「選手生活を終える決断」
みなさん、こんにちは浅田真央です。お集まりいただき本当にありがとうございます。2日前にホームページで発表しましたが、あらためてご報告いたします。
私、浅田真央は選手生活を終える決断をしました。長い選手生活でしたが、たくさん山がありました。でも、たくさんの山を乗り越えられたのも支えくださった皆様や、たくさんのファンの方の応援があったからだと思います。
きょうは感謝の気持ちを皆さんにお伝えできればと思いこのような場を設けさせていただきました。本日はよろしくお願いいたします。
「最後の全日本選手権で、もういいんじゃないかなと」
きょうこの場に入った時に、沢山の方がいらしてくれてびっくりしたのですが、おちついてきました。
発表してからはたくさんの方が連絡をくれたのですが、みなさんお疲れ様と声をかけてくれたので、選手生活が終わるんだなと言う気持ちになりました。
少し前ですが、家族や友達に報告しました。みんなお疲れさま、よくがんばったねと言ってくれました。
私は復帰してからいい形でスタートできたのですが、練習をするにつれて、試合に出るにつれて、いまのスケート界はすごいので私自身付いていけるのかなと思ったり、復帰前より辛いことが増えました。1シーズンは乗りきれたんですが、なんとかなんとかがんばろうとやってきました。最後の全日本選手権で、もういいんじゃないかなという風に思いました。
自分が復帰してからずっと掲げてきたピョンチャン五輪を目指していたので、言ってしまったこととの葛藤はありました。
本当に全日本が終わってすべて結果が出た時にもう終わったんだなと思いました。日が経つにつれて自分が言ったことは最後までやり通してきたので、ここまで伸びてしまいました。
ソチ五輪が終わってから最高の形で終わったのですが、気持ちとしてもまだまだやれると思ったので復帰しました。挑戦してみて、気持ちも体も自分の気力ももう全部出し切ったので、挑戦して何も悔いはないです。
最後になるのかなと言うのはソチのあと程ではなかったですが、自分らしかったかなと思います。
「辛いと思ったことはありません」
ーースケートを始めた時を覚えている?
ヘルメットをかぶってスキーウエアを着てひじあてをしていたのは写真が残っているので覚えています。
ーー辛かったのは?
そんなになくて、この道を選んだのも自分ですし、自分で臨んだ道なので、つらいと思ったことはありません。
バンクーバーは19歳だったんですが、10台で若くて、気が強くて、気持ちだけで乗り越えてきたなと言う感じがします。
ソチオリンピックはショートが残念な結果だったので、すごくつらい仕事だったのですが、フリーで最高の演技を終えることができたので、そういう気持ちからバンクーバーからソチへの4年間を4分間の演技に注ぎ込めたと思います。
今後の人生においてもいい経験や思い出だったと思います。
ーー印象に残っている大会?
2回世界選手権で金メダルを取った時はすべてオリンピックの後だったので、オリンピックの口惜しさを貼らせた大会だったと思うのですが、最後の世界選手権が最後と思って臨んだので、スケート人生をすべてプログラムにぶつけた試合だったので、最後の世界選手権が一番思い出が強い試合でした。
ーー一番思い出に残っている演技?
難しいですね。ひとつというのは難しくて。やっぱり、ソチのフリーかなと思います。気持ちがすごい今までの試合以上にちょっと落ち込んでいたり辛かったりした部分もあるのですが、あれだけの演技ができたことが、それがソチ五輪だったことが一番よかったのかなと思います。
ーー山田コーチについて
マチコ先生は、小さい時に始動を受けていたのですがスケートの楽しさや挑戦する楽しさを教えてくれました。スケートだけじゃなくて色々なことを教えてくれた先生です。
ーー佐藤コーチについて
佐藤コーチは大人になってから指導を受けたのですが、自分の意思も強いので、先生といろいろ話し合いをする機会も多くて、自分の話をしっかり聞いてくれて、静かに見守ってくれる先生でした。
ソチ五輪のシーズンで世界選手権を終えて、自分が選手を終えていたら自分もまだできていたんじゃないかなと思っていたと思います。自分でチャレンジして出した結果なので、今は何もやり残したことはないので、そういう意味でもう一度チャレンジすることができて良かったなと思います。
「フィギュアは人生かな」
ーー今後?
まずもうすぐ夏にあるのがアイスショーなので、そこでまた選手生活を終えて皆さんの前で滑るので、いい演技を目指してがんばりたいなと思います。
今までスケートにお世話になりました。どんな形でもフィギュアに恩返しができる活動はしたいなと思います。
ーー具体的なのはこれから?
