正しい議論ができない管理職は去ってもらって構わない | 愚直に続けたから 成功した、 ワケじゃない

正しい議論ができない管理職は<br />去ってもらって構わない

正しい議論ができない管理職は
去ってもらって構わない

星野佳路
星野リゾート代表

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2013年、EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー アクセラレーティング部門の大賞を受賞した星野リゾート代表の星野佳路氏。今やホテル・旅館業でイノベーションを起こし続けている星野代表は、軽井沢で100年続く名門旅館を衣替えし、日本を代表するアントレプレナーになった。日本の旅館ビジネスを世界に飛躍させた星野代表の飛躍のきっかけ、大事にしている組織論について聞いた。


“運営特化”を明確にするために
実家の「星のや軽井沢」も売却

――これまで経営者としてキャリアを積む中で、転機となった決断とは何でしょうか。

星野1992~93年のころだったと思いますが、ホテル・旅館の運営に特化しようと決断したことです。日本のホテルや旅館は通常、施設を所有したオーナーが同時に運営に当たりますが、私は運営のみに絞ることにしました。

 当時はまだバブル経済の余韻が色濃く残っていて、業界大手が日本中にリゾート投資していた時期でした。そのころ、大きな資本力を有する大手と伍して戦うには、単に実家の旅館を所有し、少資本で運営していくだけでは勝てないと思ったんです。

 運営に特化するということは、所有や開発にこだわらず、展開のスピードを速め、スケールメリットで運営の効率を上げていくことができます。しかも、投資リスクは軽減されますし、施設を所有しないので借金もなくなる。少資本ながら軽井沢から全国へ出て、多拠点化するためには、それが最適な戦略だと考えたんです。

――とは言え、スタートは大変ではありませんでしたか。

星野バブル崩壊後、ホテル・旅館は供給過剰状態が顕在化し、市場は大きく悪化しました。しかし、その結果、リターンを出せる運営会社に対するニーズが高まっていきました。次第にわれわれに仕事が集まるパターンができてきたんです。

 実は、私は最初からバブル経済時の投資は、感覚的に供給過剰を生むと予測していました。当時は、「これから余暇の時代が来る」と言われていましたが、その根拠となる数字はまったくない。日本人が休みを多く取り始めている気配もないし、実際にその人口も増えていませんでした。したがって、供給過剰になったときは、リターンを出せる運営会社のニーズが高まる。だから、われわれには成長ポテンシャルがある。そう思っていました。

 他方、運営に特化する最大の問題は、施設の所有者とうまくやっていかなければならないことです。彼らはオーナー、投資家であり、求めているものはリターンです。リターンを提供していかなければ、運営会社として仕事はもらえません。今も国内企業で運営に特化しているところはほとんどないと思います。

――なぜ国内企業の運営会社は星野リゾート以外ほとんど存在しないんですか。

星野先ほど言ったように、運営会社になればオーナーや投資家のリターンに対する厳しい要求に応えていかなければなりませんし、多くの会社は所有している施設を手放すことを嫌がる傾向にあります。

 というのも、施設が儲かったときに誰がいちばん利益を得るかといえば、オーナーだからです。たとえば、「北海道トマムリゾート」(現リゾナーレトマム)のような巨大なリゾート施設は、一旦利益を生み出し始めると、ものすごい額の利益を出します。実際、04年にわれわれが運営を任されたときは10億円にも満たない価値しかありませんでしたが、今では180億円強と20倍近くになっています。だからこそ、所有権を手放すことはなかなか難しいんです。

 一方で、私は実家でもあった「星のや軽井沢」を売却しています。これは、星野リゾートは運営に特化するという姿勢を内外に明確に示すために行いました。


外資ホテルはどこも同じ運営手法
「星のや」はマルチタスクで勝負する

――運営に特化することは、世界的な標準なのでしょうか。

星野グローバルな視点で見れば、われわれは完全に後発企業の部類に入ります。運営に特化しているのは、世界的なホテルブランドが取っている戦略ですから。

 その中身もほとんどの外資系は皆同じです。フロント、客室、レストラン・調理部門というセクションに分かれ、ハウスキーピングは外注です。たとえば、東京の丸の内、有楽町周辺に多くのホテルがありますが、出入りしている業者が同じということも珍しくありません。

