またひとり、声優界より期待のシンガーが誕生した。声優・松井恵理子。「THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS」の<神谷奈緒>役や、TVアニメ『未確認で進行形』の<夜ノ森紅緒>役などを通じて数々のキャラクターソングを歌ってきた彼女が、アルバム『にじようび。』を引っさげメジャーデビュー。
自らの“本音”を閉じ込めたミドルチューンの数々は、キラキラと輝かしいステージを何度も経験してきた彼女のイメージとは異質の輝きを放っている。なぜ、松井恵理子はこのような作品を作ったのか。その真意に迫る。
取材・文 / 西原史顕 撮影 / 森崎純子
このデビューで「実は私、こういうことを考えてました」ってことを伝えたいです
これまで多くのキャラクターソングを歌ってきた松井さんが、ソロデビューを決意したのはなぜですか?
まずキャラクターソングに関しては、私だけのものではないといつも感じていました。原作があって、作品があって、それに関わるいろんな人の想いがあって、私もその中のひとり。出来上がった歌にはもちろん私の意志も入っていますが、基本的には「みんなのもの」という感覚でした。ソロはそれをすべて自分で演出するというか、私自身の比重が大きいものだと思っています。
そうまでして表現したいものがあったんですね。
これまで自分自身を表現する機会が少なかった分、このデビューで「実は私、こういうことを考えてました」ってことを伝えたいです。内面を吐露するイメージですね。いつも私の前にはキャラクターがいて守ってくれていたので、それとは違う角度のスタンスを見つけられたらいいなって思います。
で、アルバムのタイトルが『にじようび。』。ここにはどんな意味を込めたのですか?
個人的に「虹」が好きだというのもあるんですが、声優にはいろんな役を演じられる褒め言葉として、「七色の声」って言葉があるじゃないですか。せっかく声優をやっている以上、私もその“虹色の声”を追い求めたいという気持ちがあって、それをまずタイトルで表現しました。あと『にじようび。』は「日曜日」にもかかっていて、このアルバムは休日のふとした瞬間に聴いてもらえたらなって思っています。肩肘張らず、日曜日にお掃除や洗濯をしながら聴いてもらえるようなアルバムをめざしました。
なるほど。たしかに「子猫のRuby」などは、歌詞にもサウンドにも日曜日感がたっぷりですよね。
あれは本当に普段の生活のなかで鼻歌を歌ったり、子猫にしゃべりかけているような一曲で。
「じゃんだらりん」も休日の歌って感じです。
同じ日曜日でも、テンションの違いってあるじゃないですか。私も「こういう日もあるな」って感じながら歌わせていただきました。私って、タイプ的に劇的な何かを与えられるような人間ではないと思うんです。私自身もインパクトを求めて前のめりになるんじゃなくて、リラックスしているときにふと「あ、このメロディいいかも」「このフレーズ気に入ったかも」と発見できる喜びを音楽に求めているので、このアルバムもそうなったらいいなと思っています。
全体的に大人っぽいマイルドな曲が多くて、キャピキャピしてないなという印象を受けました。
今までキラキラなアイドルソングやアゲアゲのポップスもたくさん歌わせていただきました、けどそれはキャラクターソングでのことで、今回私のアルバムでは自分にとってちょうどいい音域だとか、自分にいちばんしっくりくるテンポを意識させていただきました。
そうすると松井さんにとっては、“ミドルチューン”がストライクなんですね。
そうですね。90年代のポップスを聴いて育ってきたので。アルバムではそういう一面もみなさんに届けられたらいいですね。
メロディもすごく好きなんですけど、何よりその優しい歌詞が、私の作りたいアルバムの雰囲気に合っていて
ちなみに制作についてなんですが、リード曲の「デッサン」を筆頭に、クレジットには近藤薫さんの名前をよく見かけました。近藤さんはシンガーソングライターとして自身でもアーティスト活動をされている方。90年代の王道ポップスの香りを感じます。
近藤さんには今回、アルバム全体のプロデュースをしていただきました。近藤さんとは歌のレッスンなどを通じて以前からお世話になっていたのですが、何より近藤さんの歌が好きだったので。
近藤さんがアニメ『テニスの王子様』の主題歌を歌っていたことも関係していたのでは?
もちろんそれもあるんですが(笑)、直接のきっかけはまだデビューの話も何もないときに、「もしソロをやるなら」と近藤さんが作ってくれた曲が、「デッサン」の原型だったんです。それがとても私のイメージにぴったりで、その後デビューが決まったときに、「あの曲を歌いたいです。」と真っ先にお願いをさせていただきました。
なるほど。このアルバム全体から感じる柔らかさは、「デッサン」から始まっていたんですね。
メロディもすごく好きなんですけど、何よりその優しい歌詞が、私の作りたいアルバムの雰囲気に合っていて。子どもの頃からスピッツさんなどの柔らかな男性ボーカルの楽曲が大好きで、めちゃくちゃ影響されてきたので、こういう曲は大好物ですね。キャラソンだと元気でキラキラした曲が多かったので、アルバムではこういうタイプの歌をうたってみたかったんです。私の好きなことを詰め込むことができてうれしいです。
松井さんが本来こういうタイプのシンガーだったということは、正直驚きでした。もっと活発な印象が強かったので。
自分に反して、やらせていただくキャラクターが主張の強いタイプばかりだったので。自分でも新鮮に感じます(笑)。
そういうギャップを特に感じた楽曲はありますか?