はい、そうです。
引退された大先輩の方をはじめ、私も引退をすることになったのですが、スケート界を引っ張ってこれたかなと思います。若い選手がどんどん出てきているので、若いパワーでフィギュア界を引っ張っていってほしいと思います。
ーーフィギュアはどんな存在?
存在…うーん、どんな存在ですかね。難しいですけど。一言でいうと、人生かなと思います。
ーーいま自分をほめたい部分は?
私結構あきてしまうことが多いんですけど、はまってしまったらそれにはまってしまうんですが、すぐに飽きちゃう性格で、スケートは5歳から続けて来られたので、長い間すごいね、続けてきたねと言いたいです。
私のすべてがスケート中心の生活だったので、本当に私の人生です。
ーーファンへメッセージを。
たくさんのファンの方が応援してくださって、長い間よいときも悪い時も応援してくださったので、それがすごく励みになりましたしパワーになりました。ありがとうございました。
ーーアスリートなら迎える引退の日。イメージと比べてどう?
発表するまで自分の中で実感はなかったのですが、ここに座って、今までを振り返りながらしゃべっていると、引退するんだなと言う気持ちはわいてきますね。
ーーさみしい?ほっとしている?
気持ちは晴れやかな気持ちです。
ーースケート靴を履かない生活。どう?
私は1月から4月までは、スケート靴をもたず滑らずにずっといました。でも7月にショーがあるのでもう滑り始めます。
ーーやり残したことは何かない?
本当に決断するにあたって本当に悩みました。やり残したことはなんだろうと思うことがなかったので、本当にすべてやりつくしたんじゃないかなと思います。
「なんでもっと簡単に跳ばせてくれないの」
ーーきょうの衣装?
黒のスーツか白かいろいろ悩んだんですが、自分の気持ちとしては晴れやかな気持ちなので、いまこれを着ています。
ーーパーフェクトにこだわったのは?
失敗はしたくないですし、練習してきているからこそ誰もがミスしたくないと思うと思うんですが、自分は試合に強い方じゃないのであえて言っていたと思います。
ーートリプルアクセル?
私は伊藤みどりさんのようなトリプルアクセルが跳びたいとずっとやってきたので、跳べた時はすごくうれしかったですし、自分の強さでもあったと思うのですが、その反面悩まされることも多かったです。
ーーもし5歳の自分にタイムスリップしたらなんて声をかける?
うーん、難しいな。がんばってって。フィギュアをやっていて、たくさんの方に応援してもらえて本当に幸せだなと思いました。大変なこともあったんですが、自分に対してエールを送ると思います。
小さい頃から本当にスケートが大好きでやってきました。いま頑張っている人は大好きな気持ちを忘れないでねと言いたいと思います。
子どもが大好きなので、以前にもスケート教室はやっていたのですが、機会があったらやりたいなと思います。
ーートリプルアクセルに声を掛けられるとしたらなんとかける?
難しい。トリプルアクセルに声を掛けたい?トリプルアクセルに声をかけるんですよね??なんでもっと簡単に跳ばせてくれないのという感じです。
ーーなぜ頑張れた?
自分の目標ですね、そして、たくさんの方に支えられて応援があったからだと思います。
ーー世界選手権で五輪の枠が3から2になるのをどう受け止めている?引退に影響は?
私はさっき自分で言っていたピョンチャンを目標にしていた自分を許せるのかなと思いながらすごしてきて、最後決めたのは2月だったので、世界選手権が影響したというわけではなくて、自分自身が決めることですし。そんな感じです。2枠になってしまったことは残念ではありますが、やはりその2枠を大勢のたくさんの選手の子たちが争うので、本当にハイレベルな試合になるんじゃないかなと思います。
ーー4月発表までの想いは?
気持ちの準備などもあり、きょうに至りました。
家族だったり友達だったり相談しました。いろんなアドバイスをくれたんですが、最終的に決めたのは自分自身なので、その中でも旅行に行ったりいろいろ今までいけなかったところに行ったりして考えながら日々を過ごしてきて決めました。
ーー一番印象的な言葉はある?
本当にこの決断をしてからは温かい言葉、メッセージを送ってくださったので、私自身本当に晴れやかな気持ちでいます。感謝の気持ちは忘れずに進んでいきたいと思います。
ーースケートが日本でブームになって強くなったことでどう力になったと思う?自分がやってきたことが続くためにどうしていきたい?
