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脳科学ブログ(教育への架橋)

脳科学の知見を生かし、実践現場との架橋・融合をめざす。仮説・実践・検証により、教育のエビデンスを生みだし、揺るぎなき教育の一端を担いたい。“教育は愛、愛こそ教育” 願いは子どもの幸せである。


浦安高洲公民館で講演B [2011年11月20日(Sun)]
 世界は動いている。ニューズウークの予測シュミレーションである。日本の劣化・弱小化がくっきり描く出されている。本当に情けない。少子化→人口減少→活力低下とスパイラル状に落ちていく。世界からジャパンシンドロームと呼ばれている。
 1890年・バブル以降のことである。「社会的な狂乱状態にあると日本人の力が発揮できなくなる」と言う。戦争時がそうだった。リーダーが自分勝手に走り、全体を見通せなくなる。国民も乗って踊り出す。
 狂乱である。合理性・合脳性の破壊である。脳の全体最適を踏まえ、例外や細かいことにあまりとらわれず、学問の真実・本質だけを見ることが大事であった。原発対応も同じ轍を踏もうとしている。ストップをかける。方向転換する。知恵がなければできない。
 学力も上下にばらつく。必死の努力にもかかわらず安定しない。先生方をやみくもの働かせている。ムダ仕事をさせる。過労が蓄積する。不祥事の増加は目を覆う。精神疾患も増加の一途である。ストレスの最大原因は、思ったように「ならない・できない・八方ふさがり」である。
 東京都では管理職になり手がなくなっている。最終選考試験が2倍を切っているという。3倍以下では意味をなさないのだ。東京では9割も合格者をだしている。教頭のいない学校が2割もでるという。埼玉県でも精神疾患で何回も何回も休職した人が管理職試験に合格している。学校づくりの制度設計に狂いが生じているようだ。合脳性を無視したら人も組織もおかしくなる。それが脳の鉄則、社会の原理なのだ。何かおかしい!

 世界は脳科学で動いている。1890年、アメリカ大統領が上院で「脳の世紀」を宣言し、1000億ドルを投下した。翌年欧州も続いた。日本の科学者は焦った。理化学研究所を中心に動き出した。制度を変えた。脳科学に軸足を移した。多くの成果があった。しかし日本全体の動きになっていない。文科省でも「脳科学と教育」研究推進プロジェクトを立ち上げ進めてきた。しかし、具体化されない。現場との架橋が進まない。研究は現場に生きてこそ、臨床に活かされてこそみんなのものになる。国民のものになる。重要な動きがある。育てなければ・・・。そのために生きていこう。

 脳科学を国民のものにする。そこに使命をもった人たちである。
茂木健一郎は知らぬ人がいない。研究室を飛び出し脳科学の啓蒙家となった。
加藤俊徳は医療現場から飛び出し「脳の学校」を設立「神経教育学」を生みだそうとしている。池谷裕二は海馬の研究から「学習のしくみ」を発表、高校にまで入り込んでいる。森昭雄はゲームの危険性を提唱した。写真にはないが澤口俊之の研究は非常に重要である。
 これらの先生方はそれぞれ研究成果を引っ提げて現場に生かそうとした。後を追って多くの学者・実践家が本を出している。 

 脳は全体として機能する。「全体最適」である。ダマシオ博士はじめ多くの脳科学者は脳を木になぞらえる。脳幹・大脳辺縁系・大脳新皮質・前頭前野を大幹・小幹・大枝・小枝・茂った葉っぱであらわす。1枚1枚の葉っぱも大幹につながっている。大幹の原理は葉っぱのいのちにつながっている。
 「運動がからだと心を養う」のです。脊髄・脳幹・扁桃体・即座核・海馬などがキーワードです。

 「脳のしくみと人間形成」の図です。時実時彦先生(東大の初代脳科学研究所長)が作成したものです。先生は脳科学研究の目的を「人間のしあわせ」においていました。全ての研究は「人間のしあわせ」であって、研究のための研究ではありませんでした。1973年先生が亡くなって以来、研究は研究のための研究、論文発表のための研究になってしまいました。教育現場でも追試が行われ成果がでていたのに本当に残念なことでした。私の実践研究は時実脳科学から始まったのです。
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