四つ葉のクローバー、リボン、リスにかれんな小花…。NHK連続テレビ小説「べっぴんさん」には、ヒロインのすみれが子ども服や日用品に施した愛らしい刺しゅうが、しばしば映し出される。手掛けたのはファミリア(神戸市中央区)で長くデザイナーを務めた藤井茂美(もみ)さん(85)=東灘区=。神戸、阪神間の女子中高生に長く愛される定番バッグを46年にわたってデザインした人だ。
ドラマでは、すみれの母が入院中に娘のハンカチに刺した四つ葉のクローバーや、夫との結婚写真を置く敷物のバラとサクラ、ベビー服の胸元の動物など、これまで約40種類約130点の刺しゅうを担当。シーンにふさわしい図案や布地を提案し、試し刺しもこなす。
藤井さんは1954年、夫善二さんと結婚した。ファッション雑誌をイタリアから取り寄せるなどハイカラだった善二さんは、当時はまだ珍しかったハイヒールを妻のために購入した。「きれいに歩くよう何度も言われました」と藤井さん。「今から思うと、夫からは本物を見る目を教わりました」と振り返る。
その後、肺を患った善二さんの看病の傍ら、知人の紹介で69年から同社で手芸加工を手伝うようになった。善二さんの死後、自立のため社員として働き始めた。
持ち前の器用さとセンスが買われ、創業者の1人、田村江つ子さんからデニムバッグのデザインを引き継いだ。デニムバッグは57年にピアノのバイエルが入るレッスン用かばんとして誕生。クマや女の子のアップリケがあしらわれた。
すみれのモデルとなった坂野惇子さんは藤井さんに「お母さんの気持ちで愛情を込めて作りなさい」と絶えず指導した。「単純だけど、動きと表情をつけて、長く愛されるように心を配ってきた」と藤井さん。
デニムバッグは、70年代に女子高生に広まった。藤井さんは2015年に退社するまで、春夏と秋冬の年2回、3、4パターンのデザインを制作した。
劇中で使われる刺しゅうを現在も制作中だ。「見る人の気持ちが和むことが何より大切」。目に映る一瞬のために、何日もかけて針を運ぶ。丁寧で洗練された仕事が、物語を紡いでいる。(貝原加奈)