執筆者(50音順)
北澤(Twitter / Facebook): 音楽性、作品解説
古川靖久(Website): テクニカルアドバイス、奏法分析
佐藤 悠(Twitter): 作品解説
Jazz Guitar Blog(Website / Twitter / Facebook): 作品解説
発言の出典や、詳しいバイオグラフィーはこちら
Contents
音楽性
カートはどこからやって来たのか
カート・ローゼンウィンケル、1970年フィラデルフィア生まれ。90年代前半、混迷を極めていたNYジャズシーンにデビュー。1994年にマーク・ターナーと結成したカルテットでジャズクラブ・スモールズを拠点に活動するうちに、現代ジャズシーンの中心的存在として浮上。00年代にリリースした作品群でダークかつ浮遊感に満ちた独自のサウンドを確立し、現在までギタリストのみならず後継に大きな影響を与えている音楽家。もし彼の紹介を手短にするとしたら、このようになるだろう。
だがそのヒロイックなキャリアとは裏腹に、カートの音楽は今日まで我々に端的な言葉で形容させてくれない。カート・ローゼンウィンケルという音楽家は、「あるミュージシャンの後継者」とか「ジャズと他の音楽を融合させたイノベーター」というような角度から言い表すことができない。確かに初期のカートのアーティキュレーションはパット・メセニー、調性感の希薄なスケールの多用はジョン・スコフィールド、エフェクターを含めた音響的アプローチはビル・フリゼールからの影響といえるかもしれない(いうまでもないが、その3人はコンテンポラリー・ジャズギターの御三家的な存在だ)。
しかし前世代のギタリストとカートのジャズに対するアプローチはほとんど真逆だ。メセニーらはビバップからジョン・コルトレーン、ハービー・ハンコック、キース・ジャレット辺りまでが築いてきたリズム/ハーモニー理論を土台に、その上にロックや南米音楽、ファンクやカントリーなどを融合させることで、今日までジャズの定義を拡張してきた。しかし一方でカートはデヴィッド・ボウイ、レディオヘッド、ミルトン・ナシメント、Qティップ、Jディラといったロックやブラジル音楽、ヒップホップの要素を取り込みながらも、『Caipi』を除きジャンル越境的な作品を作っていない。
カート・ローゼンウィンケルを読み解く作品
上段左から
Thelonious Monk Trio (1954)
Wayne Shorter – Native Dancer (1974)
Keith Jarrett – Death and the Flower (1975)
下段左から
Pat Metheny – Rejoicing (1984)
Radiohead – Kid A (2000)
J Dilla – Welcome 2 Detroit (2001)
ルーツ
それではヤコブ・ブロが「複雑なのにいつもメロディを失わない」「まるで心の底から自然に湧き出た音楽」と言ったカートの音楽性の根幹をなすものは何だろうか。いろいろな解釈があるが、私はビバップ音楽だと思う。「チャーリー・パーカーを聴かなければ、カート・ローゼンウィンケルは理解できない」と言いたいのではない。彼が聴いてきた音楽を辿っていくと、10代半ばまでにヘヴィロックやフュージョン、コンテンポラリー・ジャズギターを聴いた後に、フリージャズと後期コルトレーンに遡り、その後さらに前の時代のセロニアス・モンクやバド・パウエルを熱心に聴いていたことが分かる。メセニーたちのサウンドを個性的なものにしている要素はジャズ以外の音楽が多いのに対して、カートの場合は生まれた時にはすでに失われかけていたビバップ音楽が中心だった。
当然のことながら彼の古典研究は、ウィントン・マーサリスのようなアカデミズムとは異なる(カートの場合、バークリー音楽大学や彼を最初に起用したゲイリー・バートン・グループの方針とは、ほとんど合わなかったようだ)。カートは40~60年代に活躍したミュージシャンの中に、テクニックや正確さの追求とは異なる、いまだ解明されていない独自の表現を嗅ぎ取ったのだった。例えばジョージ・ヴァン・エプスのギターによるピアノ的なアプローチ、バド・パウエルやエルモ・ホープのハーモニック・センス、そしてカートの音作りにインスピレーションを与えたモダンジャズ時代のシンガーや管楽器のイントネーション/音色がそれだ(ゆえにカートのヴォイスとギターは「歌と声」以上のレベルでブレンドする)。
