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第5話 勇者、厄介ごとはたいてい重なって訪れる。
「っ!? っ!? っ!? えっ、く、クーちゃんっ」
その瞬間、ミナリスが混乱したように周りを見回す。
「ミナリスっ、落ち着け、大丈夫か」
「ミナリスさんっ、大丈夫なのですかっ!?」
「あ、い、いえ、大丈夫、ではあると思います?」
慌てる俺とシュリアに、ミナリスは疑問符気味にそう答えた。
だが、どこをどう見ても何の影響もないようには見えなかった。ミナリスの亜麻色をしていた瞳が海のような深い青色に変わり、龍の目のようにその瞳孔が縦に割れる。
髪の色も半ばから毛先までが青白く染まり、薄く燐光を纏うように輝きを放っていた。
急いでミナリスに鑑定をかけると、状態表示の欄には【?????の同化(個体名・クー)】と表示が出ていた。
ステータスは全項目に(+???)とプラスの補正が入っているし、スキル欄には【????の加護(付与)】【能力覚醒(付与)】【創呼躁蟲(付与)】と不可思議なスキルが追加されていた。
「なんだ、こいつは……」
こんなスキルも、『同化』なんて言う状態も見たことがない。加護に至っては正しい名前すらもわからない。
しかも、どれも名前以上の詳しい効果が何一つわからない。
表示される情報は文字化けを起こしたようにすべて判別のつかない文字になっている。こんなのは、レティシアやメテリアに鑑定をかけた時ぐらいだった。
「み、ミナリスさんは大丈夫なのですっ?」
「よくわかりませんが……、クーちゃんの声が聞こえます。それに、これは……くふっ、くふふっ、ご主人様、ごめんなさい。この魔物、全部私に下さい」
「…………大丈夫、なんだな?」
鑑定で分からない以上、能力を確かめられるのは本人だけ。
本人のステータスボードで明文化されているかどうかはわからないが、試したいというのなら早いほうがいいだろう。
「えぇ、大丈夫です、でも、これ、獣人の本能を刺激するみたいで、獲物が目の前にいるとっ、もうっ、もうもうもぉおおおっ!!」
ギラりと獰猛な笑みを浮かべたミナリスが一人で魔物の群れへと突っ込んでいく。
目にもとまらぬ速さでモンスタープロントを切りつけたミナリスに、一瞬遅れて溶解液が噴き出すが、その頃には次の獲物へと剣を振るっている。
(……速いな、闘争本能の強化にステータスの上昇、獣化みたいな能力か)
闘争本能を増大させ、一時的にステータスを強化することができる獣化は、一部の獣人が覚えることのできる到達点の一つ。
姿も変わる獣化とは違うし、獣化できるほどの力量は今のミナリスにはない。けれど、目の前のミナリスの動きは、明らかにステータスに値が上乗せされている。
「ギュルアァ!?」「ギギギッ!!」「ギュボッ!?」
「くふふっ、あはははっ」
だが、魔法が使えなくなるという欠点のある獣化と違い、魔法の使用もできているようだった。
ミナリスの振るう剣は溶解液対策か、刀身が氷でコーティングされている。しかし、刺激された本能を制御しきれているわけでもないようでその剣は俺が教えたものではなく、本能に任せて振るわれているだけだった。
「うぁー、ミナリスさん、すごいことになってるのです。キラッキラなのです」
シュリアが思わずつぶやいたとおりに、ミナリスの動きに合わせて翻る髪の光は、神々しいと言って差し支えなかった。
五、六、七匹目を引き裂いたところで、ミナリスはバックステップで魔物から距離をとった。
「ふふふ、それじゃ、残りはまとめて試しましょうか」
獰猛な笑みはそのまま、ミナリスは魔物たちを睥睨する。
「ステータスが上がってるのは加護か、能力覚醒か、どっちかのスキルだろうな。試すってことならあとは……」
「――獰猛な触餓は幾億千。
巡れ、目呉れ、芽暮れ、女昏れ。
祖は遠く、されど我は太古を望む。
――――「『サモンズ・アントティード』」
詠唱と共に漏れ出す魔力は、普段のミナリスのものから明らかに変質していた。
その異質な魔力に、背筋をゾクリと危険な何かが這い上がるような感覚を覚える。
モンスタープロントの群れの中、音もなく開かれたのは闇を漂わせる黒の靄が満ちた暗い穴。
その奥からギチギチギチギチと重なり響く無数の音と溢れ出るのは、どれだけいるかもわからないほどに大量の黒蟻に似た蟲。
「「「「「ギェアェャギャァアアッ!?」」」」」
「これはまた……」
それはまさに飲み込むという表現が的確だった。
荒れ狂う黒波は一息にモンスタープロントの姿を多いつぶし、その断末魔さえも無数の蟻が上げる歯噛みの音に押しつぶされる。
すべてが終わるのに、ほんの十秒も掛からなかった。
蠢く黒波はやがて求める先をなくし、元来た闇穴の中へと引いていき、穴も塞がる。
残されたのはかすかに地面に零れた溶解液のシミだけ。
黒蟻が這いつくした一帯には、モンスタープロントの遺骸どころか、生い茂っていた下草すら残っていなかった。
その場に残された戦闘の跡は、最初にミナリスが直接手を下したモンスタープロントの遺骸だけだった。
と、途端にミナリスの体がフラリッと大きく揺れた。
「っ、ミナリスっ!?」
(ちっ、やっぱり使わせたのは失敗だったかっ!?)
