京都で町家旅館はじめました
#12
春節のびっくり
文・山田静
初めての春節
「いよいよですね」
「ここが春節の山場だねえ」
1月下旬。当館は初めての春節を迎えていた(あらゆる季節が初めてなのだけれども)。
春節といえば全世界のチャイニーズが大移動する時期。世界中のホテルや飛行機の予約がとりにくくなるのは、旅行業界にいた身なのでよく知っている。
楽遊でも1月下旬から2月上旬の春節期間予約リストはyuさんxueさんtienさん……つまり、チャイニーズ系の名前で埋め尽くされていた。
なんで漢字でなくアルファベットかというと、各種予約サイトから漢字名で通知が来ないからである。漢字だとまだ目で覚えるけれども、連日のxueさんyuさんwuさんの来訪により、だんだん名前では区別がつかなくなってきた。さらに春節関係なく近ごろは韓国人ゲストも増えてきて、毎日kimさんLeeさんも来るので、ますますごちゃごちゃに。きっと外国のホテルも「毎日ジャパンからsuzukiとtanakaが来るけど誰が誰やら分からん」と思ってるんだろう。
話が逸れた。問題は春節である。
爆買いする中国人、道に座り込んで荷造りする中国人、カニ食べ放題でカニ食べすぎな中国人。バラエティ番組どころか、日本ではニュース番組でもそんな映像をよく見かける。そのせいだろうか、
「中国人のお客さんも来るの? 迷惑じゃない?」
たまにそんなことを聞かれることがある。
私の答えは決まっていて、
「いや別に。部屋代払ってくれる方は、どこの国の人も同じお客様ですしねえ」
「まあそりゃそうだ」
これでだいたい、話は終わりだ。
実際のところ、当館を訪れる中国人ゲストに困った覚えがいまのところほぼないのだ。
7室しかなくて、部屋も小さくて(すいません)、ロケーションも大してよくない(すいませんすいません)町家旅館をわざわざ目指してくる酔狂な(すいませんすいませんすいません)個人旅行者の雰囲気はだいたい似ている。最初から日本に興味がある人たちがほとんどなので、「日本式」に準じようとするのだ。声がうるさいとか、マナーがよくないとか、そういうのがあったとしても国籍はあんまり関係ない。自分が旅をしていて痛感していることでもあるが、マナーを守らぬ輩というのは、世界どこの国にいってもいるものだ。
本稿執筆中に、京都に桜の開花宣言が出された。といっても見ごろはまだ先(写真は円山公園)
円山公園のお花見はブルーシート禁止でゴザ無料。こういうところが京都はいいなと思う
中国人団体客がやってくる!
で、話は冒頭の会話に戻る。
春節期間中のある日、楽遊にはyuさんという人から「10名・5部屋・1泊」の予約が入っていた。100室あるホテルの5部屋なんてヘでもないが、全7室の当館では占有率7割だ。しかもこの日は、1号室を工事のためクローズしていたので、6室のうち5室はyuさん。館内の9割はyuさんが占拠することになる。
「なんでしょねこれ」
「まさか格安ツアーのおこぼれ予約……?」
「ガイドが来てわあわあ騒いだりして」
「ロビーが巨大な荷物でいっぱいに」
「朝からうるさくて」
「げっ」
グループの予約だと「隣の部屋にしてほしい」「到着は何時ごろになる」などと、こまごました連絡が事前に入ることが多いのだが、yuさんの場合、到着日になってもなんのリクエストも連絡も入ってきていない。
威張ることではないが、当館の弱点のひとつは、団体に弱いことだ。エレベーターがないため、2階の客室に滞在するゲストの大きな荷物はスタッフが部屋まで担ぎ上げることにしている。4名2室くらいまでなら、1名のスタッフがチェックインや説明をしている間に、もう1名が荷物を運び上げることでなんとかなるが、8名や10名となると、狭いロビーに荷物があふれ、部屋割りを決めたり、荷物を交通整理するだけでけっこうな大騒ぎになってしまう。
「うーむ、10人か……どんな人たちなのかな」
勝手な妄想は膨らみ、漠然とした不安は高まる。
そして当日。
「『だめです!』 は中国語で『不行』だよ」
「まずは奥に座ってもらって、話を聞いてもらって」
「じゃあ僕、こっちで荷物の交通整理しましょう」
御一行様チェックインのシュミレーションをスタッフと繰り返す。しかし、チェックイン時間を過ぎても、さらに18時、19時を過ぎても現れない。
「まさかノーショー(予約したが泊まらないこと)?」
「10人が!?」
そして21時近くになったころ。
「ニイハオ!」
キタ!!
