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こちら孤島のまどからお便りしています

円野まどの恥の多い日々の記録

はじめての立ち食い蕎麦の思い出

〒 みなさま

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こんにちは円野まどです。

 

立ち食い(喰い、かな?)のお蕎麦を食べたことがありますか?
私は一度だけ立ち食いそばのお店に行ったことがあります。

もしよろしければ、今日はその思い出話を聞いてください。

 

*立ち食いそばとわたし

私は東京に住む前に横浜に住んでいました。

横浜駅から電車で10分くらいの所に住んでいたので、よく駅周辺で遊んでいたのを思い出します。

その頃、どうしても目がいくものがありました。

それは横浜駅西口方面にある、大賑わいの立ち食い蕎麦屋さん。

当時の話になりますが年中とても活気があって、お客さんでいっぱいでした。

(調べた所現在もお店はあるようなので、きっと今でも人気なのだと思います。)

おそばのだしの匂いがあたりにふわっと漂って、通るたびに食べてみたいなと背伸びしてお店を覗き込むのですが、男性、男性、男性、の人だかり。

私が見たときは私の父くらいの男性が多くてなんだか少し入りにくかったのです。

私は初めての人とお話する時、緊張して声が小さくなる時があるので(おそばください)と脳内で直接話しかけることになっては、リズミカルなお店の運営にご迷惑をかけてしまうだろうなあとも思いとても勇気が出ませんでした。

けれどいつも美味しそうなだけではなくて、なんだかとても風情のある佇まいで「立ち食いそばをいただく」ということにとても憧れてしまいました。

特に寒い冬の日は、おそらく暖まるためにそこに立ち寄ってものの数分で「ごちそうさま」とすぐに去っていく人が何度も何度も通り過ぎて白い息をはきだす様に見惚れました。かきあげやコロッケなどもあって、コロッケはどのタイミングでいただくのだろうとお作法に思いを馳せたりしました。

水に飛び込むように何度も「えい」と挑戦しようと思ったのですが、どうしても場違いな気がして勇気がでませんでした。

 

*チャンス

東京に引っ越した時、私はアルバイトを始めました。

大人数の職場でしたのでそこで、様々な方とお話する機会に恵まれました。

小中高と浮けるだけ浮いてきた!という私にははじめての人の中で会話しているという感覚をいただき、今でもありがたく思っています。

そんな中私の誕生日に何かあげたいのだけど何がいい?と聞かれることがありました。

最初はお気持ちだけいただこうと思っていたのですが、ふとその方が出勤前に駅にある立ち食い蕎麦によく行く、と言っていたことを思い出したのです。

「立ち食いのおそばを食べてみたいので連れて行って欲しい。」

しかし、これには少し難色が示されました。

せっかくの誕生日なのだからもっとそれらしい所に行きましょうと言われたのです。

私は横浜ではどうしても入れなかったあの世界に今度こそ飛び込んでみたかったので、立ち食いそばがいいと再度お願いしました。

当日お店がある駅まで一緒にいく時も、その方はとても悩んでいました。

一応私の気が変わっても良いように、誕生日のためのお料理があるお店を調べてきたからというお話をしながら歩き始めます。

駅へと続く大きな横断歩道を渡りながら、胸がどきどきしました。

どうしよう、気が変わってしまったのかな?

その人からすればよく食べるものだから休日に敢えていただきたくないかもしれないですよね。我侭だったかもしれないな・・・とかでも食べてみたいな・・・とかあれこれ思考を巡らせました。

すると杖と揺れるように歩くおじいさんと信号待ちで隣になりました。

その方は杖をつく、というより杖につかまっているように見えます。

横にいながら、転ばないかしら・・・と心配してしまうほどプルプルしてました。

信号が青になって、おじいさんはゆっくり進んでいきます。
当然追い抜かすことになるのですが渡ったところにある立ち食いのおそば屋さんの前で、連れて行ってくれた方が立ち止まってしまいました。

「やっぱり、今日は誕生日なのにここじゃいけない気がする。」
と言うのです。

お店を貶める意味ではなくてやっぱり女の子の誕生日だし・・・と言うのです。

「でも、秋田こまちのおにぎりもあるようだし・・・。」

と私も意味不明な推しポイントで食い下がりましたが、お相手は更に困った顔をしてしまいます。

何か、何か気が変わるような立ち食いそばと誕生日がいい感じにリンクする推しの一言はないだろうかと必死で考えていると、先ほどのおじいさんが今まさにお店に入ろうとよろよろと戸に手をかけています。私はチャンスの一閃が輝くのを見ました。ピカッ。

「あ、開けますよ。」

私はとっさに引き戸に手をかけて(自動ドアではありませんでした)、どさくさで一緒にお店に入ってしまいました。

お店の中には数人のお客さんがいましたが空いているであろう時間を狙ったので、
席には余裕がありました。

「ちょっと。円野さん!」と職場の方も慌てて入ってきてくださいました。

すこし強引でしたが、大きなお鍋でぐつぐつと麺を茹で、流れるようにおそばを提供する、そんな光景がすぐに目に入ってちょっと感動してしまいました。

業務用の、たくさんの人に振舞われることを想定して作られた食器ってなんだか見ていてとてもワクワクしてしまうのです。

 

*はじめての立ち食いそば

私は自分の声が小さくて聞こえなかったらどうしようと前日に何度も練習をして臨んだのですが、そのお蕎麦やさんは食券を購入してそれをカウンターに出し、お蕎麦と引き換えていただくシステムでした。