 そうした運営方法に、実は世界の投資家たちは飽きてしまっています。どこに頼んでも、集客の差はあっても、運営効率の差はないからです。そのため、投資家の間では運営会社に任せずに、ブランドだけを借りて、自分たちで運営をやり始めるところも出てきています。これが世界の現状です。

――では、どのように世界のホテルと戦うのでしょうか。

星野そういう状況で世界の大都市に進出していくには、自分たちのポジションを明確にしなければなりません。その方法の一つが、マルチタスク(=セクションに分かれず、一人のスタッフがフロント、客室、レストランなど多様な働き方をすること)のサービスチームです。お客様の滞在の流れに沿って、レストランサービスからチェックアウト業務、清掃まで一人のスタッフが担当します。これを世界で採用している運営会社は私たちしかありません。これが世界進出する際の競争力のカギになると考えています。

 たとえば、「星のや東京」では84室に対し、120人のスタッフしかいません。外注はゼロです。当然スタッフ数は少なく済むため、生産性も上がります。それがオーナーに対し、私たちが高いリターンを提供できる根拠となっており、ほかのライバル企業との差別化を可能にしています。

マルチタスクのサービスを提供する「星のや東京」。ここでは、建物に入ると玄関で靴を脱ぐ。東京の大手町という大都会にありながら、スタイルは日本旅館そのもの。地下から湧き出る天然温泉も楽しめる。2016年7月開業

――そのほかに海外に進出する際の武器になるものはありますか。

星野もう一つの手法は、施設にいるスタッフをサービスのクリエイターとして活用することです。

 たとえば、タヒチやバリで、施設のスタッフにその土地の特徴をもとにサービス方法を考えてもらう。これは日本の旅館がやってきたこととまったく同じ方法です。外資系運営会社はレストランメニューなどもすべて本社が決めますが、日本旅館の場合は、食材、文化など地域の魅力を現地スタッフが掘り起こしてサービスに落とし込んでいます。つまり、施設のスタッフの地域に対するこだわりがサービスとなっています。私は、この日本的なサービスを「日本旅館メソッド」と呼んでいます。こうしたことを世界でも実践したい。現地スタッフがどんなおもてなしをしたいのか。そのためにサービスやメニューを考え、実践してもらう。いわば、私たちはそうした仕組みを提供していると言えます。

――現地スタッフが決めたサービスに対し、ダメ出しするときはありますか。

星野まったくしません。私の役目とは、現地スタッフがきちんと働けるような環境を提供し、日々きちんと経営できているかどうかをチェックするだけです。大事なことは、私がダメ出しをするのではなく、顧客満足度をスタッフがタイムリーに見られる仕組みを提供することです。スタッフ一人ひとりが経営者感覚をもって、自立したチームとして、各拠点を管理しコントロールすることが重要なんです。

 日本型の“おもてなし”は、「もてなす主人」と「お客様」が対等であるという、主客対等の考え方が基本にあります。主客対等を成しえているのは、もてなす側ともてなされる側の背景にある文化や教養を共有できている、という関係性です。この関係性をベースに、主人は趣向を凝らし、お客さまはそれを楽しみに行くんです。

 それはフラットな組織文化があるからこそできることです。現地スタッフがサービスのクリエイターとして、顧客と対話し、地域の魅力に根差したものをつくっていくためには、フラットな組織文化が欠かせないんです。


マーケティング的に正しいことよりも
スタッフのモチベーションを優先する

――フラットな組織文化のポイントとは何でしょうか。

星野言いたいことを、言いたいときに、言いたい人に言えているのか。つまり、人間関係がフラットになって、正しい議論ができているかどうかです。それは、フラットな組織図を意味しているわけではありません。組織図はピラミッド型でも構わない。人間関係がフラットになっているかどうかが大事なんです。私がチェックしているのは、「フラットかどうか」だけです。

