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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外317 少女の決心

 魔法建築も終わり、俺達は気軽に過ごせる状況になった。だが、シュンカイ帝やメルヴィン王達は今後の国交に関する話や、同盟に関する話を進める必要があるようで。真面目な話し合いの場も作っていたようだ。

 とはいえ、特に緊張感のあるような内容でもないということもあり、最初は特産品を交換したりといった交流から進めていこうということで話は纏まったようだ。ヨウキ帝もシュンカイ帝も、西方諸国の王達も上機嫌な様子なので円満な話し合いだったのは間違いない。南方沿岸部を治めるホウシンも、ヨウキ帝と知己を得られて貿易が捗る、他の太守達も地方の特産品を諸外国と交換できる、と非常に満足げな様子であった。

 シュウゲツと一家の者達数名は、これから研修ということで、タームウィルズとフォレスタニアの冒険者ギルドにて実地で勉強ということになる。フォレスタニアの支部は新設したばかりという側面もあるので、シュウゲツにとってはホウ国での支部作りのノウハウを学びやすい環境であると言えよう。

 懸念材料としてはシュウゲツが西国の文字を読めない事だが――。

「そのあたりは大丈夫かと。シュウゲツさんは東国の文字の読み書きができますし、翻訳の魔道具をお貸し頂けるようなら後はこちらでしっかり重要な部分への理解ができているかを、口頭で確認し合っていけば良いだけなのですから」

 というのがベリーネの見解だ。非常に嬉しそうというかにこにこと上機嫌な様子なのが印象的だ。

「ベリーネさんは後輩の指導のような仕事が得意と言いますか趣味と言いますか……。まあ……できない事は言わない方なので頑張ってください。支部を任せる方の育成となると大仕事なので喜んでいるのです」

 と苦笑してヘザーが言っていた。シュウゲツは寧ろ気合が入ったというような表情だったので大丈夫だろう。ベリーネもヘザーもそんなシュウゲツに好印象を抱いたようだ。

 タームウィルズ行きを喜んでいる顔触れとしては……やはりコウギョクだろうか。
 中央広場近くの市場の話をグレイスに聞いて「うふふふふ」と何やら奇妙な含み笑いを漏らしていた。ペトラやコマチは「分かる」というように目を閉じて、うんうんと頷いていたりしたが。専門分野は各々違えど、タームウィルズ訪問に期待を抱く、その気持ちは共感できるものなのだろう。

 まあ、ともあれ。みんなタームウィルズ訪問は楽しみにしてくれているようで何よりである。

 俺達はといえばやる事も終わっているので、賑わいを見せるホウ国の都を歩いて衣服や装飾品を買ってみたり、シュウゲツの屋敷や孤児院に何か不具合がないか聞きにいったり、宮殿で茶を飲みながら雑談したりと……そんな風にしてホウ国での時間は過ぎて行った。

 エレナもアシュレイやマルレーン、ユラやリン王女とも楽しそうに談笑していたりと、みんなとの交友関係も深まったようである。色々と有意義に過ごす事ができたのではないだろうか。

 そうして、都のお祭り騒ぎも段々と落ち着きを見せ、今度はシュンカイ帝達がタームウィルズを訪問する日がやってくる。
 まずシュンカイ帝とゲンライ達が訪問してきて、日をずらして入れ替わる形で4太守やゴリョウ達も訪問、という予定になっている。

 シュンカイ帝がまだ即位して間もないので、4太守がタームウィルズ訪問中の都の平穏を守るというわけだ。とはいえ転移門で移動できるので、留守と言っても大抵の事態には即座に対応可能ではあるのだが。

