3 Lines Summary
- ・機械に置き換えられない人材になるには、フォロワーを付けること
- ・人が減り、機械による生産量が増えると、一人当たりのGDPは高くなる
- ・未来に備えるもっとも大切なことは、やる気と健康な肉体を維持すること
平成25年から定年が65歳まで引き上げられ、70歳以上までの延長が議論されている。来たるべき高齢化社会に向け、年を重ねる=引退という図式は、今や昔のこととなりそうだ。若者が減り、平均寿命がさらに延びれば、労働者としての高齢者のニーズはさらに高まることだろう。そんな未来には、果たしてどんな高齢人材が求められるのだろうか。
そこで話を伺ったのが、数多くのテクノロジーに精通し、“現代の魔法使い”の異名を取る筑波大学の落合陽一さん。まず念頭に置かなければならないことは、AIの進化だという。
専門職でもAIやロボットが台頭する未来。一方、増える仕事とは?
「たとえばうちのラボだと、英語への翻訳に年間100万円くらい使っていました。でも今はGoogleの自動翻訳を使っていて、20万円くらいに抑えられています。つまり80万円分は機械に仕事を取られているんですね。自動運転が普及するとタクシーの運転手はいらなくなるし、コンビニの店員もいらなくなる。農業でもトラクターの自動運転はだいぶ研究が進んでいますしね。ワークショップで裁判の判決を下すコードを作ったら、過去の判例に対して正答率86%でした。たった1時間くらいで作ったものです。オックスフォード大学が発表していた『今後なくなる仕事リスト』は、けっこう当たっているんじゃないかな」
というのは、英オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授が2013年に発表した、ロボットやAIに取って代わられる仕事のこと。銀行の融資担当者や電話オペレーターなど過去の事例を踏まえて作業する仕事に加え、ネイリストやレジ係も90%以上の確率でなくなるそう。ディープラーニングにより頭脳・肉体労働に関わらず、ほとんどAIとロボットに置き換わるそう。落合さんによると、こんな余人を持って代えがたいと思われる仕事まで。
「『ターミネーター4』でシュワルツェネッガーは自分と戦っていたじゃないですか。今までだったらソックリさんを特殊メイクでやっていましたが、もうそんなことしなくていい」
CG制作のオペレーターの仕事はまだあるが、それすらもインターフェースの効率化によって、作業はどんどん簡単になる。すなわち、最先端の専門職であっても人手を減らせるのだ。
「運送業も自動運転とロボットアームがいつか取って代わるでしょう。それが1台500万円だとしたら、1年以上稼働すれば年収500万円の人は失業しますよね。逆に機械のメンテナンスをする仕事は増えると思いますよ。でも世の中のあらゆるもののインターフェースは使いやすくなるので、技術習得のハードルはどんどん低くなる。ゆえに再就職は楽になると思います」
大事なことは、画一化されない個人の訴求力を養うこと
AIやロボティクスの発達により専門技能を要する職はどんどん失われるが、機械に関連する様々な仕事にリプレイスが進む。しかし職は確保できたとしても、「たぶん賃金は下がります」。
「“何物でもない人”の価値はどんどん下がります。だから自分自身に価値を付ける、すなわちより多くのフォロワーを獲得していること。存在自体に訴求力がある人になることが求められます」
ロボットやAIの方が精度の高い作業や思考ができる――その前提に立ち、機械への置き換えが利かない人材を目指すのが最良ということだ。
「たとえば営業職でも、機械は嘘をつかないじゃないですか。なら、『この人からなら買ってもいい』と感じてもらえる客を多く付ける営業になること。画一化されていない個人の訴求力を持つことが大事だといえますね」
時間の制約は減る未来の働き方は、ストレスマネジメントが重要
新しい価値を積極的に受け入れる余地の少なくなりがちな高齢人材には、いささか酷に聞こえるかもしれない。しかし落合さんによると、悲観することはないという。