 フラットな組織文化になっていなければ、星野リゾートの仕事は機能しません。再生案件に着手するときも、フラットな組織文化に変えていくことが最も大事だと考えています。そのために必要なのは、まずコミュニケーションです。全社員に情報を発信し、経営情報を伝え、正しい議論ができるような組織にしています。

 もし情報量に差が出れば、途端にフラットではなくなります。通常、マネジャーや幹部社員は接客しているスタッフよりも情報量は多くなりがちですが、情報量が多い人と少ない人では対等な議論はできません。だから、情報量の多さで自分の権限をふりかざす管理職が出てきてしまう。総支配人やマネジャーが知っている情報は、スタッフ全員が知っているという状態をつくる。それがフラットへの第一歩になるんです。

――スタッフのモチベーションも、情報を提供することで高まっていくということですか。

星野基本的にはそうですが、残念ながら全員ではありません。私の経験では、モチベーションが下がる人もいます。

 正しい議論を嫌がる人は意外に多いんです。フラットな組織文化では、肩書きではなく何を言っているかが問われます。これまで情報量の差やマネジャーの権限など肩書きだけで自分のステイタスを維持していた人は、それを維持できなくなる。結果、居心地が悪くなって、モチベーションも下がるんです。そんなとき、私は説得しようとはしません。不満があれば仕方がない。他社へ行くことを止めることもありません。

――代表である星野さんもスタッフに意見を言うんですか。

星野バンバン言います。スタッフのモチベーションを上げるために、自分が我慢してみんなの意見を聞こうなんてさらさら思ってないですから(笑)。その一方で、代表である私が発言したからといって、そのとおりにしてほしくないとも思っています。あくまでも一人の意見として聞いてほしい。それこそが正しい議論の在り方だと思っています。

 フラットな組織文化を維持するために、社内では社員同士を役職で呼ぶことを禁止しています。基本はさん付けです。総支配人であっても、新卒を呼び捨てにさせません。お互いに「さん付け」をさせる。そうすると、議論するときに対等な雰囲気になりやすい。

 日本の文化の中には、上下関係を示すいろんなシグナルがあります。たとえば、総支配人の部屋があることは、われわれにとってはダメなことです。なぜ総支配人だけ部屋があるのか。それは偉いからです。しかし、偉いとなった途端に組織はフラットでなくなる。

 もちろん私専用の部屋もありませんし、社用車もありません。そこは徹底しています。役職についている人は、業務上執行すべき権限はありますが、別に偉い人ではない。社内では誰も自分の席は決まっていません。このように偉いことを示すシグナルを社内で徹底して消すようにしています。

――施設の新しいコンセプトづくりは、星野さんが中心に決めるんですか。

星野私ではありません。現地のスタッフが中心となったコンセプト委員会が決めます。実は、それもフラットな組織文化づくりへの第一歩なんです。サービス業では、接客しているスタッフたちがコンセプトに共感していないと、どんなにいいコンセプトも実現しません。

 スタッフがコンセプトに共感するためのいちばんいい方法は、自分たちでコンセプトを決めることです。その際、マーケティング的な手法は一切使いません。マーケティングでは、市場規模やターゲット、自分たちの強みをまず考えますが、それではスタッフの共感は得られないからです。

 たとえば、接客スタッフは嫌いなお客様にはサービスをしたがらない傾向があります。温泉旅館でスタッフがいちばん敬遠するのは泥酔客です。これは社員のモチベーションを下げます。そのため、再生案件の検討において、仮に宴会事業の拡大にいちばんのポテンシャルがあり、それがマーケティング的に正しかったとしても、もしスタッフが望まなければ、決して採用はしません。社員のモチベーションを下げるからです。

 われわれにとって大事なことは社員のモチベーションの維持です。モチベーションを高めるための最善の策は、スタッフが自分たちで納得しているコンセプトを立てること、好きなお客様にサービスすることなんです。

 好きなお客様にいかに来訪してもらうかを考えるようにすると、スタッフからどんどんアイデアが出てくる。それをコンセプトにしたほうが、マーケティング的に正しいことをターゲットにするよりもはるかに実績が出ます。