 都の住民達もシュンカイ帝がタームウィルズに訪問するということで、これからへの期待が高まっているという印象だった。

「では、行ってくる」
「はい。留守の間はお任せください」

 4太守やゴリョウ達。ギホウ、カヨウ、警備隊長らが見送りにやってきている。シュンカイ帝が彼らと言葉をかわす。みんなの返答にシュンカイ帝は穏やかに頷いて応じていた。

 申し送り等々も万全ということなのか。シュンカイ帝が振り返り、笑顔で頷く。みんなと共に転移門からタームウィルズに飛ぶ。

 ホウ国側の時刻としては日が沈んで夜になった頃合いだ。タームウィルズでは丁度昼ごろという具合になる。丁度昼食が夕食、夕食が夜食といった感覚になってしまう。
 魔道具で眠気には対処できても生活リズムの上で空腹を感じるのは如何ともしがたいからな。こうやって時間を調整しているところがあるのだが。
 転移門を潜る際に光が収まり、タームウィルズ側の転移港に移動する。

「わあ……」
「これは……凄いな」

 セオレムを見上げたリン王女とシュンカイ帝の声が重なる。ゲンライや門弟達も流石にタームウィルズの光景には驚いている様子だ。麒麟もしれっと遊びに来ているが、やはりセオレムを見上げて目をぱちくりさせていた。

 昼なので時差を強く実感できるし、セオレムも明るい陽射しの中でよく見る事ができるからな。初めて見るセオレムのインパクトはやはり強烈だろう。
 そんなシュンカイ帝達や麒麟の反応に、それぞれ御前やオリエ、コルリス達がさもありなんという雰囲気で頷いていたりするのが何ともシュールであるが。

「うむ。ようこそタームウィルズへ」

 メルヴィン王もシュンカイ帝達の反応に上機嫌な印象だった。
 まだ合流していない各国の王と女王達は明日合流予定だ。東国から来た面々についてはこれからセオレムで来訪の歓迎ということで食事会などを交えつつ、時差に身体を慣らしてもらうというわけである。西方諸国の王、女王達は転移で飛んできてもあまり時差が無いしな。

 とまあ……そんな予定になっているのだが。エレナはどうだろうか。ホウ国への同行までしかエレナの意向を確認していないのだ。明日からの……各国の王、女王と接触可能かどうか尋ねるというのは、それだけでエレナの出自がかなり絞られてしまう。

 とは言え、エレナは必要な買い物以外ではあまり出歩かないようにしていたからな。劇場やら温泉やらにも足を運んでいない。それらに触れてもらって息抜きしてもらいたいという気持ちは……グレイス達も思っているようではあるのだが。

 そうなると……。シュンカイ帝達と入れ替わりに4太守やゴリョウ達が来た時に、改めてあちこち観光案内するというのが良いのだろうか?
 そこまで思案を巡らせてから、水を向けてみる。

「エレナさんはどうなさいますか? 僕としては各国の方々が合流する明日よりも、シュンカイ帝と入れ替わりでガクスイ卿達が訪問してきた時にあちこち街中の施設を案内できれば、と考えているのですが」

 そう言うとエレナは少し目を丸くし……それから嬉しそうに微笑む。

「お気遣いありがとうございます。ですが、そのあたりは気になさらなくても大丈夫ですよ」
「良いのですか? それは……」

 出自がかなり絞られることになってしまうが。それを口にするより早く、エレナが頷く。

「今日ここにいる方々も、明日お出でになる国々の方々も……私の出自とは違います」

 そう、断言した。そしてエレナは言葉を続ける。

「今回ホウ国に同行し色々見せて頂いて、沢山の人からもお話を聞いて……私も打ち明ける決心がついたような気がします。歴史書を調べても、私だけでは判断しきれない事も多くて……。ですから、ご相談したいことがあるのです。後でお時間を取らせて貰っても良いでしょうか?」

 そう言うエレナの表情は真剣なものだった。

「分かりました。では、後程時間を作りましょう」

 話を聞いたからとエレナの抱えている問題をすぐに解決できるというわけではないだろう。それでも、誰かに打ち明ける事で楽になったりするかも知れない。一人で悩みを抱えたままで遊びにいくというのも、酷な話だ。

 各国の王と関係の無い話なら……例えば事情を知った上で各国の王に相談したりすればあっさり打開策が見い出せる可能性もあるしな。考えようによっては良いタイミングなのかも知れない。

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