プロレス入門書としての『1984年のUWF』――柳澤健×樋口毅宏

物語の最初と最後を結ぶ「中井祐樹」という存在


樋口:ちょっと驚いたんですけど、291ページのところで、「杉山は『週刊プロレス』の創刊編集長であり、当然UWFの全てを知る立場にある。UWFが結末の決まったショーであることを知りながら、格闘技である虚偽を格闘技雑誌で報道し、読者を欺いたことの責任は重い」と書かれていますけど、随分とここきついんですよ。

柳澤:きついですか。『週刊プロレス』は、ファンタジーを膨らませる立場。当然ですね、村社会の機関誌だから。でも、『格闘技通信』はそれとは一線を画す雑誌にならなきゃいけなかったはずなんですよ。

樋口:そうですけど、同じベースボールマガジン社で、元『週刊プロレス』の編集長が作った本なので、「そりゃそうでしょ」って僕なんかは思うんですが。

柳澤:もちろんそうですよ。だから『格闘技通信』を売るためにUWFを扱ったわけでしょ。

樋口:そう、全然売れなかったのに、プロレスの特集をやったらすごく売れたんですよ、格通って。

柳澤:UWFは真剣勝負の格闘技として売っていきたい。プロレスとは異なるものとして。一方、『格闘技通信』は、読んで字のごとく「格闘技を扱う雑誌」ですよね。でも、現実のところUWFはプロレス団体であり、『格闘技通信』は確信犯としてプロレスであるUWFを扱ったんです。

樋口:おっしゃることはわかりますよ。でも「UWFは従来のプロレスとは違う」というイメージ戦略を取ったのは神社長や前田日明ですよね?

柳澤:僕は彼らに関しては非難しません。「実際はプロレスだけど、格闘技であると主張した」と書いただけ。でも『格闘技通信』はメディアですからね。そこが大問題だと思います。杉山さんはUWFがプロレスであることを知っていたんだから、「うちでは扱うべきではない」と一線を引くべきだった。ごっちゃにしたからこそ、後の編集長が苦しんだんです。

樋口:はい。しかし杉山編集長に対して、「読者を欺いた責任は重い」と書かれてますけど、杉山さんだけじゃなくて、当時の『週刊プロレス』は「UWFは真剣勝負」のような扱い方をしていました。

柳澤:確かにね。

樋口:特によく覚えているのが、高田延彦対ボブ・バックランド戦です。二代目編集長だったターザン山本がボブ・バックランドに呼びかける感じで、「UWFはプロレスじゃないんだよ」ってポエムみたいなレポートを書いたんです。僕は信じちゃいましたよ。だから、欺いた責任が重いのは杉山さんだけじゃないし、ターザン山本もそうだし、当時の僕も含めたリテラシーのない読者だったと思うんです。

柳澤:まぁね。でもやっぱりほら、『週刊プロレス』だったら何やってもいいわけ。村社会の機関誌だから。

樋口:ターザン山本が暴走しすぎて、彼の好き嫌いで団体や個々のレスラーの記事の扱い方が変わり、軋轢を生みましたからね。当然業界から追放された。

柳澤:そういう雑誌だったから。でも何度も言うけど、『格闘技通信』になると、やっぱり何をやってもいいってことにはならない。そこら辺は後の若者のためにもきちんと線引きしなきゃいけないし、しなきゃいけなかった。『格闘技通信』の六代目編集長だった三次敏之さんなんかは「VTJ’95」の中井祐樹とゴルドー戦で、「ゴルドーを殺せ」「中井を殺せ」っていうようなことになった時に、そう言っていたプロレスファンに、「ざまぁみろ」と叫んでいた、と高島学さんから聞きました。右目を失明しながらも、必死に戦ってゴルドーに勝利した中井先生が、プロレスファンから罵られるという、なんとも気の毒なことが起きてしまったんです。『格闘技通信』の罪は重いと思います。

樋口:でも今や歴史において、中井さんの「正しさ」が証明されましたからね。この本でさらに強化されました。

柳澤:まったくです。だからこそ、この本は頭とお尻のところに中井さんを入れさせてもらった。中井さんに出てもらわないと、収まりがつかなかったと思います。

樋口:そこは柳澤さんが書き手として見事な手腕でした。

柳澤:うん、だから中井さんが全てを許してくれたから、なんか僕の本も面倒くさい人達にも許してもらえるかな、みたいな(笑)。そういうところもなきにしもあらずです。ほんとね。やっぱり中井さんに最後、UWFを許してもらったことで、僕の本も本当に助けてもらいました。これ以外の終わり方というのはちょっと見つけられないなあ。

樋口:わかります。プロローグに出た人をエピローグに出すとサンドイッチになりますから。高田対ヒクソンで終わらせるのもありだったかもしれないけど、それは本当によくわかる。構成上そうなるんです。

柳澤:そうですよね。そんな感じで中井先生におんぶにだっこで。この本はなんとかギリギリのところで成立していると思います。

【柳澤 健】
1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、メーカー勤務を経て、文藝春秋に入社。編集者として『Number』などに在籍し、2003年にフリーライターとなる。2007年に処女作『1976年のアントニオ猪木』を発表。著書に『1985年のクラッシュ・ギャルズ』『1993年の女子プロレス』『日本レスリングの物語』『1964年のジャイアント馬場』『1974年のサマークリスマス 林美雄とパックインミュージックの時代』がある。

【樋口毅宏】
1971年、東京都生まれ。 出版社勤務ののち、2009年『さらば雑司ヶ谷』で作家デビュー。 2011年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補・第2回山田風太郎賞候補、 2012年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。新潮新書『タモリ論』はベストセラーに。その他、著書に 『日本のセックス』『雑司ヶ谷R.I.P.』『二十五の瞳』『ルック・バック・イン・アンガー』『甘い復讐』『愛される資格』『ドルフィン・ソングを救え!』や、サブカルコラム集『さよなら小沢健二』がある。

取材・文/碇本 学

1984年のUWF

佐山聡、藤原喜明、前田日明、高田延彦。プロレスラーもファンも、プロレスが世間から八百長とみなされることへのコンプレックスを抱いていた―。UWFの全貌がついに明らかになる。

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