4月7日、トランプ政権がシリアのシャリラト空軍基地への攻撃に踏み切った。
北西部イドリブで化学兵器が使用されたとされることへの対抗措置として、化学兵器使用に用いられたとされる軍事基地が攻撃され、破壊されたわけである。
米国国内での政治的含意としては、2013年に化学兵器がシリアで用いられた際に「一線を越えた」として武力行使をほのめかしたオバマ大統領が、結局その言葉を実行しなかったことへの対抗意識があるだろう。
つまりトランプ政権は、「一線を越えたら行動する」という一貫性のある政策をとることを選択したわけだ。
したがってこの軍事行動をもって、対ロシア・対アサド政権の政策に変更がなされた、トランプ政権の外交には一貫性がない、などと騒ぐ必要はないと思う。
「化学兵器使用の容認は米国の死活的な安全保障上の利益に関わる」という言葉通り、化学兵器使用は一つの論理構成としてアメリカの軍事行動を引き出すことを明示した行動だと理解することができると思う(参照「米国がシリア攻撃。トランプ政権の外交政策を読む」)。
今回の軍事行動は、国連憲章2条4項の武力行使の一般的禁止に違反していると言えると思う。
ただしそれは武力行使に関する法(jus ad bellum)に関して違法だ、ということであり、武力紛争中の法(jus in bello)の観点で言えば、理路整然としていた。
化学兵器禁止条約違反であり、国連安全保障理事会決議違反であり、国際人道法違反である一般市民に対する化学兵器の使用という行為に対して、再発防止策として、化学兵器投下を行った航空機が発着した空軍基地を破壊したと言える。
安保理の行動がロシアの拒否権によって停滞しているために緊急避難的に行われた再発防止策であるという理解は、日本を含む広範な諸国のアメリカ支持の声明に反映されていた(参照「米国のシリア攻撃は国際法に違反しているのか?」)。
トランプ大統領については、政治経験が浅く、奇行が多いため、外交政策も一貫性がないと思われがちである。トランプを描写するための独自の方法を用意できていないので、「孤立主義」「保護貿易」「ポピュリスト」といった教科書的な概念をあてはめてみる作業も一般的になった。
だが、私が見る限り、トランプ政権は、独自性とともに一貫性を持っている。そろそろトランプ政権それ自体の論理にしたがってトランプ政権を理解すべきではないかと思う。
そのためには、三つのことが大切であるように思う。
第一に、「孤立主義」のような陳腐な概念をあてはめて理解したことにする安易な態度はやめたほうがいい。第二に、アメリカの政治思想は、アメリカの政治思想の流れに即した形で理解してみたほうがいい。第三に、まずは具体的な政策案を体系的に理解しようとしてみたほうがいい。