国会という日本の政治の中枢を担うべき場を、かき回すだけかき回している森友学園問題。一時期は連日のようにメディアを賑わせていましたが、未だはっきりとした結論は出ていません。政権を崩壊させる大事件になるのか、大山鳴動して鼠一匹ということになるのかはわかりませんが、大きな渦を巻き起こしたのは確かです。
その渦の中心にいるのが右翼的(あれは保守というよりは確実に右寄りと言っても過言ではないでしょう)でファナティックな教育方針で知られていた塚本幼稚園を経営していた、森友学園元理事長・籠池泰典という奇妙な人物なわけです。
籠池泰典氏について奇妙な人物と表現しましたが、身も蓋もない言い方をするならば「胡散臭い人物」、これにつきます。
そもそも、「籠池泰典」という名前は通名であって本名ではありません。本人が主張している「関西学院大学法学部卒業後に自治省に入省し、奈良県庁に出向していた」という経歴についても、「法学部ではなく商学部」「自治省に在籍していたのは虚偽では?」という指摘がなされています。
HP上に氏が運営していた塚本幼稚園に皇族が来訪したようにとれるような記載をしていましたが、証人喚問の際に「皇族が訪れた事実はないし、そのような書き方をしてはいない」という返答をしています。
たいていの人が「皇族が訪問した」と受け取るような書き方ですが、「そんなつもりはなかった」と言われたら、氏の心の中の問題になってしまって、他人が意図的な虚偽だと証明することはなかなかできないわけですが、まあ世の中の人の大半は胡散臭い印象を受けるとは思います。
氏の経歴を振り返ってみて、まず疑問に思うのが、最終学歴が関西学院大学商学部であるということです。そう、教育学部ではありません、商学部なのです。
このことが物語っているのは、氏が最初から教育者を目指していたわけではないということです。そんな氏が教育者としての道を進むことになったのは森友学園創設者・森友寛の娘であり、塚本幼稚園の副園長を務めることになる諄子氏と結婚したことが契機になったのだと思われます。
森友寛氏は私立幼稚園として日本で初めて学校法人格を手に入れたり、全国学校法人幼稚園連合会常任理事を務めた人物であり、藍綬褒章や正六位勲五等双光旭日賞を国から授与された人物です。政界とのパイプも太く、幼稚園という世界の中の大立て者であり、名士といっても過言ではないでしょう。
森友寛氏が23才で塚本幼稚園を設立するまでの経歴についてははっきりとしたことはわかりませんが、保守寄りの教育理念を持っていた方のようですが、籠池夫妻時代のような極端な右寄りというようなものではなかったと思われます。
時代背景から考えるに、そのような教育をしていたならば国家から賞されることはなかったでしょうから。少なくとも、レイシズムに通じるような教育や、個人崇拝ともとれるようなことを園児にやらせたりするようなことはやってなかったでしょう。
籠池氏が森友寛氏の教育理念に感銘を受けて理想の教育に燃えて森友学園に参加したという可能性もありますが、あまりそういう感じは私はしません。逆玉にのって名士の娘と結婚、妻の実家の家業に参加したぐらいのところなんではないでしょうか。
実際のところ、真に右翼的思考(普通に右翼的思考と呼ぶには、そうとう歪んだ形のものですが)を持ち合わせているのは、妻の諄子氏のように思われます。