ときどき,「0 x 0 行列の行列式」を考える必要が生じる.
0 x 0 行列の行列式はいくつなのか,行列式の定義に従って考えてみたい.行列式を定義する方法はいくつもあり,人ごとに(或いは場面ごとに)定義のしかたの流儀が異なるかもしれない.ここでは,次の目次に挙げる4つの流儀に基づいて考えてみる.好みの定義のところを読んでほしい.好みの定義のところでないところも読んでほしい.なお,行列の係数は断らない限り一般の体 とする(
だと思って読んでもいい).
1. 置換を使った公式で定義するよ派
行列 の行列式
を次のように定義する.
これを の場合に適用してみる.まず,総和記号は
の元
全てに亙る和である.
とは集合
から自分自身への全単射のなす集合だったから,
とは空集合 ∅ から自分自身への全単射のなす集合,つまり
である.(問:
が全単射であることを,全単射の定義に基づいて証明せよ.)つまり
のとき,この総和記号は単に
を代入して以下を計算せよと言っているにすぎない.
は自明な置換なので偶置換であり(問:←kwsk),また総積の部分は空集合に亙る積だから 1 である.
従って,0 x 0 行列の行列式は 1 である!
2. 多重交代線形性とかで特徴づけるよ派
行列
にその行列式
を対応させる写像
は次の性質を満たすものと定義する:
・(列について)多重線形的である.(説明略)
・(列について)交代的である,つまり2つの行を入れ替えると行列式は 倍される.
・単位行列の行列式は 1 である.
なおこの性質を満たす det はただひとつ存在する.
0 x 0 行列は単位行列である.(問:このことを,正方行列が表す線形写像を用いて説明せよ.)
従って,0 x 0 行列の行列式は 1 である!
3. 余因子展開で帰納的に定義するよ派
次正方行列
の行列式
を,次のように
について帰納的に定義する.
まず のとき,
の行列式は
と定義する.また,
次正方行列の行列式が定義されているとき,
次正方行列の行列式は余因子展開の公式を用いて定義する(具体的な公式略).
0 x 0 行列の行列式はこの定義においては範囲外である.だがそれは,そもそも帰納的定義を から始めたからだ.
から定義を始められないだろうか.そうすることはつまり,1 次正方行列
の行列式を余因子展開によって求められるようにすることにほかならない. 余因子展開によれば
の行列式は
と
つまり 0 次正方行列の行列式の積である.これが常に
に等しくなるべきのだから,0 次正方行列の行列式は 1 でなければいけないとただ一通りに「逆算」される.0 次正方行列の行列式が問題になるとき,上の帰納的定義は「
のとき,
の行列式は 1 と定義する」から始めざるをえないし,そうできるのである.
従って,0 x 0 行列の行列式は 1 である!
4. 外積代数を使って定義するよ派
線形自己準同型 の行列式とは,1 次元線形空間の自己準同型
の(唯一の)固有値のことであると定義する.
0 x 0 行列の誘導する線形自己準同型は 上の恒等写像にほかならない.また,
のとき
であり(問:←kwsk),
上の恒等写像の誘導する
上の自己準同型はやはり恒等写像である.この(唯一の)固有値は 1 である.
従って,0 x 0 行列の行列式は 1 である!
結論
0 x 0 行列の行列式は 1 である!