健康被害の概要――地下鉄サリン事件後、何が起きたか(当時40歳、女性のケース)

原因不明の体調不良

1995年3月20日、地下鉄サリン事件が起きました。そのとき、地下鉄車内や駅の構内でサリンという毒ガスに曝露した人の身体にどんなことが起きたのか、具体的に知る人はあまりいません。その場に居合わせて、その後さまざまな症状を経験しても、まさかたった1日のほんの数分間のことが影響してそんなことが起きるとは信じられない気持ちでしたが、時を経て知らされた事実とともに振り返ったとき、少しずつわかることが出てきました。

事件から13年過ぎた2008年、オウム真理教による犯罪被害者を救済する法律が成立しました。被害者には給付金が支給されることになったため、警視庁では被害者の一人一人に面談し、あらためて当時の状況や、症状が発現した経緯や治療経過について細かく聴取しています。その記録を、今後の治療や研究に生かしてほしいと期待しましたが、医師や弁護士らが求めた情報開示の要求を、国は拒否したそうです。

私にとっての地下鉄サリン事件は、電車の中で強い化学臭のするガスを吸いこんでから丸1日吐き気が続いたというものでした。といっても、入院するほどではなく、翌日には普通の食事ができる程度に回復しています。受診した大学病院では、縮瞳が現れていて、コリンエステラーゼが30%減少していると言われましたが、それが何を意味するのかわからず、将来的に起きるかもしれない症状にどんなものがあるかも理解しないまま、やがて忘れていきました。

数か月から数年を経てから、のどの炎症、歯肉炎、微熱と頭痛、膀胱炎、生理不順、月経前症候群(PMS)の悪化、足腰が立たなくなる、平衡感覚異常、記憶障害、鼻水、鼻血、涙、聴覚過敏、卒倒、めまい、皮下出血、閉じた目が開かない……といった症状が繰り返し起きましたが、それぞれ関連性も何もない、診療科の異なる症状なので、はじめのうちは事件と関係があると考えることもできずにいました。

経験したことがない症状が唐突に現れるたびに驚いて、さまざまな医療機関を受診しましたが、そもそもそれらは一般的な医療では想定されていない症状なのでそのような訴えをしても受けいれられないと気づくのに時間がかかりました。それがわかってからは、治療の対象になる症状の時だけ病院に行き、消炎剤や抗生物質を処方してもらって急場をしのぐことを繰り返しました。

同じ症状を数回から数十回繰り返すようになってから地下鉄サリン事件との関連を考えるようになり、同じような状況にある人はどうしているのか、この先はどうなっていくのか知りたいと思うようになりました。犯罪被害者救済法ができてから実施された被害者への事情聴取で明らかにされた健康被害の実態に、個人的に大きな関心を持ち続けてきましたが、貴重な記録が被害者のために生かされることもなく、事件は封印されて幕引きとなりました。

遅発性の症状とがん

事件発生以来多くの被害者の診療に当たってきた医師の話から、入院した女性患者と自分に起きた生理不順の症状がよく似ていたことを2010年に初めて知りました。医師の話を聞きながら、「やはり、そういうことだったのか」と納得しましたが、ちょうどその頃、今度はがんを発病しているとわかりました。私のがんの症状は痛みも何もなく、ただ出血するだけでしたが、それに歩調を合わせるように、毎日かなりの量の鼻血がなぜか出るようになったのが不思議でした。

2009年、聞き取り調査をされたときの警視庁の担当官の話によれば、地下鉄サリン事件の被害者は、実はかなりの人ががんを発病していて、すでに亡くなっている人も少なくないとのことでした。

地下鉄サリン事件のときに使われたPAM(パム)のような解毒剤は、曝露から数時間以内の投与でないと効果がないとされています。事件直後にその機会を逸した私には、もう解毒のチャンスはないと諦めていましたが、必ずしもそうではないようです。長い歳月が過ぎてからでも解毒は可能とたまたま知り、事件後17年過ぎてから私は、医師の指導のもとで解毒を始めました。どの程度まで改善するのかまだわかりませんが、20年近く経過してからでも解毒の効果を実感するようになっています。

例えば、血圧と体温は長年にわたって下がり続け、血圧は上が70台、下が40台、体温は35度以下になっていることがしばしばありました。ところが、2013年にグルタチオンや各種ミネラル、ビタミンなどの服用を始めて半年余り過ぎた頃から少しずつ変化が現れ始め、 2014年1月には、血圧は上が100前後、下は60前後、体温は36度近くまで上がり、毎日のように出ていた鼻血も完全に止まりました。

毒物の体への影響は解明されていないことが多く、特にサリンについてはほとんど何もわかっていないようですが、これまでの研究でわかっている範囲の解毒法により、体調が改善している例もあることを報告しておきたいと思います。

サリンという毒物は、すでに製造も使用も禁止されていますが、同様に毒性の強い有機リン系の農薬や殺虫剤、難燃材、可塑剤などが、日本では身近なところでたくさん使われています。人体に有害な化学物質は、微量曝露の繰り返しでも化学傷害(化学物質過敏症)や中毒症状が起きうるといわれています。地下鉄サリン事件で1回軽い中毒を起こした程度と思っていても、実際に身の周りの有害な化学物に反応しやすくなり、体調を崩しやすいのですが、そういう患者を受け入れる医療機関や解毒剤を処方できる医師は極端に少ないのが現状です。サリンは治療の手だてがないのなら、せめてそれ以上悪化させないための生活上の注意点を知っておく必要があると思いますが、取扱いに注意しなければいけない毒物が身の周りにたくさんあること自体あまり知られていません。危険なものがあると注意していても、症状が現れたり悪化させてしまったときには、医療機関で適切な治療や指導を受けられるようになることを願いながら、これまで自分が経験してきたことを記録していくことにします。
共通する経験をした人の参考になれば幸いです。

きの
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