「理想ラビリンス」の脱力感はすごく新しかったです。レコーディングのディレクションも、今までは「もう少し声の圧をもらっていいですか?」と言われることがほとんどだったんですが、この曲ではいかに引き算するかをテーマにしていて。ともすればささやきにも聞こえる気だるい感じ。こういう曲はキャラソンではやったことがないタイプのものでしたね。
ジャジーなホーンセクションがすごくカッコいい曲ですよね。
めちゃくちゃオシャレ! なんだかアーティストっぽい一曲です(笑)。
歌い方でいうと、「Don’t let me down」のシリアスでストレートな歌声にも驚きました。
「Don’t let me down」は応援歌なんですけど、歌ったときは誰かを応援したいという気持ちよりも、自分自身を鼓舞する感覚でした。私の中では「頑張れ! 頑張れ!」って結構パワーワードで、それを言われるとつらい人もいるし、「そんなのわかってるよ」って反発する人もいると思うんです。だから歌詞を素直に受け取って明るく歌うこともできたんですが、それだと少し嘘くさくなっちゃうなと思って。結局は自分自身ががむしゃらにならないと、状況って変わっていかないと思うんですよね。だからこの曲ではそういうもがいている感じを出したくて、それがシリアスに聴こえたんだと思います。
この曲はちょっと恥ずかしいです。丸裸にされた気持ち(笑)
あと今アルバムでは、作詞にも挑戦されていますね。
僭越ながら書かせていただきました(笑)。「ユメキセツ」は私の中の空想世界を、極限まできれいにした物語。「声」は今まで感じてたけど言わなかったこと、言う必要もないと思っていたことをあえて言葉にしたもので、当然、「声」のほうが苦労はありました。
“ヒーローになんてなれないけど 寄り添って 寄り添って 歌うから”というフレーズに、このインタビューからも感じる松井さんらしさがありますね。
そうですね(笑)。
そしてラストは“この声が この声が 届くように”という願いで締められている。
声優の仕事をさせていだいてすごく感じるのは、アニメというものには本当にたくさんの人が関わっていて、作品ごとに一期一会であるということ。だからいつも思うのは、応援してくださる皆さんには私だけが目立って私だけを好きになってほしいんじゃなくて、キャラクターやその作品そのものの良さに気づいてほしいってことなんです。私が演じることで、その作品に関わるみんなの想いが届けられたらすごくうれしい。私の声優としての価値って、ヒーローとかになるんじゃなくて、そうやって何かに寄り添うことだと思うんです。
それは松井さんの、本音ですね。
だからこの曲はちょっと恥ずかしいです。丸裸にされた気持ち(笑)。私自身がこういう人間だから、『にじようび。』も聴いてくれるみんなに寄り添えるアルバムになってくれたらうれしい。そう本気で願っています。
みなさんの自由な解釈で、楽しい時間を過ごしてもらえたらうれしいです
3月18日にはファーストライブ「Rainbow Days」が待っています。
ライブに先駆けて、昨年末からずっとリリースイベントで全国を回っていたんですけど、すごくうれしいことに「デビューおめでとう!」「今までのキャラソンが好きなのでソロも聴きます!」と声をかけてくださる方がたくさんいて。声優・松井恵理子を応援してくださっている方がこんなにもたくさんいるんだなと実感することができました。今回のアルバムには私からみなさんへのお礼という気持ちもあったんですが、逆にパワーをもらっちゃいましたね。
3月のライブはどんな雰囲気になるんでしょう?
まだ明確なビジョンがないんですが、私自身としてはこれまでの経験上、ライブってこっちから押し付けるものではないと思っていて。楽曲って、皆さんの前で披露することでいろんな側面を見せてくるというか、私も予想できなかったようなものをみんなが作ってくれるじゃないですか。だから今回のアルバムの楽曲も、それぞれがどんな雰囲気になるのか蓋を開けてみなきゃわからなくて、そのことが私自身も楽しみなんですよね。
『にじようび。』には実際、七色のタイプの楽曲が揃いましたしね。
盛り上がり方は人それぞれでいいんです。ライブでは今度こそ私がパワーを受け取るんじゃなくて、来てくれる方々への感謝を伝えたい。「Rainbow Days」というタイトルにはみんなの毎日が素敵な色になればいい、みんなのこれからの日常がきれいな色に彩られて続いていけばいいなという願いを込めたので、みなさんの自由な解釈で、楽しい時間を過ごしてもらえたらうれしいです。
ライブ情報
松井恵理子バースデイ・ファースト・ライブ「Rainbow Days」
3/18(土)原宿アストロホール ※2回公演
開場13:45 開演14:30
開場16:45 開演17:15
松井恵理子
2010年頃からゲーム、ドラマCD、吹き替え等で声優としての活動をスタートさせる。 2014年、人気沸騰中の「THE IDOLM@STER」(通称アイマス)シリーズの人気ソーシャルゲーム 「THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS」での神谷奈緒役や、TVアニメ「未確認で進行形」の夜ノ森紅緒役で一気に知名度を上げる。「ログ・ホライズン」の五十鈴役など正統派の役処からクセの強い役処まで、様々な役処を演じ分ける演技派声優として人気急上昇中。2015年11月の「CINDERELLA GIRLS 3rdLIVE」の幕張メッセ公演や2016年8月の「アニサマ-刻-」さいたまスーパーアリーナ公演などのビッグイベントにも出演。2016年は「THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 4thLIVE」で、神戸ワールド記念ホール公演、さいたまスーパーアリーナ公演にも参加し益々注目を集めている。アニメ「SHOW BY ROCK!!」やCygamesが手掛ける注目のコンテンツ「ウマ娘 プリティーダービー」にも出演。アニメ以外でもMC力にも定評があり、ラジオやイベントでも数居る声優の中からMCを任されるほどの実力を持つ。ラジオや動画番組にもメイン・パーソナリティーとして多数出演中。今後の更なる活躍が期待される人気声優の1人である。松井恵理子名義としてのCDリリースは今回が初めて。