広がる「フリーランス」
3月31日、この1年間に活躍した「フリーランス」の人たちを表彰するイベントが東京都内で開かれました。カメラマン、映像ディレクター、記事のライターなど、さまざまな業種のおよそ300人が集まりました。この場で発表されたのが、「国内で『フリーランス』として働く人が1122万人になった」(「ランサーズ」調査)という推計。前の年の調査より5%増え、その数は、働く人全体の6人に1人に当たります。この中には、本業を持ちつつ副業として雇用契約なしで働いている人なども含まれますが、当日イベント会場に集まった人たちの数を見て、こうした働き方をする人たちが確実に増えていることを実感しました。
この日表彰された1人、札幌市に住む日景ひとみさんは、ウェブデザイナーとして、企業のホームページのデザインなどを手がけています。日景さんは、10年間、東京のデザイン会社で勤めたあと退社して「フリーランス」となり、3年前に札幌に移住しました。
丁寧なデザインが評価され、多い時には月に40件以上の仕事の依頼が舞い込むと言います。激務が続いた会社員時代と比べて働く時間は大幅に減りましたが、収入は1.5倍に増えました。日景さんは、「プライベートの時間も仕事の時間も裁量権は自分にある。自分で選んで納得して行動できることを強く実感しました」と話していました。
隙間ワークも可能に
「フリーランス」として働く人のすそ野は、今、大きく広がっています。愛知県に住む29歳の女性は、メーカーの営業職として会社勤めしていましたが、結婚が決まったことを機に退職。いまは、3月に生まれたばかりの長男の世話をしながら、在宅で働いています。
仕事の内容は、営業用の資料作成やデータの収集など、特別な知識や技能がなくてもできる事務作業です。インターネット上の仲介サイトを通して企業から業務の委託を受けていて、面接を受けることもなければ、雇用契約も結んでいません。
家事や育児の間の隙間時間を使って資料作りなどを行い、1か月に10万円以上の収入を得ています。女性は、「育児と両立できる働き方がないかずっと探していました。子どもの顔を見ながら仕事をできるのはとてもありがたいです」と話していました。
スマホで手軽に仕事の発注・受注
こうした働き方が急速に広がった背景には、ネット上で仕事を仲介するサイトの普及があります。愛知県の女性も使っていた仲介サイトには、141の分野で数万件の仕事が常に掲載されています。例えば、3月30日のサイトをみると、「社内のウェブシステムの改修」は報酬が最大で10万円、「学校や寮の食堂の献立作り」は最大で20万円、さらには「花見の場所とり」が最大1万円など、さまざまな仕事が。
働きたい人は、掲載された仕事内容や納期、報酬額などを見て応募します。雇用契約はなく、多くの場合、働く時間や場所は自由。報酬も時給や日給ではなく、仕事ごとにその成果に対して支払われるのが基本です。こうした仲介サイトはいくつもあり、スマートフォン1つあれば、手軽に「フリーランス」として仕事を請け負える環境ができあがっているのです。
企業の思惑は?
仲介サイトを通して業務を委託する企業の側にはどのような思惑があるのでしょうか。東京都内にある社員170人のITベンチャー企業は、多くの業務を仲介サイトを通して「フリーランス」の人たちに委託しています。SNSの運用を行う部署では、「顧客訪問」や「新規事業の開発」といった、売り上げに直結する専門性の高い業務だけを社員が行う仕事として残し、それ以外はすべて委託しています。例えば、「営業用の資料作り」や「リサーチ業務」、「部長のスケジュール管理」などです。
以前は、社員が、こうした作業に時間をとられて深夜まで残業していたこともありましたが、今は委託することで社員の残業はほとんどなくなり、新規事業のアイデアを練るといった本来業務に集中できるようになったといいます。この部署に所属する社員は15人ですが、仕事を委託する「フリーランス」の人は20~30人に上るということです。この2年で、部署の売り上げは5倍近くに増えたそうです。
この部署の管大輔事業部長は、「社員にコアの業務を集中させるほうが、結果として事業が伸びたり、社員の満足度も上がる。売り上げを伸ばすにはこの方法が最もよかった」と話していました。さらに、「社員が業務を行うよりコストを抑えられるし、残業が減って離職率が下がったことで、社員の育成や採用にかかる目に見えないコストを下げる効果も出ている」とも話していました。
雇用がない=大きなリスクも
より自由に働きたいという働き手側と、よりコストを抑えたいという企業側との思惑が重なって増える「フリーランス」。しかし働き手側にとっては、雇用契約がないことのリスクは大きいものがあります。
去年12月に、経済産業省が「フリーランス」の人たちの実態を把握しようと開いた有識者会議では、かつて副業として働いていた女性が、苦い経験を話しました。女性が当時請け負っていたのは、カード会社から委託されたデータ入力の作業でした。1件当たり15個の項目を入力する業務で、報酬は1件10円。月8日の休みをあてて作業をしましたが、1か月で得られた報酬は3000円程度だったそうです。雇用契約がない「フリーランス」には、最低賃金が適用されず、作業が長引くと、時間当たりの報酬が低くなってしまうためです。女性は、「とても生活の糧にはならない。満足な収入を得られている人はごく一握りしかいない思う」と訴えました。
ことし、「フリーランス」の人たちが新たに設立した協会には、「発注先から報酬が支払われない」、「社会的信用が低いためローンが組みにくい」など、さまざまな不安の声が全国から寄せられています。多くの人がより手軽に仕事を見つけられるようになるなかで、あとになってそのリスクに気付くという人も少なくないのが現状です。
警鐘を鳴らす専門家も
こうした状況に、警鐘を鳴らす専門家もいます。独立行政法人、労働政策研究・研修機構の山崎憲主任調査員は、「企業が、激しい競争にさらされる中で、自社の中心的な業務以外を外部に委託する動きは一段と加速していくと思う。雇用契約なき労働がさらに広がって雇用が脅かされる事態となることは避けられない。そして雇用と結びつくことで守られてきた賃金や社会保障、そして社会の安定が脅かされるおそれがある」と指摘しています。
インターネットを通して働き手側と企業側とが結びつき、誰もが雇用契約を結ばずに働ける時代。特別な技術を持つ人の中には、年収1000万円を超えるような人もいるなど、能力次第では大きく収入を増やせるメリットがある反面、スキル不足などで期待していたほど収入を得られず、生活に支障が出始めている人もいます。
「フリーランス」という働き方が急速に広がるなか、こうした人たちの労働環境をどう整備していくのかは、国も、重要な課題の一つとしていて、今後、法制度の在り方も含め、検討を始めることにしています。
- 報道局
- 影圭太 記者