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<消えた有権者>(下) 投票所まで行けない、書けない

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 5日付の前回は認知症や介護などで、200万人以上が「消えた有権者」になっている可能性を指摘した。衆院選で計算すると小選挙区ひとつ当たり、7000票弱が消えていることになる。この票数は、勝敗を左右するには十分だ。なぜ、そんな票が消えるのか。

 「投票できずに戻ってきたよ」。そう聞かされると、何とも悲しい気持ちになる。金沢市の「石川勤労者医療協会」専務の国光哲夫さん(56)は、選挙のたびにそんな高齢者を見てきた。

 例えば、特別養護老人ホームの施設長を務めていた二〇〇九年の衆院選。政権交代のかかる選挙だった。「戦争を経て、政治に参加する大切さを心に刻んだ世代。選挙は行って当たり前という人たちです」。国光さんはどう「一票」につなげていくか苦心した。

 都道府県の選挙管理委員会が指定すれば、施設内で投票できる制度がある。だが、規模が規定に達していないと却下された。

 ならば、期日前投票に行こう。だが、人手に限界があり、連れ出せる人数は限られた。何とか投票所に連れて行けても、「公正な選挙のため」と、投票所に入れるのは本人だけ。受付で生年月日を言えなかったり、期日前投票の理由に印を付けられないなどで、あきらめる人もいる。

 受付が済んで投票用紙を手にしても、手書きで記入できるか怪しい人も。その時は選管職員がサポートする決まりだが、本人にとっては、いきなり見ず知らずの人の指図を受けるようなものだ。パニックになり、投票どころではなくなる。

 「認知症でも軽度なら、家族やスタッフ相手には正常な判断・意思表示はできる」と国光さん。「投票所など建物のバリアフリーは進んでも、制度のバリアーはなお高い」と訴える。

 施設内で不在者投票ができる「指定施設」でも、実際に「一票」につながるかどうかは、どれだけ手をかけるかに左右される。

 名古屋市の介護老人保健施設「セントラル内田橋」事務次長の鈴木章夫さん(42)は「選挙があれば、まず投票するかどうかをヒアリングします」という。投票用紙を申請し選挙公報を配り、投票用紙に書いてもらう。体調などによっては代筆も可能だ。投票用紙は二重に封をし、確実を期して投票日の前日までに選管に届くよう日程を組んでいる。

 「意思の表し方は人それぞれ。くみ取るには介護の技術が必要です」と鈴木さん。票を生かせるのはスタッフのスキルがあってこそだ。

 在宅介護はさらに厳しい。郵便投票ができるのは要介護5だけ。4以下は基本、投票所に行かねばならない。父母を介護している私の感覚では、要介護3とされる範囲であっても重いと外出困難。4だと、ほぼ寝たきりなのだが。

 「認知症が加わると、1でかろうじて投票できるとして、2では…」。腕を組むのは「認知症の人と家族の会」愛知県支部代表の尾之内直美さん(58)。出口のない問い掛けをして申し訳なくなる。

 体の衰えなどで消えている票はどのくらいあるのか。明確な答えを得るのは難しい。それでも、これだけは伝えたい。世の中には投票したくてもできない人が、二百万人以上いる可能性があることを。

 (三浦耕喜)

 

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