私が小さい頃と言うのは伊藤みどりさんをはじめ、素晴らしいスケーターがいました。それを見て、わたしもこうなりたいと思って目指してやってきました。ジュニアやシニアに上がってからは魅力のある選手ばかりが集まって、刺激をしあいながら切磋琢磨がんばってきました。応援してくださるメディアやファンの方もいて、フィギュアも注目されるスポーツになったのではないかなと思います。スケーターの子たちには刺激をしあいながら頑張っていただきたいなと思います。
ーー選手人生でたくさんの山があったと。ソチ大会について聞きたいが、ショートから20数時間の間でどう立ち直って、フリーの演技につなげることができた?立ち直るきっかけとなったことについて。
ショートが終わった後は日本に帰れないと辛い思いもしたのですが、フリー当日の朝も切り替わっていなくて、このままで大丈夫かなと思いながら公式練習も過ごしました。メイクをして、すごい会場で、これはやるしかないなという思いになって、ようやくその時も思いました。
最後のポーズは上を向いていたのですが、あー、終わったーと思いました。同時に良かったという思いはこみあげてきて涙がこみ上げてきました。バンクーバーの時も悔し涙を流していたので泣いてばかりじゃダメだなと笑顔にしました。
ーー前を向く姿が印象的。信念にしてきたことは?
これがしたいという目標を持ってやってきました。目標を達成するという強い気持ちを持ってずっとやってきたつもりです。
「もう一度人生があるならスケートへは行かない」
ーー違う世界に進むことは?
新たな一歩だと思っています。不安とかはなくて、前にある道を進んでいくだけだと思っているので、これからも新たな経験をして、元気に前を向いて進んでいきたいなと思います。
ープルシェンコ選手も引退したが?時期など思うことは?
プルシェンコ選手も引退されたということで、私よりも長く、本当にたくさんの記録を残してきた人です。心からお疲れ様でしたと言いたいです。
ーー何か新しいことは?
1月2月3月と時間があったので、旅行に行ったり美味しいものを食べたりすることができました。
ーーキムヨナ選手への想い。
私たちは16歳くらいから一緒にジュニアの試合やシニアの試合で一緒に出てきました。お互いにいい刺激を与えながらもらいながら、ずっとスケート界を盛り上げてきたんじゃないかなと思っています。
ーー最後の全日本に向けてどんな気持ちだった?
常にノーミス、完ぺきな演技をする、自信を持って滑ると考えていました。演技を終えて完璧はなかったですし、現役生活の最高の演技ではなかったので、悔しい気持ちあったんじゃないかなと思いますが、得点と順位が出た時にもういいのかもしれないと思いました。12歳から大会に出て一番残念な結果で終わってしまって、その結果もひとつ大きな決断に至るにあたって大きな出来事だったんじゃないかなと思います。
ーーもし戻れるならいつに戻ってどんな声をかけたい?
26年間ですもんね。難しい。本当に戻ることはないと思うので、あんまりいまパッと答えは出て来ないですね。
あと一年でピョンチャン五輪ということで、選手の方々はみんなそれぞれいろんな思いで生活していると思います。なのでエールを送りたいと思います。
ーー五輪はどんな舞台?
うーん、やはり4年に1度ですし、選手である以上、小さいころからやってきたので、メダルをとれたのは良かったですし、五輪に出ることができてよかったです。
ーー生まれ変われるならまたスケートをやる?
いまこうして何も悔いがないので、もう一度人生があるならスケートへは行かないと思います。本当にいろいろありますね。食べることが大好きなのでケーキ屋さんとかカフェとかそういうレストランだったり、そういうのをやっていたのかなと思ったりします。
ーー自分でやったことはやりとげるポリシーは誰に授かった?
やはり母かなと思います。こういう性格なのですごく頑固っていうんですかね、普段はそんなことないんですが、自分が決めたことに関しては一応頑固なつもりです。
しっかり覚えているのは小さい頃は新人発掘合宿が長野であるんですが、そこでトリプルアクセルを決めると決めて降りたというのがあります。
ーーそこが原点?
自分で言うのもあれですが、その時に目標を達成するとこんなに嬉しいんだな、また頑張りたいなと思えた時でした。
ーー結婚の予定はありますか?
ないです。相手がいれば、その方と一緒に帰れたんですけどね。
ーー愛ちゃんみたいに台湾の人と結婚は?あと台湾でのんびりどう?(質問者:台湾の通信社)
私、愛ちゃんとお友達なので、台湾でいい方がいれば紹介してほしいと思います。台湾は行ってみたい場所なので愛ちゃんに連れて行ってもらいます。
ーープロスケーターとしてどんなスケートをしたい?
一番近くにあるのはザアイスなので、エキシヴィジョンナンバーをつくります。スケート人生すべてをつぎ込めるようなプログラムを作りたいと思います。
最後に挨拶
みなさん、きょうは本当にどうもありがとうございました。発表してから2日間、あたたかい言葉をいただいて、本当に晴れやかな気持ちで引退を迎えることができました。
(涙で言葉が詰まる)
スケート人生で経験したことを忘れずに、笑顔で…前に進んでいきたいと思います。
(涙で後ろを向く)
みなさん、応援どうもありがとうございました。