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バルサルタン事件の無罪 抑制的トーンの理由は

 紙面審査委員会は、編集編成局から独立した組織で、ベテラン記者5人で構成しています。読者の視点に立ち、ニュースの価値判断の妥当性や記事の正確性、分かりやすさ、見出し、レイアウト、写真の適否、文章表現や用字用語の正確性などを審査します。審査対象は、基本的に東京で発行された最終版を基にしています。指摘する内容は毎週「紙面審査週報」にまとめて社員に公開し、毎週金曜日午後、紙面製作に関わる編集編成局の全部長が集まり約1時間、指摘の内容について議論します。ご紹介するのは、その議論の一部です。

    <3月24日>

    ■バルサルタン事件の無罪 抑制的トーンの理由は

     幹事 製薬会社ノバルティスファーマの降圧剤「バルサルタン」の臨床研究データを改ざんしたとして薬事法違反に問われた元社員、白橋伸雄被告(66)に、東京地裁は3月16日、無罪を言い渡した。法人としてのノ社も無罪とした。辻川靖夫裁判長は元社員によるデータ改ざんを認める一方、医師に発表させた論文は「薬事法が規制する広告に当たらない」と判断した。本紙は17日朝刊社会面トップで<バルサルタン事件/論文不正 元社員無罪/東京地裁判決 改ざんは認める>と報じた。

     無罪に驚いた読者が多かったのではないか。判決はデータ改ざんを認めた。ノ社が論文を薬の宣伝に利用したのも明らかだ。それなのに、論文の掲載は広告に当たらないという形式的な理由で有罪にならなかったからだ。本紙は別稿<「学術雑誌 広告と言えず」>で「広告」をめぐる判断について書き、[解説]<「薬とカネ」 構造今も>で事件の背景を説明したが、判決に対する正面からの評価を避けた書き方だった。この事件については本紙が報道をリードしてきた経緯もある。もっと驚きを前面に出してもいいのではと思ったが、抑制的なトーンにしたことには理由があるのだろうか。

     他紙では、読売が社会面の受け記事で<検察「無罪 予想外」/専門家 「論文 実態は広告」>と、無罪への率直な驚きを伝えていた。専門家の「プロモーション(宣伝)の一環の論文だと指摘しながら、薬事法違反ではないと認定したのは、製薬企業の『広告』の実態に合わない解釈だ」という批判談話もあった。別稿では、「改ざんや、不正な論文掲載そのものを罰するための法整備も検討すべきだろう」と指摘した。本紙も、判決に対する専門家の評価の談話はほしかった。

     司会 社会部、科学環境部に聞いてみたい。

     社会部長 本紙のキャンペーン報道が否定されたような判決が出たから抑制したという意図はまったくない。紙面事情で1面に掲載できなかったため、社会面トップにした。解説は科学環境部の担当者に書いてもらい、臨床研究データを改ざんして雑誌に載せたのになぜ無罪なのかという驚きを別稿にした。調査に携わった厚生労働省幹部が「客観的データを装って販売を促進した問題に警鐘を鳴らすために刑事告発しただけに残念だ」と話したことや、検察幹部が「判決は広告の意味を狭く捉えすぎている」と語ったことも載せたが、これを強調できればよかった。

     科学環境部長 学術論文が医師向けの広告に使われている現状を知っているものから見ると、変な判決だ。近いうちに[記者の目]を掲載したい。

    ■センバツ高校野球の見出し 「狙われる」「狙う」の意味がわからない

     幹事 本紙3月20日朝刊スポーツ面の見出しの意味がわからなかった。センバツ高校野球第1日の結果を伝える見開き紙面。同じ体裁で、右面に<狙われるもんより>、左面に<狙うもんのほうが強いんじゃ>とある。同日の3試合のうち、右面は呉(広島)が至学館(愛知)を延長十二回、6-5で破った試合。左面は履正社(大阪)が同点の九回に7点をあげ、日大三(東京)を12-5で破った試合。ともに、焦点記事[白球を追って]があり、試合見出しとして右面には<呉 沈着スクイズ/十二回 聖地でも練習通り>、左面には<履正社 九回猛攻/均衡破った「わずかに前」>がある。

     見出しにひかれて記事を全部読んでみたが、「狙われるもん」「狙うもん」の語はない。当事者は4校。右面の「狙われるもん」が負けた方だとすると至学館であり、左面の「狙うもん」は勝った方の履正社ということだろうか。あるいは負けた至学館と日大三が「狙われるもん」で、勝った呉と履正社が「狙うもん」ということなのだろうか。あるいは別のことを表現しているのか。試合の進行の説明としても理解できない。

     「見出しに取った語は記事になければならない」とは言わない。「記事にないのに、ぴったりはまった見出し」は、まれではあるが見かける。その条件を考えると(1)有名な表現(ことわざ、成句、歌、詩など)を踏んでいる(2)断定的な言い方で新たな成句とならんとしている--などがありそうだ。紙面審査委員のだれも(1)に思い当たるふしがなかった。とすると(2)か。だが、残念ながら、だれも説明できなかった。少なくとも半分以上の読者、できれば大半の読者が理解できる見出しであってほしい。

     なお、見出しの「強いんじゃ」はどこの言葉か、という疑問も出た。広島県出身の紙面審査委員によると「広島弁とも言えるし、関西一般の言い方でもありそう」とのことだった。その後、映画「仁義なき戦い」の中のセリフらしいとわかったが、「ヤクザ映画のセリフを高校野球紙面で使うのは不適切だし、不愉快だ」という意見も出た。

     司会 センバツ高校野球は大阪本社制作の紙面を東京でも使用しているが、情報編成総センター(見出し・扱いなどの編集担当)。

     編集部長 大阪本社から回答をもらっているので読み上げる。まず紙面の担当編集者の回答だが、「『狙われるもんより狙うもんのほうが強いんじゃ』は映画『仁義なき戦い』のセリフから引用した。履正社も呉も、いずれも先制点を取られた後に追いかけて、シーソーゲームや延長戦に持ち込んだ末に勝った試合展開から見出しにした。この映画は広島県呉市が舞台であり、単なるヤクザ映画ではなく名作として評価されている。とはいえ教育の場でもある高校野球にはふさわしくないという批判は真摯(しんし)に受け止めたい」ということだ。大阪本社の編集部長からもコメントをもらっている。「『狙われるもんより狙うもんのほうが強いんじゃ』が、誰もが知っているセリフかと問われればそうではないので注意する」ということだ。東京でも、この見出しはどうだろうと思ったら大阪本社に問い合わせるなり直すなりしているが、この見出しについては、なんだろうと読み込んでいるうちに締め切り時間になってしまった。

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