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中日春秋(朝刊コラム)

中日春秋

 二十世紀前半に活躍したピアノの名手アルトゥール・シュナーベルは、自らの音楽をこう評したという

▼「私の出す音は、他のピアニストと比べ特に素晴らしいわけではない。だが、音と音とのあいだの間(ま)−その間にこそ、私の芸術は宿るのだ」

▼この人のスケートの神髄もまた、「間」にあったのではないか。しなやかな動きが生む、空間がふわっと広がるような「間」。すぐれた音楽を聴き終わった瞬間に感じるのと同種の余韻を持つ終演後の「間」。浅田真央さんは、そんな独特の「間」を持つ選手だった

▼とりわけ忘れられぬのは、ソチ五輪での「間」である。ショートプログラムで十六位と沈み、臨んだフリー。渾身(こんしん)の演技が終わった後の十五秒間、あふれる思いを噛(か)みしめるような「間」をとった後、笑顔を見せた。あれは、どんなメダルの色にも負けない美しさを湛(たた)えた静寂の時だった

▼成長の軌跡を描いた『浅田真央 さらなる高みへ』(吉田順著)によると、彼女は試合中にトリプルアクセルがうまく跳べた時、「誰かが持ち上げてくれた」という不思議な感覚を覚えたことがあったという。そんな時は「見えない力」に感謝して、心の中で「ありがとう」と言ったそうだ

▼その演技と笑顔には、見る者の心を持ち上げてくれる不思議な力があった。引退の報に接した今、言えるのは「ありがとう」のひと言だ。 

 

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