先日、蜂蜜を摂取した乳児が死亡してしまう痛ましい事故が起きました。
発表によると、男児は今年1月から、ジュースに市販のはちみつを混ぜたものを離乳食として1日平均2回ほど家族から与えられていた。
男児は2月16日にせきなどの症状が出て、同20日に病院に搬送されたが、3月30日に死亡した。
男児の便や自宅のはちみつからボツリヌス菌が検出された。
『乳児ボツリヌス症』が原因ですが、死亡例は初めてということで、大きく報道されましたね。
はちみつは乳幼児に禁忌…!
ご存知の方も多いと思いますが『はちみつはボツリヌス菌がいるから危険!』と思考停止するのも安易です。
乳幼児の免疫力や、乳幼児に限らない食中毒全体について、少しずつ見識を深めていく必要があります。
今回ははちみつによる乳児ボツリヌス症について、僕が専門としている食品衛生や微生物学を中心に注意点を解説していきたいと思います。
【参考】食品衛生責任者ハンドブック(日本食品衛生協会)、食中毒を起こす微生物 ボツリヌス菌|「食品衛生の窓」東京都福祉保健局など
ボツリヌス菌の基礎知識
ボツリヌス菌とは?
ボツリヌス菌(C.botulinum)はグラム陽性細菌に属する桿菌で…
という話をしてもしょうがないですね。
ボツリヌス菌は細菌の一種で、ボツリヌストキシンという自然界では最強の毒素を生産します。
『もやしもん』という漫画(みるおかの愛読書です)を読んでいる人は、よくご存知でしょう。
土壌や湖沼、海など、自然界に広く分布するメジャーな微生物です。
なぜ『食中毒』が起こるのか
多くの人が勘違いしているのですが…健康的な人間が食中毒を引き起こす細菌やウイルスを多少摂取したところで『食中毒』の症状はまず起きないということを覚えておいてください。
自然界に多く存在するボツリヌス菌、ヒトの皮膚にいる黄色ブドウ球菌、病原性大腸菌…
当たり前ですが、日常生活を送る上で、これらの微生物を全く体に入れずに生きていくことは不可能です。
微生物による*1食中毒が起こる原因は…
- なんらかの理由で、食品中に食中毒を起こす微生物が異常増殖した
- 乳幼児、老人、病人、投薬中など、免疫力が低い状態で病原菌を摂取した
主にこの2パターンとなります。
1.は栄養のある食品を常温で長時間放置した場合ですね。
ちなみに雪印乳業の集団食中毒は、脱脂粉乳の製造中、停電によって殺菌前の乳製品が常温で放置されたことが原因と報告されています。
1.でも健康な人ではお腹を下す程度で済みますが、2.のように免疫力が低い人だと重篤な症状を起こすことがあります。
特にこれまで死亡例となった事件では、1.と2.の複合条件下であることが多いです。
ボツリヌス菌食中毒のキーワードは『加熱』と『芽胞』
上図はwikiのフリー画像を拝借したものですが、黒くて長いボツリヌス菌に紛れて、お米のような白い粒が見えます。
この白い粒が『芽胞』です。ただし、芽胞生成能を持つのは一部の微生物のみです。
芽胞は微生物の”卵”と言われることもありますが、正確には冬眠状態に近いです。
クロストリジウム属(ボツリヌス菌はココ)などの細菌が、急に栄養条件の悪い環境に置かれると、増殖を停止して芽胞を生成し、休眠状態に入ります。
芽胞は硬い殻で覆われている状態となり、低温や加熱、乾燥に対して非常に強い耐性を持ちます。
沸騰水での煮沸でも完全に不活化できないほど。
実験レベルでは高圧高温(121℃、2気圧、15分)で滅菌しますが、家庭では無理ですよね!
