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中日春秋(朝刊コラム)

中日春秋

 今から三十年余前、ペギー葉山さんのディナーショーで“事件”が起きた。名曲「南国土佐を後にして」を歌い終わった直後、観客席から老紳士が突然、ステージに駆け上がって来たのだ

▼その男性はペギーさんの手をしっかりと握りしめ、目に涙をためつつ、こう語り始めたという。「戦争のさ中、敵の弾に当たって倒れた戦友が僕の腕の中でしきりにつぶやいたんです」

▼「そいつは高知の出身でね。よさこい、よさこいと、歌いながら彼は僕の腕の中で死んでいきました」「どうか、僕の戦友のためにもう一度あの歌を歌って下さいませんか」。ペギーさんが夫・根上淳さんとの共著『代々木上原めおと坂』に書きとめた逸話だ

▼この名曲の原曲は、戦中に高知出身の兵士が故郷への思いを込めて口ずさんだ歌。ジャズ歌手だったペギーさんが最初は、「こんなのは、歌えない」と断った曲だった。だが、戦争の悲しい思い出が染み込んだ歌は、あの澄んだ声で歌われることで、新たな生命を吹き込まれたのだろう

▼「私の分身」。ペギーさんはこの名曲をそう呼んでいたが、それでもコンサート中に頭が真っ白になり、歌詞が出てこなくなったことがあったという。そこで、ペギーさんはあわてず、客席に向かって両手を広げ、「さあ皆さま、ご一緒に!」

▼そんな「みんなの歌」をのこし、ペギーさんは八十三歳で逝った。

 

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