もちろん、カート以前のギタリストも過去のジャズから多くを学んでいる。だが作曲の面でも、彼ほどビバップ音楽を追求した音楽家はあまりいないはずだ。特に注目したいのがセロニアス・モンクとウェイン・ショーターである。シンプルかつ抽象的なテーマ、先の読めない奇妙なコード進行はモンクから受け継いだものであり、夜を想起させるミステリアスなハーモニーや、ブラジル音楽への傾倒はウェイン・ショーターからの影響を感じさせる(また、カートは8小節単位ではない変則的な小節数の楽曲を多く書いているが、これもモンクやショーターと共通している)。彼はよく「オーガニック(有機的なもの)とシンセティック(人工的なもの)の融合を追求している」と言っているが、その「オーガニック」なものの源泉は、このあたりにある。
とはいえジャズ以外の音楽がカートにとって非本質的なものというわけではない。ブラジル音楽を下敷きにした楽曲は『The Enemies of Energy』の”Dream of the Old”、未発表作『Under It All』の”Portuguese”、『The Remedy』のタイトル曲や”Terra Nova”など『Caipi』以前にいくつも見られる。また『The Enemies~』の”Grant”や『Star of Jupiter』の全編はジャズロック/フュージョン愛に溢れたものだし、『Under It All』のタイトル曲はシンプルなロックのリズムと弾き語りのように演奏するギターがフォーク系のシンガー・ソングライター(以下SSW)を彷彿とさせる。そしてヒップホップの要素は、『Heartcore』のブレイクビーツやサンプリングの構築方法、『Reflections』収録曲”Fall”のリズムアレンジなどがあげられる(後者はエリック・ハーランドが遊び半分でQティップ”Vibrand Thing”のビートを叩き始めたことがきっかけらしい)。
プレ『Caipi』ともいえる『Under It All』の”Portuguese”
創作姿勢
ここからはアルバムを年代順に紹介していくが、その前に前提にしたいことが二つある。
一つ目はジャズの世界では時系列でアルバム紹介をするとインプロヴィゼーションを中心に語ることが多いが、カートの場合は逆に作曲にフォーカスした方がキャリアを俯瞰しやすいということ。というのもあのリズム・デベロップメントもハーモニー・センスも、ジャズの革新のためなどではなく、全て頭の中で鳴っている音楽を具現化するために開発されたからだ(カートに言わせると、曲は技術的な力量を超えたレベルでいつも生まれてしまい、その後自分で自分の曲を演奏するために色々と研究するらしい)。演奏家としての視点だけでカート作品を聴いていくことは、彼の本質を見誤る危険性があるとすらいえるだろう。
二つ目の前提はアルバム作りに関して。彼はある作品で頭の中の音楽を具現化してしまうと、次の作品で更にその発展版を作るということはあまりしない。確かに、13年間活動したマーク・ターナーとのバンドをはじめ、レギュラーグループは存在する。だが多くの場合、作品リリース後はこれまでの取り組みをリフレッシュし、反動のように前作とはまったく異なるアプローチのアルバムを作ることが多い。しかも一作一作の変化が徹底的なため、ある作品とある作品の過渡作というものが存在しない。ゆえに突然ヒップホップのプロデューサーと多重録音アルバムを出したり、突然スタンダード集を出したりと、はたから見ると何を考えているのか分からなくなる。しかしカートの変化はただの気まぐれではなく、作品を積み重ねるごとに音楽性の深化をともなう着実なものだ。こうした姿勢はウェイン・ショーターと共通している。
90年代作品