そして栄養条件の良い環境になったら、発芽して再び増殖…
微生物のサバイバル戦術というわけです。
ただし、ボツリヌス菌の毒素は100℃で数分間*2加熱すれば無毒化するので、しっかりと熱を通した食品では、ボツリヌス症に感染することはありえません。
またボツリヌス菌はほとんどが芽胞の状態で存在しており、新鮮なうちに食べれば食中毒を引き起こす量の毒素を生産する間もありません。
通常は消化液や腸内細菌のはたらきにより、人間の体内で増殖することもできません。
そもそもボツリヌス菌は偏性嫌気性といって、酸素が存在する空気中では増殖できませんからね。
決して増えやすい微生物ではありませんが、無酸素に近い保存状態の食品には注意が必要です。
乳児ボツリヌス症の基礎知識
乳児ボツリヌス症とは
- ボツリヌス菌は芽胞をつくるので加熱しても不活化できない
- ただし、ボツリヌス毒素は加熱で無毒化できる
- 通常は消化液と腸内細菌によって芽胞が発芽・増殖することもない
これがボツリヌス菌のきほん。
”通常は感染しない”食中毒です。
大人がとれたての生野菜を食べても(きちんと洗えば)食中毒になることはほとんどないですよね。
では何故、はちみつが乳児に禁忌とされているのか…1歳未満は控えるようにと言われていますね。
1つめの理由は、はちみつは非加熱食品ということです。
乳製品のように殺菌や濾過をせず(蜂蜜はざっくり不純物を取る程度)、かつ土壌や植物に近い環境で生産されているということも理由ですね。
ただし、糖度が高いことに加え、抗菌成分も含むもあるため、通常微生物は増殖できません。ベトベトになるほど高濃度では、微生物は周囲から栄養源を吸収できないのです。*3
ただし、芽胞は死なず、増えず…生きたまま存在することが可能です。
2つめの理由は、乳児は腸内フローラが未発達、かつ消化器官が未熟だということです。
成長するにつれ消化器系が伸び、腸内細菌も増殖していきます。
摂取されたボツリヌス菌もこの過程で不活化するのですが、乳児の場合は栄養リッチで酸素が少ない腸管までボツリヌス菌の芽胞が届きやすく、発芽してボツリヌス毒素を生産する可能性があるのです。
以上が『乳児ボツリヌス症』の基礎知識です。
下記に参考資料を置いておきます。
8ページにある近年の感染事例を見ると、1〜11ヶ月まで幅広いですね…。
生後2週齢まででは報告例が少なく、母乳(初乳)に含まれる成分がボツリヌス菌の定着・増殖を抑制していると考えられている。
これも非常に興味深い知見です。
はちみつだけじゃない!ボツリヌス菌を多く含む食品とは
一般的に、はちみつがボツリヌス菌とよく結び付けられますが、既述の通り、ボツリヌス菌は自然界に幅広く存在する微生物です。
はちみつ自体はオリゴ糖などの機能性物質を多く含む有用な食品ですからね!
これまで、瓶詰・缶詰食品、真空包装食品、レトルト類似食品(高温殺菌されていないパック食品など)などでボツリヌス菌食中毒の感染例が見られています。
食品衛生関連の研修では、”あずきばっとう”や東北地方名産の”いずし”などが例に挙げられることが多いのですが…(なんだそれ)
いずれも、気密性があるなど、酸素に触れない条件で製造、保存されている食品です。
殺菌済みであれば問題ないですが、冷蔵すべきものは冷蔵し、膨張などの異常が見られたら絶対に食べないようにしましょう!
おわりに
メーカーなどの不祥事が目立ちますが(大人数の事例も多いので…)、食中毒事例の多くは日常生活のどこかに問題が見られます。
キッチン周りを清潔にし、洗い物をこなし、正しく食品を保存していれば、普通の人間が食中毒にかかることはありません。
しかし、免疫力の低い乳児や老人などは別の話!
食品の衛生環境には特に注意しないといけません。
大人だって”ストレス”が溜まっている時や、病み上がりだと食中毒にもかかりやすいですよ。
食べるべき食品をしっかり選び、『加熱』と『保存』を正しく行うこと。
しっかり覚えておきましょう。