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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
1072/1072

番外315 即位の儀式

 そして一夜が明ける。
 俺達も含め、西方の諸国から訪問している面々としては、睡眠用の魔道具を使って……早めに床についた。という感覚だろうか。
 俺達も宮殿の割り当てられた一角で、のんびりと過ごさせてもらってからの目覚めとなる。現地時間ではやや遅めの起床、だろうか。

「ん。ああ。よく眠った気がするわ」

 軽くかぶりを振りながら背伸びをしたステファニアが寝台を抜け出す。

「何というか、最近は寝起きに気を抜きすぎている気がするわね……。王城で暮らしていた頃は、こんな事は無かったのだけれど……」

 ローズマリーはややはだけていた胸元に気付くと、少し頬を赤らめて夜着を直してから身支度に向かっていた。まあ……それだけみんなに対しても気を許している、ということなのだろうか。

 少し寝ぼけ眼のマルレーンと手を繋いで、クラウディアも朝の身支度を整えに水場へ向かう。
 寝台からシーラが軽い仕草で大跳躍して出ていくのはいつも通り。夏が近付いて朝方も暖かいからか、イルムヒルトも寝覚めが良さそうだ。

「おはようございます、テオ」
「おはようございます、テオドール様」
「ん。良い朝だね」
「カイ殿下の即位の日ですし、晴れて良かったです」

 微笑むグレイスとアシュレイとも言葉を交わし、寝台から降りて俺も身支度を整える。のんびりとした平和な朝である。
 さて。朝食をとったら即位の儀式になるだろう。



 即位の儀式への列席といっても、俺達は特に何をするでもない。
 賓客として儀式の経過を見て、友人として祝福すればそれでいい。公的にはカイ王子の即位に駆けつけ、国として即位を歓迎することを内外に示す、という目的もあるけれど。

 そうして宮殿の一角で待っていると、銅鑼が打ち鳴らされ、即位の儀式用の衣装に着替えたカイ王子と、その傍らに麒麟が姿を見せる。装飾がついているが色使いがやや地味なのは、まだ即位していないから、ということか。煌びやかというよりは厳かな印象だ。
 後ろに付き添うリン王女とセイラン、儀式を進める司祭の役割を負ったゲンライ。それぞれ式典用の衣装に着替えてのお目見えだ。居並ぶ列席者から大きな拍手で迎えられる。

 セイランが付き添っているのは、后となる事を布告する意味合いもあるのだろう。

 そうして文官が朗々と声を上げ、ホウ国皇帝の即位の儀式が始まったことを告げる。
 カイ王子は祭壇に向かい、司祭役であるゲンライの問いかけに答える形で治世、善政を行うという誓いを立てていく。

「では――天地の神霊の前で誓いを」
「天地の神霊の名代として人の世に治政と善政を敷くことを、我はここに誓わん。願わくば、治世と共に平穏が永く続かんことを――」

 天地の神霊、というのは高位精霊達への誓いということになるのか。治政、善政を敷く代わりに災いが起こらないように、というような内容であるようだ。
 但し、これは仮のもので、神霊が地上に現れるとされる時期を見て、また霊山に秘密の儀式を行いに行く必要があるとか。

「続いて祖霊への報告を」

 天地の神霊に続いて、祖先の霊達への報告を行う、ということらしい。
 宮殿の一角にある宗廟に向かい、歴代の皇帝達の名が読み上げられ、祖先達にカイ王子が儀式の作法に則った礼を捧げ、皇帝として即位することを宣言するそうだ。

 それらの儀式の内容はやはり非公開であるらしい。宗廟の中でのやり取りを見る事はできない。
 宮殿の一角から宗廟への移動も中々大掛かりなもので、まず着飾った武官文官に女官達が隊列を組んで儀式に則った行進を行う。
 そうして左右に分かれて宗廟までの道を作り、家臣達の見守る中をカイ王子、セイラン、リン王女、ゲンライの4人が進んで階段を登り、廟の中へと入っていった。

 しばらくして宗廟から出てくるが――もう、カイ王子ではなくシュンカイ帝と呼ぶべきなのだろう。冠や纏っている衣服が皇帝であることを示すそれに代わっていた。銅鑼が打ち鳴らされて新たなる皇帝として即位した事が高らかに宣言される。
 シュンカイ帝が居並ぶ家臣達に向かって言う。

「こうして――無事に儀式を終え、新たな門出を迎えられた事を嬉しく思う。沢山の者達と共に肩を並べて平和の為に戦った事……。私を信じて未来を託してくれた事。そして過去から今日まで連綿と続く想い……。何一つ忘れはしない。私もまた、皆の為、平和の為にこれからも力を尽くしていくと改めて誓おう」