前提への言及が長くなってしまったが、それでは彼の作品紹介に移りたい。メジャーデビュー前の90年代には、カートは『East Coast Love Affair』(1996)、『Intuit 』(1999)という2枚のスタンダード集と、『The Enemies of Energy』(1996)、『Under It All』(90年代後半)というオリジナル作品をレコーディングしている(ただし『Under It All』は今日までお蔵入りの状態が続く)。
前者のスタンダード集は以降のカートの演奏の萌芽が多く含まれている点で、今もなお聴く価値のある作品だ。ハーモニー面では飛び道具的にアウトせず、調性の内と外を縫うような極めて洗練されたラインをすでにこの時から実践している。またリズム面では『East Coast…』の”All or Nothing at All”(04:36~)や『Intuit 』の”How Deep Is the Ocean?”(02:05~)は同じリズム・モチーフを変則的な譜割りでポリリズム的に繰り返すフレーズ、『East Coast…』の”Lazy Bird”(00:52~)は単音ラインと和音のボイシングを組み合わせたジャズピアノ的なアプローチをしている。これらはどれもカートを特徴づけるプレイだ(彼がマーク・ターナーを起用した理由も、この辺りのリズム/ハーモニー解釈に共通点があるからだろう)。
次に後者のオリジナル・アルバム2枚に目を移してみよう。00年代のスタイルに通じるナンバーも収録されているが、この2枚を特別なものにしているのはインプロヴィゼーションが中心ではないトータルサウンド型の楽曲である。『The Enemies…』では”Number Ten”から”Dream of the Old”あたりまでの中盤、『Under It All』ではタイトル曲や”Aurora (Figures)”以降の後半に収録されているブラジル音楽やロック風の曲がそれだ。カートはこの2枚を作った当時レベッカ・マーティンとジェシ・ハリスのフォーク・ユニット、ワンスブルーに在籍していたが、こうした楽曲はハリスのような90年代グリニッジ・ヴィレッジのソングライターと交流する中で育まれたものではないだろうか。『The Enemies…』のタイトル曲は自作の詩に曲をつけた作品だが、こうした手法はジャズミュージシャンというよりもSSWの作曲法に近いし、一時期は自ら歌うバンドも率いていたらしい。
00年代作品
だがカートは『Under It All』録音後、ギターでの作曲にマンネリを感じ今までと同じ曲を作ろうとはしなかった。そこで試したことがギターの変則チューニング(※)だった。これによって、今までのポジショニングやフィンガリングを強制的に使えなくし、手癖やルーティーンワークに囚われないで新しい響きを一から構築していった。その過程で生み出したのが、”Zhivago”や”A Shifting Design”、”Use of Light”、”A Life Unfolds”のようなダークかつ内省的な楽曲である。これらのトラックを収録した『The Next Step』では、レベッカ・マーティンが「まるでスタジオに幽霊がいるみたい」「ほかとは代えがたい、独特の雰囲気」と表現し、今日我々が「カート的」だと認識しているあのサウンドが確立される。他の楽曲もカートが研究した作曲家(モンク、ショーター、コルトレーンやクラシック音楽家)の要素を昇華し、彼ならではのオリジナルに高めている。
(※)一般的に変則チューニングは次のような目的で用いられる。①開放弦を使いやすくするため、②音域を拡大するため、③コードを押さえやすくするため、④独特な響きを生み出すためなど。カートは『Next Step』以降では、変則チューニングを演奏よりも作曲を中心に使っている。
00年代カート・ローゼンウィンケルの代表曲”Zhivago”
