ブラジルで具体的に発覚していたのは、肉に水を含ませて重さを偽る「かさ増し」、消費期限表示を書き換えるなどの詐欺。具体的な健康被害はいまのところ報告されていないが、ブラジル産肉の安全性に対する懸念が世界的に広がっている。
英国クイーンズ大学教授で「グローバル食の安全研究所」創設者のクリストファー・エリオット氏が語る。
「ブラジルでは以前からラベルが七面鳥のソーセージとなっているのに、原料に鶏肉と大豆が使われていたり、消費期限切れの肉に発がん性物質と見なされている酸を加えてごまかしたりする事例がありました。
今回の不正も当局は以前から認識していたようですが、強力な犯罪組織が関わっていたため、なかなか摘発できなかったのです」
厚生労働省によると、平成27年度のブラジルからの食肉、食肉製品の輸入実績は43万7000tで、このうち96%が冷凍鶏肉。43万tといえば、日本人が消費する鶏肉の約2割に当たる。
つまり、われわれが口にする鶏肉の約5分の1が地球の裏側から冷凍されて送られてきたものなのだが、そのことを意識している日本人は少ない。食品問題に詳しいジャーナリスト吾妻博勝氏が語る。
「中国からの輸入鶏肉は唐揚げやナゲットなど加工されたものに限られていますが、ブラジル産は生のまま冷凍され輸入されています。ですから、チェーン店の親子丼、全国の給食、弁当屋、イタリア料理店やフランス料理店などあらゆる外食産業で使用されている。
スープの素などにも使用されていますので、外食する限り、ブラジル産の鶏肉を口にしないでいることはほぼ不可能でしょう」
あまりに安価で、出来合いの鶏肉製品であれば「どうせ中国産だろう」と思って避けることはできる。だが、ブラジル産は解凍されれば生の食材として使用されているので、国産の鶏肉と区別するのは難しい。
それどころか悪質な業者が冷凍肉のラベルを国産と張り替えてしまえば、簡単に偽装できてしまう。ある意味で中国産よりも危険な存在なのだ。
関東で展開する焼き鳥店の店主は、「ブラジル産であることは客にふせて提供している」と語る。
「うちは全品店内で手打ちしています。中国産の冷凍焼き鳥では、不味すぎて商品になりません。串の打ち方が雑すぎて、火の通りも一定にならないし、肉質も悪い。
それでも1本100円以内で提供しなければならないので、国産は使えません。カットのしかたにもよりますが、原料費が3倍になりますからね。しかたなくブラジル産を使うのですが、大味なのは否めません。でも、お客さんは1本300円の美味しい国産ではなく、100円の安い串を求めているのです」
なぜここまでブラジル産の鶏肉が日本人の食卓に進出するようになったのだろうか?
前出の吾妻氏が語る。
「'04年の鳥インフルエンザの影響で、中国産やタイ産の生肉が使用できなくなったことが大きく影響しました。ブラジルでは鳥インフルエンザが発生しておらず、EUなど世界中の国々へ輸出しているので安全管理体制がしっかりしていると見なされ、急速に輸入量が増加したのです。
しかし、今回の件でブラジルの食肉産業に懸念の目が向けられることになった。ブラジル政府は基幹産業ともいえる畜産が打撃を受けないように、早期の輸出再開を目論むでしょうが、日本は厳格な検査を続けるべきです」
だが、ファミレスチェーンの元幹部はこう語る。
「今回、問題になった施設の肉はごく一部。日本の消費者が安くて美味しいものを求める限り、ブラジル産鶏肉を使わないという選択肢はありえません。幸い、'14年にマクドナルドのチキンナゲットが問題になったときほど、消費者は神経質にはなっていません。これからも『安価で安全な』ブラジル産を使い続ける店が多いでしょう」
他の居酒屋チェーン店主が語る。
「うちは唐揚げに照り焼き、つくねなど鶏のメニューが多い。輸入禁止が広がり、鶏肉価格が高騰すれば、新メニューを考えないといけない。在庫がなくなる前に、輸入を正常化してほしいですね」
ブラジル産鶏肉に対する消費者の警戒心が高まらないように、嵐が過ぎ去るのを待つ――それが外食産業のホンネなのだろう。だが、一度傷ついた信頼を取り戻すのは容易なことではない。