ニッポンの経営がついに、デザインを身ごもった
「KPIは捨てろ」「マーケティングで新しいものはつくれない」「経営とは文化闘争」など、次々にラディカルな言葉が飛び出した、ロフトワーク主催カンファレンス「経営 × デザイン」。
イノベーション創出の方法としての“デザイン”を鍵に、トップランナーたちが5時間に及んで語り合う“デザイン考”だ。経営者はもちろん、組織の中核となり始めた30〜40代の若きリーダーたちの滋養となることウケアイの内容、編集やディレクションを生業とし、小さな喫茶店を営む自分としても他人事ではない。そこで、本稿ではこのセッションを起点に、少々無謀な試みながら、ここ数年ずっと頭に引っかかってきた「“デザイン”とは何か?」を問い直してみたいと思う。やはり“身ごもった”からには、産み出さなくてはならない。深遠な“デザイン”の世界をひもといていこう。
拡大する“デザイン”の意味 その輪郭をピン留めする
「デザインって意匠の話でしょ?」もしあなたがそんな認識を持っているとしたら、普段どんなにオシャレなスーツでキメていようとも、残念ながらいっさいのセンスを疑われてしまうことでしょう。それくらい“デザイン”という言葉はいま、広い意味を持ち影響力の強い言葉でもあります。
「そんなこと、わかってるよ」と思ったあなた。本当に、大丈夫でしょうか? グラフィックデザイン、Webデザイン、建築デザイン、サウンドデザイン……この辺はまだいいんですが、UXデザイン、ランドスケープデザイン、コミュニケーションデザイン、スペキュラティヴ・デザイン、ハプティックデザイン……ほら、みるみる怪しくなってきませんか?
実際のところ「○○○デザイン」といった言葉は日々生み出され、その意味の広さゆえに難解さを増しています。経営にも「デザインが必要だ」と言われて久しいですが、日本ではまだデザインを起点としたイノベーションの動きはそれほど多くない。そんな時流を受けて行われた、本カンファレンス。冒頭、ロフトワーク代表・林 千晶氏は「今日は“デザイン”というフワフワした概念の輪郭をピン留めしていきたい」と語ります。MITの所長補佐やグッドデザイン賞の審査委員も務める、クリエイティブエージェンシーの代表ですら、ひとことで言い表すことはできない。現代における“デザイン”とは、それほど捉えがたいものなのです。
しかし今回は、あえてその無謀なことにチャレンジしたい。何度も言うようですが、タイトルの通り、やはり身ごもったからには、産み落とさなくてはならない。ただし、いつ・どのようにして何が産まれるかは、みなさん次第でもあるのです。
デザインが、“意匠”から“思考”へ。そして“行動を促す意思”に移り変わっている様子がわかります。たとえば、スティーブ・ジョブスは「イノベーションは誰がリーダーで、誰がフォロワーかをはっきりとさせる」と語っていますが、新しい発想を生む考え方とはいったいどんなものなのでしょうか。
イノベーションを生む“デザイン”のポイントは、見方を変えること。そして本当に活きるイノベーションを生み出すには、外部と共創できる環境を整えることがひとつの鍵であるようです。ほかに、イノベーションを起こすには、どんな切り口があるのでしょうか。
ヒントはだいぶ見えてきました。最後に今回のテーマである「経営 × デザイン」について言及していきましょう。
経営におけるデザインは、課題解決やイノベーション、また文化を生み出すきっかけとして機能するもの。これまでの日本のサービスや商品開発のフローでは、マーケティング主導で企画を決めて開発・設計、最後の仕上げでデザインが施されていました。こうした制作フローでは、どんなに優秀なデザイナーでも、イノベーションは起こせません。構想から届けるところまで一貫して、自由な発想でプロトタイピングを行いながらモノづくりを行うことが必要なんですね。
結局のところ、デザイン思考もイノベーションも、魔法の杖ではないのです。むしろ創造性を高めるために試行錯誤する過程や結果に過ぎない。だから、イノベーションを起こす土壌を整えるように、自分たちの状況や文化、リテラシーに合わせ、少しずつ組織を変えていくしかない。冒頭で書いた「いつ・どのように何が産まれるかは、みなさん次第」とは、そういう意味だったのです。
そうなると今度は、こんな問いが出てきます。
「あなたの組織は、どんな文化をつくりたいですか?」「あなたは将来、どんな人間でありたいですか?」。
“デザイン”にできることは、そんな問いの設定なのかもしれません。豊かな余白のある問いにはそれぞれの答えがあり、イノベーションは個々人の物語から生まれてくる。もう少し噛み砕けば「みんなが各々考えを巡らすことができるような、未来に対する大きな絵を描くこと」。そして、そういった「絵を描き続けること」が、“デザインの力で経営に変化を起こす”第一歩なのではないでしょうか。
こうして気づけば、初めは輪郭さえもわからなかった“デザイン”を、手元に引き寄せることができた気がします。
日々、クライアントや制作会社とチームで仕事をしている自分も、企業にとっては“外部性”として共創関係にあるといえます。また自分が営む喫茶店では日替わりでスタッフが入れ代わる体制を取っており、自然と“外部性”を取り込むことで、お客さんにおもしろがってもらえているのかもしれません。イノベーションは特別なことで、才能を持つ人にしか起こせないわけではなく、そのタネは僕やあなたの足元にも転がっている。そんなことを気付かされた“デザイン考”になりました。