ホッと一息ついて、お財布からお金を出そうとしていましたら、先ほどのおじいさんがまたふるふると震えながら着席しました。

なんだか転んでしまったらどうしようと、ついつい気になってしまうのです。

おじいさんは食券機には目もくれずお金をちゃりんちゃりんとカウンターに置きます。

震える手で少し高い位置から落とすように支払ったので硬貨がぶつかりあう音が店内に響きました。「わかめうどんね。」と店員さんがおじいさんに声をかけると頷いておられました。

わかめうどんかあ・・・いいなと思っているとお客さんの一人(中年くらいの方)がすっと顔をあげておじいさんの方へ向かって

「じいさん、食券を買えよ。」
といいました。

お店の人がもうお金を数えているところだったので私はびっくりしてしまいました。

「食券機があるだろう。」

その人は手を振りかぶるように機械を指差して、更に続けます。
私はまるで自分が言われたような気持ちになって胸がどきどきしてしまい、先ほど幾つか思いついた立ち食いそばに入るための営業文句が吹っ飛んでしまいました。

その後の言葉はよく聞こえない部分もあったのですが、その方は概ね以下のようなことを不満に思っていたようです。

・本来、追加でトッピング(天ぷらやコロッケなどを追加すること)をするために別の食券を購入する必要がある。つまりおじいさんは計二枚の食券が必要だったのに買わなかった。それをやらないということはお店に手間をかけるしお金っていうのは衛生的によくないからテーブルに置くのは迷惑だ。

そのような事を怒鳴る、というような口調ではなかったですが、厳しく伝えていらっしゃいました。ちょっとだけ絡むような声にも聞こえました。

お客さんはもとよりみなさん無言だったのですが、そのことがあって空気がピンと緊張し始めたのを感じます。私達も頼むのを忘れて固まってしまいました。

「あー・・・あー・・・。」

おじいさんは何か言おうとしているようなのですが声がうまく出ないのか、言葉がでないのか擦れた声が店内に響きました。

お店には接客をする常にカウンターにいるおばさん(わかめうどんねと声をかけた方)と、お蕎麦を茹でることがメインのおじさんが少し奥の調理場にいらしたのですがおじいさんが声を絞りだしてすぐに店主と思われるおじさんがカウンターに出てきました。

そして先ほどおじいさんを注意したお客さんの前に立ってこう言いました。

「この人は毎日これなんで、これでお願いします。」

それはきっぱりとした声でした。そして言い終えたあと帽子をとって深く頭を下げました。言われたほうはやはり、それにはすこし姿勢を緩めていき、困った声で答えました。

「でもよ、俺も言いたくないけど。ルールだからよぉ。他のお客さんと一緒にしてくれないと。」
そう伝えたあとおじいさんをまた見つめます。

「じいさん自分じゃできねーんだから今度からは誰かに連れて来てもらえ?な?」

今度は先ほどよりトーンを落として、子供に言い聞かせるように呼びかけました。

おじいさんは困ったようにカウンターにまだあるお金をしまい始めました。

安定しない手で焦って拾おうとする上、10円がたくさん混ざっていたようでつぎつぎ落としてしまって店内にまた、高い音がいくつも響きました。

チャリンリンリーン。

拾って差し上げようと私がかかんでいる時頭上から先ほどより大きな声がしました。

「ご心配かけて申し訳ありません。でもこの人はね、ずっとこれでウチに通ってくださってるんでウチはもうわかってますんで、ウチはね、大丈夫です。大丈夫なんです。

店主のおじさんの、先ほど以上にきっぱりとした声でした。

私はお金を拾いながら、お店とおじいさんの関係を思いました。

お客さんは

「あ、そう。ふーん。まあ、いいけどね。」

とポソッと言って、すぐにお店を出て行きました。

おじさんは奥に戻る前に
「すいませんね。お待たせして。すぐに作りますから。」
とおじいさんと私達に頭を下げました。

おばさんのほうは店主のおじさんの剣幕に驚いたようで、おじいさんの手をギュッと握って「やだよお、ごめんなさいね。うちの人、声大きくて怖かったね。」と言って、おじいさんの手を拭いてあげていました。

お蕎麦が出てくるまでずーっとおじいさんの手をさすりながら何かを話しかけていました。

「ちゃんと食べてる?」みたいなこととか。
おじいさんは子供のように、うん、うんと頷いたりいやいやと首を振って答えていました。

私はおとなしくおそばとおにぎりを食べて、立ち食いのお蕎麦のお店に来れてよかったな、と思いました。人情というものを感じました。

お店を思って注意したであろうお客さんが少しかわいそうだけど、なんだかこれはこれでおさまるところにおさまったような気持ちになりました。

そして立ちながらふうふう食べるおそばはとてもおいしかったです。

 

でも、騒動のあとお蕎麦が到着した際におじいさんが擦れた声で

 


「ぬるいわ」

 

って言ったことが一番強烈でした。

 

もっもっ・・・文句いってる―――!!

そのあまりの笑撃テロの前に私はなすすべもなく、ゴブッと噴出してしまい「すいませんティッシュください」と注文のために練習していた大声をだすはめになったのでした・・・。

みなさんも是非、行ってみたいなと思う飲食店には勇気をだして飛び込んでみてくださいね。思わぬ物語に出会うかもしれません。

それではまた、お便りいたします。

 

円野まど

 

追伸 自己紹介を加筆しました。主に私の性意識についてですね。ちょっと変わった暮らしをしていると思われる方も、一緒だなと思われる方もいらっしゃると思います。

私は価値観を人に押し付けたりする気はないので、どうかそれぞれの価値観で、普通にみなさんと仲良くできたらと思います(*´∀`*)