 そんなシュンカイ帝の宣言に、居並ぶ家臣達から歓声が上がる。新たなる皇帝と、ホウ国を称える声が唱和され――俺達もまた拍手を送る。
 連綿と続く過去というのは……草原の王と聖王の事や、墓所の管理を受け継いだ者達の事を指しているのだろう。

 ゲンライの流派が草原の王と聖王、2人の王の流派の流れを汲んでいるのも間違いあるまい。
 墓所の管理者であるゲンライに助けられ、修行を積んで皇帝となった、というのは……運命的なものを感じる話だ。



 儀式が終わり、国内にシュンカイ帝が皇帝として即位したことを布告するために、宮殿から伝令を乗せた馬が走っていく。
 都の住民にも布告が出され、シュンカイ帝と麒麟、リン王女が宮殿の正門前に姿を見せると、民衆からもシュンカイ帝を称える歓声が上がっていた。麒麟を始めて目にした者も多いらしく、あれが……というような感嘆の声も交じっていたりして。

 孤児院の子供達も広場の一角に姿を見せている。顔を見合わせ、せーのでタイミングを揃えてから感謝の言葉を伝えてきていた。
 それを見たシュンカイ帝は――穏やかな笑顔で応える。

「礼を言うのは――私のほうだ。こうして沢山の者達から祝福の言葉をもらえるというのは……うん。嬉しいな。ささやかだが酒と食事を用意したので、今日は皆も楽しんでほしい」

 そんなシュンカイ帝の言葉に都の住民達が更に湧き立つ。
 儀式も布告も終わり食事や酒杯を受け取って……都全体にお祭り騒ぎが伝播していくのが高空に打ち上げたバロールの視点から見て取れた。うむ。

 さてさて。即位の儀式が終われば次は転移施設の建設という段取りになっている。シュンカイ帝も視線が合うとこっちにやってきた。

「テオドール殿には……改めてお礼を言っておかなければね。本当に……本当にお世話になった。今こうして、大切な人達と共に笑いあえるのも、ここにいる都の人達が笑顔でいられるのも、テオドール殿や皆が力を貸してくれたお陰だ。助力がなければ今もまだ……ショウエンとの戦いが続いていて、その行方もどうなるかも見えなかっただろう」

 シュンカイ帝に丁寧にお礼を言われる。

「いいえ。こうして儀式に立ち会う事が出来て嬉しく思います。僕としてもホウ国でお会いしたのがシュンカイ陛下でなければ、ここまで皆で一致団結してショウエンの打倒のために協力できるとは思えませんでしたし」

 シュンカイ帝の人柄や人脈があればこそ、レイメイやゲンライ達、4太守達やゴリョウ達と共同戦線を張れた、というのは間違いない。
 そうでなければ俺達が助力に来ていたとしても、シュンカイ帝の言うとおり、まだ戦いが続いていただろうから。
 シュンカイ帝は――俺の言葉に何か感じ入るように目を閉じて、それから穏やかな表情で目を開ける。その印象は王子であった時と全く変わらない。

「魔法建築の話を進めなければね。ショウエンの統治時代に都を離れた者も多くいるようでね。大通りに面した一角に丁度良い土地があるので、そこを使ってほしい」

 と、シュンカイ帝が都の地図を指し示して用地の場所を教えてくれる。

「分かりました」

 場所的にみると――孤児院の位置と対称的な位置ということになるのか。俺が魔法建築を担当するということで、孤児院の場所に位置を合わせてきた可能性はあるな。

 お祭り騒ぎの都を何台かの馬車で視察がてら、実際の場所まで行ってみると……広々した空き地に結構多めの資材が積んである、という状態だった。
 俺達の持ってきた転移門建造用の資材と合せれば、いつでも建築可能という状態だ。

 都の人達も何か建造するという事は聞いているらしく、馬車の車列の後についてきて、見学に来ている面々もいた。孤児院の子供達もそうだ。
 俺が孤児院を作ったというのは聞いているのか、馬車から降りるとぶんぶんと大きく手を振られたりした。こちらも手を振りかえすと顔を見合わせて笑顔を浮かべている。
 子供達の中にはシュウゲツと顔見知りの者もいるようで、彼女もお礼を言われているようだ。シュウゲツは少しはにかんだように笑って子供達に応じていた。

 さて……。では魔法建築に移るとしよう。転移門の周囲を守るための設備ではあるが、ヴェルドガルからこちらに飛んできた使者の迎賓館、滞在施設としての機能も持たせる必要もある。
 従ってそれなりに立派な物を作らなければならないのだが……まあ、たっぷりと案を練ってくる時間があったからな。資材が不足しないよう多めに用意してもらっているようだし、お祭り騒ぎの雰囲気に水を差さないよう、気合を入れて魔法建築をさせてもらうとしよう。

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