次の作品『Heartcore』も、これまでのルーティーンワークから逃れようとしたことが創作のきっかけだった。ピアノやギターでの作曲に閉塞感を抱いたカートは、当時知り合ったばかりのQティップにドラムサンプルの提供をしてもらいながら、ハードディスク上での作曲をスタートさせる。カートはこの作品を作っていた当時のインスピレーションの源泉として、Jディラとレディオヘッド(特に『Kid A』)を挙げている。確かに『Heartcore』は、生ドラムのサンプリングや加工、生ドラムとドラムサンプルのミックスという点でJディラの影響を感じさせるし、誇大妄想と幻覚が渦巻くような音世界はレディオヘッド的と言っていいだろう。さらに深読みすることを許してもらえるならば、カートとQティップはトム・ヨークやJディラと同じ1970年前後に生まれたX世代だということに注目したい。つまり、このアルバムはカートとQティップがタッグを組んで、同じX世代を代表するクリエイターの向こうを張った作品、という聴き方もできるのだ。
『Heartcore』の録音後、しばらくカートは再びアコースティック路線に回帰する。ハードディスク・レコーディングの経験によって、生演奏もまた新鮮なフィーリングで取り組めるようになったという。『Deep Song』、『Remedy』、『Reflections』はメンバーも音楽性も違い一見バラバラに見えるが、「ポスト『Heartcore』」という点ではひとまとまりのセットになっている。ビリー・ホリデイやソニー・ロリンズ、オーネット・コールマンなどが持っていた歌心を意識して既成曲を再解釈した『Deep Song』、ターナーとのグループの集大成かつ21世紀のライブ盤の最高傑作の一つ『Remedy』、ジャズ・スタンダード、特にモンクとショーターのナンバーを中心に演奏した『Reflections』……。これらの作品のギター演奏は、『The Next Step』辺りまであった先鋭的なリズムアプローチに伴う生硬さを完全に克服し、天衣無縫の域まで高めている。おそらく未来の歴史家が彼の評伝を作るとしたら、この辺りまでがカート・ローゼンウィンケルの「第一章」という見出しをつけることになるだろう。
ここで『Reflections』までの20年弱のキャリアで、カートはジャズシーンに何を残したのかもう少し考えてみたい。上で述べたリズム/ハーモニー面での革新や作曲法、アルバムの制作方法はもちろんのこと、それ以上に重要なことは「ジャズをより個人主義的な音楽にした」という点ではないだろうか。カート・ローゼンウィンケルのデビューから現在までの活動は、「偉大な過去の遺産を継承しなければいけない」とか「ジャズの定義を拡大させなければいけない」というようなイデオロギーとは無縁だ。権威や流行にとらわれず伝統や同時代音楽の中から、本当にパーソナルな響きを発見し吸収していく態度は、ブラッド・メルドーやマーク・ターナーのような同世代やアーロン・パークスやロバート・グラスパーのような後輩のミュージシャンを感化したはずだ(そのスタンスは、カートに多方面で影響を与えながらも、20世紀ジャズシーンでは常に孤立した存在だったキース・ジャレットと共通している)。
10年代作品
ターナーとのグループの解散後、カートは『Reflections』と同じスタンダード・トリオや、ピアノにアーロン・パークスを迎えたギター・カルテット、『Our Secret World』のようなビッグバンドとの共演と活動を多角化させていく。しかし、カート第二章の芽は意外なところから吹き出した。その頃から彼は曲ができると自宅のスタジオで多重録音をして、次々とデモテープを作っていくようになるが、ある日どの曲も共通のフィーリングを持っていることに気付く。その中のうち、ロック寄りの曲はプログレッシブ・ロックやジャズ・フュージョン的なサウンドを取り入れた『Star of Jupiter』につながり、ブラジル音楽寄りの曲は『Heartcore』以来の多重録音作品『Caipi』として結実する。この2つの作品はテーマこそ異なっているが、00年代以降は展開させていなかった『The Enemies of Energy』/『Under It All』的な音楽性が、10年以上の時をおいて復活したアルバムと言えるだろう。00年代に録音した『The Next Step』~『Reflections』の影響力が余りにも大きいため、我々はこの頃のカートこそが彼の本質だと考えがちだ。しかし「処女作にはその作家の全ての要素が含まれている」という格言に従えば、我々はまだカートの全体像の半分程度しか知らないことになる(録音日的には『The Enemies…』よりもスタンダード集『East Coast Love Affair』の方がわずかに早いが)。残り半分はこれから展開されるに違いないし、その全体像が明らかになった時、この記事も再び書き直すことになるだろう。
