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リヨンに漂う不安

欧州はどこへ――岐路のフランス大統領選を追う

遠藤乾・北大教授の現地報告(1)





パリから新幹線で2時間。冬の古都リヨンはどんよりと曇っている。

リヨンの風景。旧市街は世界遺産に登録されている=国末憲人撮影、以下も


去る2月4-5日、フランス大統領選挙の主だった候補者が集結した。第1回投票における支持率でトップを走っていた国民戦線(FN)党首のマリーヌ・ルペンは、必ずしもFNの地盤が盤石でないリヨンを、選挙戦キックオフの場所に選んだ。彼女を追走する他の候補者のうち、スキャンダルの火の粉をのけるのに忙しい中道右派のフランソワ・フィヨン元首相は姿を見せなかったものの、中道のエマニュエル・マクロン元経済産業デジタル相、ジャン=ルック・メランション元職業訓練相が、同じ場所、同じ週末、彼女に挑戦状を叩きつけにやってきた。


駆け足の取材でもわかることがある――熱気だ。

リヨンで開かれた国民戦線の大統領候補マリーヌ・ルペンの集会


ルペンの集会は、周到に準備され、組織されていた。海を意味するマリーヌにひっかけ、ブルーで統一された会場では、次々と有力支援者が壇上で演説し、フリンジでは笑顔を振りまいた。「フランス文明をイスラームやブリュッセルから守れ」とお定まりの掛け声がかかると、時折スタンディング・オベーション。3000人ほどの参加者であろうか、それなりに盛り上がっていた。

マリーヌ・ルペンの決起集会で演説する姪の国民議会議員マリオン・マレシャルルペン

しかし、それなり、である。私は、民衆の不満のマグマがほとばしるような、そんなイベントをどこかで期待していた。スキンヘッドのおじさんたちに囲まれたりするのかもしれないと、かすかに警戒していた。もうずいぶん前になるが、北イタリアでネオ・ファシスト右翼の国民同盟(Alleanza Nazionale)の集会を覗いたとき、一目見て近づきすぎてはいけないと悟る「ヤバさ」があった。リオンにはそういう雰囲気はみじんもない。あえて言えば、それは、若干活気のある学会のようだった。


対照的だったのが、マクロンの決起集会である。総勢15000人ともいわれる参加者は、大きなスポーツ会場をはみ出し、外のスクリーン前で歓声を上げていた。

エマニュエル・マクロンの集会。欧州連合旗が振られる


会場の中では、どこから降ってわいてきたのかと思うような、にわかサポーターたちが所狭しとひしめき合い、数年前まで無名だったマクロンに、老若男女のプログレッシブ(進歩派)が希望を見出していた。




決起集会で演説するエマニュエル・マクロン氏

マクロンの演説は2時間も続いた。しかし自身をかの国の輝かしい自由・平等・博愛の歴史に位置づけ、堂々と開放経済とヨーロッパ統合を謳いあげ、とうとうとこの選挙を歴史的意義を語る彼に、みな魅了されていた。ここだけ見れば、勝負あったの感をだれもがもっただろう。


マクロンはFNに辛辣だった。そのキャッチフレーズが「人びとの名の下に」であるのを揶揄し、実はそれは「父から娘へ、娘から姪へ語り継がれるにすぎない」と、(大統領候補だった先代の)ジャン=マリ、マリーヌ、そしてマリオンというルペン一族で継承されるFNの実態を指弾したのだった。聴衆は多いに沸く。

国民戦線の副党首フロリアン・フィリポ


しかし翌日、ルペンの懐刀フロリアン・フィリッポはすぐさま反撃に出た。「マクロンは「銀行家の名の下に」語るにすぎない」と記者団に刻印する。マクロンが、国立行政学院(ENA)卒業後、大蔵省に勤務し、のちにロスチャイルド銀行に転じた事実を、できるだけ庶民にすりこむのだ。


街に戻る。タクシーの運転手は、そのことはもうとうにご存知であった。「マリーヌは我々の仲間。マクロンは銀行家だろう。いまは保護主義が必要だ。マリーヌに入れる。」もう一人は、「皆同じ。フィヨンもマクロンもエリート政治家稼業。マリーヌは違う。」


他の多くのひとははっきりとは語らない。そのどのくらいが、いわゆる「隠れル・ペン(支持者)」なのだろうか。


雨の混じる会場の外に広がっていたのは、深い不安だった。

(文中敬称略)


〈予告編〉 遠藤乾・北大教授の現地報告が始まります


遠藤乾(えんどう・けん)

北海道大学大学院法学研究科・公共政策大学院教授。専門は国際政治、ヨーロッパ政治。1966年東京生まれ。オックスフォード大学政治学博士。欧州委員会内諮問機関「未来工房」で専門調査員としても勤務し、欧州大学院大学政治社会学部フェルナン・ブローデル上級研究員、パリ政治学院客員教授などを歴任した。現在は朝日新聞論壇委員も務める。著書に『統合の終焉 EUの実像と論理』(岩波書店、読売・吉野作造賞受賞)、『欧州複合危機』(中央公論新社)など、編著に『ヨーロッパ統合史』『原典ヨーロッパ統合史――史料と解説』(いずれも名古屋大学出版会)などがある。


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