30歳を節目に、山中達郎は過去と決別しようと考えた。
女にだらしなかった過去の自分を反省し、もう二度と軽率な行為はするまいと誓った。
デート相手には誠意を持って接し、身体の関係を持ったからといって、疎遠にしない。
相手が求めない限りは誘うこともせず、できるだけ性に対して潔癖であろうとした。
そうすることで、出会った女の人と親密な関係を築けるのだと達郎は信じていた。そして事実そうなった。
身体の関係を持った相手は必ず付き合うようにしたし、かつての自分と違い、付き合った相手に横柄な態度は取らなかった。
結果、相手の女の子も達郎を信頼し、深く愛するようになった。
しかし幸せは長くは続かない。
誰もが幸せな結末を信じて恋愛を始め、その大半は不幸な結果に終わる。
達郎も例外ではなかった。
ときには達郎がついうっかり浮気をしてしまい、それがバレてしまったこともあったし、好きだけど結婚することはできないと考えて別れを切り出すこともあった。
そういうときは決まって、相手の女の子を深く傷つけることになった。
昔の達郎は、身体の関係を持つことだけを狙い、目的を達した後はほとんど連絡を取らなかった。
自他共認めるカスであった。
最低だね
クソ野郎だね
と方方で悪口を言われた。
もうそんな自分には戻りたくないと考えて、できるだけ真面目に丁寧に接しようとした。
達郎なりに一生懸命に、丁寧に接した結果、むしろ別れが重く辛いものになったように感じて、達郎は困惑した。
* * *
山下哲郎は現在進行系のカスである。
できるだけコストをかけずにセックスすることだけを考え、女は全て穴であると思っている。
道で女を引っ掛け、ディスり、自己評価が低く、すぐにやれそうな女を連れ帰り、やった後はブロックする。
哲郎はセックスに関して見境がない。
知り合いだろうと、身内だろうと、とりあえず誘ってセックスを仕掛ける。
セックスできなかった女は相性が悪かっただけと割り切り、次のターゲットを探す。
どうしようもなくだらしない人間であった。
ある日、あの誠実であろうとした山下達郎は、カスの哲郎と身体の関係を持った女の子と飲みに行くことになった。
ビールを片手に、女の子は爽やかに笑いながら話した。
「あの人は本当にダメな人だった。
たしかに一回やったけど、何の記憶にも残ってない。
あの夜はただの過ち」
傷ついている様子はなく、むしろ清々しささえ感じた。
誠実に接してきたはずの達郎は結果として相手を深く傷つけ、泣かせ、立ち直れないほどのダメージを与えていたのに対して、
カスの哲郎の終わり方はなんてサッパリとしているのだろう。
カスに殴られた傷は回復が早い。
なぜなら悪いのは全部カスで、全てをカスのせいにできるから。
カスには何も期待せずに、未来を考えていないから。
誠実さの刀で斬られた傷はなかなか治らない。
斬られた側が自分に原因を探してしまう。
期待していた未来が消えてしまった気がして、絶望してしまう。
この話から得られる教訓は以下の通り。
恋愛に関しては、中途半端に誠実であるよりは、むしろ清々しいほどカスである方がいい。その方が相手を傷つけない。
誠実に振る舞いたいのであれば、徹底して誠実であるべし。