主なサイドワーク
(上段左から)
Chris Cheek – Vine (2000)
Mark Turner – Dharma Days (2001)
Rebecca Martin – Middlehope (2002)
(下段左から)
Human Feel – Galore (2007)
Brian Blade – Season of Changes (2008)
Q-Tip – Kamaal the Abstract (2009)
カート・ローゼンウィンケルの名盤
Track Listing: ①The Enemies of Energy ②Grant ③Cubism ④Number Ten ⑤The Polish Song ⑥Point of View ⑦Christmas Song ⑧Dream of the Old ⑨Synthetics ⑩Hope and Fear
ビバップやジャズロックのノリと、現代的なリズムやコード進行をあわせ持ったナンバーが並ぶ前半/後半(①~③と⑨、⑩)に、ギタリストというよりもソングライターとしての感性を打ち出したトータルサウンド型の楽曲(④~⑧)が挟まれている作品。
前半/後半は徐々に加熱していくように調性が移り変わるメロディーが印象的な①、12キーを循環する③、8分音符、16分音符主体のビバップ的なラインをコンテンポラリーな音選びで演奏する⑨、⑩が印象的。一方中盤はファルセット・ボイスがミルトン・ナシメントを感じさせる④、⑤や、ロック/ブラジル系のSSWによって書かれたような⑦と⑧が流れるようにパノラマを描く。この時カート・ローゼンウィンケル26歳。これ以降の音楽性がほとんど全て含まれる若き日の肖像。(北澤)
Track Listing: ①Zhivago ②Minor Blues ③A Shifting Design ④Path of the Heart ⑤Filters ⑥Use of Light ⑦The Next Step ⑧A Life Unfolds
『The Enemies of Energy』で発揮した高い作曲能力と、スタンダード集で見せた先鋭的なギターアプローチが統合したアルバム。この作品からダークかつシニカルで、夜の未来都市を漂流するような00年代カート・サウンドが確立される(その響きは変則チューニングをしたギターで作曲した①、③、⑥、⑧で特に顕著だ)。
前半①~③のファスト/ミディアムテンポの曲は、カートとターナーが幾何学的なメロディを情感豊かに歌う作品の導入にふさわしい内容。カートの演奏はメロディラインのみならず、伴奏も素晴らしい。自身のフレーズとフレーズの間に挟みこむ低音や、ターナーのソロにおける流れるようなコンピングは、ジャズピアノやアンサンブル・ミュージックの深い理解が伺える。上記の曲以外では④、⑥、⑧のような妖しく光り輝くバラード曲が聴きどころ。特に”Use of Light”は黄泉の国をイメージさせるサウンドの中で、ターナーがオペラ歌手のように高らかに歌うアルバム後半のハイライトだ。コンテンポラリー・ビバップと言うべきダークで地下室的な色彩は、これ以降の現代ジャズシーンの指標になった。(北澤)
Track Listing: ①Heartcore ②Blue Line ③All the Way to Rajasthan ④Your Vision ⑤Interlude ⑥Our Secret World ⑦Dream/Memory? ⑧Love in the Modern World ⑨Dcba//>> ⑩Thought About You ⑪Tone Poem