俺の心剣と同じように、強大な力には大抵、比例するように対価を求められる。
あの力は少なく見積もっても今のミナリスの手に余るものだったはず。なら、それに対応する対価も……。
「くふふっ」
「っ、うおっ!?」
だが、倒れそうなミナリスを慌てて受け止めようとした俺はミナリスに地面に引き倒された。
「くふ、くふふっ、くふふふふふっ!!」
それは、生暖かい湿り気を帯びた哄笑。
振り向いた上気した顔に、熱を帯びて濡れる瞳。
(いつもの魔力酔い、じゃなさそうだな)
触れた肌が熱に浮かされるように熱く、伝わる鼓動も息も異常に荒い。
「はぁ、はぁっ、ご主人様、体が、熱くて、喉が渇いて」
「落ち着け、まずはゆっくりと息を吸うんだ、んくっ、シュリアも見てないで引きはがすの手伝ってくれっ!」
想像以上にミナリスの力は強化されているようで、抑え込まれて不利な体勢から引き剥がすのは難しそうだった。
が、シュリアはというと、顔を赤くしながら顔を両手で覆い、『はわわっ、エッチぃのです、エッチぃのです』とガン見している。
「くぅっ、つ、使い物にならないっ」
ドMな方向に振り切れてるくせに、普段は初心なのはどういうわけか説明してほしい。いや、ガン見してるし初心ではないのか?
「んっ、いい加減に……」
抱き合うように上乗りされた俺の首筋を生暖かく滑った舌が這い、ゾクリとした感覚が背筋をかけた。
ザラリと肌を刺激し、触れるか触れないかの撫でるような力加減でその指先が頬をくすぐった。
「ごめんなさい、ご主人様っ、私もうっ、もうっ!!」
切迫して囁き漏れるように聞こえた声に、首筋を微かな痛みが走る。
プツッ、とミナリスの牙が皮膚を突き破った。
「っ!? この、感じはっ!?」
「はぁっ、はぁっ、甘い、美味しい……、んくっ」
驚きに動きを止める俺の耳に、ピチャピチャと血を舐め上げる音が聞こえる。
徐々に力が抜けていくような、逆らう意思を削ぐような感覚には覚えがあった。
「みっ、ミナリスさんっ!? いくらなんでもやりすぎなのですっ!?」
ミナリスの尋常じゃない様子にシュリアも我に返ったのか、慌ててそばに駆け寄ってくるが、シュリアの腕力では今のミナリスを引きはがせるはずもない。
「ちっ、許せよミナリスッ!!」
「んぐっ!? ぐっ、うぅ、う……」
恍惚としているミナリスの首に手をやり、頸動脈を抑えて締め落とす。
やがてミナリスの体から力が抜け落ちる。
「うゅ、うきゅぅ……」
ミナリスが意識を失うのに合わせ、クーもまたミナリスの体から分離して現れた。ミナリス同様気を失っているようで、ミナリスの腹の上ですやすやと眠っている。
その後、状態を確認するためにまずは自分のステータスを開く。
「やっぱり、『鬼化毒』……。くそ、考えなきゃならないことがまた増えたな」
ミナリスの体を抱えて体を起こし、痛む頭でため息をつく。
「えっと血がっ、HPポーションなのですっ!」
「あー、いや、MPポーション用意してくれ、傷はいい。それから万能タイプの解毒薬を」
「は、はいなのですっ」
「サンキュ」
若干気怠い体でミナリスに膝枕をすると首筋に二本の小瓶の中を一気に飲み干す。
体内の魔力を活性化させ、解毒薬で弱まった『鬼化毒』を押しつぶす。
(これで『鬼化毒』は問題ないはず……)
『鬼化毒』。
正式には『吸血鬼化毒』は、その名の通り流し込まれると吸血鬼に変えられ、相手への従属を強制される。吸血鬼の真祖しか使うことのできない毒だと聞いていたのだが……。
「あんにゃろう……っ、何が『『鬼化毒』は俺のような真祖の吸血鬼にしか使えない』だ。でまかせ言いやがって」
あの俺様野郎っ、この世に残った真祖は俺だけだから、対処法を覚える必要はないって言っていたくせに。無理やり聞き出しておいてよかった。
もし、この二度目の世界で出会うことがあったら顔面をグーで殴り飛ばそう。
「だ、大丈夫なのですっ?」
「あぁ、俺もミナリスも問題ない。とりあえずは、だけどな」
ミナリスのステータスを開くと、MPを大幅に消耗している以外は普段の状態に戻っている。
クーには相変わらず鑑定が掛からなかったが、気持ちよさそうに寝ているので特に問題もないだろう。時折冷たく吹く夜風が寒いようで、もぞもぞと動いてミナリスの服の中へともぐりこんでいった。
「んんっ……」
もみ合っていたことと、クーが潜りこんだせいでミナリスの着衣がかなり乱れている。
晒された素肌が寒いようで、ミナリスは身を捩らせた。
「とにかく、このまま寝かせておくと風邪を引くな。毛布を……」
これ以上は目の毒と、丸袋から毛布を取り出そうとしたその時だった。
「っとっ、ちっ!!」
ビュンッ!! と風を切る音とともに魔力で強化された弓矢が俺を狙って飛来した。
考えるよりも先に反応した体がその弓矢を切り払う。
「ったく、誰だお前」
弓が飛んできたほうから甲高い女の声が響いて、俺はそちらに目を向けた。
「あんたっ、ミナリスちゃんをどうするつもりよっ!! 離れなさいっ!!」
現れたのは金髪のショートカットをした少し年上に見える人間の少女。
鋭い目つきをした目に濃い怒りを宿して、引き絞った弓をこちらに向けている。
「ったく、なんだっていうんださっきから。何でもかんでも詰め込めばいいって話じゃねぇんだぞ。少し休ませろよ」
そう、思えば昔から、いつでもそうなのだ。
厄介ごとはいつだって、冗談みたいに重なって襲い来るものだったのだ。
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