最速ペースで進んでいった『べっぴんさん』だったが…(公式HPより)

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 毎回、視聴率20%前後を記録し人気の連続テレビ小説『べっぴんさん』。芳根京子演じるヒロイン・すみれが、戦後の神戸、大阪を舞台に、母親や子供たちのために子供服作りに奮闘する姿を描くストーリー。放送が始まった当初は、前作『とと姉ちゃん』と比べて、展開の速さが注目を集めたが、最近ではペースが変化している。コラムニストでテレビ解説者の木村隆志さんがその背景に迫る。 

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 第1週が終わる前にヒロイン・すみれ(芳根京子)の母・はな(菅野美穂)が亡くなって、子役パートもあっさり終了。第2週には、初恋と失恋、姉・ゆり(蓮佛美沙子)の結婚、幼なじみ・紀夫(永山絢斗)との結婚、妊娠と夫の出征、出産、終戦という多くの見せ場が各1話で描かれるなど、「朝ドラ最速」と言えるスピーディーな展開でした。

 また、今後一緒に店を開く仲間とのエピソードをほとんど入れなかったため、視聴者がヒロインに感情移入できず、「展開が速すぎて気持ちがついていかない」という声が続出。「今回の朝ドラは大丈夫か?」という不安から視聴率も下がり、朝ドラでは3作ぶりに20%を下回ってしまいました。

 私自身、「26週もの長期に渡る朝ドラで、最速ペースは必要?」「視聴者がヒロインへの愛着を養うパートを早々に切り上げるのはもったいない」と心配しましたが、第3週から徐々にペースダウン。戦争で多くのものを失いながらも、手作り雑貨を売りはじめ、手芸教室を開くまでの姿を描き、第4週では、友人の良子(百田夏菜子)、君枝(土村芳)と再会してベビードレスを作り、『あさや靴店』の一角で店を開く様子がじっくりと描かれました。

 第5〜6週では、良子と君枝の夫が帰還していったんは店を離れながらも、時間をかけてテーブルクロスを完成。第7週では、紀夫の両親から再婚を勧められてショックを受け、栄輔(松下優也)の存在が大きくなりながらも、感動の再会を果たすまでの心の機微が丁寧に描かれました。

 最速ペースから、「時間をかけて1枚の服やテーブルクロスを作る」「夫がなかなか帰ってこない」などのスローな展開に一変した理由は、すみれの控えめな人柄。芳根さん自身、「『言えない』のではなく、『言わない』だけで、心の中に強い思いを秘めている」、制作統括の三鬼一希さんも「決して先頭に立ってリードするような女性ではない」と話しているように、すみれのセリフはヒロインにしては少なく、その分表情や仕草をしっかり見せることで感情表現しているのです。

 その意味で称えられるべきは、演出の素晴らしさ。芳根さんは「脚本にないシーンでも感極まって涙を流すことも多い」豊かな感受性の持ち主ですが、その類まれな魅力を生かすべく“セリフに頼らない演技”を優先させ、スローな世界観を作り上げているのでしょう。

 すみれは、「剛速球の言葉を投げられても微笑みながら受け止めて、そっとスローボールを投げ返す」、ほのぼのとしたタイプ。どんなキャラクターも、すみれとの会話ではスローな世界観に引き込まれて、いつの間にか理解者になっていきます。そんな心温まるやり取りが視聴者の静かな感動を呼び、視聴率が再浮上しているのでしょう。

「朝ドラ最遅」とも言えるスローな展開は、子ども服を一針一針縫うように、目の前のことにコツコツと挑んでいく、すみれたちそのもの。彼女たちが一歩一歩地道に前進する姿を描くためにはスローな展開が不可欠であり、それを存分に描きたいから「裕福な状況から全てを失う」第1〜2週を最速で駆け抜けたのでしょう。

 スローな展開は、「ヒロインと主演女優を自分の娘のように見つめ、その成長を応援する」という朝ドラ本来の楽しみ方が戻ってきたことの証でもあります。すみれと芳根さんにとって、本当に応援してもらいたいのは、「最速で駆け抜けた」女学生時代や結婚・出産前後ではなく、「最遅で描かれている」仲間と店を開いた現在とこれから。

 第8週の見どころは、帰ってきた紀夫との生活と、新たな店のオープン。ここでもスローな展開で、私たちにじわじわとした優しさを感じさせてくれるのではないでしょうか。

【木村隆志】
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本前後のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。