共同プロデュースにア・トライブ・コールド・クエストのQティップを迎え、自身の手によるギター、キーボード、ドラム、プログラミングにゲストの演奏を加え、録音と編集のプロセスを繰り返して完成された作品。ヒップホップの意匠ではなく、その構造を取り入れているのが特徴的だ。⑪の演奏をサンプリングし、再構築して作られた③での、ギターとシンセによる多層的なサウンドにさらにギターが重なる瞬間の響きの過剰さからは、複数の音源から抜かれたサンプルを重ねてサウンドを構築するヒップホップの方法論が浮かび上がる。「ジャズのセオリーに依らないハーモニーを作りだせると思った」という当時のカートの発言はこの辺りのことを指しているのではないかと思う。
生楽器の響きとエレクトロニックな質感の間を行くサウンドも独創的だ。①で打ち込みに近い質感が次第に肉体性を帯びていく不思議な感覚は今聴いても新鮮。作品を通してギターとシンセを重ねた響きが印象的で、それはイーサン・アイヴァーソンがシンセを弾くセッション的な⑥でも変わらない。「オーガニックとシンセティックなサウンドの融合」を目指したというカートの発言が頷ける。
カート自身が機材を駆使して織り上げたオーケストレーションにも注目したい。東洋的な雰囲気の④や、サイケで内省的な⑦、インド音楽のような⑩では、ディープな世界観で聴き手を遠くまで連れていく。ブレイクビーツとシンセで構築した交響曲のような⑧の独自性にも触れておきたい。2003年にリリースされたこの作品で展開された様々なアイデアが2017年の今も全く色褪せていないことに驚かされる。『Caipi』に至る道筋を振り返る上でも重要な作品だ。(佐藤)
Track Listing: ①The Cloister ②Brooklyn Sometimes ③The Cross ④If I Should Lose You ⑤Synthetics ⑥Use of Light ⑦Cake ⑧Deep Song ⑨Gesture ⑩The Next Step
ヴァーヴ・レーベルがカートをプッシュするために企画したアルバムで、彼の中では珍しいプロデュース先行型作品といえる。ブラッド・メルドーやジョシュア・レッドマンら有名ミュージシャンを起用して、③、⑦、⑨以外は未発表作品『Under It All』含む過去作の再録かスタンダード曲になっている。では耳障りが良いだけの作品かというとこれが全く逆で、聴けば聴くほど味わい深くなる隠れた名盤だ。今回のテーマである「歌」をスタジオでもかなり意識したのか、フレーズを弾きすぎないスペーシーな演奏が多く、青白い炎が静かに燃えるイメージが思い浮かぶ。ターナーよりもソウル色の強いジョシュア、当時ロックやポップスに接近していたメルドーのフィールもよく効いている。
メルドーがオクターブ奏法から徐々に両手の独立性が高まりスリリングな演奏をする②、カートがリズムの韻を徹底的に外し、異次元を浮遊するような⑥がとりわけ素晴らしい。テナーによる二声コーラスをバックに、思い入れたっぷりにギターを弾く⑧は、トラディショナルなジャズ・ヴォーカルへのトリビュートか。(北澤)
Track Listing
CD1: ①Chords ②The Remedy ③Flute ④A Life Unfolds
CD2: ⑤View From Moscow ⑥Terra Nova ⑦Safe Corners ⑧Myron’s World
13年に及ぶカートとターナーのコラボレーションの終着点に位置する作品。『The Next Step』から始まったコンテンポラリー路線は本作で極まり、その重厚さ、緊張感の高さから現代ジャズ・ファンの中にも拒否反応を示す人がいることも事実。だがインプロヴァイザーとしてのカートや他のメンバーがこれほどまでに純化された作品は他になく、紋切り型でないジャズが好きな人ならこの作品から現代ジャズに触れてみるのも一つの手。自分がまさにそのパターンで、現代のジャズはAORやクラブ音楽と判別できなくなったと勘違いしていた時に本作を手に取り、ギターでインパルス期コルトレーンを髣髴とさせるサウンドを響かせる人がいることに驚いたものだ。