「画一化されない人材が望ましいという風潮が社会や教育に広まることで、人は自然とそうなっていけるかもしれません。それにすでに今の60歳って、一昔前の60歳より見た目もスキルも若いじゃないですか。それにこの世の中の仕事って、もっと楽になると思いますよ。面倒な仕事は全部機械がやってくれる時代になれば、生産性を高めながら余暇の時間も増えるし、ARやVRの技術革新で、世界中どこにいたって仕事ができるようになる。マルクス以来、労働者を支配してきた労働時間の概念はなくなり、ストレスマネジメントが仕事を論ずるうえでのポイントになってくるはずです」
このあたりは、著書『超AI時代の生存戦略 ~シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト』に詳しい。さて、未来の仕事がどのようなものかを説明するために落合さんが取り出したのは、Microsoftが発売したARゴーグル「ホロレンズ」。現実の風景と、液晶投影された拡張現実空間とがリアルタイムで融合表示されるスグレモノだ。目の前のなにもない壁や空間ににウィンドウが開き、指先や手の動きをトレースして、従来はマウスやタッチが必要だった様々なオペレーションがより直感的にできる。その体験は、感動モノだ。
「付けてみると瞬時に使い方が理解できるでしょ。これをつければあらゆる仕事の習得は楽になるし、人材が少なくても多くの作業を効率的にできるようになるじゃないですか」
ホロレンズのみならず、仕事や生活を補助するガジェットは増え続けているし、ひとつひとつの技術革新が積み重なって未来の仕事はどんどん楽になるという。その恩恵を受けるのは若い人のみならず、高齢労働者も同じことだ。
機械に置き換えられない要素は、突き詰めれば人間の身体
「こんな面白い考えがあって。環境や文化、教育などによって規定された人間のケイパビリティ(潜在能力)という概念があります。
この前提に立つと、発展を目指しても、決められた国土のなかで生み出せる総生産の量には、あらかじめ限界があるという考えられるんですね。すでに日本は頭打ち状態かもしれない。さらに今後は人口減少が進んでいきます。そこで生産数を維持するために、作業がどんどん機械に置き換わっていきます。すると機械化を補う存在として、人間の仕事が割り振られていくことでしょう。これにより、実は一人頭の潜在能力は広がるかもしれません。その結果、人が減っても総生産量は変わらないので、一人頭のGDPはむしろ増えるかもしれないんですよ。
人が減らないアメリカや、人が増える中国やインドでは、ケイパビリティの問題で機械への置き換えは進みにくい、といえます。人が減って生産量を維持できる可能性のある日本の未来は、超安泰じゃないですかね」
人口が減るとGDPが減るというのは、IT化以前の古い考え方だという。寿命が延び、仕事は楽になり、一人当たりの生産数が高くなる日本という国は、世界でも類を見ない先進社会になるという考え方だ。その一端を担うのは、これから高齢化していく現役世代ということになる。
「仕事へのやる気さえあれば、あと大事なのは健康を維持することです。実は、人という存在は機械によって置き換えるのが難しいんです。なぜなら人間の体は脳みそより作るのが難しいから。だからポイントは『酒をあまり飲むな』『怪我をするな』『体を鍛えろ』の3つです。年を重ねても必要とされる人材でいるためには、肉体を維持し続けることが大きな価値に繋がると思います」
AIとロボットの時代に、もっとも必要な価値は人間の体というのは、なんとも不思議な話。だが機械とは忌避すべきものではなく、人間が利用し、生活をより豊かにするための存在。自身の人間的価値を高める努力をしながら、機械が人を凌駕するシンギュラリティ(技術的特異点)に備えておくことが求められそうだ。
文=吉々是良
(プロフィール)
落合陽一
1987年東京都生まれ。東京大学大学院修了、博士(学際情報学)。2015年筑波大学助教、デジタルネイチャー研究室主宰。Pixie Dust Technologies. CEO。2017年より、筑波大学学長補佐、大阪芸術大学客員教授、デジタルハリウッド大学客員教授。人呼んで現代の魔法使い。著書『魔法の世紀』(PLANETS)、『これからの世界をつくる仲間たちへ』(小学館)。最新刊『超AI時代の生存戦略 ~シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト』(大和書房)は、AI時代における人のよりよい働き方について、様々な角度から予見する刺激的な一冊
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