし、ガラス割れなし、給食残菜の
   激減、保健室利用数の激減
   安心・安全が子どもと学校を落ち着かせる。  
 D 教職員の転勤希望4年間ゼロ
   あまり例がないようだ。市教委も県教委も不可思議な表情であっ
   た。
 E 学校安全優良校(県2校) 市学校給食優良校に選ばれた。
   地域・PTAと一体になった取り組みであった。
 F 学力も向上していた。文科省学力テストが平均以上であった。
   6年後の今年、Kさんが東大文Uに現役で合格した。
 G 学校外部評価で一位であった。(千葉大調査)

 
 学校応援団がどんどん増えて行った。日大の森昭雄教授、東北福祉大学金子健二教授、明星大学高橋史郎教授が指導者となった。元浦和西高校長永瀬正臣先生、現浦和高校長関根郁夫先生、元川口市立高校長浅香正男先生も指導・応援に入ってくださった。心ある多くの校長先生方も支援して下さった。
 マスコミ報道はミニコミまで合わせると63回にも及んだ。女性自身の記者がきたのは5年目であった。丁寧に取材し、大きく報道した。正確な記事であった。定年直前のことであった。
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