高速6拍子で、東洋風のメロディが印象的な①から容赦のない演奏が炸裂。稲妻が降り注ぐようにギターを弾くカートや、聴き手の時間感覚を自在に操るアーロンのソロが聴きどころ。①の熱をクールダウンさせる②はショーロ風のリズムによるグルーヴミュージック。③はタイトルやメロディから東洋の横笛の響きを連想させる楽曲。アーロンとハーランドのインタープレイ、カートの挑発的な単音フレーズから徐々に輪郭が作られていくインプロヴィゼーションがたまらない。再演の④はカートの淡々と弾くコードソロによって幕を開ける、黄昏の荒野でたたずんでいると頭の中から自然と立ち昇ってきそうなサウンド。テーマ後の演奏は最早何をしても許されるという意味でカート史上最も”フリー”に接近したもの。シュプレヒコールすれすれの荒々しいテーマの⑤は本作のクライマックス。特にマーク・ターナーの演奏は彼のキャリアでも1,2を争うものだろう。余計な合いの手など入れず、超然とベースを弾き続けるジョー・マーティンの貢献も記しておきたい。⑥、⑦は間延びしてしまい少々残念だが、ターナーの楽曲⑧では全員の魅せ場が用意されグループの活動に幕が下ろされる。(北澤)
Track Listing: ①Reflections ②You Go to My Head ③Fall ④East Coast Love Affair ⑤Ask Me Now ⑥Ana Maria ⑦More Than You Know ⑧You’ve Changed
ミュージシャンがあたかも自分自身の成長を確認するために録音したかのような作品に遭遇することは珍しくない。本作はカートにとってそうした位置付けの作品であるに違いなく、『East Coast Love affair』や『Intuit』以降10年強の時を経て、再びスタンダード曲を通じて自身の変化・進化を確認する作業だったのではないか。選曲においてはデビュー作でも2曲、本作でも2曲が収録されているセロニアス・モンクへの比重に特に注目したい。ポール・モチアン・バンドでのモンク体験をさらに深化・内面化したいという欲求があったのか、モンクへのこれだけの傾倒には深い意味がありそうで非常に興味深い。
タイトルチューンでのコードワークはジャズ・ギターの歴史に刻まれるべきものと言って良いと思う。カートというとシングルラインが注目されがちだが本作における対位旋律豊かなボイシングワークは当代随一であると断言したい。これを1曲目に持ってきたところにカートの自信の程が窺える。全体的に気が滅入るようなダークさがたちこめている感があり、初聴時は本作以降のカートの方向性がまったく予測できなくなり不安な気持ちになったのを覚えているが以降のカートの大躍進は周知の通り。それが意識的な行いだったのかどうかは本人のみぞ知ることだが、本作でカートはそれまでの自分自身に一区切りを付けたのではないか。ある種の生まれ変わりの儀式のような作品。なおビバップの新解釈をテーマとしていたと思われる『Intuit』同様ほぼ全曲スタンダードなので「カート入門」という意味でも最適の1枚と言えるだろう。(Jazz Guitar Blog)
Track Listing: ①Caipi ②Kama ③Casio Vanguard ④Summer Song ⑤Chromatic B ⑥Hold On ⑦Ezra ⑧Little Dream ⑨Casio Escher ⑩Interscape ⑪Little B
Cross Review 01: カート・ローゼンウィンケル『Caipi』by 北澤、Jazz Guitar Blog、吉本秀純
まずはカートのソングライティングのセンスが、衰えるどころかより新鮮になって私たちの前に提示されたことを喜びたい。ブラジル音楽をテーマにしているとはいえ、どの曲も人を食ったようなアレンジがほどこされ、一筋縄では行かないのが彼の作品らしい。その中でも10年前から演奏していた楽曲がヴォーカル作品として生まれ変わった”Kama”や”Ezra”、疾走感のあるショーロ風リズムが気持ちいい”Casio Vanguard”、転調するメロディが沈みゆく太陽を思わせる”Little B”が特に印象に残った。
