なんか気が付いたら韓国の作品がすごい。
まとめてみた。
目次
ハン・ガンの文学
ハン・ガン(韓江)は英米圏で評価が高い作家だ。
「菜食主義者」では、従順でおとなしい(と周囲に思われていた)ひとりの妻ヨンへが「もう肉を食べたくない」と宣言するところから、家族に緊張が生まれる。
妻がベジタリアンになるまで、私は彼女が変わった女だと思ったことはなかった。正直なところ、妻と最初に出会ったときは特に惹かれるところもなかった。高くも低くもない身長、長くも短くもない髪、かさかさした黄味がかった肌、一重の目に若干突き出た頬骨、個性的に見えるのを恐るかのような無彩色の地味な服装。シンプルな黒のパンプスを履いた彼女が、私の座っているテーブルに近づいてきた。セカセカでもノロノロでもなく、力強くも弱々しくもない歩き方で。
(「菜食主義者」の冒頭部分)
本書は彼女の周囲の人物の視点で描かれる連作小説である。最初の一編では脇役だった人物が、次の一編では語り手となる。彼女にとって最初の英訳された小説である本作は、マン・ブッカー国際賞という英国の文学賞を2016年に受賞した。
イ・ランの音楽
イ・ランは才能の塊である。
1986年生まれの彼女は音楽家であり映画監督でありマンガも書く。50ページ超のエッセイとともに発売された2ndアルバム「神様ごっこ」については以前に記事を書いて紹介した。
記事にも書いたけれど、セルフィーとライクとシェアの、他人に嫌われたら終わり時代に、「死と哲学についてのレコード」をぶっこんでくる根性がホントにすばらしい。
才能1「世界中の人々が私を憎みはじめた」(日本語字幕付)
才能2「神様ごっこ」
才能3「笑え、ユーモアに」(ライブ版)
ナ・ホンジンの映画
この記事を書こうと思ったきっかけは、現在公開中のパク・チャヌク監督「お嬢さん」と、ナ・ホンジン監督「コクソン」がどっちもめちゃくちゃスゴい映画だったから。
特に、田舎町で起こる連続殺人事件の映画コクソン。
「よそ者」として日本から國村隼も出演。
オカルトホラーでありゾンビ映画であり宗教映画である同作では、誰が善で誰が悪かが何度も反転する。「いまの社会の雰囲気を表現したかった」ナ・ホンジンはメイキング映像でそう語っている。「xxに絶賛の声」「xxに非難殺到」、ほめて持ち上げて引きずり下ろす。そういう疑心暗鬼状態の社会に、もしキリストが現れたらどうなるか?神が現れたらどうなるか?
人は自分が見たいように誰かを見る。自分が天使だと思いたい人が天使に見えて、悪魔と思いたい人が悪魔に見えてくる。上にリンクしたメイキング映像でファン・ジョンミンが「10年経ってもこんな映画は出てこないでしょう」と語っているけれど、ホントどこにもない映画だった。
まとめ:ヘル朝鮮
さて、安易にひとくくりにはできないけれど、上に挙げた作品群には、韓国の文化的なバックグラウンドが影響していると思う。
イ・ランがインタビューの中で(才能の塊なので端的に)語っている。彼女は韓国を「ヘル朝鮮」と呼び、「韓国は、軍隊文化が一番問題」と言う。
マルコム・グラッドウェルのOutliers(邦題:天才!)という本の中で、80-90年代に事故が多発していた大韓航空のエピソードが出てくる。
航空機の乗員と管制官は、問題を発見したら立場を気にせずはっきりとすぐに伝えなければならない。でも、上下関係に厳しい文化の国では、意見を言うことが手控えられ重要な情報が共有されないことがある。大韓航空は、韓国の文化的なレガシーが事故原因になっていると考えた。*1
韓国が抑圧的なキツい社会だと推測させる指標は幾つかある。OECD加盟国の中では人口10万人あたりの自殺率は1位である(2014年。なお、日本は4位)
労働時間は同世界3位の長さだ(日本は22位)。
さらに、ハード・リカーの飲酒量は世界1位で、ロシアの2倍である。
韓国の飲酒文化と、言いたいことも言えないこんな世の中じゃというポイズン感については、アル・ジャジーラが制作したSouth Korea’s Hangover(韓国の2日酔い)というドキュメンタリー動画を見るとよくわかる。
"In the office it is not easy to talk directly to our seniors. Because we have to have a good attitude to seniors."
「オフィスでは上司にダイレクトに話しかけるのは簡単ではありません。彼らを敬わないといけないですからね。」
(飲み会がビジネスに重要な理由を聞かれたソウルのサラリーマンの答え)
再びハン・ガンの小説「菜食主義者」に戻ると、ベジタリアンになった登場人物ヨンへに対して周囲の人間は「肉を食べなさい」と強要する。
ついに怒りが爆発した義父がもう一度妻の頬を殴った。
「お父さん!」
義姉が駆け寄って義父の腰に抱きついたが、妻の口が開いた瞬間、義父が無理やり酢豚を口に押し込んだ。義弟がその勢いで腕の力を緩めると、妻はうなり声をあげながら酢豚を吐き出した。獣のような悲鳴が彼女の口から吐き出された。
(「菜食主義者」より)
「ちゃんと食べなさい」
多くの子どもは親から何度もそう言われる。男性は女性に食事をおごろうとして、女性は男性に食事を作ろうとして、先輩は後輩を飲みに連れて行く。「餌付け」というのは動物にとって愛情でもあり支配でもある。支配を拒むヨンへは、やがて植物そのものになろうとする・・
ヒップホップ等の音楽ジャケットの右下に、Parental Advisory: Explicit Content(保護者に案内:子どもに不適切な内容が含まれています)というロゴがよく貼られる。
↘︎こんなやつ
ヘル朝鮮の作品は、我らがヘル日本の作品に比べるとExplicit(露骨、むき出し)なものが多くて、それは抑圧に対する反抗になっているんじゃないかと思う。この記事で挙げた人たちの作品は今後も楽しみ。
- 作者: ハン・ガン,川口恵子,きむふな
- 出版社/メーカー: cuon
- 発売日: 2011/06/15
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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*1:結果的に大韓航空では管制コントロールの言語を英語に変えて韓国語の尊敬語や謙譲語を排除し、事故発生率は減少した。
ちなみにマルコム・グラッドウェルの同書では社会の上下関係の厳しさを示す指標としてPower Distance Index(権力格差)というデータを使っている。これは「ホフステッド指数」と呼ばれる、各国の文化の違いを定量化しようとしたデータのひとつで、他にも「個人主義的か集団主義的か」「不確実性を避けたがるか」「男性的か女性的か」「長期志向か短期志向か」「享楽的か抑制的か」などの指標があり見ていると面白い