日本料理を食べるように
日本旅館に泊まってもらいたい

――星野さんが成功するために今まで愚直に続けていることは何でしょうか。また、愚直さ以外に自分で工夫している方法論はありますか。

星野愚直という点では、これまで話してきたように、フラットな組織文化づくりを徹底し続けてきたことです。それがわれわれの生命線だと思っています。そのために参考にしたのが、行動科学者のケン・ブランチャードの『1分間エンパワーメント』や『1分間マネジャー』などの本です。

 一方、自分の独自の方法としては、経営学の教科書どおりにやることです。経営学者のマイケル・ポーターや前出のケン・ブランチャードなど、証明された経営理論を重視していて、聖書のように信じているところがあります。実際に理論を取り入れてもうまくいかない場合は、その理論が悪いのではなく、自分が教科書どおりにできていないからだと考えます。理論どおりできないのはなぜか。そこから改善策を考えるようにしています。

――13年にEYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーのアクセラレーティング部門の大賞を受賞されていますが、その意義についてどうお考えですか。

星野多くの方と知り合えたし、刺激ももらえました。ただ、私は大賞受賞よりも、モナコに行きたかった(笑)。モナコに行って、日本のアントレプレナーとして世界の人たちに日本の旅館メソッドをもとにした運営会社の存在を知らしめたかったですね。

 私は、日本旅館というものを世界のホテルのカテゴリーの一つにしたいと思っています。ニューヨークの人が「今日は寿司を食べようか」と思うように、「今日は疲れたから、ちょっと日本旅館に泊まろうか」と思われるようになりたい。それがわれわれの大事な仕事だと考えています。もしそれがかなったら、もう一度EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーにチャレンジして今度こそモナコに行きたいですね(笑)。

星野佳路(ほしの・よしはる) 星野リゾート代表1960年長野県軽井沢町生まれ。83年慶應義塾大学経済学部卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。91年、星野温泉4代目社長に就任。95年星野リゾートに社名変更。さまざまな再生案件に携わり、現在ではラグジュアリーラインの「星のや」、小規模高級温泉旅館の「界」、自然が楽しめるリゾートホテルの「リゾナーレ」の3ブランドを展開。2013年、日本で初めて観光に特化した不動産投資信託(リート)を立ち上げ、星野リゾート・リートとして東京証券取引所に上場させた。16年にはビジネス街の東京・大手町に「星のや東京」、17年に「星のやバリ」をオープンさせた。

――最後に、これからアントレプレナーを目指す方々へのメッセージをいただけますか。

星野私の出発点は同族企業ですが、実は同族企業は日本の中で、圧倒的に数が多いんです。ただ、その一方で、大企業ほどの生産性はない。つまり、日本のファミリービジネスが成長すれば、日本経済はガラリと変わるんです。

 そのために、いかに同族企業の経営を洗練させるのか。それが、これからの日本経済にとっても重要なことだと考えています。その意味で、私はファミリービジネスをベンチャーとして捉えています。だから、若い人たちに、実家に帰って親の仕事を継ぐことをつまらないことだと思ってほしくないし、親の七光りだとも思ってほしくない。実際、親の七光りで社長になったとしてもいいじゃないですか。その代わり、その企業を成長させるやりがいと責任がある、そういうことを感じてほしいんです。

 同族企業というのは、一度エンジンがかかればあっという間に3倍くらい価値を伸ばすことができるはずです。そういうことが日本全体で起きれば日本経済は格段によくなりますよ。

(撮影:今井 康一)


 

“世界一”を決める起業家表彰制度
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 EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーは、1986年にEY(Ernst&Young=アーンスト・アンド・ヤング)により米国で創設され、新たな事業領域に挑戦する起業家の努力と功績を称えてきた。過去にはアマゾンのジェフ・ベゾスやグーグルのサーゲイ・ブリン、ラリー・ペイジらもエントリーしている。2001年からはモナコ公国モンテカルロで世界大会が開催されるようになり、各国の審査を勝ち抜いた起業家たちが国の代表として集結。“世界一の起業家”を目指して争うこのイベントは、英BBCや米CNNなど、海外主要メディアで取り上げられるほど注目度が高い。