■戦後の流行(ブーム)から見える出版事情
ジュニア小説と官能小説の世界で活躍した富島健夫だが、いまや忘れ去られた感がある。荒川佳洋の評伝『「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝』は、富島作品と同時代評を丹念に読むことで、文壇が黙殺したベストセラー作家の生涯をたどり、残された作品に新たな光を当てている。
富島は、ジュニア小説に性描写を持ち込みバッシングを受けた。だが性描写は従来の奇麗事だけの少女小説への批判で、純文学出身の富島にとって、性の悩みを持つこともある若者をリアルに描くためには必要だったとの指摘は興味深い。
外地からの引揚者(ひきあげしゃ)で、依頼があればジャンルを問わず書いた富島の人生は、同じような経験を持つ宇能鴻一郎や梶山季之と重なる。その意味で本書は、戦後の流行作家の背景を考える上でも示唆に富んでいる。
嵯峨景子の労作『コバルト文庫で辿(たど)る少女小説変遷史』は、老舗のコバルト文庫を軸に60年代後半からの少女小説史を追っている。
論の中心は、富島の世代を否定した氷室冴子、久美沙織らが若手として登場した80年代以降なので、今回の2冊を読めば、戦後の少女小説史が概観できる。
少女小説は、年代によってブームになったジャンルとレーベルが異なる。嵯峨は、社会の動向、読者の意識の変化などを踏まえて、その理由を明らかにする。
ブームの転換点には、新ジャンルに移らず少女小説から離れる作家もいた。その中には、岩井志麻子、角田光代、須賀しのぶらの名前もあるので、少女小説だけでなく、広くエンターテインメント小説が好きなら新たな発見も多いはずだ。
少女小説は、人気のジャンルが書ける作家を探し、ブームが終わると新たな作家に乗り換えてきた。この構図は、70年代後半から始まるトラベル・ミステリーや、最近の時代小説における料理もののブームに似ている。少女小説の歴史を知ると、商業出版の問題点も見えてくるのである。
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あらかわ・よしひろ 51年生まれ。富島健夫研究会主宰
さが・けいこ 79年生まれ。明治学院大学非常勤講師。