また電子楽器を多用して楽曲に人工的な質感を与えているにもかかわらず、昔どこかで聴いたような不思議な懐かしさがある点も『Caipi』の魅力だ。それは多重録音作品でありながらも、ここでのカートがバンドミュージック的なシンプルさを志向していることが理由だろう。『Heartcore』で見られたサンプリングしたフレーズを何重にも重ねるような試みは本作では控えめで、音のレイヤリングは生演奏でも再現可能なレベルに抑えられている。それが逆にこの作品のオーガニックさにつながっているのだろう。(北澤)
奏法分析
Ex-1: ポリリズム的アプローチと開放弦の効果的な使い方
【1a】5音で出来た同じ音程間隔の音列を、16分音符で弾き続けるポリリズム的アプローチ。運指的にも2,3弦を用いスラーを交えた同じピッキングパターンで、5音ごとダイアトニックに上昇させている。
【1b】3小節に渡る上昇フレーズの最高音の直後に、開放弦で突如低音を鳴らす斬新かつセンスあふれる音使い。更にもう一度高音低音と繰り返す。少し歪が掛かった音色が非常に効果的。
Ex-2: 鮮やかなコードワークとスリリングなリズムの再分割
【2a】Gbadd9のヴォイシング。元の想定コードから見ればEbm11として用いている。
【2b】2aからトップノートの除いたGbトライアドでのコードワーク。
【2c】最後の4音はビバップ的な半音装飾による解決のようにも聴こえるが、全体としてはAbコンビネーション・オブ・ディミニッシュの音列内での音使い。ポジションは頻出するfig.1を用いている。
【2d】5連符のリズムによるBb7(9 11)のアルペジオ。5連符や5音グループは彼の特徴的なリズム・フィギュアでよく用いられている。ここでは5連符2つの中が4+4+2という音のグループに分けられる。
【2e】シンプルなコンビネーション・オブ・ディミニッシュのスケール上昇フレーズ。2dでの5連符から6連符に切り替えさらにスピード感が増している。ここでもポジションはfig.1を用いている。
【2f】BマイナーメジャーセブンからBメジャーセブンに繋げた2オクターブに渡るアルペジオで、次の小節のEb7の5度に解決。想定コードのBb7をフリジアンドミナントとして響かせる効果がある。
Ex-3: センス溢れるハーモナイズ、ヴォイシング
【3a】トライアドを使ったメロディーのハーモナイズの典型例。非常にカートらしい。ジョージ・ヴァン・エプスの影響を感じさせる。ここではシンプルにダイアトニックなトアイアドを使用。
【3b】4声コードのdrop2ヴォイシングと4thヴォイシングを用いている。このような一般的なジャズギターのコード技法の中にも、7th(#11)の形の平行移動などセンスが光る。
【3c】ここでもトライアドの使用例。DbMaj7からBb7に移行していく中でコードの構成音からトライアドをチョイスしている。Ab=DbMaj9 Ddim=Bb7 Db=Bb7(#9)
【3d】ギターの低音域を効果的に使ったヴォイシング。5弦から押さえれば一般的なBb7(b9)を6弦から押さえ、5弦からのトライアドには6弦の5thを加えている。古くはケニー・バレルによく見られる使用法だが、コンテンポラリーでもカートを始め、ピーター・バーンスタイン、ベンモンダーなどの特徴的なサウンドの一部になっている。
【3e】Am69の形を押さえている。これをAメロディックマイナー・スケールと考えると、Ab7でのオルタード・スケールまたはその裏コードのD7でのリディアンb7th・スケール上のサウンドを選んでいる。
【3f】ドミナント上でアルタードテンションのメロディーのトップノートに、短二度をぶつけたヴォイシング。DbMaj7のトニック上でも、それを半音ずらして同じヴォイシングを使用。非常に効果的で特徴的な響きとなっている。