スズメは小さいけれども
巨大なスーツケースを持った一群がやってきた。にぎやかにおしゃべりしている老若男女を率いるのは、若い女の子だ。
「ハロー! オソクナリマシタ」
ちょっぴりだけの日本語と英語を話すきびきびとした彼女が、スタッフに確認しながら御一行様を奥に誘導する。私も少しの中国語(レベルで言うとボビー・オロゴンの日本語くらい)なら話せるので、会話はちゃんぽん言語で進んでいく。
まずはお茶とお茶菓子を出し、全員着席。和気あいあいとした雰囲気は、ツアーではなさそうだ。
「親戚なんです。こっちは私の祖父と祖母、これが私の両親、叔父・叔母、それと、いとこも」
なんとなんと。10人の親類旅行だ。上海からちょっと離れた、田舎の村から来たのだという。
「うむ、いい宿だ!」
静かに座っていたおじいさんがひとこと言うと、皆が深くうなずく。
「東京ではこーんな小さなホテルに泊まってたからねえ、こういうところに来たかったんだ」
訛りのきついおじさんは、東京でのベッドの小ささを手で説明しながらニコニコしてお茶を飲んでいる。引率の孫娘は皆からてきぱきとパスポートを集め、宿帳も埋めていく。部屋割りも、1階を足が弱いおじいさん・おばあさんが使い、あとは2階へ、ということですぐに収まった。
いやなんか、勝手な妄想、すいませんでした……。
その後、雨のなか近くのラーメン店に行くというのでスタッフが傘を持って案内しようとすると、「いいから」「夜だし、危ないから」と押しとどめてくる。戻ってきたおじいさん・おばあさんの部屋に補助の椅子やお茶菓子を運ぼうとすると「もう遅いから寝なさい」とたしなめられる。ロビーに現れたおじさんは、テレビで見ていいなと思っていた日本の風景について説明してくれて、おばさんは「日本のお茶もおいしいけど、これも飲みなさい」と手持ちの中国茶をすすめてくれた。
そして翌日。
「ありがとうございました」
引率の娘さんから渡されたのは、箱入りの龍井茶。今日も、彼女が立てた予定にしたがって観光するという。
「みんな、感謝しています」
別れ際、おばあさんに手をぎゅっと握られて、中国の田舎をひとり旅したときを思い出した。ご飯を分けてくれたり、宿の心配をしてくれたり、おせっかいで明るくて、あったかい人ばっかりだったっけな。
あとで聞いたところでは、ツアーに頼らないこういう大家族旅行、いまの中国では増えているという。彼らが去ったあと掃除に入ると、ふとんはきちんとたたまれ、どの部屋もきれいに片付いていた。
なんか、すいませんでした……。
彼らが帰ったあと、私は恥じ入った。
お金払ってくれる方はどこの国の人も同じ、差別意識なんてない、とエラそうにしていたのに、無礼な団体が来たらどうしよう、とオタオタとしてしまった。自分のなかに潜む偏見を、改めて突きつけられた思いだった。
春節の間には、さまざまな中国人ゲストがやってきた。家族旅行、新婚旅行、友達同士。「帰国したら彼が結婚するんだ。だから最後の友達ふたり旅」という男子ふたり組もいた。元気いっぱいで冗談好きで明るい彼らのおかげで、館内には笑いが絶えなかった。もちろん、台湾人、香港人、欧米に暮らす華僑、さらに中国に暮らす春節休みの外国人なども大勢来てくれて、楽遊のはじめての春節は、にぎやかに、あっという間に過ぎていった。
ほどなくして、大家族が口コミを投稿してくれた。
「『麻雀虽小,五脏俱全』。この宿を表現するのに最も適切な言葉だ」
とはじまり、ラーメン店に同行しようとしたことなどに、感謝のコメントをしてくれていた。
最初の言葉は、中国のことわざ。「雀は小さいけれど、五臓六腑はすべて備わっている」という意味だ。
うん、それは楽遊の目指すところかもしれない。
小さな雀がどこまでできるかは分からないけれど、桜の季節を超えたらもうすぐ開業1年。ぴーちくぱーちくと頑張っていこう。
円山公園から八坂神社の本殿に向かう途中にある「美御前社」。
美人で知られる宗像三女神がまつられていて、社殿の前には「美容水」。いつも女性で大にぎわい
美の神様といえば、下鴨神社の摂社・河合神社。手鏡型の絵馬に自分のメーク道具で化粧をほどこし、願掛けをする。眺めているだけで楽しい
下鴨神社・糺の森にある茶屋「さるや」では、平安時代から伝わる申餅がいただける。黒豆茶も美味
*本文中の人名や事実関係はプライバシー保護のため修正を加えています。
*町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」ホームページ→http://luckyou-kyoto.com/
*宿の最新情報はこちら→https://www.facebook.com/luck.you.kyoto/
*本連載は月1回(第1週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
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山田 静(やまだ しずか) 女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』『成功する海外ボランティア』など企画・編著書多数。2016年6月開業の京都の町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」の運営も担当。 |